俺には欲しいものがあった。


それは金や権力では決して手に入らないもの。
だからこそ、俺は半ば家を飛び出すようにして泥門高校へ編入したのだ。
俺の背景にある何ものにも左右されない環境。
そこならいつかは手に出来ると信じていたんだ。

何よりもかけがえの無い『最愛の存在』を――。






いつかこの手に 1






俺、が泥門高校に編入してまず最初に興味を持ったのは、蛭魔妖一という2年生の存在だった。
悪魔――と恐れられているそいつは、俺が見たところ、類まれなる観察眼と洞察力、そして知的で冷静な統率力のある戦略家的リーダーといった感じだった。
畏怖は抱かれていても、嫌悪や憎悪の対象には決してなりはしない。
そうさせないだけの能力と知略、人間性をもった人間。
その蛭魔が何よりも優先させ力を注いでいるのがアメリカンフットボールだと知って、俺は思い切ってアメフト部への入部を決意した。
もしかしたら今の俺の、この満たされない思いを壊す事が出来るかもしれない。
ここなら――蛭魔の作り出す世界の近くなら、俺の欲しいものが手に入るような…そんな気がしていた。




ラスベガスのカジノを思わせるような外観のクラブハウス。
そこがアメフト部の部室なのだと聞かされて足を運んでみれば、その一種異様な建物を前に、アメフト部員と思しき数人連れの姿が目に映る。
とりあえずは部員から蛭魔に繋いでもらおうと、俺はその数人連れの部員達に声を掛けてみた。


「なぁ、ちょっといいか?」

「ああ?」


俺の声に、一番後ろを歩いていた短髪の奴が不機嫌そうに振り返る。

「あんたら、アメフト部員?」
「だったらどうなんだよ?」

「どしたー?十文字ー?」


足を止めた一人につられるようにして、前を歩いていた黒髪と眼鏡の男が訝しげに振り返る。
アメフト部員というよりは、ちょっとガラの悪い不良といった感じの様相。
しかし、シャツの袖口から垣間見える腕や体つきは確かに鍛えられたスポーツマンのそれで。
一癖も二癖もありそうな、こんな部員をも従えている所からも、俺は蛭魔という男に対する興味が湧き上がっていくのを感じていた。


「なーにやってんだよ?」
「いや……こいつがよ……。」
「誰、こいつ?」
「知らねぇよ。」


胡散臭そうに俺を見やる3人に、俺はどうしたもんかと髪をかき上げる。
俺はただ蛭魔に繋いで欲しいだけなんだが、どうやら声の掛け方でも悪かったのか、目前の短髪の機嫌を損ねでもしてしまったらしい。
それとも俺の態度なり外見なりに、気に障る何かマズい点でもあったんだろうか?
しかし、そればかりはどうにかできるような事ではないし。
やれやれ…という思いがついつい盛大な溜め息をつかせてしまった。

「何なんだよテメエ?!」

流石に俺のこの溜め息には残りの二人も機嫌を損ねたらしく、途端に3人の眉がつり上がる。
マズイ――と思った時には遅かった。



「ケンカ売ってんのかテメエは?!」



不意にグラリと視界が揺れ、黒髪の男に力いっぱい胸倉を掴まれる。
しかし、俺もただそのままやられっぱなしではいなかった。
掴まれた次の瞬間、俺は咄嗟に胸倉を締め上げている黒髪の男の手をクロスさせた両腕で勢い良く跳ね上げ、手が外れた衝撃でよろけた所を一気に屈み込んで足払いを掛ける。

「――?!黒木!」

仲間がやられた事に逆上した二人が俺に掴みかかってくるのを、俺は僅かに身体を反らして避けると、思い切り踏み込んで眼鏡の男の懐に肘を一発打ち込む。
そしてそのままの流れで、もう一人の短髪の奴の拳を取って後ろ手に捻り上げ、重なり合って倒れこんだ二人の上に重ねるようにして押さえ込んだ。


「ぐえっ?!」
「ぐ…はっ…!!」
「いてててててて……っ!!!」

「悪ィけど、暴れないでくんない?怪我すっから。」

とりあえず押さえ込んでみたものの、さてこの状況をどうしたもんかと思ったその時だった。





「何やってやがるテメーら?」

良く通る、耳に心地良い声が、その場に響く。



「 「 「ヒル魔!!」 」 」



既にユニフォームに袖を通したその右肩にはライフル、そしてスラリと伸びた左手にはヘルメットといういでたち。
倒れ伏している3人とそれを押さえ込んでいる俺を眉をしかめて眺めている強い光を宿した鋭い瞳。

「蛭魔……妖一……?」

俺の目的である人物。
蛭魔妖一その人だった。



「良かった。俺アンタに用があって来たんだけど、何か誤解されちゃったみたいで。」
「あん?誤解だ?」
「アンタから言ってもらえない?俺別に何もしないから手ぇ出すなって。」

そう言って押さえ込んでいる3人を指差す。
その様子に小さく舌打ちすると、蛭魔はジロリと眼下の3人を睨み付けた。


「チッ………………こんな所で余計な油売りやがってクソガキどもが!!」

蛭魔の言葉にゆっくり押さえ込んでいた手を離すと、一気に倒れこむようにして3人が地面に転がる。
その姿に蛭魔はジャキン――という音と共に抱えていたライフルを構えると、3人を追い立てるようにライフルを乱射した。



「さっさと着替えて来い!」

「 「 「ぎゃーーーーーー?!?!?」 」 」



ピュンピュンと目前で跳ねる銃弾に、盛大な叫び声をあげて3人組が跳び回る。
そしてそのまま蛭魔の弾丸に追い立てられるようにして、3人は部室へと一目散に駆け込んでいった。





「…………………………………で?」

「ん??」
「テメーは?」

ガチャリという音と共に乱射を止めた蛭魔がライフルを肩に担ぎ直す。


「ああ…俺、。今日編入してきた。ちなみに1年デス。」
「そのが俺に何の用だ?」


俺を射抜くような鋭い眼差しがまっすぐに向けられる。
どこか警戒したその様子に、俺は苦笑するしかなかった。


「あはは……警戒しないでよ。お願いがあって来ただけだし?」
「……………………………………。」



「ね?妖一サン?」

「?!!」


警戒を解いてくれそうも無い蛭魔の様子に、いっそフレンドリーに接してみるか…と思って名前を呼んでみれば、一瞬だけ驚いたように蛭魔の目が見開かれた。
その様子に、俺はしめたとばかりに口の端を持ち上げる。
どうやら蛭魔の興味を少しは刺激出来たらしい。
俺はそのまま屈み込むようにして上目遣いに蛭魔を見上げると、にっこりと笑みを浮かべてみせた。





「俺をアメフト部に入れてくんない?妖一サン………?」




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