俺は昔からデカイ奴が苦手だった。
子供の頃から俺の周りに居たデカイ奴らは、揃いも揃って皆俺を見下す事しかしなかったし、実際そいつらに挑んでも体格的な差は歴然で、ことごとく辛酸を嘗めさせられ続けてきたからだ。
だから、たとえ進学や進級で新しく知り合う機会があっても、深く付き合ってそいつがどういう奴かを知る前に、一方的に俺の方が相手を敬遠してしまう…そんな事ばかりが続いてしまって。
いつしか俺の中では長身イコール苦手という嫌な公式が出来上がってしまっていた。


トラウマにも近い俺の苦手意識――。


それを変えてくれたのは、俺が最も苦手とする筈の『長身』の人物との出会いだった。






苦手意識






その日、俺は従兄弟のオサムちゃんに会う為にアメフト部が練習しているグラウンドへと足を運んでいた。
オサムちゃん――小判鮫オサムは俺の母方の従兄弟で、俺より2歳上の今高校3年生。 今は巨深高校アメフト部の主将をしている。
昔からオサムちゃんは、一人っ子の俺の事を何かと気に掛けてくれている、俺にとっては優しい兄貴みたいな存在だった。
ちょっと気の弱い所もあるけど、決して人を傷付けたりしないオサムちゃんが俺は大好きで、進学先もオサムちゃんと同じ所へ行きたくて巨深高校を選んだ位だ。
そのどちらかといえば、争い事とか揉め事とか荒っぽい事からは縁遠い性格のオサムちゃんがアメフト部の主将をしていると聞いた時は流石に驚いたけど、優しくて仲間思いのオサムちゃんならきっと皆と上手くやっているに違いない。
そんなオサムちゃんに母親からの頼まれ物を手渡す為に、俺は今日こうしてはるばる放課後のグラウンドまで足を運んできたという訳だ。




「ええと…オサムちゃんは………と。」

のんびりと歩きながら少し離れた所から、練習中のアメフト部――巨深ポセイドンというチーム名だというのはつい最近知った――の様子を窺ってみる。
グラウンドのあちこちに見えるブルーグリーンのユニフォームの集団。
その中に、見慣れたオサムちゃんの姿を探してはみるものの、肝心の背番号14番はどこを見渡しても見つけられない。
まあ、オサムちゃんは俺より背が低いから、もしかしたら向こうで固まっている集団の中のどこかに埋もれていて気付かないだけなのかもしれないけれど。
しかし、かといって練習中のあの集団の中に乗り込んでいくだけの勇気は流石に無く、俺は一向に見つからない探し人の姿に、一体どうしたもんかと途方に暮れるしかなかった。



「あれー?~~?」



不意に頭上から妙に明るい声がして、降り注いでいたじりじりと焼けつくような陽射しが遮られる。

「っ?!」

振り返った俺の視界に真っ先に飛び込んできたのは、オサムちゃんと同じブルーグリーンのユニフォームだった。


「み、水町…っ?!」

「ンハッ!何でがこんなトコ居るわけ~~?」


俺を見下ろすようにして顔を覗き込んでくるのは同じクラスの水町健悟。
俺の苦手とする『デカイ奴』を地でいく奴だ。
そしてその隣には、同じく巨深ポセイドンのユニフォームに身を包んだ筧駿の姿。
こちらも水町に負けず劣らずの長身だ。



「筧先生、どうかされましたか?」
「何かトラブルでも?」

目前の長身二人の迫力に押され、二人と対峙しているだけでいっぱいいっぱいの俺の後ろから、更に追い討ちを掛けるようにして新たに2種類の声が掛けられる。

「ああ……大平、大西……。」

筧の言葉に振り返れば、筧・水町以上に長身の選手が二人。
水町や筧と同様にオサムちゃんのチームメイトである大平洋と大西洋の姿を認めて、俺はこのままこの場を逃げ出してしまいたい衝動をこらえるので精一杯だった。



だって考えてもみてくれ。
一人だって遠慮したい長身の奴らが、揃いも揃って4人、俺を取り囲むようにして立っているのだ。
たとえ何の苦手意識も持っていない状態だったとしても、その圧倒的な迫力に呑まれて気後れしてしまってもおかしくはない。
とはいっても、俺だって一応175センチはあるんだから、決して小さい方ではないはずなのだ。………普通だったら。
しかし、いかんせんこんなデカイ奴らに囲まれてしまったら……。
そりゃもう傍目には大人と子供のように見えている事だろう。
そんな状態に放り込まれても何とか踏みとどまっているなんて、俺にとってはもうこれは殆ど奇跡に近い状態だった。



「それで?一体どうしたんだ?」
?ああ、本当だ。」
「珍しいな!がこんな所にいるなんて。」

大平と大西から視線を戻して、ガチガチに固まっている俺に筧がもう一度声を掛けてくる。
その言葉に大西と大平も驚いたように目を見開いて、眼前の俺の顔を見下ろした。


――?」
「どうした?何かあったのか?」

無言のままの俺に、皆が不思議そうに顔を覗き込んでくる。
しかし、その場に居るだけでもういっぱいいっぱい状態の俺は、マトモに口を開く事すらままならない。


「―――何だい?さっきから黙ったままで?せっかく筧先生が声を掛けてくれてるっていうのに。」
「ん~……あ!もしかして~もアメフト部入りたいとか~~?」
「おお!それはいい!!アメフトはいいぞ!男のスポーツナンバーワンだ!」
「えっ?!あ、いや……俺は………………。」
「確かに。君も入部して身近で筧先生の凄さを見てみるといい。ああ、何なら今から見学でも構わないと思うが?」
「そうそう!入部希望者は大歓迎じゃ~ん!」
「いや、だから俺は別に……っ!」
「心配する事は無いぞ!入部の暁には筧先生の一番の弟子であるこの大平がアメフトの何たるかを――。」
「は?!何を言っているんだ?!筧先生の一番の弟子はこの大西洋だ!君なんかでは荷が重過ぎる。」
「何だと?!」
「なあなあ!そんな事よりさーってどこのポジションやってみたい~~?」
「だ、だから俺は……っ!!!」


「………おい、いいかげんにしないかお前ら。」


頭上で繰り広げられる3人の半ば俺を無視したような怒涛の会話の流れに、俺は半分眩暈を起こしそうになっていた。
ただでさえこの現状に追い詰められているというのに、こいつらは一向に人の話は聞かないわ、ものすごい迫力で口論し始めるわ……。
俺はわが身に降りかかった不幸に、恥も外聞も無く泣きたい気分になってしまった。

「だ、大丈夫か?」

相変わらずぎゃいぎゃいと騒がしい3人を横目に、一人喧騒から離れ気味だった筧が、どこか心配そうに声を掛けてくる。
その気遣わしげな声に恐る恐るすぐ間近の筧を見上げてみれば。
予想外に優しい眼差しが俺を見つめていた。



(―――――?!)



いままで俺が出会ってきた俺を見下す事しかしなかったデカイ奴らとはどこか違った眼差し。
そして、この状況の中で戸惑っている俺を唯一気遣ってくれた筧。
その優しげな表情に、ふっと今まで張り詰めていた何かが解けて、いつになく気が楽になった俺は、こんな状況にもかかわらず自分でも驚く程自然に笑みを浮かべていた。


「ん……あ、ありがと筧………。」

「――――っ!……あ、ああ………。」


戸惑いがちに見上げてそっと目を細めれば、一瞬驚いたように目を見開いた筧の頬に僅かに朱がのぼる。
そのどこか照れたような表情に、俺の心臓はドクン――と一つ大きく跳ね上がった。



「あ~~~?!何だよ二人して赤くなっちゃってさ~~~?!」

どうして良いか分からず俯いた俺の頭上から、不意に水町のからかうような声が降ってくる。


「なっ?!」
「えっ?」
「何~?筧ちゃんってばもしかしてにときめいちゃったりとか~~~?」
「ばっ…!何言ってる水町?!」
「ンハッ!やっぱりそうなんだー?」
「水町っ!!てめっ!!!」


水町の言葉に、ボンッ――という音がしそうな位赤面して、筧が水町に掴み掛かる。
何しろデカイ図体なだけにそれだけでも俺にとってはかなりの迫力なのだが、当の水町はといえば何でもない事だと言わんばかりで――それどころか目を半月型にして更にからかうような視線を筧に向けている。


「照れんなって筧~~。」
「この!まだ言うか水町!!」

「あわわわわわ………!ちょっと二人とも!」


何とか目の前の騒動だけでも何とかしようと試みてはみるものの、とてもじゃないが俺一人の力ではこの二人を何とか出来るとは到底思えない。
いやもう、下手に関わったら巻き添えで吹っ飛ばされかねない勢いだ。
かといって誰かに仲裁を頼もうにも、大西と大平の二人も相変わらず俺のすぐ隣でどちらが筧の一番弟子かで喧々囂々揉めたまま。
周りを見ても他に頼めそうな人物は皆無。
段々とヒートアップしていく、俺の頭上で繰り広げられる大平・大西の二人とはまた違った筧と水町のやりとりに、俺は完全にお手上げ状態で今度こそ本気で泣きそうになってしまった。




「うぇぇ~~オサムちゃ~~~~ん!!!!!!!」




やはり、こんな事ならあの時…一番最初にこいつらに見つかった時に逃げておけば良かったかもしれないと我が身の愚かさを嘆きながら――。
俺は半泣き状態のまま力の限り従兄弟の名前を叫んだのだった……。




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