俺は昔から捨て犬や猫を拾ったり、落し物を拾う事が良くあった。
ようは、他の人が気付いてもスルーしてく事を、同じようにスルーする事が出来なかったからな訳だが、そんな俺の性格がこんな事態までも引き寄せる事になろうとは思いもしなかった。
、25歳。
人生で初めて『人』拾いました。






Wandering of the dragon 1







その日、俺は会社からの帰り道に雨に降られて近所の公園の東屋で雨宿りする羽目になってしまっていた。
そこは、夜とはいえ比較的繁華街からも近いせいか、街灯も多いし比較的人の行き来も多い。
そんな公園の一角には結構立派な藤棚なんかもあって、その周囲には屋根付きの休憩スペースや、滅多に見る事も無くなった小さな東屋風の建物までもある。
この近辺では珍しくも大きい、市民の憩いの場だ。
そんな毎日の通勤途中にある公園という中途半端な所で俺が足止めされてしまったのには訳がある。
電車に乗っている最中に降り出した雨は、最寄り駅を出た時には小降りだったので、俺は家まで何とかなるだろうと思い切って駆け出してみたのだ。
しかし、俺の予想以上にその後の雨足は強く、結局この公園付近に差し掛かった頃には雨は傘無しではどうにもならない程の強さにまでなっていた。
仕方なく、俺は東屋で雨足が弱まるのを待つ羽目になってしまった…という訳だ。
しかし、こんな状態の中でも幸い――というのだろうか?
この東屋と屋根付きの休憩スペース部分にはベンチがあり、その間には自販機もある。
俺は自販機でホットコーヒーを買うと、雨の吹き込まないベンチに腰を下ろし、どんよりと曇った空をボンヤリと見上げた。


「あー…降るなとは言わねぇから、少しは弱まんねぇかなぁ……。」


ハッキリ言って止む気配はおろか、弱まる気配すらもない。
どちらかといえば酷くなってきてるんじゃなかろうか。
何やらゴロゴロと雷の音も聞こえてるし。
まいったなぁ――と大きく息をついた時だった。

いっそう近くで腹の底から響くようなゴロゴロという音が響いて。
次の瞬間ピシャーン!という物凄い音と共に、俺の眼前に――――光が堕ちた。

「―――――――ッ?!」

声も出ないってのはこういう事を言うんだろう。
俺の目と耳の感覚を焼き尽くす勢いのそれに、俺は悲鳴すら上げられなかった。
それほど間近に物凄く大きな雷が落ちたのだ。
俺はあまりの事に詰めていた息を吐き出して、雷が落ちたと思われる東屋の外へ身を乗り出した。



「Shit!何だってんだ今のは……。」



不意に聞こえたその声に、俺はもう一度息を呑む。
雷が落ちたと思われるその場所に。
パリパリと帯電した状態の1人の――侍がそこに立ち尽くしていた。

まさかさっきの雷はこの目の前の時代劇コスの男に落ちたんだろうか?
いやいやいや!ありえないだろう?!
人に雷が落ちて無事なはずが無い!
それにさっきまでそこにこんな素っ頓狂な格好した奴なんか居なかったじゃないか?!
俺は夢でも見てるってのか?
いくら俺がボンヤリしてたからって、こんな目の前にこんな格好の奴が居て気付かない筈が無い。
俺はあまりの衝撃に、手にしていた缶コーヒーが落ちて派手な音をたてるまで、呆然と目の前の光景を見詰め続けていた。



「誰だ?!」



カラカラと転がる空き缶の先。
闇夜に溶ける鎧がバッと身を翻す。
公園内の照明に照らされたのは、あまりに有名な三日月の前立てだった。

「Hey!出てきな…。」

「…………。」
「アンタ何モンだ?」

良く通る低い声が静かに響く。
腰の六刀の内の一刀を音も無くスイ――と抜き放つと、男は一分の隙も無く刀を構えた。
雨に濡れた鎧と兜が照明の光を受けて鈍く光る。
その兜の下、まるで俺を射殺さんばかりに強い光を宿す隻眼が、まっすぐに俺を捉えた。


「奥州筆頭……伊達…政宗…………。」


その姿に俺は見覚えがあった。
時代劇で見たとか、観光地の施設で見たとかそういうんじゃない。
それは俺にとってあまりにも身近な所にあった。

「ほう…?俺の事を知ってるとはな。」

スッ――と細められた隻眼に僅かに警戒の色が混じる。
相変わらず構えられたままの刃先に――明らかにそれは俺の喉元を狙っていた――俺は大きく息をつくしかなかった。

だってそうだろう?
こいつは本来ならこの場に存在し得ない筈の奴なのだ。
少なくとも俺の知る目前の男は、TV画面の向こう側にしか存在しない。
こんな近所の公園の一角で雨に打たれて俺を威嚇していたりする事などありえないのだ。
そう――つまり。
アクションゲームの世界のキャラクターなのだから。


「あー………ええと、とりあえずその刀……下ろしてくんない?」

「……………。」
「見て分かると思うけど、俺丸腰だし?」


とりあえず刺激しないようにそう言って俺は両手を上げてみせる。
所謂ホールドアップってやつだ。

「とにかく刀おさめてこっちに来てほしーんだけど?せっかく雨宿りしてたのにずぶ濡れじゃ目も当てられねーし。」

ちょいちょいと手招くと、眇められていた瞳が一瞬きょとんと真ん丸くなる。
そんな表情に俺は微かに口の端を持ち上げた。
なんつーか、こーいう顔もするんだなぁ。
さっきまでの殺気の混じったような鋭い眼差しからは想像出来なかったその様子に、俺はもう一度目の前の抜刀したままの男――伊達政宗を東屋の中へと手招いた。


「とりあえずアンタの質問には答えるから。まずはその物騒なモノしまって、話を聞く体勢作ってくれよ。そうでなきゃ話になんねーだろ?」

「…………………………All right(分かった)。」


困ったように笑って見せると、渋々といった様子で政宗が刀を下ろした。
やれやれ…これでとりあえずは目前の命の危機は脱する事が出来た訳だ。
まさかこんな現代日本のド真ん中で刀を向けられる日が来るとは思わなかったけど。

「それで?アンタは誰だ?」
「俺?俺の名前は。」
?聞いた事ねぇな。どこの配下だ?」

政宗が整った顔に眉を寄せる。
ああ、やっぱりそうきたか。
そりゃそうだよな。
戦国時代に苗字を持ってる平民なんて存在しなかっただろーし。
姓があるって事はどっかの武士だって発想は、当時なら至って普通の事の筈だしな。


「別にどこの配下でもねーよ。それに俺は武士じゃねぇ。」
「何?」


「『ここ』には武士だの侍だのはいねーんだよ。You see?」


東屋の外、街灯や自販機・広がる町並みを指差して、俺は片目を瞑ってみせた。




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