「ラブ・ストーリーは突然に」
(Original Version)



 春のある日のこと。毛利探偵事務所に一本の電話がかかってきた。
「はい。毛利探偵事務所です。」
 蘭が電話を取る。
「あ、もしもし。蘭おねえさんですか?」
「その声……歩美ちゃん? どうしたの?」
「あの……その……ちょっとおねえさんに相談したいことがあるんです」
「相談したいこと? いったい何?」
「いや、電話じゃちょっと……」
「……わかったわ。じゃ、今からウチの下の『ポアロ』って喫茶店に来て」
「あ、それでですけど……おねえさんひとりで来てください」
「ひとりで?」
    *
「……すいませーん。ストロベリーパフェふたつお願いします」
 蘭は注文を頼んだ。パフェとかはあまり好きじゃないのだが相手が遠慮するといけない
ので同じものを注文した。大体相手は小学生なのだ。
「で、何? 相談って。」
「その……おねえさん、好きな人、っていますか?」
「へ?」
「だから、その、好きな男の人、っているんですか?」
「……いるわよ。歩美ちゃんも知ってるでしょ? 高校生名探偵の工藤新一を」
「おねえさん、彼が好きなんですか?」
「そうよ。カッコつけたがりの推理オタクだけど、いざ、っていうときは頼りになって結
構いいところあるんだ」
「……いいなあ。好きな人を口に出して言えるなんて」
「え?」
 運ばれてきたパフェにも手を付けず歩美は
「……わたし、好きな男の子がいるんです。でも、その子はわたしのことが好きなのかど
うかわからないんです。おねえさんならこういう場合どうしますか?」
(歩美ちゃん、もしかしてコナン君のことを言ってるのかしら……)
 そうとしか考えられない。蘭自身、何度も彼女を見てきているが、彼女が元太や光彦と
接するときとコナンと接するときは何となく違う印象を受ける。思うに元太や光彦はタダ
のお友達、コナンはちょっと気になる男の子なのだろう。
(……でもまだ小学生よ。いくら今時の小学生といったってそんなに思い詰めたりはしな
いわよね……)
「……歩美ちゃん。それならその子の気持ち、確かめて見たら?」
「確かめる、って……」
「その男の子をデートに誘ってみたらいいんじゃない? そうすればその子が歩美ちゃん
のことを気にしてるかどうかわかるんじゃないかしら?」
    *
 日曜日。コナンが何か出掛ける支度をしている。
「どこ行くの、コナン君?」
「うん。何か歩美ちゃんが一緒に遊びたいから、日曜日に米花公園に来てくれ、って言う
んだ」
(……歩美ちゃん、コナン君のこと言ってたのね)
 蘭はそう直感した。あのあとおそらくコナンのことを誘ったのだろう。
(でも公園、っていうのがかわいらしいじゃない)
 まだまだ歩美は子供である。

(……ったくよー。歩美のヤツ、なーに考えてんだか……)
 コナンはそんなことを考えながら道を歩いていた。
(待てよ。ひょっとして歩美ちゃん、オレのこと好きなんじゃ……)
 冗談じゃない。そんなこと蘭に知れたら一大事である。それに自分の正体が歩美に知れ
たとしたら、歩美にまで身の危険が迫る。
(……ふう。ガキの相手も楽じゃねーな……)
    *
「ごめーん。コナン君、待ったー?」
 歩美が思いっきりおめかししてコナンのもとにやって来た。
「いや、いま来たところだよ」
 デートで待った男が使う常套手段である。実は早く来すぎて、缶ジュースを一本空けて
いたのだ。
「それより、歩美ちゃん、なに? その風船」
 歩美は片手に赤い風船を持っていた。
「ああ、これね。そこでおにいさんが配ってたのよ」
 何かの開店セールでもあるのだろうか。
「さ、行こう、コナン君」
 歩美はコナンの手を引っ張った。
「あ、ああ」

(うまく行ってるみたいね)
 ちょっと離れたところで物陰から覗いている人物がいた。蘭である。コナンにわからな
いようにあとからついてきたのだ。ああいったことを言った以上、何か責任みたいなもの
を感じていたのだ。
 ……と、自分と同じように物陰から覗いている二人組を見つけた。
(あれは……元太君に光彦君……)
 やっぱりあの二人とは離れられないのか?
(はあ……これじゃ何のためにアドバイスしたのかわからないわ……)

「歩美のヤツ、なんか様子が変だと思ったら……コナンとデートしてたのか」
 元太がつぶやく。
「そうですね。ボクたちを相手にしないで、コナン君とデートなんてズルイですよ」
 光彦も賛同する。
「……とにかく、どこへ行くか、見てやろうじゃねーか」
 しかし、元太たちの心配をよそにコナンと歩美は何もするわけでもなく、ただ黙って歩
いているだけである。
「……なにやってんだ? あの二人」
「ただ歩いているだけですねえ……」
「そんなことオレだってわかるよ!」
    *
 不意に歩美が立ち止まった。
「あのね、コナン君」
「どうしたの、歩美ちゃん?」
「あのね。あのね、コナン君。わたし……わたし、コナン君のこと……」

 その時、向こうの方で悲鳴が聞こえた。
「どうしたんだ?」
 コナンはいてもたってもいられずに悲鳴のした方向へ走りだした。
「コナン君、待ってよ!」
 歩美もコナンを追いかけた。

 人だかりが既にできていた。
 コナンは人込みを掻き分け、その中へ入っていく。二十歳前後の女性が刃物のようなも
ので腹を刺されて、倒れていた。
「これは……。警察と救急車は?」
「いま、呼びに行ったよ」
 誰かの声がする。
「……時間からいって、そう遠くへは行ってないはずだ。……元太、光彦!」
 コナンは物陰に向かって叫んだ。
「ど、どうしてボクたちがいることがわかったんですか?」
 光彦が物陰から出てきた。
「そんなことはどうでもいい。おまえたちはこの周辺で怪しい人物がいないか、あるいは
凶器が捨てられていないか探してこい!」
「わ、わかった!」
 そしてあたふたと二人は走っていく。
「ほら、歩美ちゃんもしっかりして」
 小刻みに震えている歩美にコナンは話し掛ける。
「う、うん……それにしてもすごいね、コナン君。どうして元太君たちがいることがわか
ったの?」
「最初からわかってたさ。すごい下手な尾行だったぜ。木の陰から元太の大きな体が見え
てたんだから」
 だから、何もしなかったのだ。

「コナン君……」
 人込みの後の方でこの様子を見ていた蘭はしばらく茫然としていた。
 しかし、自分のするべきことに気付き、
「そ、そうだ! お父さん呼ばなきゃ!」
 そして公衆電話へ走っていった。
    *
 ほどなく警察の車が来て、現場検証が始まった。例によって目暮警部の指揮の元、部下
たちがテキパキと仕事をこなしている。
「警部。病院から連絡が入りました。被害者の女性ですが傷は思ったほど深くなく命に別
状はないそうです」
「そうか、それはなによりだ。……ところで、目撃者のほうは?」
「それが、公園の外で不審な車や人物を目撃した、という情報はないのですが」
「となると、まだ公園の中にいる、ってことになるな」

「コナン。凶器らしいものは見つからなかったぜ」
「公園の外にも怪しい人はいないようです」
 公園を走り回って疲れたのか、元太と光彦が肩で息をしながら言う。
「となると……まだ隠し持ってるのかな? 果物ナイフやカッターのようなものなら充分
考えられるけど……でもそんなことが危険なのはわかりそうだけど……」
と、
「あーん。風船無くなっちゃったー」
 歩美の声がした。
「どうしたの、歩美ちゃん」
「さっきもらった風船、無くしちゃった。どこかへ飛んでっちゃたのかしら」
「飛んでいった? ……ひょっとしたら……」
 コナンの頭脳がめまぐるしく回転を始めた。
「あとは……誰が犯人かだけど……」
    *
「警部。有力な目撃情報が出ました」
目暮警部のもとにひとりの警官が駈けつけた。
「それは何だね?」
「は。犯人によく似た背格好の男を公園の中で見かけたそうです」
「そうか。すぐに連れてくるんだ」
「はっ」

 そしてその男が連れて来られた。
 しかし、身体検査をしても凶器とおぼしきものが見付けられない。
「ほら、刑事さん。人違いだったでしょ? いい加減帰してくださいよ」
「そいつはどうかな?」
 いきなり横で声がした。見るとコナン達が立っていた。
「君たちは……」
 目暮警部が言う。
「歩美ちゃん、この人だったんだね。その風船配ってた、って男の人は」
「うん。」
「だとしたら目暮警部、この人が犯人ですよ!」
「な、なんだと?」
「凶器消失トリック、なんてちょっと考えればわかることだ! 風船にくくりつけて空へ
飛ばせば少なくともこの場から消えてなくなる。あんたはそれを利用したんだ」
「なるほど、確かにそうかもしれん。だが、それはオレ以外にもできるトリックじゃない
のか?」
「ああいう風船というのは普通小学生くらいの子供に配るものだ! 子供連れでもない普
通の大人が風船を持っていたらどう考えても怪しいが、あんたのような人ならいくら持っ
てたって怪しまれないしね。ましてやあんたはこれから犯罪をやろうとしている人だ。そ
ういうことに関しては余計に慎重にコトを進めるんじゃないのか?」
    *
「警部殿! 事件とは何でありますか!」
 毛利小五郎が目暮警部のもとに駆け付ける。が、
「そのことか。既に解決しておるよ」
「へ?」
「コナン君達のおかげで解決したよ」
「あいつの……でありますか?」

「すごいんだね、コナン君」
 帰宅途中の四人。歩美が話し掛ける。
「はは、まあね。……ところでさ、歩美ちゃん」
「なに?」
「何だったの? 『わたし、コナン君のこと……』って?」
 元太と光彦の視線を感じながらコナンが聞く。
「ん? それは……その……いいお友達、ってそう言いたかったの」
「あっそ……」
 あれだけ思い詰めた表情で「いいお友達」って言うとは絶対に思えないが、おそらく元
太達の前では言えないことなのだろう、コナンはそう思った。

THE END

(終わり)


※この話の「DCNバージョン」を見たい人 → こちらからどうぞ。


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