事の始まりは、政宗が斜め前に住む顔馴染みの自治会長夫人から、プールの割引入場チケットを貰った事から始まった。







Wandering of the dragon

~side story1~








ご近所の奥様達に大層ウケのいい政宗は、よくこうして色々な頂き物をしてくる。
この間なんかは、限定200本の某有名ワイナリーの赤ワインを貰ってきて嬉々としていた位だ。
その前は某三ツ星洋菓子店のスイーツセットを貰い、その又前には米沢牛のしゃぶしゃぶセットを貰い、更にその前には超高級フルーツ詰め合わせを貰い…。
とにかく「お前はホストか?!」と言いたくなる程に色々と貢がれ…もとい、貰い物をしてくる。
いやはや、流石は一国一城のお殿様だと思わずにはいられない。
まあこれも俺が居ない間のご近所付き合いの賜物かもしれないが。
そんな政宗が今回貰ってきたのは家族連れやカップルで賑わうリゾートプールの割引入場券だった。
何か、一種の株主優待券的な物らしい。
確かに最近随分暑くなってきたし、久しぶりにプールってのも悪くない。
そんなこんなで、俺と政宗はそこそこに賑わいを見せているリゾートプールへと遊びに行く事にした。





「Hum……こりゃ凄ぇな。」


芋を洗うような…とまではいかないまでも、流石に賑わっているプールサイド。
その人の多さになのか、女の子達のカラフルな水着姿になのか、はたまたプールの施設そのものについてなのかは分からないが、政宗が感心したように息を漏らす。
まあ確かに戦国時代にプールなんてものは無かっただろうし、水辺がこんなにも賑わうスポットってのも珍しいかもしれない。
そんな政宗に小さく笑ってみせて、俺は軽くストレッチを始めた。


「ここはさ、この辺りじゃ一番大きい施設だから結構人も多いんだよな。」
もよく来るのか?」
「んー…そーだなー最近はあんまり。学生の時は良く来たかな。」

まぁ当時もダチと来てナンパ紛いの事したり、ガキみたいにふざけ合ってた記憶しかねーけど。
でもここは比較的キレイだし、プールの種類も複数あるし、プール以外の施設も結構あるしで、遊びに来るには結構イイ所だとは思う。
ここのかき氷結構好きだったんだよなー。
ちょっと懐かしさに浸ってた俺は、向こうに見えるかき氷の旗を見ながら目を細める。
と、そのかき氷の旗のすぐ傍、パラソルの並ぶ所に立つ3人連れの女の子の内の1人と目が合った。
いや、俺と目が合ったのは偶然だ。
だって彼女らが見てんのは俺の目の前の男前の方なんだから。
あー………俺とした事がうっかりしてた。
コイツ、ふつーに超絶イケメンだった。
少なくともすれ違った女の人が顔を赤らめて振り返る位には。
こんなトコに連れて来ればどうなるかなんて考えなくても分かるじゃないか。


「あのぉ~…。」


ほらな。予想通り早速の逆ナンだよ。
つーか、何だよ?!政宗居りゃナンパなんてしなくていーんじゃねーか。
黙ってたって向こうから来てくれんだから。
おいおい…学生時代の俺らのあの挫折の連続は何だったんだ?!
何か無性に腹立ってきたぞ。
とはいえ、俺も流石にイイ歳だし、プールでナンパとかいい加減どうな訳?ってカンジだし。
けどまあ、政宗にそれを強要すんのも何だしな。
こっちに来てから近所のマダム達とは交流あっても、若いおねーちゃんとは流石に接触する機会も無かっただろうし、今日くらいは大目に見て楽しませてやるか。


「An?What's wrong?(どうかしたか?)」

「わぁ!もしかして帰国子女さんですかー?」
「良かったら私達と一緒にお茶しませんかぁ~?」


女子高生らしい女の子達が政宗の言葉にキャッキャと黄色い声をあげる。
うっわー…こういうの取り囲まれるって言うんだろーな。
流石にこんなん学生時代とかでも見た事ねーぞ。
芸能人を取り囲むファンみたいな構図だ。
半ば圧倒されつつ見ていると、どこか戸惑い気味な政宗が俺に視線を向けてくる。
ああ、そりゃそうか。
折角逆ナンされても、俺が居たんじゃなぁ。
流石に俺を放っていく事には抵抗があったか。
俺は小さく苦笑して右手を振ってみせた。


「ああ、行って来い行って来い。」
「But…。」
「俺の事は気にする必要ねーよ。」
「ほら、おにーさんもこう言ってるしィ、行きましょーよ!!」
「うちら、美味しいパフェの店知ってるからぁ!」
「ね~いいでしょー?行きましょうよぉ~!」

俺の言葉に気を良くしたのか、女の子達が更に政宗に詰め寄るような形になってきている。
つーか俺、女の子の1人に勢いよく押し退けられたぞ?!
いや、そりゃ確かに俺の事は気にするなとは言ったが、流石にこの扱いは酷くねーか?!
3人居て1人も俺に対する気遣いは無しかい?!
そりゃ彼女らにしてみたら、歳の離れたおっさん予備軍かもしれねーけど、1人位『おにーさんも一緒に遊びません?』とかあってもいーんじゃねーの?!
いくら政宗が目当てでもさ。
全部が全部政宗オンリーかい!
俺は邪魔な付属品かい?!
まあ、確かに政宗はイイ男だから仕方ねーとは思うけど。
少なからず不満顔な俺に気付いたのか、それとも勢いよく押し退けられた俺に気付いたのかは分からないが、政宗の目に一瞬剣呑な光が宿る。


「………が一緒なら行ってもいいぜ?」


僅かに目を眇めた政宗がそう言って俺に近付くと、ぐっと俺の肩を引き寄せる。
おいおい!何言ってんだ政宗の奴?!
いや、さっきまでは『何だよ、俺の事はガン無視かよ?!』とか思ってたけど、流石にこーゆー子達に付き合わされんのはごめんこうむるぞ。
腹は立ったけど、関わらなくて良かった…とか思ってたのに。
何を俺まで巻き込もうとしてんだ?!
つーか、俺の肩を抱き寄せる必要があんのか?!
くっそ!相変わらずイイ身体してんなコイツ!!

「えー?!うそー?!」
「マジでー?!」
「おにーさん、気にしなくていいっていってるじゃん~!」
「そーそー!うちらとだけでもいいでしょー?」

女の子の内の1人が政宗の腕に自分の腕を絡めている。
うっわ!腕に胸押し付けるとか積極的だなぁ、おい。
まあ、これで落ちない男は居ない…ってか?
男って単純だからなー、うん。
驚き半分、呆れ半分で見ていると、絡められた腕を振りほどいて、もう片方の腕の中に居る俺の肩を更に引き寄せて政宗は俺と頬を擦り合わせる。
ちょ…ッ?!何してんだ政宗?!


「交渉決裂だな。俺はと一緒じゃなけりゃお断りだぜ。」
「おっわ?!ちょッ?!政宗何して…っ?!」

「うっそ!マジでぇ?!」
「信じらんない~!!」


政宗の行動にキンキン声の悲鳴にも似た声があがる。
いや、俺の方が信じらんねぇよ!
何なんだこの展開は?!



「アンタら、男見る目ねぇな。程の男はそうそう見つかるもんじゃねぇってのに。そんなんじゃまともな婚姻なんざ結べねぇぜ?」



そう言って鼻で笑う政宗。
いや、何でお前がそんなに自信満々、えらそーなんだよ?
っていうか、超絶恥ずかしいんですけど?!
俺、どんだけハイスペックな男扱いなわけ?
いや、政宗が俺を評価してくれてるってのは嬉しいけどさ。
実際俺はそこまでの男じゃねーし?
半ば赤面しつつ目の前の女の子達を見やれば。
何つーか般若も裸足で逃げ出しそうな表情の女の子達が。


「はぁ?!何それコイン?意味分かんないんだけど!」

「もういいよ、行こ!」


捨て台詞も勇ましく、女の子達は去っていく。
その後ろ姿に一瞥だけして、政宗はふん――と一つ鼻を鳴らした。
おいおい、何で政宗が腹立ててんだよ?
けどまぁお陰で女子高生モンスターの襲来は回避出来た訳だから良しとするか。


「政宗……あの子達に『婚姻』なんて言ったって多分理解出来ねーよ…。」
「Ha!そんな奴等なら益々もって願い下げだぜ。」


肩をすくめてそう答える政宗は、心底清々したといった感じで。
俺はその様子に首を傾げざるをえなかった。
だってそうだろ?
別に政宗の事をアレコレ言われた訳でも、政宗自身が虐げられた訳でもないっていうのに。
でも明らかに政宗の機嫌は下降線を描いていた。
折角の若くて可愛いオネーちゃん達と遊べる機会だったってのに、わざわざ自分で潰したようなもんなんだからな。
不思議に思うなって方が無理がある。


「ホントに良かったのか?別に構わなかったんだぜ、あの子達と遊びに行っても。」
「俺にだって選ぶ権利ってのがあるだろ。」
「いや、まあ…そりゃそうだけど。」
「それにあいつ等、の事を蔑ろにしやがったろ。」
「だからさ、別にそれは俺の事で政宗には何の問題もねーだろ?」

「関係ない?そんな事ある訳ねぇだろ?」


まるで俺が何か間違った事を言っているかのような口ぶりに、俺は益々訳が分からなくなる。
意味が分からず困ったように眉尻を下げて目の前の政宗を見やれば、やれやれ…といったように肩をすくめてみせる政宗。
いやホント、マジで訳分からんぞ。



「俺のを侮辱しやがったんだからな、怒って当然だろうが。」

「な―――ッ?!」


俺のって…!
何をさも当たり前みたいな顔してサラッと言ってんだ?!
いやいやいや!そこでちょっと喜んじゃダメだろ自分!
でもやっぱり政宗が俺の事で怒ってくれたってのは、純粋に嬉しくもあって。
とはいえ、流石にそのまま喜び全開って訳にもいかず、俺は又しても赤面するしかない。
だって考えてもみろよ。
歩くだけで女の子がワラワラ寄ってくるような政宗がだぜ?
可愛い女の子の事よりも、俺の事を一番に考えてくれた――って事だろ?
俺の為に怒ってくれるって、やっぱ俺の事を少なからず大切に思ってくれてるからだってのは俺の思い込みじゃない筈だ。
俺は、あの俺を惹き付けてやまない柔らかな笑みを浮かべて俺を覗き込んでいる政宗の顔に、赤面したまま軽く拳を一発ブチ込む事しか出来なかった。
だからマジでそーゆー顔すんのは反則だろう?!




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