Change the future 23







大阪から帰った翌日、俺は全身を襲う痛みに悲鳴をあげる事すら出来ない状態になっていた。
痛みだけならいざ知らず、特に腰から下は鈍く重い感覚で、動かそうにもほぼいう事をきかず、生まれたての小鹿さながらの状態で立つ事もままならない有り様だった。
とはいえ、それも前の日の晩初めて家康と身体を繋げたのが理由だと分かっているだけに、恥ずかしいやら消えてしまいたいやら…。
しかし情けない状況とはいえ、これでもまだマシな方なのだろう。
そういった男同士の情事の知識の乏しい俺ですら分かる程に、昨夜の家康は俺の身体を終始気遣ってくれていたのは確かだ。
俺だって同じ男だから、昂った状態のまま耐えるってのがかなり厳しいって事くらい理解出来る。
けれど家康は決して俺に無理を強いる事なく、俺が音を上げて自らねだるまで丹念に俺の身体を解きほぐし慣らしてくれていた。
だから初めての行為だったにもかかわらず、俺はそれ程苦痛を感じる事無く居られたのだ。



?起きているか??」


布団の中で昨夜の出来事を思い返して赤面していた俺に、ふと襖の向こうから声が掛けられる。
それが家康の声だと気付いて、俺はその場で盛大にビクリと飛び上がった。
瞬間、痛みが全身を走り、俺は小さく呻く。
それに気付いたのか、襖の外の家康の気配が僅かに揺らいだ。

「~~~ッ!」
「入るぞ??」

戸惑いがちに掛けられた声が途切れると同時に、目の前の襖が開き山吹色の着物を着た家康が姿を現す。
その心配そうに細められた琥珀色の瞳に見詰められて、俺は頬が急激に熱さを増していくのを感じていた。
だって仕方ないだろう?
昨晩――いや、ほんの数時間前まで目の前の人物と褥を共にして、肌を合わせていたんだ。
自分の身体にはまだ家康の熱や感触が色濃く残ってるっていうのに、そんな相手と真っ直ぐに顔を合わせられる訳がない。
特に俺は家康の前であられもない姿を晒してしまってるんだ。
恥ずかしがるなという方が無理な話だ。
俺は慌てて掛けられていた夜着を頭から被ると、そのまま褥の上で膝を抱えて丸くなる。
途端に又も痛みが身体を走って、再び俺は小さな呻きを漏らした。


「だ、大丈夫か?!?!」

「う………へ、平気……だ……。」
「すまん……ワシが無理をさせたせいで……。」


どこか申し訳なさそうな家康の声に、俺は被っていた夜着からそっと顔を出す。
まるで叱られた子供の様に眉をハの字にした家康が、俺の一歩手前で立ち止まり伸ばし掛けた手を彷徨わせている姿に、俺は思わず痛みを忘れてその場に立ち上がった。
当然の事ながら下半身に力の入らない俺がマトモに立てる訳もなく。
次の瞬間、膝が砕けてよろけた俺は、グラリと前のめりに倒れ込む。
慌てて手を着こうと手を伸ばした俺を、倒れる寸前の所で駆け寄ってきた家康が支えてくれて、俺は家康の胸元に顔を埋めるような形でそのまま縋り付いた。
途端に広がる家康の香の香り。
焚き染めた着物から香るその香りに俺はピクリと肩を跳ね上らせる。
昨晩ずっと俺の傍にあった香りと温もり。
俺を抱きしめた腕の中から常に俺の感覚を満たしていたそれが、こうして又すぐ傍で俺を包んでいる。
途端に甦る昨夜の出来事に、俺は身体中を再び震えが走り抜けるのを感じていた。

「ふぅ……危なかった!」
「あ、ありが……とう……家康。」
「本当に大丈夫か?無理をせんでくれ?」
「ああ……確かに……その…ちょっと動けないのは確かだが……。」

「う…ッ!す、すまん………。」

「いや、違うんだ!別に家康のせいじゃ…!」


又も項垂れる家康に、俺は慌てて目の前の家康の腕を掴む。
そのまま俺の傍を離れていきそうな気がしたからだ。



「俺だってアンタと一つになりたかったんだし……だから……その……そこまで気にされると……。」



俺だって一応は健全な男なんだから、したいって気持ちが無い訳じゃない。
それが好きな相手なら尚更だろう。
まさか自身が家康を受け入れる事になろうとは、流石に直前まで思いもしなかったけど。
でも俺はそれを後悔してないし、苦痛だと思ってもいない。
それどころか家康と肌を合わせている間、俺を満たしていたのは湧き上がる程の充足感と胸いっぱいに広がる幸福感だったんだ。
だから必要以上に家康が俺に対して引け目を感じる必要など、これっぽっちも無い。

「…………そうか?ワシの為に我慢しているのでは……ないのか?」
「昨日も言っただろう?俺は無理して我慢とか出来ないんだって。だからそんな風に思わないでくれ。じゃないと………。」
「じゃないと……何だ?」

「俺、又アンタとしたくなっても出来ない……だろ?」


そう言って赤くなりつつある顔を背けると、目の端で家康が息を飲むのが分かった。
そりゃ俺だって男だから抱かれるってのに全然抵抗が無い訳じゃないけど。
でも家康に身を委ねて、隅々まで曝け出されるのは決して苦痛ばかりでは無かった。
家康によってもたらされる温もりと感覚に酔って溺れて。
全てを与えられ、受け入れる事の心地良さを知った今では、それ程の抵抗感は無くなっていた。
でもそれは相手が家康だからで。
他の奴としろ…と言われたら冗談じゃない!と一発ぶん殴っているだろう。


………。」

「あ?!嫌ならいいんだ!すまん、俺自分の事しか―ッ!」


そうだ!家康が又俺を抱きたいと思うかなんて分からないのに!
完全に自分の感覚だけで考えていた。
家康だって可愛い女の子が相手の方がいいに決まってる。
1回肌を重ねたくらいで何を俺は思い上がっているんだ?!
俺は慌てて家康の腕から手を放すと身を翻した。

「何を言ってるんだ?嫌だと思う訳がないだろう。」
「そう……なのか?」
「おいおい…これじゃ立場が逆じゃないか?ワシがお前に嫌われていないか問うならともかく…。」
「何で俺がアンタを嫌わないといけないんだ?」
「何でって……ワシがお前に無理を強いてしまったんじゃないか……。」

どこか困ったようにそう言うと、家康は俺から目を逸らす。


「でも俺はアンタとするの…別に嫌じゃなかったし、無理にされた訳でもないし…。」
「だがに負担を掛けたのは事実だろう?」
「別にそんな事ないだろう?家康は俺を苦しめようと適当に俺を扱ったのか?」

「そんな事はない!!」

「だろう?だってアンタは俺が苦しくないように、辛くないようにずっと俺に優しく触れてくれてた。だったら俺に無理をさせたなんて思う必要…どこにもないだろ?」
………お前は…こんな時でさえワシの為にそう言ってくれるのか……。」


「違うよ家康。アンタの為に無理して言ってるんじゃない。本当にそう思ってるんだ。だから本当に気にしないで欲しい。さっきも言ったけど、アンタがいつまでも気にしていたら、俺もアンタと又したくなっても言えないだろ………………………抱いて…って。」


もう恥ずかしくて顔から火が出そうだけど。
でも家康がずっと気にしてる限りは、俺も何も考えず家康に甘えるなんて出来ないだろうから。
だから本当に俺が家康に抱かれてて嫌じゃなかったんだって、凄く幸せで気持ち良くてたまらなかったんだって分かってもらうしかない。
次もこうして抱き合いたいんだって思ってる事を理解してもらうしかないんだ。
俺は耳元で早鐘を打つ鼓動を感じながら、それでも逃げずに目の前の家康の呆然としたような顔を半ば睨むようにして見上げるしか出来なかった。


「…………?」
「な、何だ?」

不意に呼ばれて、俺はピクリと肩を揺らす。
そんな俺にそっと手を伸ばすと、家康は恐る恐る俺の頬に指先を触れさせる。
昨夜はあんなに熱っぽく俺に触れていたというのに、それと同じ手が今は躊躇いがちにしか触れられずにいるのに、俺は思わず顔が緩んでしまう。
可愛い――なんて言ったら流石の家康も困ったように笑うかもしれないが。
でも何というか凄くその素振りと表情が愛おしくて、俺は我知らず口元を綻ばせてしまっていた。

?」
「ん?」
。」
「うん。」
………っ!」
「どうした?家康?」
「本当に………いいのか?又お前に触れて……?」
「『触れていい』んじゃない。触れて欲しいんだ……家康……。」

もっともっと沢山触れて欲しい。
そして俺ももっと家康に触れたい。
こんな事を言うと淫らな男だと思われるかもしれないけど。
でも俺は家康ともっと一緒に沢山気持ち良くなりたいし、幸福と充足を分けあいたいんだ。
そう言うと、家康は静かに俺を引き寄せると、心地良い香りと暖かさを持つ腕の中に俺を抱き込んだ。
着物を通して伝わる熱が、僅かに速い鼓動の音が俺の胸の奥をきゅっと締め付ける。
俺の鼓動も触れた所から家康に伝わっているんだろうか。


「まったく………どうしてくれるんだ?」

「家康??」

ふと――溜息交じりの声がして俺は家康の胸元から顔をあげる。
その俺の瞳に映ったのは、苦笑とも困惑とも取れるような表情の家康の姿だった。


「そんな風に言われたら……すぐにでもお前を抱きたくなってしまうじゃないか。」

「な――っ?!」

「ワシの神子はワシを煽るのが得意なようだ。」
「ち、ちが――ッ!」
「ふふ……安心してくれ。このまましたりはせん。だが流石に先刻は堪えたぞ……お前に『抱いて』と言われた時は。」

「―――――ッ!」


どこか悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を覗き込んでくる家康。
その瞳に見詰められた上に、己の口走った言葉を家康の口から改めて聞かされて、俺は今度こそ顔が爆発するかと思った。
本当に俺はなんて事を口走ってしまったんだ?!
いくら本当の事だったとはいえ、冷静になればとてもじゃないがありえない行動だ!
出来る事ならこのまま消えてしまいたい!
俺はあまりの事にあわあわと動転したまま目の前の家康を力いっぱい引き離すと、もう一度夜着を被ろうと足元にある夜着へ手を伸ばした。
しかしその俺よりも早く腕が伸ばされて、目前で夜着は掠め取られてしまう。


「おっと!隠れるのはなしだぞ?」

「そ、そんな事言ったって…っ!」
「そんな風にされると益々離せなくなるじゃないか。全く……どれだけワシを魅了すれば気が済むんだ?ワシの愛しい先見(さきみ)の神子は……。」
「そんなつもりは――!」

「ああ、は無意識にワシを煽るのだな。だからワシはお前から目が離せない。」


そう言って家康は俺の赤くなった頬に唇を寄せる。
途端に俺の心臓が大きく跳ね上がった。

「いえ…やす――っ!」

「いかんな……本当は昨夜の名残を拭う為にお前を井戸へ連れていこうと思っていたのだが……。とてもじゃないがこんな状態のを皆の目には触れさせられん。皆がお前の色に()てられて邪な気をおこされては堪ったものではないからな。」

いかにも困ったというように眉を寄せて呟く家康。

「な、何言ってるんだ家康?!」
「何って……。」
「誰も俺なんか相手に邪な気持ちを抱く訳ないだろう?!」
こそ何を言ってるんだ。こんなにも人を惑わす色香を発しているというのに…。お前はもう少し己を客観的に見る術を身に着けた方がいいぞ?」
「いっ…色香?!そんな風に思うのは変わり者の家康くらいだ!!」
…………少しは自覚を持ってくれ。お前がそんな調子ではワシは気が気ではない。」


そう言って家康は盛大な溜息をつく。
まるで俺の方が何も分かっていないのだと言わんばかりのその素振りに、俺はもう困惑するしかない。
だって俺の何処に、何に、人を惑わすような色香があるっていうんだ?!
ま、まあ…家康は俺を少なからず特別に思ってくれているようだから、そういった点で多少は…そう『多少は』贔屓目に見てくれるのは分からないでもないが。
ほら、あばたもえくぼ…という言葉がある位だし。
でも俺だって自分の事はそれなりに理解しているつもりだ。
女性さながらに見目麗しかったり、家康のように誰の目から見ても美丈夫だったりすれば分からなくもないが、せいぜいが中の上程度の俺の何処を見たら家康の言う色香とやらがあるというのか。
普通に考えてありえないとしか言いようがない。
家康の言葉は俺の理解の範疇を超えている。


「そういう事だからな、すまんがもう暫くこのままワシの部屋に居てもらうぞ?」
「え?」


そういえばここは家康の寝室だった。
昨日湯殿で1度家康と身体を繋げた俺は、そのままその場で気を飛ばしてしまっていて。
くったりとしたままの俺を、家康が抱えて部屋まで戻ってくれたのだ。
流石にその時は湯(あた)りしたと周囲には言っていたのだが…。
しかし、1度火のついた熱は容易く抑える事は出来なくて。
結局その後部屋から人払いをしてもらい、俺達は明け方近くまでお互いの熱を身体に刻み付けていた。
そして俺はいつの間にか意識を失っていたらしい。

「ここに湯を持ってこさせよう。それならワシのの艶姿を皆の目に触れさせずに済むからな。」
「え?ここに?!」
「ああ、この時間では流石に湯殿という訳にはいかんが、たらい程度なら問題ないだろう。準備が整うまで少しの間辛抱してくれ。」

「で、でも――」

驚いてどうしていいか分からずに固まる俺に笑みを向けてそう言うと、家康は俺の脇と膝裏にその太い腕を差し込んで、へたり込んでいる俺をひょい――と抱き上げる。
そしてそのまま俺の額に一度だけ口付けると、俺の耳元に唇を寄せ腰が砕けそうな程に低く甘い声で囁いた。



「誰の目にも触れさせはせんさ………ワシだけが知っていればいい……お前のこんな姿はな。」




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