転校生 1






「それじゃあ簡単に自己紹介してくれるかな?」


新しく俺の担任になった教師の言葉に、俺は笑顔で頷いて教室内を見回した。
やっぱりどこでも転校生は物珍しいらしい。
担任の言葉に、興味津々と行った生徒達の視線が一斉に俺に向けられて、俺は内心で苦笑せざるをえなかった。
朝のホームルームという良くあるパターンに転校の挨拶をさせられるのは仕方ないとしても、女性徒達の舐め回すような視線は、いささか居心地悪い。
転校生のさだめとはいえ、出来れば避けたい事実なのは確かだ。


です。よろしくお願いします。」


無難に当り障りの無いコメントをして、俺は小さく頭を下げた。

「皆、仲良くしてやってくれよ?じゃあ、君の席だけど……ああ、桃城の隣が空いてるな。」

俺の言葉を受けて話を締めくくろうとした担任が教室を見回す。
一番後ろの窓側から2列目を指差してそう言う担任に頷いて、俺は下に置いていた鞄を手に指定された席へと向かった。


「よっ!よろしくな。」


担任に桃城と呼ばれた少年が、にこやかに声を掛けてくる。
身長は俺ほどじゃないけど、がっちりとした体型に、健康的な白い歯がチャームポイントのそいつは、屈託無い笑顔で俺を見上げてきた。


(へえ……ちょっとイイカンジ?)


内心で俺はそう思いながら、桃城に笑みを向けた。

「よろしく、桃城くん?」
「ああ、桃ちゃんでいいって。よろしくな、!」
「そう?じゃあ、俺もって呼んでよ。ね、桃ちゃん?」


言われた通りに呼んで、俺はにっこりと笑って見せた。
何か、桃ちゃんとは相性良いみたいだ。
何がどうって訳じゃないけど、何となくそんな気がする。
俺の感覚は結構当たるから、きっと今回も桃ちゃんとは仲良くやれると思う。
そんな風に思って俺は改めて桃ちゃんに笑ってみせた。


















「なあ~ー?お前この後どうすんだ?」

転校初日の授業が無事全部終わってホッとしていた所に、桃ちゃんが声を掛けてきた。


「んー?放課後?」

「そうだよ。俺、この後部活に行くんだけどさ、お前どうする?」


すっかり俺の案内役になってしまった桃ちゃんは、今日一日完全に俺の為に休み時間や昼休みを割いてくれていた。
正直言って分からない事や知らない所が多かったから凄く助かったし、桃ちゃんと一緒だと寄って来る野次馬を上手くさばいてくれたから、思った以上に今日は疲れたりしなかったと思う。
出来ればこの後も桃ちゃんと一緒に見て回れたら…とは思っていたんだけれど、流石に部活をサボらせる訳にもいかないし。
俺は暫く考えて机の上に頬杖をついた。


「そっか…桃ちゃんも部活があるんだよね?」
「何だ?どっか行きたい所でもあったのか?」
「うん…ちょっと見に行きたい所があったんだけど……。」

そこまで言って俺は小さく溜息をついた。
別に一人で行けない事も無かったが、そうするとさっきから後ろでコソコソやってるクラスメイトの女の子に捕まりかねないし。
別に、可愛い女の子は大好きだけど、興味津々でまとわり着かれるのはご免こうむりたい。
それって単に物珍しいってだけで、俺自身に興味を持ってくれてるって訳じゃないから。
俺は改めてどうしようかと溜息をついた。


「何だよ?どこに行きたかったんだ?流石にサボれねえけど、案内くらいは出来るぜ?」


困った様子の俺に気付いたのか、桃ちゃんが親切にもそう言ってくれる。

本当に桃ちゃんってイイ奴だ。
俺が女の子だったら速攻で彼女に立候補したい位だよ。
あ、でもこういうタイプって確かに女の子にも優しいけど、こういう『イイ奴』ってのは女の子にとってはマイナス要因なんだっけ。
誰にでも親切だから「私とどっちが大切なの?!」とか言われるタイプ。
まあ、友達としては最高だけど。
そんな事を考えながら俺は小さく苦笑した。


「あのさーテニス部、見に行ってみたかったんだよ。」


机に腰掛けて俺を見下ろしてくる桃ちゃんを目だけで見上げて、俺は息をついた。

「おいおい、マジかよ?!なら問題ねえじゃん。」

溜息をついた俺にそう言って、桃ちゃんはニマっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「何で?」
「俺テニス部なんだよ。好都合じゃん。」



「ええ~~?!桃ちゃんテニス部なの?!」



桃ちゃんの言葉に俺は思わず声をあげてしまった。

「何だよ、その反応は?!」
「え~?だって桃ちゃんってサッカー部かバスケ部ってカンジだったからさ…。」
「何だそりゃ?!」

俺の言葉に小さく苦笑して、桃ちゃんは下に置いていたテニスバックを手に取った。
まあ、とりあえず目先の問題は解決したようだし、良かったと思う。
こんな所でも桃ちゃんと俺の縁はあるんだなーなどと考えながら、俺も桃ちゃんにならって鞄を手に取った。


「じゃあ、行くか?テニス部。」
「うん!頼むよ。」


俺は先に立って歩き出した桃ちゃんの後を追って、廊下へと走る。
今日は本当に桃ちゃんのおかげで、何もかもがスムーズだ。
転校初日から本当にいい友達に巡り合えたと思う。
俺は改めて隣を歩く桃ちゃんに笑みを向けた。



「本当に桃ちゃんと友達になれて良かったよ~。」

「そっか?嬉しい事言ってくれるじゃん。…ところでさ、テニス部見たいって……テニス部入るつもりか?」

少し照れ臭そうに笑った桃ちゃんが、ふと思い出したようにそう聞いてくる。
まあ、確かに転校初日にそんな事を言えば、誰だってそう思うだろう。
でも、俺の目的はテニス部入部じゃない。


「う~ん、別に俺テニス部に入りたい訳じゃないんだ。知り合いがテニス部にいるはずだからさ、ちょっと顔見に行こうかと思って……。」


困ったように笑ってみせると、桃ちゃんは不思議そうに首をかしげた。

「知り合いなんか居るのか?誰だよ、それ?」
「ん~~ヒ・ミ・ツ♪あとのお楽しみ!」

そう言って俺はペロリと舌を出してみせる。


確かに知り合いは知り合いだ。
向こうは縁を切りたいと思ってるかもしれないけど。
だからこそ、突然行って驚かせたいっていうのもある。
俺は結構あいつの事気に入ってるんだけどなー。


(そういえば………3ヶ月ぶり位かな?)


俺を見て驚く顔が目に浮かぶ。


「何だよ、気味悪ィな~。」
思い出し笑いをしてしまっていた俺を横目で見て、桃ちゃんが眉を寄せる。

「酷いな~それー。」

俺はもう一度苦笑して、桃ちゃんの背中を軽く叩いた。


















桃ちゃんに案内されて連れて来てもらったテニスコートは、俺が思っていた以上に広くて、俺はその広さに唖然としてコートを見渡してしまった。
フェンスの外から見ても分かる位きちんと整えられたコートは、来る途中に桃ちゃんが教えてくれたように強豪校ならでは…という感じだった。
まあ、あいつが居るっていう位だから、それなりの学校だとは思ってたけど、やっぱり想像以上な気がする。
俺は部員達の邪魔にならないようフェンスの外から見る事にして、ここまで連れて来てくれた桃ちゃんと別れた。


「居るかなーあいつ………。」


俺は目的の人物を探して目を凝らす。
最後に会ってから3ヶ月位しかたってないから、気付かないって事は無い筈なのに、目的の人物は見つけられない。
おかしいなーと思いながら、俺はコートの中を見回した。

「どうしたー?知り合い、居ねえのか?」

首を傾げている俺を不審に思ったのか、桃ちゃんがフェンス越しに近付いてくる。
そんな桃ちゃんに小さく苦笑してみせて、俺はそっと肩をすくめてみせた。


「おっかしいなー?もう殆ど集まってるぜ?今居ないのは……乾先輩と手塚部長と、それから……。」

俺同様にコートを見回した桃ちゃんが、一人ずつ指を折っていく。
それを無言で見ながら俺は大きく溜息をついた。
せっかく顔を見に来たのに居ないというのはどういう事だろう。
確かに青学のテニス部に入ってるっておじさんから聞いているのに。
今日一日のラッキーがここで潰えたような気がして、俺は何だか寂しい気持ちになってしまった。


「えーと後は越前くらいか………?」

俺が落ちこんでる間にも、居ない部員をカウントしてた桃ちゃんがそう言って4本目の指を折った時だった。




っっ?!!!」




俺の背後から聞き覚えのある大声があがる。

「おお!噂をすれば越前じゃん。」

俺の後ろを見て笑顔を浮かべた桃ちゃんと、振り返ったリョーマの顔は本当に対照的だった。



「リョーマ!久しぶり~~♪」
「何でこんな所にが居るのさ?!」



ジャージを着て、愛用のラケットを持ったまま固まっているリョーマは、以前と少しも変わってなかった。


「何でって……そりゃあ転校して来たに決まってるでしょ?」

あまりといえばあまりの反応に苦笑しながら、俺はフェンスに寄りかかる。
すぐ後ろに居た桃ちゃんが不思議そうに目を丸くしているのを見て、俺は小さく笑ってしまった。


『俺が聞いてるのは、何で青学に居るのかって事だよ!』
『それはうちのじいさんが、ここの学園の理事長と知り合いだからだね。』
『だからって素直にが言う事聞くタマじゃないだろ?!』
『おいおい……えらい言われようだね。』


「あ……おい、お前ら………。」


噛み付いてくるリョーマをいなしていると、恐る恐る…といった感じに桃ちゃんが声を掛けてくる。
その呆然とした表情を見て、俺はハタ――と我に返った。
そうだ、リョーマに合わせて英語で言い合いをしてたんだった。


「ああ、ゴメンゴメン。見つかったよ~~知り合い♪」

リョーマを指差すと、桃ちゃんは不思議なものでも見るかのように俺とリョーマを見比べる。
一方リョーマはといえば、拗ねたような怒ったような複雑な表情で俺を睨みつけてくる。
そんな顔しても可愛いだけなんだけどなー。
相変わらずなリョーマに思わず笑みが零れた。


「おまえら……どういう知り合いだ?」


目が点状態の桃ちゃんの言葉に笑って見せてから、俺は隣に立つリョーマを見る。
チラリと笑って見せると、リョーマがどこか嫌そうに顔を歪めた。
そういう顔されるとますます悪戯したくなるなあ。
俺は内心でほくそ笑んでニヤリと口元を歪めてみせた。




「リョーマはねー…………アメリカ時代のボーイフレンドだよ♪」




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