Sakura

第03話『Deer's song and song of meat』

3-a
3-b
3-c

3-a



千里を駆ける灼熱の轟音。

砂塵は業火と成りて荒れ狂う。

草木も生えぬ荒野に現れた火柱は天まで突き抜ける。


舞い上がる風塵と共に一人の男が大地を跳ねた。

そして墜ちてきた。


「ぐふぅ……ここにも魔法地雷が…。」

「焼き具合はミディアムってところだな。」

大地に転がったロースト風味の鹿を神琉が励ます。

降り注ぐ石礫が甲冑に弾かれて生まれた音色は
皮肉にも心地よく耳に澄み渡る。

「今の飛距離は世界記録を更新したかもしれん。」

「何を基準に世界へ求めるのか知らんが承認しよう。」

頑丈に出来た身体を持つ二人からは余裕がまだ見られるようだ。

「次、あっちの方向にちんるーな。」

「ふっ…鹿とは違うのだよ鹿とは!」

駆け出した神琉を即座に爆炎が包み込む。

鹿が目にしたものは、人外の反射神経でその爆炎を避ける姿だった。

さらに突き上げられた風力を利用し、翼を持つ鳥の如く前方へ飛翔する男。

連なる閃光、紅く燃える男は鋭い角度で天を舞い、鹿の足元に頭から突き刺さった。

「聖剣エクスカリバーここに誕生する…。」

右手で神琉の足を掴み、軽々と引っこ抜く。

「よくぞ我を引き抜いた…。王都を滅ぼす力を授けよう。」

強靱な肉体と共に培った彼らのタフな精神力は屈する文字を知らない。


力業で悪戦苦闘する神琉とアルが二人で旅して五日目。

岩山の谷路で謎の罠に嵌められるとは思いも寄らなかった。

桜荘は情報伝達、兵の編成と確保に向けて行動を開始。

戦力の分化は痛いが、効率を考えればやむを得ない。

ツ村の民に協力を得ても人材不足は変わらず、まずは近隣の村へ足を運び
その先にある目的地で合流する手筈となっていた。

荷馬車はツ村から距離のある村へ往く仲間に渡し、岩路を駆け抜ける役目を
肉体労働派の神琉とアルが引き受けたのである。

そしてその先に垂直飛行遊戯が待っていた。


休憩とばかりに腰を下ろす焦げ付いた二人。

鎧に纏わりついた火の粉を払い、見覚えのある色を映し出す。

「ったく誰がこんなの作ったんだ?」

「王都の罠と言いたいけど、何か違う気がするな…。」

誰の策略かと首を傾げ、突破口を知恵から絞り出すのにまた首を傾げる。

「要するに罠を全て踏まずに空を跳べばいいのか。」

「空を跳ぶ……そういえば聞いたことがある。」

鹿の閃く眼光に只ならぬ凄味を浴びせられる。

「英雄伝承に書かれている伝説の秘奥義にて、名を『空愛嵐』」

「なんだって!」

「曰く、人の両足の裏にもう一人が両足を乗せた跳躍は遥か天まで舞うらしい。」

「何という秘奥義…やってみるしかない。」

言い出しておいて疑問が過ぎる鹿。

「待て、この場合は土台で残った方はどうやって越えるんだ?」

「さらばだ鹿セイデス。」

俺確定かよ!とツッコミを入れる鹿を余所に神琉の語りが続いた。

「まぁ待て、俺達の身体に紐を繋げば二人共その跳躍力で跳べると思わないか?」

「な、何という発想…その才能に孔明も嫉妬するに違いない。」

「宮本武蔵すら俺には及ばないのさ。」

各々の知将ぶりに利き腕を交差して称え合う屈強の戦士達。

その後、再び爆音が響き渡ったのは言うまでもないだろう。

それでも力業で突破出来た二人の雄志に神すら賞賛せざるを得ない。

炭と化した二人が発見されたのは辿り着いた村先であった。




トップへ戻る↑

3-b



地雷原を抜けてようやく辿り着いたミル村。

食糧の確保と新たな斥候の準備、夜更けの作業が進む。

予定より一日遅れといったところか。

この村もツ村と同じく反王都に属する村だが、村人に聞き回っても
王都の進軍や兵の目視は確認出来なかった。

王都の前線が下がっている?

何かを警戒しているのだろうか。

それとも下手な防衛を図らない村の態勢が結果として
王都を刺激せずに済んでいるのか。

何にせよ桜荘にとっては好都合である。

王都への表立った敵はダスティルと桜荘だけで良い。

旅をしながら危惧し続けているのは、桜荘という存在がダスティル崩壊と共に
消滅したと王都が考えていないのではということだ。

ワザと泳がせておいて他の協力者を全て引きずり出す作戦か。

だがそれを分かっていても自分達にとって選択肢が他にない。

王都に有能な軍師はいないと聞いているが、ダスティルを攻めたタイミングは
明らかに王都の力とは異質なものが感じ取れる。

「軍師の存在か…桜荘にも軍師がいればなぁ。」

「ん?」

神琉と次なる旅への身支度をしながら、アルは言葉を漏らした。

「軍師ねぇ…少なくとも教えを請える環境にいた者がいないな。」

桜荘は皆、生まれ育った場所が違う。

領家の血筋だという話も聞いたことがない。

仲間の内情全てを各自が知り尽くしているわけではないが
生活の雰囲気や耳にする経験から、全員が苦労人だということは良く分かる。

「ないものを願ってもしょうがないさ。」

神琉が車輪の付いた荷台にミル村から頂いた荷物を載せ続ける。

「別にあるやんだって分かってるだろ?そんなもんいらないって。」

その通りだ。

別に王都へ大所帯で攻める気など毛頭ない。

あくまでも周りに王都への警戒と出来る限りの自衛を求め
攻め入るのは少人数の桜荘だけだ。

特筆すべき点は、桜荘は各個人の能力が非常に高いこと。

こうして離れた行動を行っても十分に各自の配で動けるのがその証である。

だが何かが足りない。

足りない何かを知りたくて埋めようとする。

答えが知りたくて自問自答を続けているのかもしれない。

頭を悩ませるアルを余所に神琉が積み荷を全て荷車に載せ終わった。

「とりあえず俺達はまず大陸を回ろうぜ?」

「旅を続ければ足りないものが見つかる…か。」

周りを見渡せば、いつも通りな生活を続けるミル村の民。

空に広がる果てなき青を覆い被す眩照の陽光。

足りないものを見つける前にまずは皆と合流しよう。

荷車に乗る神琉が自分を指差し、その先を荷車の先へ向ける。

「目の錯覚だろうか?どう見ても動力が見あたらないんだがこの荷車。」

「さぁ行け!駆けろアルハイ号!」

足りないものをいきなり見つけてくれて有り難うと
鹿の怪力が神琉の頭を掴んでそのまま締め上げる。

「ぐおお!それ以上は何かが出ちまう!」

「気になるアルハイ号の由来を聞かせてもらおう。」

「おいおい決まってるだろ?アルツハイm…。」

響き渡る果物のごとき裂迫音と共に崩れ落ちた神琉。

だが平然と起きあがり話し出すその頭蓋に未知の疑念が晴れることはない。

「この俺の策があることに気付かないのか鹿セイデスよ。」

「なんだって!」

左手の親指を立て、左へ受け流した先は下り坂の路。

「皆と合流する先までひたすら続くこの下り坂。」

右手の親指を下に向け、車輪の左右に付いたソリを示す。

「この計算された流線美、そして動力は貴様で全てが完璧というわけよ。」

光り輝く目の前の物体に驚愕の眼差しを鹿が映し出す。

「何という発想、その才能にエジソンすら嫉妬するに違いない。」

「ニュートンも俺の前では平伏すのさ。」

雄叫びと共に蹴り出す鹿と甲冑の戦士を乗せた船が夜空を駆ける。

鮮やかに大地を照らす月に浮かぶシルエット。

旅人伝いに新たな語らい草がこの村に誕生した。

『天に舞う鹿を見ゆるとき、旅人は降り雪ぐ恵みの糧に安寧と幸福を得るだろう』




桜荘の皆と合流期日まで後七日。





トップへ戻る↑

3-c



桜荘合流地点であるセラ村。

王都ダンストリフから遥か北に位置するこの村は地質や水質が良く
農耕に恵まれた環境から豊富な食物が産出されている。

元々ダンストリフ大陸は自然溢れる大地であり、作物は各地域でも
十分に穫ることが出来るのでこの村が取り立て目立つことはない。

だが腕に覚えのある料理人曰く、この村の食材で調理出来れば
より至福の味を生み出せると口々に語るほど差があると言う。

桜荘と交流は浅いが、この村もまた反王都の旗を裏で掲げている。


雲間なく朝日が差し込む快晴の空と共に迎えた約束の合流日。

突如響き渡る倒木音。

道無き木々の先から人影が現れた。

「うぅ…腰がいたひ…。」

ヒール魔法を唱えながら歩く小柄の女性が、身の丈以上の杖を
細やかに振りかざす。

「うーん、良い案だと思ったんだけどねぇ。」

大気に放出された残留魔力を右手のワンドで器用に集束して掻き消すと
ワンドをカバンの中へ放り込み、失敗感を彷彿させる呟きをした。

「氷桜さんは楽しかったので問題なしですよ。」

自分のことをさん付けで呼びながらローブ姿の女性が二人の後ろを
気分高揚で歩いているのが印象的な三人組。

ヒールをかけてもまだ痛いのか、乃衣は自分の腰を気にしている。

「柚さんの論理は全部当てにしない方が良いことが判った!」

「やや、それは心外だ。」

「結果的には予定日に間に合ったからいいんじゃないかな。」

精霊のエルリアが氷桜の周りを飛び、まるで相づち打つかのように
光の円を画いていく。


事は数時間前。

夜明けを迎えてもセラ村は未だ見えず、時間の遅れを取り戻そうと
柚悠が提案したのは魔力操作による乗り物の稼働希望。

乃衣が浮力を保ち、氷桜の多重シールドに乗り、柚悠が熱源を生み出し
空気の密度差を調節して発生した気流で森を駆け抜ける。

正に夢と希望が地獄の先まで配送してくれるようなコラボ案。

現実に実行してみれば予想以上に快適なことが判り喜ぶ三人だったが
セラ村が見えた時、突然血の気が失せる重大なことに気付いた乃衣。

「これどうやって止まるの?」

「やや、それは考えてなかった。」

『な、なんだってー!』

冷たく流れる汗も爽快な風が全て乾かしてくれるが嬉しくもない。

「この浮力を止めれば地面との摩擦で止まるかも!」

「多分そのままデコボコの地面で跳ねて僕達に翼が生えるね。」

「わーい氷桜さん空飛ぶの大好きですよ。」

語らずとも分かることだが、顔は全く喜んでいない。

「じゃ、じゃあ私達を浮かせればいいんじゃね?」

「慣性の法則で僕達の背中には前進の文字しかない翼が生えるね。」

「前向きなことは良いことですよ。」

なかなか上手いことを言うと柚悠に褒められ喜ぶ現実逃避状態。

取った最終案は全方位球体シールドによる雪だるま式衝突停止。

転がる先で薙ぎ倒した木々が画くストライクのデルタが実に美しい。

服の汚れを払いながら村の入り口へと訪れた三人は、耳に触る男達の声に
今だけは面倒事は御免ですよとため息を漏らす。

素敵な衣装を纏う何処からどうみても山賊な出で立ち。

山賊と称するに相応しい掛け声で村を右往左往と暴れている姿も
自分達の目には映らない…ようにする。

「桜荘の皆は何処にいるかなー。」

「皆の姿が見えないねぇ…。」

三人が願として見えない素振りを続けると山賊が突然騒ぎだした。

「うわぁぁ!フォーが出たぞぉぉ!」

「こっちだ!」

「殺れ!今度こそ奴を撃ち落とせ!」

駆け出す足が土を撒き散らし、地鳴り集まるは今にも崩れそうな建物の前。

古びた小屋の軒先に立つ男。

弓を構えた孤高の名乗りを披露する。

「ふぉぉぉぉ!天が呼ぶ!地が呼ぶ!腹が減る!飯が食べたいと我を呼ぶ!

 朝げの為なら悪!即!罰!ふぉぉぉぉぉ!」

遠目から佇む乃衣達の心情を的確に表す閉じない口。

聞き覚えのある声は探していた仲間とは別人ですと上書きを繰り返す脳。

だがしかし真実という名の雷は万物の心に突き刺さる。

「………どう見てもサカゲットですね。」

「それはおかしい…アディールは先の聖戦で尊い華を散らしたはず。」

「ヒールって頭にも効きますかね?」

刹那に降り雪ぐ矢の雹弾。

空に画かれる軌跡の芸術。

「ふぉぉぉ!朝げが冷める前にやられるのです!」

針一本で致命傷な神速の弓師が割と必死で手当たり次第に
矢を放っているだけなのだが、敵が畏怖するには十二分だった。

蜘蛛の子を散らしていなくなる山賊。

犠牲者が一人も出ていないのはどちらを褒めるべきか。

わざわざ常設したかのような梯子を掴み、アディが降りてくる。

「何してんのアディさん。」

「ふぉぉ…かくかくしかじかなのです?」

とりあえず中へと誘われて小屋に入れば、食事を摂ってる千蔭がいた。

「やぁ。」

「千蔭君もやっぱりいるじゃん。」

山賊退治の理由を聞けば、道中で役割を果たしてセラ村に辿り着けば
予定よりも一週間早かったと言う。

「ふぉぉ一日三食いただきます。」

「むしゃむしゃ、そして我々を待ち受けていたのは非情なる試練だった。」

「まさか文無し?」

ギクッと箸が止まる二人。

「村人が困っていたからね、決してご飯の為に世直しだなんてことは…。」

「ふぉぉ…財布を落としたなんて口が裂けても言えません。」

何で二人とも落とすのかと揃うツッコミ。

「ところで他の皆は?」

食事を終えて片付けを始めた千蔭が事の現状を再び話し出す。

「そうそう、馬車組ならまだ来てないね。」

「神琉とアルさんならもう着いてますよ。」

そう言われども見渡せば二人の姿はない。

何処にいるのかと部屋の中を探す三人。

「あるせ見っけ!…残念いなかった。」

ゴミ箱を覗いて乃衣がガッカリという顔をする。

「あの二人なら勧善懲悪は俺達に任せろと言って山賊を捜しに行ったよ。」

「ごちそうさまでした。ふぉぉ、そういえば帰ってきてないですね。」

二人分の食器を返しにアディが音を立てて建物を出て行く。

山賊を退治しに行って何故山賊がそのまま村に来るのかと
乃衣が質問すると、誰も心配していないのか考えてなかったと口を揃える。

「ちんるーはともかくアルさんは喰われた可能性がありそうだ。」

「最近丸々してきたよね。」

「アルさん本当に良い立ちキャラの人だなぁ。」

味のある意見と感想が飛び交うのも桜荘の特徴である。

「ひどいよ!私こんなに心配してるのに!」

ゴミ箱を覗いた人の言う台詞ではない。

とりあえず馬車組を待つ留守番役に千蔭と柚悠が残り
乃衣と氷桜、アディが二人を捜索に行くことが決まった。

元々二人が向かった先はアディが村人から聞いた話を伝えた場所。

彼を案内役に、旅の予定とは外れた捜索劇が始まる。

途中、足元に鹿の骨が落ちてないか真剣に探す乃衣。

野営跡を見つけては手を合わす氷桜。

昼飯を村人から頂戴して何処で食べようか考えるアディ。

友の安否を気遣いながら辿り着いた先は……。

……割と予想通りの展開が待っているのだった。








トップへ戻る↑