アナタと一緒に笑いたい 4
「それにしても大胆な事してくれたよなー出水?」
ホテルからの帰り道。
女性用メイクを落とした普段通りの出水と肩を並べて歩く。
大分遅い時間になってしまったから、このまま家まで送ろうと言えば、今日は米屋の所に泊まると言って家を出たから大丈夫だ――なんて言って。
俺のカレシ(正式)は、いつもの悪戯っぽい顔で笑ってみせた。
まったく…………ちゃっかりしてるというか何というか。
その米屋はオペレーターの宇佐美と一緒に、ちゃっかりしっかりホテルのロビーで出歯亀してやがった。
本人達に言わせれば心配で見守っていた…って事らしいが。
まあ、出水の話によれば女装メイクやら何やらしてくれたのが宇佐美で、出水の背を押してくれたのが米屋だって話だから、あまり口煩く言うのは止めておこう。
何たって、この2人が居なけりゃ出水と俺は今こうしていない筈なんだから。
「だってさ、さんに俺の本気分かってもらう為にはああするしかないと思って。」
「充分過ぎる程分かりましたー。」
「それに、あのままだったらさん、本当にお見合いさせられる展開だったんでしょ?それを阻止するには、もうあれしかないって思ったんだよね。」
そりゃ俺だって好きで女装なんてしたかないけどさ――そう言って苦笑する出水に、同じように笑ってみせる。
いや、それにしても出水の女装姿は凄かった。
「あ、失敗したなー。」
「え?何が??」
「『いずみちゃん』写真に撮っておけば良かった。」
「げ?!」
「だって、凄ぇ美人だったんだぜ?『いずみちゃん』。」
そう言って笑えば、少しばかり不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
そんなちょっと子供っぽい所も可愛いんだけどな?
でもそう言うともっと膨れそうだから、これ以上は言わないけど。
「そんな事言ってるけど、俺に迫られて真っ赤になってたさんだって、凄ぇ可愛かったんだけど?」
横目で俺を見て、ふふん――と鼻で笑ってみせる出水。
途端にその時の事が思い出されて、俺は一気に顔が熱くなる。
いやだってあんな風に出水に迫られるなんて思ってなかったし、それに出水凄ぇ美人だったし。
普通、美人に迫られてドギマギしない奴なんて居ないだろ?
とにかく…想像以上に美人だった、予想もしない奴からの、予想外の告白に俺は情けなくも取り乱してしまったんだよな。
「ほら…………又そうやって可愛い顔するし。」
「い、いや!だってコレはお前が恥ずかしい事言うから…ッ!」
「さんってさ、今までは凄ぇカッコイイ人だと思ってたんだけど、結構可愛いトコあんのな。」
「か……可愛いって…………お前な……。」
「ヤバイ、俺。」
「え?」
「今、凄ぇ無性にさんに触りたい。」
「はぁ――ッ?!」
何だか真剣な顔をしたかと思ったら、出水が予想外のそんな事を言い出したので、俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
まぁ、そりゃ俺だって出水に触りたくない訳じゃないけど。
でもいくら何でも突拍子もなさ過ぎじゃねぇか?!
それにここは結構人通りもある所だし、こんな所で何しようってんだ出水?!
「別に変な事しないって。でも手くらい繋ぎたいなー……なんて。」
「手繋ぐって………お前、ここ人目あるんだぞ?!」
「さんは俺と手繋ぐのって恥ずかしい?」
「バカ!そういうんじゃねぇよ!俺よかお前の方だろうが!俺みたいに半引きこもり状態の勤務体系の社会人ならいざ知らず、お前は学校とかボーダー内とかで色んな奴と接するだろう!俺と手繋いでたなんて見られたら、お前が変な目で見られんだぞ?!」
俺は基本、ボーダーの基地内で詰めてる事が殆どだし、仕事内容も比較的複数の人と関わる事もない。
確かにオペレーターの女の子達と接する事もあるけど、それはそんなに頻繁な事でもないし。
こう考えれば、俺に関わり合いのある人間なんてそう多い方じゃない。
でも出水は違う。
学校だってあるし、ボーダー内でも戦闘部隊に所属している都合上、色んな奴と関わらないといけない。
特にA級1位太刀川隊ともなれば、否が応でも色んな事に携わらずにはいられない筈だ。
活発で明るい出水は、交友関係も広いからただでさえ関わる人間は多いってのに。
今まで上手く対人関係をこなしてきている出水にとって、俺との事が噂になる事がマイナスになる事はあってもプラスになるなんてありえないだろう。
俺は出水の足を引っ張ったり、出水の評価や評判を下げるような事はしたくないんだ。
そう言えば、微かに目元を赤らめて出水がきゅっと唇を噛みしめる。
そしてそのまま何か言いたげに――けれど必死に何かを押さえ込もうとしているかのような顔をしてから顔を伏せると、呟くように小さく声を発した。
「もう…!何でそうやって嬉しい事言ってくれちゃうかな…!」
「え?」
「自分の事じゃなくて俺の事考えてくれたの?さん?」
「そりゃそうだろ。」
「じゃあ、俺と手繋ぐ事自体は嫌じゃないんだよね?」
「あ、当たり前!……………………だろ。」
そりゃ全然恥ずかしくないかって言われたら、そりゃ微妙な所だけど。
でもそれは『手を繋いでいる』事が恥ずかしいんであって、『出水と』だから恥ずかしい訳じゃないんだ。
まあ、流石に堂々と胸を張って…って訳にはいかないが。
「当たり前とか言われるともう……俺、我慢出来なくなりそ。」
「出水?!」
「今はしない。我慢するよ。せっかくさんが俺の事思ってくれたんだしね。けどさ、ホントはね?さんは俺のモノだって見せつけたいって思ってたんだけど。」
「おいおい、見せつけるって………誰に見せつけるんだよ?」
「俺のライバルに。」
「ライバルだぁ?」
思いもしなかった出水の言葉に、俺はあんぐりと口を開けたまま呆けてしまう。
だって出水のライバルって……つまりは誰かと出水が俺を取り合う…って事だろう?
逆ならいざ知らず、俺を巡ってとか……意味分からん。
出水は美形だし、A級1位の部隊に所属している事もあって、よく『出水先輩ってカッコイイよね!』なんていう女の子の会話を耳にする事もあるけど。
その出水を巡ってじゃなく、俺を巡ってのライバル関係なんて、ホント何をどうしたらそういう発想になるのか、完全に訳が分からない。
「心配しなくてもそんな奴居やしないっての。」
「それがさー、そうでもないらしいから俺心配なんだよね。」
「俺の事好きになるような奇特な奴なんて、出水くらいのもんだって。」
的外れな出水の心配に、俺は苦笑せずにはいられない。
そりゃあ俺だって男だし、女の子にモテるってのは嬉しくない訳ないけど。
でもそれは何というか…他人に嫌われるよりは好かれてる方がいいよねって事で。
だからって複数の女の子達に言い寄られたところで、全員と関係を持つ訳じゃないし、結局は俺が一番大事に思う人なんてたった1人なワケだし。
それが誰なのかっていえば、それは当然出水で。
その出水も、俺の事を想ってくれているなら、他の女の子を見る意味なんて…無くないか?
女の子大好きな佐鳥あたりに言わせたら、俺おかしな奴って事になるのかもしれないけど。
でもやっぱり俺は出水と笑っていたいから。
俺の特別は、出水のあの柔らかな俺にだけ向けてくれるであろう幸せそうな笑顔だけだから。
「それに俺にとって出水が一番なのに、何で他の子見ないといけないわけ?」
「~~~~~~~~ッ!!!」
今の自分の正直な気持ちを素直に伝えたら、耐えきれないといったように手を握りしめてふるふると小さく肩を震わせる出水。
あー………流石に今のはちょっと引くレベルか?
いくら何でも俺達、男同士だしな。
キモイって思われても仕方ねぇか。
マズったな――なんて内心で思っていたら。
俯き加減で肩を震わせていた出水が、無言のまま不意にガシッと俺の手を掴んだ。
「え?い、出水??」
怒っているのか――?そう思って出水の顔を下から覗きこもうとした次の瞬間。
顔を真っ赤にした出水が、キッと俺を睨むようにして熱っぽい視線を俺に向けてきた。
「ごめんさん!俺もう無理!我慢出来ない!!!」
叫ぶようにそう言い放った出水は、握った俺の手を引いてその場から一気に走り出す。
図らずも手を握る体勢になってしまった事に気付いたのは、俺の前を走る出水の手の熱さに気付いた時だった。
よく見れば、耳も少し赤いように見える。
照れて………いるのか?
最初は怒っているのかとも思ったけど、どうやらそうでもないらしい。
少し強い位に握られている出水の手は、出水の感情の昂りを表しているみたいで。
俺は何だかそんな所が酷く可愛く思えて、一方的に握られているだけだった手をそっと握り返す。
それに気付いたのか、1度だけ出水が驚いたように後ろを振り返った。
その見開かれた瞳に小さく笑んでみれば、出水はどこか困ったような戸惑ったような顔をしてふい――と顔を背ける。
そしてそのまま俺の手をもう一度握り返すと、ぐっと一気に走るスピードを速めた。
どれだけ走っただろうか?
実際はそう長い時間じゃなかったのかもしれない。
気が付いたら俺達は人けの少ない路地裏を走っていた。
「い――出水ッ!」
息のあがりかけた俺が声を掛けると、ハタ――と我に返った様子で出水が足を止める。
繁華街から少し離れた小さな工場が立ち並ぶ路地裏の一角。
一見すると廃工場とも見えるようなそんな寂れかけた工場の塀の前で立ち止まった出水は、後ろの俺を振り返ると握ったままだった手を引き寄せて俺との距離を縮めると、その綺麗なブラウンの瞳でまっすぐに俺を見据えてくる。
その瞳は相変わらず熱の籠ったもので。
俺は一瞬その瞳の強さにピクリ――と肩を跳ね上げた。
だって………何というか……その………凄く出水が俺の事熱っぽく見るもんだから……。
意識するなって方が無理な話だろ?
そんな俺を知ってか知らずか、出水は握っている手と反対側の手をスッと俺に向かって差し伸べてくる。
俺よりほんの数センチ低い筈の出水だが、その時の出水の俺を見る瞳の強さ・真剣さに気圧されて、俺はその気迫に思わず一歩後ずさった。
途端、背に触れる冷たい塀の感触。
驚いたように出水を見返すと、俺の頬を掠めるようにして出水が俺の背後の塀に手を着いた。
「…………さん……。」
塀に縫い付けられるような体勢になった俺は、片手を握られたままピクリとも動く事が出来ず、その場で石像のように固まってしまう。
そんな俺を一瞬笑ってから、出水はさらに俺との距離を縮めた。
「ど、どうしたんだよ出水?急に……。」
「さんが悪いんだよ?あんな事言うから…。」
「あんな事って?」
「俺の言葉にあんな可愛く反応してくれたり、俺の事を思ってくれたりするだけでも俺たまらないのに、俺と手を繋ぐの嫌じゃない?って聞けば当然とか言うし。その上、サラッと『俺が一番』とか『何で他の子見ないといけないのか?』なんて言うんだからさ。」
俺、これでも必死に我慢してたんだよ?――なんて言って、出水は悪戯っぽく笑ってみせる。
「そんな風に煽られたら、これ以上我慢なんて出来ないよ………さん…。」
「出水……。」
「ねぇ?キスして………いい?」
「――――――ッ?!」
「俺、とりあえず人の居る所では我慢したよ?」
ここならいいでしょ?――暗にそう言っている出水に俺は目を見開く。
その思いもしなかった出水の言葉に、俺はただただ絶句するしかなかった。
そりゃ俺だって出水の事好きだし、嫌な訳じゃないけど。
でもまさか確認されるとは思わなかった。
「俺、さんが嫌がる事はしたくないからさ。さんが本当に嫌ならしない。」
本当に嫌ならって……ホントにそうだったらとっくに逃げてるってーの。
分かった上でしてんじゃねーのか出水の奴。
俺は赤くなっているであろう顔を見られたくなくて、そのままそっと顔を伏せた。
「嫌な訳…………ねー…だろ……。」
「ホント?」
「出水さ、何か誤解してるみたいだけど、俺だって我慢してんだぜ?さっきも言ったろ?お前の評判や評価落とすような事したくないって。それ考えてたから色々我慢してたワケで……。その…それ考えなくていいなら……我慢する必要…ねぇだろーが。」
「さん…ッ!?」
「ここなら見られて困るような奴…………居ねぇんだろ?」
そう言って俺は握られていない方の腕を伸ばした。
出水の首筋に腕を回し引き寄せると、吐息が触れる程の距離で出水の瞳を見詰める。
「ああもう!何でこうやって俺を煽るかなさんは!」
困ったようにも、ふて腐れたようにも見える顔で――でも赤く染まった頬が俺の言葉に反応して照れているのだと気付かせてくれる。
それに小さく笑って、俺はそっと目を閉じた。
俺だって男だから、ホントは好きな奴相手にリードしたいって気持ちが無い訳じゃないけど。
でもまあ、今回だけは特別。
リードするのは出水に譲ってやるから。
その代わり、最後の一押しは俺の一言で……な?
「何で煽るかって?そんなの決まってんじゃん?俺だって出水の事好きなんだから、お前としたいって…思ってるからだろ?」
次の瞬間唇に触れた熱を――
俺は無意識の笑顔で受け止めていた。