Change the future 21







大阪に来て4日目。
俺は家康に紹介してもらった異国の商品を取り扱う商人の元を訪れていた。
俺の場合、異国の物…というよりは未来の物なのだが、この国では物珍しい物という点において俺の持ちこんで来ている向こうの世界の物は同じような物だろう。
その向こうの世界から持ち込んできた幾つかを、俺は商人に買い取ってもらい、個人的な資金源を確保するつもりだった。
当然の事ながら商人の方も商売だから安く買い叩こうとしてきたが、如何せん世界に1個しかない物珍しさと、こちらの要望を飲まないなら他を当たる…といった俺の強固な姿勢が功を奏したのか、渋々とはいえ比較的高い額で買い取ってもらう事が出来たのは幸いだ。
後で聞いたところによると、辺境の小国の国家予算とほぼ変わらない額らしい。
茶器などの名器が国一つと引き換えに…なんて逸話があった事を思い出して、俺は自分の住んでいた向こうの世界との価値観の違いに驚きつつ、一方でそんな額すら支払う事の出来る大阪の商人の経済力の高さに脱帽するしかなかった。
まあ流石に一気にそんな金額を支払うとなると、蔵の中の金子を物凄い数持ち出さないといけなくなるので、受け取れた必要最低限――それでもかなりの高額だったが――の金子以外は、後日何回かに分けて三河へ届けてもらう運びとなった。
今更だが、銀行が無い世界ってのは不便だ。
高利貸しは流石に問題だが、こっちでも銀行のような事が出来ないだろうか。
BASARA屋なるものがある事を考えれば、あながち不可能とも言えないと思うのだが。
変な所でゲームっぽい要素があるもんだ。
そんなこんなで午前中を家康と共に商人との交渉に費やした俺は、これまでの礼の意味も込めて家康を食事に誘う事にした。



「気にする事など無いと言っただろう?これまでの事はワシの為だという事も分かっておるし…。」
「でも家康が仲立ちをしてくれたからこそ、北条殿や官兵衛殿・孫市殿も俺程度の身分の人間でも会ってくれたんだしな。それに今日だってこうして良い店も紹介してもらったし。」
「この程度の事でそうまで言われるとなぁ……ワシもこそばゆいぞ。」
「んー………じゃあ、こういうのはどうだ?コレ、俺の初めて自分で手にした金子だ。いつもアンタに世話になりっぱなしだった俺の、初めて自分で自由に出来る金だ。これでアンタとデートしたい。」

「でぇと??」

「あ…っと……ちょっと違うかもしれないが、逢引きというか逢瀬というか…そんな感じの事だ。まあ全然人目を忍んでないけどな。簡単に言えばアンタと二人の時間を楽しみたいんだよ。」


そう言って苦笑してみせると、家康が驚いたように目を見開く。
そもそも国主である家康とそう簡単にデートなんて出来る訳も無いんだが。
でもまぁお庭番達には変装なり隠れるなりしてもらって警護してもらうってのは有りだろうし。
普段は庶民の生活に触れる機会なんてなさそうな家康と、食事したり買い物したり遊んだり…そんな普通の事が出来たらいいなーなんて思った訳だ。
それに俺だって男の端くれだし、いつも家康に面倒見てもらいっぱなしってのも情けない。
だから庶民の生活レベルデートなんて家康からしたら高が知れてるかもしれないけど、たまには俺が家康に奢ってやる位の事をしたいんだ。

「ワシと一緒に…か?」

「そ。」
「逢引き……をか?と?」

「ダメ……か?」

いや確かに危険を伴う覚悟が必要になる訳だが。
でもほんの少しでいいから家康と一緒に歩きたかった。
何でもない時間を過ごしたかった。
俺自身の手で与えられる物を、家康と一緒に分かち合いたかった。

「…………ワシは……その……誰かとそのような事をした事が無いのでな……逢引きと言われても何をしたら良いのか正直分からんのだ……。」
「え?別に逢引きって言葉に囚われる事なんか無いんだぞ?俺は家康、アンタと美味しい物を食べたり珍しい物を見て回ったり…そんな何でもない普通の事がしたいと思っただけなんだ。」

「そうなのか?」

俺の言葉に家康が僅かにホッとした表情を見せる。
俺としては気軽なデートのつもりだったんだけど、逢引きなんて言葉を使ってしまったせいで家康を身構えさせてしまったらしい。



「付き合ってくれるか?家康?」


手を差し出し、そう問えば嬉しそうに笑む家康。
そうだ――俺は家康のこの顔が見たいんだ。
少なくとも家康が辛い決断や選択を迫られるその時までは。

そうして俺はほんの短い時間とはいえ、家康との初めてのデートを満喫する事になった。
屋台で天ぷらを食べ、飴売りから飴細工を買い、甘酒を飲み、書物屋と呼ばれる現代でいう所の本屋に立ち寄ってしこたま本を買い込んで。
それから大道芸人の見世物に目を釘付けにされている家康は、小さな子供の様でもあった。
金魚売りに出くわした際は、流石に金魚は買って帰れないので残念そうにしていたが、代わりにと言ってこの時代でもかなり珍しいであろう金魚の絵の施されたガラス製の風鈴を買ってプレゼントすると、家康はこれ以上ない位に喜んで俺をギュッとその力強い腕の中に抱き込んだ。

本当に何という事も無い、至って平凡なひと時。
でもその間に向けられた数多くの家康の笑顔は本当に嬉しそうで。
俺もそんな家康と共に過ごす、この何気ない時間が、空気が本当に心地良くて。
あっという間に過ぎ去ってしまったその時間を、俺は決して忘れられないと――そう思った。

そして俺達は三河で俺達の帰りを持っている井伊直政殿や榊原康政殿を始めとする家臣の人達への土産を購入すると、宿としている大店へ戻り、忠勝と共に大阪を後にした。
















「お帰りなさいませ家康様!殿!!」
「殿、神子殿、ご無事にお戻りになられてようございました!」
「お2人ともお疲れでございましょう。ささ、湯殿をご用意致しておりますれば!」
「湯殿にてお疲れを癒して下さいませ。」


三河に戻った俺達3人は、ほんの数日の事とはいえ帰りを首を長くして待っていたらしい家臣団の人達にもみくちゃにされながらの出迎えを受けていた。
家康や忠勝の事を待ちわびていたというのは分かるが、俺の事まで同じように無事を喜んでくれた事に嬉しいやら戸惑うやらで。
俺はガラにもなく涙腺が緩みそうになるのを必死に堪えていた。
まあ、家康には見抜かれていたようで、そっと目元を擦られてしまったけれど。

そんな俺達は忠勝が整備の為にとドックらしい整備場に向かったのを見送ると、家臣の人達に半ば追い立てられるようにして湯殿の中へと放り込まれていた。
そして現在。
俺は家康と共に旅の疲れを癒すべく暖かな湯に浸かりながらリラックスしたひと時を過ごしていた。
それにしてもこの時代にこんな湯殿があるって事が驚きだ。
確か史実では江戸時代ですら蒸し風呂とかが主だった筈なのに。
まあここは史実の世界とは違うんだし、普通に湯船のある風呂があってもおかしくないのかもしれないが。
でも流石に毎日という訳にもいかないのか、特別な時にだけ使われているようだった。
今回は殿の無事のお戻りとお疲れを癒して頂こう…って事で用意されたんだろう。
俺も便乗して恩恵に与る事が出来てありがたい事この上ない。


「ふぅ………気持ちいいな……。」


思わず零れた言葉に、家康が同意するように頷く。

「まったくだな。蒸し風呂や行水出来るだけでも幸せな方だが、やはりこうして暖かな湯に浸かると、心まで洗われるようだ。」
「ホントだな。癒されるって感じがする。」
は確か元の世界では毎日こうして湯殿を使っていると言っていたな?」
「ああ。元の世界では小さいながらも各家に普通に風呂が備え付けられていてな。入浴は至って普通の、毎日当たり前に出来る事だったから…。」

「そうか………ならばこちらでの暮らしはやはり不便だろう?」


確かにこちらでは、当たり前のように毎日溢れんばかりの湯を沸かし入浴するという訳にはいかないので、身体を濡れた手拭いで拭ったり、井戸水を組んで行水したり、せいぜいが蒸し風呂で汗を流す…位なので、確かに現代育ちの俺としてはおもいっきり広い湯船に浸かってさっぱりしたいと思う事は多々あった。
しかし、俺は時折厨で湯を沸かしているのに便乗して大きめのタライに湯を貰ったりなどしていたので、他よりも比較的優遇されている立場なのだから贅沢は言っていられない――そう思ってもいた。
これがこちらでの普通であるなら俺の方がそれに従うべきだろう。
郷に入れば郷に従え――とはよくいったものだ。
だから少し位の不便は当然の事として捕らえていたのだ。

「ん………正直不便は無いと言ったら嘘になるが……でも俺はそれも含めてそれら全てがこの家康の住む世界だと思っているし……生きていけない程の不便な訳でも無い。それに、新しい環境に順応するだけの能力は俺だってあるつもりだぞ?」
「そうか?無理をしてはいないか?」
「無理?そうだな…多分俺はどうにも耐えられないような事は無理して我慢とか出来ないだろうから、今はそこまでの事は無いって事だな。ここでの生活や人付き合いがそこまでダメなら、俺はとうの昔に自分の部屋に籠ってると思う。」


だってどうしても風呂が無いと生きていけないと思えば毎日自分の部屋に籠って風呂に入ればいい事だし、トイレだって水洗がいいなら自分の部屋のトイレを使えばいい。
布団や衣服、生活や何やらが辛いならこちらの世界とは必要最低限の関わりだけで済ませて、自分の部屋に籠り続けていればいい。
俺の部屋の中は何故か変わらず元の世界の生活水準を保っているのだし、ガスも電気も水道も使えるとなれば何の問題も無いのだから。
ただ、食材などの消耗品だけはどうにもならないだろうから、その点だけこちらの世界と関わりを持って後は全て関わらない。
何も見ない、何もしない、何も触れない。
そうしていれば俺は元の世界と同じ環境でずっと生きて行けるだろう。
でも俺はそれを望みはしないだけ。
家康の生きるこの世界で共に生きていたいから。
だから俺は今の生活を辛くて堪らないとは思わなかった。
そう言えば家康は大きく目を見開いたかと思うと、ふわりと穏やかな笑みを浮かべて俺の肩をそっと抱き寄せる。
触れ合う素肌を通して家康の熱が伝わってくるのを感じながら、俺は家康の背に腕を回した。


?以前ワシに幸せになって欲しいと言ってくれたな?」
「ああ、そんな事もあったな。」
「ワシはな、以前も言ったが本当に果報者だと思う。勿論それは三河の国の国主としてでもあるが、こうしてがワシの傍に居てくれて、ワシの事を想ってくれて、ワシが嬉しいと思う言葉をくれて……それだけでこんなにも幸せを感じられる。ワシはとのこの出会いを誰に感謝すればいいのか……。」
「感謝?」
「ああ。が言っていた事を思い出していたんだ。未来というのは定まってもいなければ、沢山の可能性があり、様々な世界が存在するのだろう?だとしたらと出会う事のないワシが何処かの世界に存在するのかもしれない…そう思えば、とこうして出会え想いを通わせる事が出来たワシは何と幸せなのかと…。この幸せを与えてくれた何に感謝すべきなのかと、そう思ってな。」


そうかもしれない。
俺は運よくこうして家康と出会う事が出来たけど、何処かの世界のもう一人の俺は、何事も無く至って平穏な毎日をただただ平凡に過ごしているだけなのかもしれない。
今までと何も変わらず、毎日仕事をして時には友人と息抜きをしたり、何の変哲もない、変化もない、平和で穏やかな毎日をただただ繰り返し。
そして何事も無く人生を終えていく。
これ以上なく裕福な訳でも、毎日の生活に困る程貧しくも無く、誰もが憐れむような不幸を背負う訳でも、かといって何の苦労も無い程幸せにまみれているでもなく。
可もなく不可も無く、ただ平均的な生を生きていく。
それはそれで幸せなのかもしれないが、家康という存在を知ってしまった今の俺には、家康を知らず何の暖かさも心地良さも幸せも知る事無く日々を過ごすなんてもう考えられなかった。
そう、俺は幸運だったんだろう。
徳川家康という存在に出会えて。
溢れんばかりの輝かしい光に触れる事を許されて。
そして――唯一無二の存在として共に傍に居る事を許される身となれて。
そう考えれば家康の言う事も理解出来た。


「そう……だな。俺もアンタと会えた事を感謝したい。それがこの状況を作り出した神のようなものに…なのかは分からないが。でも一つだけ俺にも分かる事がある。」
「それは?」

「アンタに感謝してるって事。俺を選んでくれて、俺を求めてくれてありがとう。例え俺がアンタを求めていても、アンタが応えてくれなけりゃ今の俺達は無いんだから。だから俺はアンタに感謝してる。俺の想いを受け止めてくれたアンタに。」


そう、俺は同じ感謝するならアンタに――そう思っているんだ。
確かに家康の元へと俺の部屋を繋げた何かしらの意思は存在するのかもしれない。
でもアンタが最初に出会った時、俺に茶を勧めてくれなかったら。
俺の部屋へ来た時、俺の差し出した紅茶を受け取ってくれなかったら。
元の世界へ戻るまでの間三河へ留まる事を許してくれなかったら。
無防備な背中を俺に預けようとしてくれなかったら。
俺との絆を、2人の部屋を繋ぐ扉に着けた錠前の鍵に見出してくれなかったら。
調べ物を終えてこちらへ戻った時、暖かな褥に俺を迎え入れてくれなかったら。
俺をかけがえのない友だと思ってくれなかったら。
そして――俺を特別な存在として受け入れてくれなかったとしたら。
いくらでも今に至るまでの間に別の道へと進む可能性はあった。
その全てで現在へと至る選択をしてくれたのは家康。
だから俺はその選択をし、俺との絆を作ってくれた家康に感謝するんだ。
そう言って俺は間近の家康の顔を見上げた。


…………。」

見上げた先の家康の表情は、俺の言葉を受けてどこか泣きそうにも見えて。
俺は思わずその精悍な好青年を思わせる頬へ手を伸ばす。
指先から落ちる滴がぴちゃりと音を立て、湯船に小さな波紋を幾つも作っていく。
その濡れた掌で家康の頬に触れると、更にその表情が切なそうに歪められて。
次の瞬間、俺は抱き締められたままの状態で家康の口付けを受けていた。


「ぅ…ん――ッ」


まるで感極まったかのような家康の素振りに、口付けに、触れる唇の間から小さく吐息が零れ落ちる。
縋るように、俺を離すまいとするかのようにひたすらに俺を求めてくる家康。
俺はそのいつにない激しさに戸惑いながらも、家康のそれに応える。
暖かな腕が、重なる肌の温もりが、そして深く重なる唇が俺の中の熱を更に高めていくのが分かる。
家康によって与えられる熱に浮かされるような感覚。
それに溺れてしまいそうになって俺は家康の首元に手を伸ばし縋り付く。
そうでもしないと本当に溺れてしまいそうだった。

、お前はそうやっていつもワシを魅了する。その言葉で仕草で優しさでワシを捉えて離さない。ワシにこれ以上ない(さち)を与えてくれる。」
「い…え……やす………。」

「ワシがお前の想いを受け止めた?そうじゃないんだ。お前がワシを…ワシの想いを受け入れてくれたんだ。本当のワシに、そのままのワシに触れてくれた。感謝すべきなのはワシの方なんだ。」

唇が触れる程間近で囁かれる家康の言葉に。
俺は胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。
間近で見るそっと優しく細められた琥珀色の瞳の奥には平時では垣間見えない欲に濡れた『色』が見えて、家康が本当に俺の事を求めてくれているのが分かる。
俺が家康を求めているように家康も俺を求めてくれていて。
そして俺と同じ想いを共有してくれている。
同じ熱を求めてくれて、俺に触れてくれる。
それが嬉しくてたまらない。
俺は今度は自ら家康を引き寄せてそっと唇を重ねる。
心も身体も全て捧げるように。


「この肌も、身体も、髪も、瞳も、唇も…全てがワシを昂らせる。、分かっているか?お前の全てがワシを昂らせ、そして癒してくれるんだ。」

「俺も同じだ……家康。アンタの全てが欲しくて堪らない。」
……。」


縋るようにして求める俺に応えるようにして家康が再びその唇を俺のそれへと重ねる。
次第に深くなるそれに今度こそ溺れながら。
俺は抱き締める腕の力を強めた。




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