別に俺は聖人君子でも何でも無いから。
世界の全ての命を護りたいとかじゃないんだ。
ただ、画面を通して描かれていくあいつらの生き方が、生き様が、あの表情が――。
俺の心を震わせたから。
だから一方通行な想いだとか、相手が現実に存在しないとか、そんな事さえも関係なかった。
ただ俺の知る、俺の思う大切な存在を――たった一握りの者達を護りたいと思った。


たった一つでもいい。
幾重にも重なり合う、次元の違う幾多の世界の中でたった一つだけ。
ほんの一握りでも、俺の力で護りきりたかった。






白銀(しろがね)のWizard 1







俺、は、所謂国家公務員だった。
とは言っても、俗に言うお役所仕事の類の公務員ではなく、一言で言うなら国直轄の研究機関に勤める研究者の1人だ。
歳は20代中頃で研究者の中では確かに若い部類には入るが、この研究施設の実質ナンバー2の肩書きを許される程度には権限と権威を与えられている。
そしてそれを認められるだけの能力も当然持ち合わせていると自分では自負している。
これでも一応魔術系の某一流有名大学を上位の成績で卒業して、そこの大学院の研究員生として実績をあげていたので、この歳でもこの業界内では研究者としての知名度はある方に入る筈だ。


その俺の研究対象…というか研究の専門は『時空間転移』。
それも『魔術系』分野が俺の専門になる。

つまり科学技術とは別に魔術系の力によって『こことは違うどこかへの道を開く術』を見つける研究をしているのだ。
俺がしている研究…いや、俺が所属している国家機関は。




「さてと、これで準備は万端………かな?」


誰も居ない、だだっ広い研究室の片隅でポツリと誰に言うでもなく呟いて、俺は準備した全てのモノを今一度確認する。
俺がこれから行おうとしている事。
それはきっと見る人が見れば、愚か以外の何ものでもないんだろう。
そう思われたとしてもおかしくない事を、それだけの事を俺はこれから行おうとしているのだ。
そう…俺の国家公務員としての立場や権限も、研究漬けとはいえ平穏だったはずの毎日も、今まで積み上げてきた――別に欲しくは無かったけれど――研究者としての地位や名誉も、全てが無に帰す。
これから俺が行う『行為』によって。

でも、俺は決めたのだ。
誰が俺を蔑もうと、愚かしい事だと嘲笑おうとも、俺は彼の道を開いてみせるのだと――そう決めたのだ。

こことは違う世界。
現実には存在し得ないとされている世界。
誰もが現実に存在しない世界だと、作られた世界だと信じて疑わない『世界』へと続く扉をこの手で開く事を。



『異次元空間』への道を開く事を――。



既にスタンバイに入っている転移系魔方陣に、昨日研究が終了したばかりの時空軸のデータ、それに空間固定と時空固定のゲートなど、諸々必要なものに落ちは無い事を確認して、俺は白銀に輝く法衣をバサリと羽織る。


「さてと、んじゃま…行きますか。」


トンッと足元で柔らかな白い光を湛えている半径1メートル程度の魔方陣の内円部に飛び込むと、一瞬ふわりと緩やかな風が法衣の裾を巻き上げる。
その風を鎮めて俺は静かに目を伏せた。




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