Change the future 20







「さて、所望の茶菓子も来た所で話を戻そう。神隠しから戻った者についての調査は分かり次第という事で良いな?」


勧められた茶菓子と抹茶と思しき茶の入った茶器を手に、俺は大きく頷く。
元からこの件については世間話と自己紹介のついでのつもりだったから、今すぐどうこう言うようなものでもない。
どちらかといえば、これからの話の方がメインのつもりだったから、孫市がここまで俺の件で話を聞いてくれたのは大収穫と言って良かった。

「それで?幾つか話があると言っていたが他は何か?」
「はい……こちらはどちらかといえば孫市殿へのお礼と言いますか贈り物と言いますか……。」
「礼?贈り物?一体どういう事だ?」
「先程の私の話をお聞き頂き、ご協力頂ける事に対しての私なりのお礼と言いますか……孫市殿に差し上げたいものがあるのです。それについてのお話になります。」

そう言って俺は手にしていた茶器を置くと、手元のディパックの中から先程孫市に見せたオイルライターを取り出す。
比較的安価のZippoだが、まあこの世界にオイルライター自体がある訳では無い以上、貴重品である事には違いないだろう。
それを孫市の目の前に差し出して俺は無言のまま頷いてみせた。
俺の掌の上で鈍く光るオイルライターに、僅かに警戒した素振りを見せる孫市。
そうか…未知の物に触れるのに警戒しない方がおかしい。
雑賀衆の頭領ともなれば、部下達皆を守る為に自ら危険を避けるのもトップに立つ者の責務の一つだろう。
俺は思慮不足だった事を反省し、孫市に頭を下げる。


「申し訳ありません、説明を先にすべきでした。これはオイルライターという物で、火種を作る物とお考え頂ければ良いかと。」
「火種を作る?」

「ええ。雑賀衆は銃火器の扱いにおいて右に出る者は居ない程の戦闘集団とお聞きしております。孫市殿も銃を使用されているとか。銃自体の構造については私も詳しくは存じ上げませんが、一般兵の皆様が使用される銃には火種は欠くべからざる物と存じます。その火種を容易に、そして安全に作り出せるのがこのオイルライターなのです。」


そう言って俺は掌の上のオイルライターを取り上げる。
俺がこのオイルライターを孫市への手土産と決めたのは家康の一言のおかげだった。
家康曰く、孫市が操る銃と違い、雑賀衆の一般兵は火縄銃を使用していると言うのだ。
勿論歴史的に見ても、戦国時代に使用されていた銃は火縄銃だというのは史実であり、何らおかしな事も無い。
となれば、火種を作り出せるオイルライターは雑賀衆にとって貴重な戦力となるだろう。
確かこの時代の火縄銃の類では、火縄の火を消さないよう常に気を配っていたらしいし。


「ほう?火縄の火種を容易に、そして安全に――か。」

「そうです。勿論、今でも胴火などを使われているとは思いますが、火縄に着火させる為の最初の火種として使用されれば、戦の前に早い内から複数の火種を確保しておく必要が無くなるのでは――と思いまして。」
「成程な……確かに火種の確保は我らも苦慮している所だ。」

「必要となるまで火種を確保しておく必要が無い為、火種の確保に割いていた人員と時間を別の用途に使う事が出来ますし、必要となれば一気に複数の火種を作る事が可能ですので緊急時にも対応可能です。長時間の火種の管理がいらない分、安全性も高まるでしょう。」
「もしもそのような事が可能であれば、我らはより力を強める事が出来るだろうな。」
「はい。そうなって頂ければ私としても本望です。」

「だが、それでお前に何の利益がある?」

「そうですね……正直俺自身の利益などどうでも良いのです。先刻も申しあげたようにご協力頂ける孫市殿への贈り物というかお礼というか…それが主だった理由なので。」


そう言って俺は苦笑気味に眉尻を下げる。
俺は孫市から向けられた問いに、いつの間にか対外的な仮面を外しかかっていた事に気付く。
今まで『私』として対応していた筈の俺は、瞬間的に無意識に孫市の問いに『俺』として答えていたのだ。
それに気付いた素振りの孫市の表情に、俺はもう一度苦笑してみせる。
やれやれ…どうやら俺は向けられた問いに瞬間的に素で答えてしまったらしい。
俺は顎に手を当てて暫く考えてから、孫市の力強い意志の宿る瞳を見返して口を開いた。


「そうですね………もしも何かしらの利益を私にお求めであれば、こういうのはどうでしょう?もし、このオイルライターをお気に召して頂き、万一これを雑賀衆で取り入れたいとお思いになられた暁には、三河と共同開発・共同制作という形を取って頂く。その利益が三河へも流れるようにして頂く。これで如何でしょう?それが私の利益となる…という事で。」

にっこり笑ってそう言うと、聞いた孫市よりもその場に居た家康の方が過敏な反応を返す。


「何を言っているんだ?!これはお前が孫市へ贈る物でワシらは何の負担もしておらん。それを…利権が三河へ流れるようになどと…!」
「いや、そうでもないぞ。勝手に話を進めてしまって悪いが、共同開発という話になれば実際に三河の技術者の力も借りなくてはならない。全く三河の国や民が負担を負わないという訳でも無い。」
「だが…!」

「実際俺自身に何か利益と言われてもな。以前にアンタにも言ったが俺がこちらで何かを貰い受けたとしても、あちらへは持って行ける訳でも無し。何の役にも立たんのだしな。それなら少しでもアンタの役に立った方がいいだろう?」

「…………………それは徳川に世話になっている礼という事か?」


俺と家康との会話に、ふと孫市が口を挟む。
それは何というか…何かを探り、確認しようとしているような感じで。
俺は訝しく思いながらも首を振ってみせる。

「確かにそれもありますが、それだけではありません。私はただ……家康を助けたいだけなのです。」
「助けたい?」
「はい。家康は何よりもこの日ノ本にとって重要な人物ですし。」
「………それは先見(さきみ)の神子としての言葉か?」

「………………………ええ。ご存じのように私は後の世を生きる者。家康はこの日ノ本に平和で穏やかな世を創る大切な存在。何れこの日ノ本を統べるのは徳川家康であるのは間違いない歴史の流れですから。私はそんな家康を助けたい…それだけなのです。」


そう言って俺は隣に座る家康に視線を向ける。
そうだ。俺はこの人を守る為に、この人を身を切るような痛みから悲しみから少しでも助ける為に、より良い未来への道を探しているのだ。
それが本当に上手くいっているのかは分からない。
でも少しでも、ほんの僅かでも苦しみを減らせたら。
悲しみを癒せたら。
痛みを紛らわせられたら。
たったそれだけでもいいんだ。
俺の大切な太陽が曇らないように。
俺の大事な人が笑って生きられるように。


「……………このからすめが。それで我らを丸め込んだつもりか?」

「え?」

、お前の徳川への態度、言葉、想い、そのどれもが先見の神子のものではない事くらい容易に分かる。」
「ど、どういう事でしょう?」

「………はぁ………本気で我らが分からないとでも思っているのか?お前のそれは伴侶への献身と同等だ。何が『何れこの日ノ本を統べる徳川家康を助けたい』だ。さも先見の神子の神託のようにお前は言うが、それは表向きのものだろう?お前は単に徳川個人の為を思っているだけだ。違うか?」

「な――ッ?!」
「まあいい。お前の思惑がどうであれ、我らはその言葉の示す内容をこそ重要とする。であれば、その内容によって我らも答えを出す事としよう。」


些か呆れ半分ではあるものの、そう言って孫市は俺に先を促す。
それに戸惑いながらも俺は再び口を開いた。

「と…兎も角も、これを孫市殿にお納め頂き、お役立て頂ければ幸いです。」
「承知した。ではの厚意、有り難く頂戴するとしよう。それで?どのように使えばいい?」
「原理については今は割愛させて頂きますが…このように扱います、どうぞお気を付けてご覧下さい。」

そう言って俺は手の中のオイルライターを着火させる。
ガチャリという音と共に瞬間的に上がった炎に、流石の孫市も一瞬驚きに目を見開いた。
炎自体は別段珍しいものではないのは分かる。
ただ、火打ち石などで火を起こす訳でなく、一瞬の内に小さいとはいえ炎を灯す事が出来るその技術は、確かに彼等にとっては未知のものだろう。
今のこの世界には存在しえない技術の提供。
それも俺の目的の一つだった。
そしてそれを軸に雑賀衆と三河の結び付きが強まってくれれば――言う事は無い。
だから俺は家康と相談して、これを孫市への手土産に選んだのだった。

「これは……………確かに興味深い。」

呟くように漏らされた孫市の言葉に、俺は家康と顔を見合わせほっと胸を撫で下ろす。
そしてそのまま、先程話題に上がった技術協力の話をもう一度持ち出した。


「お気に召して頂けたでしょうか?」
「ああ、これ程までに貴重な物……我らはその厚意に感謝しよう。」
「お気に召して頂けたのなら良かった。もしこれを量産されたいとお思いになられましたらご連絡を。原理等について少なからずお力になれるかと。先程も申し上げましたが三河と雑賀衆の技術力を合わせての共同開発事業、雑賀衆にとっても悪いお話では無いと思います。三河の技術者の技術力も、決して雑賀衆に劣るものではありません。戦国最強という生ける最大の結晶を見ればお分かり頂けるかと。」
「……………成程な。確かにその通りだ。検討しておこう。」


出来ればこのまま話が上手く纏まって、三河と雑賀衆との共同開発プロジェクトが出来てくれるといいんだが。
何もオイルライターを戦や武器だけに使用する必要は無い訳で。
厨での飯の煮炊き、夜間の灯りを灯す際など、日常生活のあらゆる場面に、いくらでも使い道はある。
そう考えれば、幅広い使い道のある商品として、あながち悪い物とも言えないだろう。
これは三河にも雑賀衆にも言える事だが、戦をするにも、国内を整備するにも、何をするにしても金はかかるものだ。
それを少しでもコレが補ってくれれば。
オイルライターの開発・生産が上手くいき、量産されれば、その利益で更に国が潤うかもしれない。

それに、今からでも雑賀衆との太いパイプを作っておきたいし。
三河の技術力もなかなかのものだが、やはりそれぞれに得手不得手というものはあるから、それを補える雑賀衆の技術提供は是非とも欲しい所だ。
まあ、この点で技術協力が難しかったとしても、次に提案するうちのお庭番との共同情報網の作成の件もあるから無理には望まないけれど。



「次に……これはどちらかといえば雑賀衆の頭領たる方とのお話になるのですが……。」

「ほう?ここからは個人的な話は脱するという事か?」
「はい。幾ばくかはご存じの事と思いますが、私は我が友家康の力を借り、新たなる忍組織を作り上げました。名を『お庭番』と申します。」
「ああ……最近良く話を聞くようになった。三河の新たな忍組織か。」
「その我がお庭番と雑賀衆との間に共同の情報網を構築出来ればと思いまして。」
「共同の情報網?」
「ええ、勿論雑賀衆の情報収集能力は他国の忍組織の情報収集力に劣るものではないと存じ上げております。だからこその共同情報網のご提案なのです。」

俺の言葉に訝しげに目を細めてみせる孫市。
それに一度頷いてみせてから俺はディパックの中からボイスレコーダーを取り出した。


「例え話を致しましょう。……謀反を起こそうとしている者が居るらしいが、それが誰だか分からない時、どうなさいますか?」
「相手を泳がせて尻尾を出させるだろうな。」
「もしその泳がせておけるだけの時間が無かったら?」
「情報を集めて証拠を掴むだろう。」
「ではその証拠、どのようにして手に入れられますか?」
「潜入・懐柔いくらでも方法はあるだろう。」
「確かに。ですが、その証拠という情報の提供を契約主から求められた際、何をもって証拠となさいますか?」
「何をもって……だと?」
「当然、調査の内容を包み隠さず証拠として提出なさるでしょう。ですが、その調査結果を契約主殿が信じない…又は認めない場合、何をもって証拠となさいますか?」

その俺の問いに孫市は意味が分からないといったように眉を寄せ口を閉ざす。
そもそも俺の言う『調査結果を契約主が信じない、又は認めない』ってのが意味不明なんだろう。
誰が裏切り者かを知りたいというから調べてその結果を報告しているのに、その報告を信じないだの認めないだのそもそもある訳がないってトコだろうか。
確かに普通に考えりゃそうなんだろうが、人間って生き物はそう単純に出来てないしな。
俺はあくまでも例え話だ…と前置きをしてから想定出来る話を孫市にしてみせた。


「人間とは勝手なもので……心の何処かではそれが正しいと分かっているのに、それを認めたくない――そう思う生き物です。もし謀反を警戒されているとすれば少なからず何かしらの兆しがあり、その場合心当たりがあるはずです。ですが一方でそれを信じたくないという思いもある。信頼している相手、信じたいと思う相手であれば尚更に。ですから、そのもたらされた結果が自分が信じたくないような結果だった場合、報告された内容を依頼主が信じたがらない…という事も考えられます。例えば……自分に毒を盛ろうとしたのが実の母親だった…というような場合などです。その場合、自分の聞きたくない現実を突き付けられた苦痛から『容疑対象を貶めようとしてそんな根も葉もないでっち上げをしているのでは?』と逆にコチラに矛先が向けられる可能性も想定されます。もしくは事の吟味の際に、同様の事を言って言い逃れようとする容疑対象も居るでしょう。誰もが信じざるをえない、反論の余地のない確固たる証拠……それが無くては依頼主も、容疑対象も黙らせる事は難しい。」


そう、完全なる証拠が無ければ人は納得もしないし、信じる事は難しい。
流言に惑わされてとか、虚言に引っかかって騙される可能性だってあるのだ。
誰だって確固たる証拠が欲しい。
でも逆に言えばそれだけの証拠さえ示せれば、それはかなり強力な武器となるという事だ。
それは勿論俺が話したようなお家騒動的な時にも使えるし、当然国同士の交渉の場でも同じように使える筈だ。


「なるほどな…一理ある。だが、それと我らとの共同情報網構築と何の関係がある?」

「我等お庭番衆は情報収集に特化した組織を目指しております。ですが、如何せん組織は発足したばかりで未熟な上、制度も情報網も整ってはおりません。そこで雑賀衆の情報網を共用させて頂きたいのです。代わりと言っては何ですが、こちらからは情報や証拠の質や精密度を上げる為のこの世界には無い技術を提供致します。如何でしょうか?」


そう言って俺は俺は手元のボイスレコーダーを再生してみせる。
途端に俺の声がボイスレコーダーから流れて、孫市はピクリと肩を震わせた。
そりゃそうか。
喋っても居ないのに俺の手元の小さな機械から自身と俺の声が聞こえ始めたのだから。
しかしほんの少し前の会話が一言一句違わずに聞こえてくる現状に驚きで目を見開いていた孫市も、ようやっとこのボイスレコーダーの用途に気付いたらしく、静かに目を伏せてボイスレコーダーから紡がれる音声に耳を傾けている。
そして音声が切れたのを確認してから腕を組むと、俺の方へ視線を向けると僅かに目を眇めてみせた。


「発言をそのまま記録する事が出来る絡繰りという訳か…これで情報の精度・重要性は高くなるという訳だな?」
「はい。その他にもこのような物も…。」


その言葉と共に俺は目の前の孫市を手元のデジカメで撮影する。
そしてすぐに隣の家康も同じようにカメラに収めると、撮影したその画像を開いて見せた。

「これはその場の状況を写し取る絡繰りです。まあ、偽物だと言われれば対処のしようもありませんが、現実を写し取る為のものであるのは見て頂いた通りです。これらを上手く活用すれば情報の質と精度は更に高いものとなるでしょう。勿論、それ以外の情報なども、お求めであれば提供する用意はあります。………如何でしょう?共同情報網の構築、悪いお話ではないと思いますが……。」

当然の事ながら、これらを技術提供なんて出来はしないから、ボイスレコーダーやデジカメが必要な時に貸し出すとか、俺の集めた情報の提供とかがコチラからの提供物になる訳だが。
聡明な孫市の事だ。
これらは一つの例に過ぎず、他にも俺の持つ様々なこの世界では得にくいデータの提供やら何やらもひっくるめての話だと理解してくれただろう。
お互いに無い物を補う形での共同情報網の構築なのだ。
正直、これは今すぐでなくても構わない。
少なくとも関ヶ原の前までにそれが出来れば。
この共同情報網の構築の真の意図は、雑賀衆との良好な関係を作っておき、東軍への参陣へ繋げたいというのが一番だからな。
勿論早い内から共同情報網が作れればそれに越した事は無いが。



「…………なるほどな…………先の共同技術開発と合わせて前向きに検討しよう。確かに我らにとっても悪い話では無い。」
「ありがとうございます。」

「それにしても…件の先見の神子がこのような戦略家だったとはな……徳川、想像以上に幸運かもしれんぞ。を手に入れたというのは。」

「――――――ッ?!孫市殿何を言って…っ?!」
「そうだな……ワシには過ぎた宝かもしれん。」

「ちょ…っ!家康まで何言ってるんだ?!」

何やら実態以上に過大評価されているらしい事態に、俺は慌てふためく。
北条殿の時も官兵衛の時も思ったが、こちらの人間は何で実態からかけ離れた過大評価をさらっとしてくれちゃうんだ?!
評価ってのはその実態に合わせてそれ相応の程度されるもんであって、大きくすりゃいいってもんじゃないってのに。
それとも何か?俺程度の人間はこちらでは高スキル扱いなのか?!



「ふっ…まあ、その宝に見限られぬよう、せいぜい精進する事だ。」



そう言って流し目で笑う孫市は、男の俺から見てもカッコ良かった。
カッコイイお姉さんは好きですか?と聞かれたら間違いなく頷く位には。




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