そう言って立ち塞がった俺を見つめる進の瞳は、戸惑いと焦りに揺れていた。
きちんと愛して
王城高校2年、、17歳。
ただいま猛烈に不機嫌である。
何が理由って、言うのも空しいというか情けないというかバカらしいというか……。
しかし、確かにそれが理由で腹も立てているんだけれども。
えー…つまり何だ。ぶっちゃけ言えば不満な事がある訳だ。
何の不満かって?
そりゃ決まってる。
付き合い始めた相手に対する不満だ。
つい先日、暴挙とも思える告白をした結果、何と奇跡的にもOKをもらえて、晴れて恋人としてお付き合いを始めたはずの、俺の彼氏(?)。
王城ホワイトナイツ、いや日本の高校アメフト界きっての最強ラインバッカー。
進清十郎。
奴に対する不満で、俺は半ば憤死しそうな勢いだった。
何が不満って………あいつ!俺と付き合うの承知しておきながら、キスどころか手ぇ一つ握ってこようとさえしてきやがらねぇ!!
そりゃ最初はこんな特異な関係だから仕方ねぇかな?とは思ったけれども。
あれから1ヶ月経っても何の変化も無し。
それでも、俺からこんな関係を持ちかけたんだから……照れや戸惑いで自分からは無理なのかもしれない…と自分に言い聞かせて進が俺を見てくれるのを待った。
しかし――
今日に至るまで、あいつは本当に一度として俺に触れる事も無かった。
俺だってごく普通の健全な男子高生なんだから、好きになった奴と普通に付き合いたいと思うし、付き合ってるなら普通にそれらしい関係にだってなりたい訳で。
なのにあいつときたら、相も変わらず毎日アメフト・アメフト・アメフト…!
ろくに俺の事なんか構いもしない上に、ようやっと二人きりになったかと思えば、話はやっぱりアメフトの事ばかり。
それどころかちょーっとその気で迫ってみて、運良くイイ雰囲気になったとしても、まるで逃げるようにして慌ててその場を離れてしまうのだ。
そんな事が続けば、そりゃあいい加減腹も立ってくるだろう?
やっぱ嫌だったのか?!一時の気の迷いだったとでもいうのか?!
つーか、もしそうなら嫌なら嫌だと……そりゃ言われたら言われたでショックはショックだけど、このまま生殺し状態を続けられるよりは遥かにマシだと思う。
俺はもう完全にブチ切れ状態で、珍しく逃げ腰の進清十郎の前に仁王立ちで立ち塞がったのだった。
「進?てめぇどういうつもりだよ?」
俺は俺より上にある進の顔を見上げて、これ以上無いってくらいにニッコリと笑ってみせる。
こめかみがピクピク引き攣っているような気がしないでもないが、この際それは無視だ。
今日こそは逃がさねぇ。
どういうつもりで進が俺から逃げ回ってるのか。
その真意を聞き出すまでは梃子でも動かねぇぞ俺は!
「どう……といわれてもな……。」
「……一応聞くけどさ、俺ら付き合ってんだよな?」
「ああ。」
「恋人って関係だって事だよな?」
「そうだな。」
「お前本当にそう思ってる?つーかさ、お前本当に俺の事好き?やっぱこの間のは一時の気の迷いとかってのじゃない訳?怒んねぇから正直に言ってみ?」
言ってて何だか切なくなるが、ここは我慢だ。
だって本当に俺の事を好きじゃないなら意味が無い。
無理して付き合って『もらって』るなんて、空しいだけじゃん?
そりゃ俺は進の事が好きだから付き合いたいし、色んなコトしたいとは思うけど、中身が伴わないならそんなの欲しくない。
一番欲しいのはもちろん進の心――想いだから。
「何か誤解してるようだが、俺はの事はきちんと恋人だと思っているし、好きだと思っているのは変わらない。気の迷いなどということはありえない。」
「じゃあ聞くけどさ、何でお前いつも逃げるワケ?俺が仕掛けてもキスどころか、触ってもくんないじゃん?それってやっぱそーゆー関係にはなりたくない…って事だろ?」
やっぱ好きになったら少しでも相手に触れたいって思うもんじゃないか?
それが進には無いなら、俺の事は好きじゃないんじゃないか…と疑ったって仕方ないだろう?
「そ、それは………。」
俺の言葉に珍しく口篭る進。
いつもの無表情が崩れて、微かに頬の辺りに赤みがさしているような…。
これってもしかして…照れてる…とか?
え?何それ?!あのポーカーフェイスの進清十郎が照れて頬染めちゃってます…みたいな?
何なんだよ一体?!これってどーゆー意味だよ?!
「進……?」
「……触れたら………。」
「え?」
「一度触れてしまったら、俺はお前を壊してしまうかもしれない。だから………。」
どこか困ったようにそう言って、進はフイ――と視線をそらす。
相変わらずその頬は微かに赤みがさしていて。
その姿が何というか……異様に可愛いんですけど?!
いやいや!大の男が可愛いって、たいがい俺も脳みそイカレてると思わないでもないんだが、もうそれしか表現の方法が無いんだから仕方ない。
「じゃ、何?俺に触りたくない…とかじゃないわけ?」
「当然だろう?!」
進の予想外の勢いに、一瞬次の言葉が詰まる。
「そんな事ある筈もない。この想いを押さえ込むのに、俺がどれだけ…!」
「どうして押さえ込む必要あるんだよ?いいじゃん?俺だってずっと進に触れたかったよ?それが普通だろ?」
「お前は俺を分かっていない……………。」
酷く真剣な、どこか思い詰めたような瞳が、射抜くように俺の瞳に向けられる。
その初めて向けられる眼差しに、俺はどうする事も出来ない。
こんな進は見た事がなかった。
「な、何だよ?」
「一度お前に触れてしまったら、俺はこの想いを抑える事は出来ない。きっとお前を壊してでもお前の全てを俺のものにしようとしてしまうだろう。」
「俺、そんなヤワじゃないぜ?そう簡単に壊れるようなタマじゃないって。」
「しかし、お前の意思を無視してでも俺はをこの腕に閉じ込めてしまうかもしれない。触れるだけでは済まなくなる。を…傷付けてしまうかもしれない。俺はそれが何より怖い。」
何だよそれ?それじゃまるで、今まで散々俺から逃げ回ってたのは、俺の為…みたいじゃないか。
冗談じゃねーよ。
大切にしようとしてくれてるのは分かったけど、それって進の一方的な思い込みじゃねぇか。
俺はか弱い女の子じゃない。
だから大切にされるだけの、守られるだけの存在なんてまっぴらゴメンだ。
俺はじっと俺を見下ろす進の服の襟をグッ――と力いっぱい引き寄せて、噛み付くように唇を重ねた。
「――――――っ?!」
「ふざけんじゃねーぞ?」
「?」
「俺は男なんだよ。だから壊すだの傷付けるだの言ってんじゃねぇ。もし、進が本当にそんな風になったら、俺がぶん殴って止めてやる。だからちゃんとに俺を見ろよ。ちゃんとに俺という存在を感じてくれよ?頼むから……。」
もうこれ以上キツイのは勘弁してほしい。
俺が想うようには進に想われていないのではないか…と疑いながら付き合っていくのは耐えられない。
まっすぐ俺を見て、触れて、確かめて。
俺の全てを受け止めて。
心も身体も、想いも全部が一つ。…俺だから。
「………………覚悟しておけ?」
一言だけそう言うと、進は力強いその腕の中に俺を閉じ込め、今までの分を取り返すかのように何度も何度も優しい口付けを落としていった。
俺の膝が力をなくして崩れ落ちるまで……。