ミステリートレイン誘拐事件

(前編)



 夏休み直前の七月のある日のこと。
「みんなで、これに乗りませんか?」
 と、円谷光彦が「ミステリー列車の旅」なるJR発行のチラシをコナンたちに見せた。 
見ると、

<ミステリー列車の旅>
 日程/8月7日 8時04分 上野駅出発 → 10時57分 到着
             17時23分 出発 → 20時40分 上野駅帰着(日帰り)
 応募人数/小学生以下の子供 三百人(添乗員が同乗します)
 費用/15,000円
               ※応募が満員になり次第、締め切らせて頂きます

 との内容だった。
「ミステリー列車?」
 江戸川コナンが言う。
「ほら、この時期になるとやるでしょう。行先不明でどこへ行くのかお楽しみ、というヤ
ツですよ」
 旧国鉄時代からJRは、こういう企画をよく行なっていた。もっともミステリー列車と
はいうが、勝手気侭に走る車と違って二本の線路を走る列車ゆえ、そう突飛な場所へ行く
はずはないが。
「いいんじゃねえか? 夏休みの宿題の自由研究のネタにもなるしな」
 小嶋元太が言う。
「おもしろそうだね、行ってみようよ」
 と言ったのは吉田歩美だった。

 その一言ですべてが決まりだった。あとは光彦達三人のペースに乗せられ、コナンは行
くはめになってしまったのだ。今にして思うと、よく毛利小五郎のおっちゃんが旅費を出
してくれたものだ。
(…ったく、なんでこんなのに付きあわにゃいけないんだよ)
    *
 8月7日午前7時55分、上野駅9番線。
 すでにその列車は入線していた。
「…すげえ、『フレッシュひたち』だ」
 元太が言う。
 そう、そこに入線していたのは普段は特急『フレッシュひたち』として使われているE653系、
といわれている特急型の車両だったのだ。
 コナンはあたりを見回した。
 本来、列車名や発車時刻、行き先等を表示している上野駅の電光掲示板が列車名は「団体」
となっていたし、行き先表示は空白となっていたのだ。
(…ふうん、成程ね。ミステリー列車らしいや)
「さ、コナン君、乗ろうよ」
 歩美の手に引かれ、コナンは列車に乗り込む。
 後から元太と光彦が乗り込んだ。

 午前8時04分。定刻どおりミステリー列車が発車した。
 その中のある席にコナンたち4人が座席を向かい合わせにして座っていた。
「でよ、この列車、どこ行くんだよ?」
 元太が聞く、と光彦が、
「行き先がわからないから、ミステリー列車なんでしょ?」
「なんか、手がかりみたいなのないかしら?」
 歩美が聞く。
「このチラシによるとですねえ…」
 と、光彦が例のチラシを取りだした。

 1.JR東日本管内であるところ。
 2.泳げる場所があるところ。
 3.次の写真がヒントであるところ。

 光彦が差し出したチラシを元太と歩美が覗き込む。
「…で、この写真なんですけど、何故かハワイのホノルルの風景なんですよ」
「だから、って行き先がハワイのわけねえよなあ」
「…何言ってんだよ、こんなの簡単だよ」
 さっきから外を見ていたコナンが言う。
「どこだかわかるの?」
 歩美が聞く。
「スパリゾート・ハワイアンズ、そこしか考えられないよ」
「スパリゾート・ハワイアンズ? あの、昔常磐ハワイアンセンターって言ってたところ
か?」
「そうだよ、そのハワイアンセンターだよ。まず第一に、使っているのが常磐線特急のE
653系という車両。第二に上野からハワイアンズのある湯本まで特急『スーパーひたち』
で大体2時間20分。当然JR東日本管内だ。それにハワイアンズにはプールもある」
「じゃあ、ハワイの写真は?」
「ハワイの写真からいって、湯本にあるハワイの名前が付いてるスパリゾート・ハワイア
ンズしか考えられないよ。…そしてこれが重要なんだけど、いま走ってる線路が常磐線、
ということだよ」
 見ると列車はたった今、取手駅を通過したところだった。
    *
 そうこうしているうちに、ミステリー列車は土浦駅に停車した。
 とはいえ、ドアが開く様子もなく、当然ながら乗客も降りていかない。
「…そういえばこの列車、あちこちで停まるね」
 歩美が聞くと光彦が、
「たぶん時間調整ですよ」
「時間調整?」
 元太が聞く。
「これが臨時列車だからですよ。ですから列車の運行に差しさわりがないようにあちこち
で停車して時間を調整するんですよ」
「ふうん…」
「おいコナン、おまえの番だぞ!」
 元太の声がする。
「あ、ああ…」
 コナンは光彦のカードを一枚引き抜く。四人はババ抜きで遊んでいたのだ。いい加減、
こういう遊びは卒業したのだが、大貧民もポーカーも元太がルールを知らないのだ。
「い…」
 コナンが引いたカードは、ジョーカーが微笑んでいた。
 光彦が笑いをかみ殺している。

 その後、ミステリー列車は光彦の言うとおり、水戸→日立→高萩→磯原→大津港→泉と
停車していった。
 午前10時57分、ミステリー列車が湯本駅に到着した。
「…やっぱりな…」
 コナンが呟いた。駅には「歓迎・ミステリー列車」とのアーチがかかっていたからだ。
そして、湯本駅の前には送迎バスが並べてあった。
 コナンの推理は第一段階をクリアーしたのだ。
 参加者はここで列車を降ろされ、送迎バスに乗り込んだ。そして彼らは、スパリゾート・
ハワイアンズに連れていかれた。すべてはコナンの推理どおりだった。
 ここから先は、特に書くこともない。まあ、ひとつコナンの推理と違っていたのはハワ
イアンズの帰りに「いわき石炭化石館」という博物館を見学したことだったが。恐竜の中
に「フタバスズキリュウ」なる種類がいるが、実はその化石が発見されたのはこの辺りだ
ったのである。
    *
 上野駅に迎えに来た歩美の父親の車に乗って毛利探偵事務所にコナンが戻ったのは夜9
時半をとっくに過ぎていた。
「おかえりなさい、疲れたでしょ?」
 毛利蘭がコナンを出迎えた。
「あー、ほんとに疲れたよ。ああもたくさん小学生がいるとうるさいもんなんだね」
 コナンはリュックを放り出し、ソファに体を預ける。
「なーに年寄りみたいなこと言ってるの。コナン君だって小学生でしょ?」
(オレ、本当は高二なんだけどな…)
 コナンは思った。
「ところでおじさんは?」
「お酒飲みに行ったわ。…ねえところで、コナン君」
「なに、蘭ねえちゃん?」
「ミステリー列車の行先、ってどこだったの?」
 そして、コナンは蘭に土産話をするのだった。

 二日後の朝。
 目暮警部が毛利探偵事務所を訪れ、コナンに話がしたい、と言ってきた。
「コナン君。君は一昨日のJR東日本が企画したミステリー列車に乗ったのかね?」
「うん。行先は湯本のスパリゾート・ハワイアンズだったよ」
「やっぱりな。参加者名簿に君たちの名前があったからもしかしたら、と思ったのだが。
それでだ……なにかおかしな事、なかったか?」
「おかしな事、って……別になかったよ」
「そうか、だとしたら……」
「だとしたら、ってどういうことでありますか?」
 小五郎が聞く。
「まだマスコミには言っとらんのだが、誘拐事件が起きたんだ」
「誘拐、でありますか?」
「ああ。誘拐されたのは中島美里、という小学五年生の女の子だ。コナン君達と同じミス
テリー列車に乗車したんだが、いつまでたっても帰宅しない。その後、翌日になって脅迫
状が届いた、というんだ。『身代金として五千万円用意しろ』とな。そして、今朝電話が入
って『身代金を米花公園のベンチの上に置き、そのまま立ち去れ』というので言われた通
りにして、十分後にもう一度行ったら、身代金が無くなっていた。ところが美里ちゃんは
帰ってこない。そうこうしているうちにまた、五千万円を要求する脅迫状が届いた、とい
うんじゃ」
「なぜ、また脅迫状なんかを……」
「おそらく、味をしめたんじゃろう。美里ちゃんがミステリー列車に乗っていた、という
んで、ワシが上野駅に行って調べたら、参加者にコナン君がいたので聞きにきたわけなん
じゃが……」
「でも、犯人はいつ誘拐したの?」
 コナンが聞く。
「そのことについてはすでに福島県警といわき中央警察署に協力を頼んでおるよ。わかり
しだい連絡する、と言っとった」
 福島県いわき市、というのは日本一広い市なのである。

「…しかし腑に落ちんなあ…」
 小五郎が呟いた。
「…確かにそうよね。2回も身代金を要求するなんて変ね。もし1億円身代金が欲しいん
だったら最初に1億円要求すればいいのに…」
「…それに、その行きのミステリートレインには乗ってて帰宅してない、ってことは行っ
た先で誘拐された、って考えるのが妥当なんだろうが何で又、福島くんだりまで行って誘
拐しなけりゃいけねんだろうな。先回りでもしてたんか?」
 小五郎が言うとコナンが、
「…でも、ミステリートレインの行き先が湯本だった、ってのはあの時点でボクたちも初
めて知ったんだよ」
「…そうよね。私も行き先がその、福島の湯本なんてコナン君に聞くまで知らなかったも
ん。スパリゾート・ハワイアンズは知ってたけど、湯本にある、って言うのも初めて知っ
たし…」
 蘭が言う。
「…まあ、何らかの形で知ることが出来たとしても何処で誘拐したか、ってのもわからん
しな。湯本駅か、ハワイアンズか、それともその後の石炭・化石館か、というのもあるし
な。…あるいは行った先で誘拐された、というのはそう思い込んでるだけで実際は乗る前
か帰ってきた時に上野駅で誘拐したのかも知れんし」

(…確かにおっちゃんや蘭の言うとおりだ。とにかく何処で、何故その女の子が誘拐され
たかがわからなけりゃ話も進めようがねえな…)
 コナンはミステリートレインに乗っていた状況を思い出していた。
 あの列車は1両の定員が70人ほどだったはずだし、彼らが乗った列車の元である常磐
線特急「フレッシュひたち」に使用されているE653系という車両は7両の固定編成だ
から(厳密には4両編成の車両もあるがそれは付属編成である)、300人の小学生が乗っ
ていたとは言え、かなり車内は余裕があった。事実、コナンたち4人が座っていた席の周
辺は結構空いていたのだから。となると誰かがこっそり降りた、もしくは何らかの形で誘
拐されたとしても気が付かないであろう。
(そういえば…。オレ達が乗ったミステリートレインは上野を出てからあちこち停まって
から2時間半以上掛かって湯本に着いたんだよな。…何処に停まったんだっけ?)
 コナンは事務所の本棚に入っている時刻表を引っ張り出して常磐線の路線図が載ってい
るページを開く。
(…えーと確か、最初に停まったのが松戸だったよな。それから柏、我孫子と来て…、あ、
そうだそうだ、確か佐貫と牛久にも停まったんだ。それから土浦、水戸、日立と来て高萩、
磯原、大津港、泉だったよな、確か。全部で12の駅に停まったのか…)
 コナンはその12の駅と湯本を書き出した。
(…でも待てよ。いくら12の駅で停まったとは言え、この列車は臨時列車だし、上野駅
を出た後は誰も乗せてないはずだから、ドアが開いて誰かが乗り降りするなんてことは出
来ない。車内で病人でも出れば臨時停車するだろうけど、確かそんなこともなかった。と
なると途中で降ろす、なんてことは出来ないはずだぞ)
 確かに臨時列車、しかも団体専用列車であるから一般人の利用は出来ないはずだし、別
に用もないのにわざわざ車両のドアを開けておく必要もない。
(…それにミステリートレインと言ったって関係者は行き先がどこか知ってるはずだろ?
その目的地でもないのにあの列車から降りた人間がいたら誰だっておかしいと思うはずだ
し、何らかの形で降りたとしても、あの列車には添乗員が乗ってたんだ。途中で誰かいな
くなったら気づくはずだよな)
 コナンは思った。
(…あー、わからねえ。もう少し手懸りがあればいいんだがなあ…)


後編に続く>>


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