DOWN

咎人たちは風と詠いて(7)

「六〇……五九……五八」
 ドアの前で立ったまま待ち続けるナユトとホナミの後ろで、オーリスがシェザースの代わりにカウントダウンを始める。
 ナユトは、ふと横目でホナミの顔を一瞥した。少女は特に緊張も表さず、いつもの穏やかな表情で、ただ真っ直ぐ街並みに目を向けている。だが彼は、スカートの上で握りしめられた手に、爪が食い込むほどきつく力が込められていることに気づく。
「五〇……四九……」
 待ち続ける少年と少女は、ことばを交わすこともしない。時折足音を聞きつけて出入口から顔を出すが、別の姿だとわかると、思わず胸の内で落胆する。
「あと三人。二〇……一九……」
 カウントダウンが進むにつれて、絶望やあきらめより、ただ焦りばかりが募っていく。
 仲間が死ぬのは、ナユトにとっては日常茶飯事だった。惑星ガロン全体では、三日に一人は命を落としているくらいだ。
 仲のよい友人が亡くなったこともある。ツキミとの付き合いは短いとはいえ、ただされるがままに指令に従うだけだった咎人たちに勇気を呼び起こした、これから行われるはずの戦いのきっかけを作った人物だ。彼女には生きていて欲しかった。
 そんな、普通ならささやかなはずの願いもむなしく、時間は無情に過ぎていく。
「一四……一三」
 走って階段を駆け上がってくる音がした。顔を出して見ようともしないナユトとホナミの間に、黒くすすけた少年が駆け込んでくる。
「あと二人。九……八……」
 視線を外から外したくなかったが、ナユトはわずかに、戻って来た少年に興味を引かれた。アルキという名のその少年は、服のあちこちを黒く焦がし、汚れた顔は半分泣き顔に見えた。
「……工場から戻ったのか?」
「七……六……」
 ここに来て、ナユトの内心にはあきらめが芽生えていた。こうして人を待ち、帰ってこなかったのは一度や二度ではないから。
 一方のホナミは、まだ、視線を動かさない。
「ああ、事故だ……工場に、レモが届け物をしに入って行った後、火が上がった。他の連中は脱出したけど、あいつだけ戻らなくて……メインベースは、延焼を食い止めるためにかまわず爆破しろって!」
「四……三……」
 オーリスのカウントダウンが、終わりに近づく。
 聞こえるのは少年たちの会話と、列車のかすかな動力音だけだ。
「それで、通りかかったツキミが助け出そうとして入ったって……」
 彼のことばの最後に、汽笛が重なった。
 ナユトがうなだれ、アルキが床を叩く。
 ホナミはドアが完全に閉じてからもしばらくの間、妹を待つのをあきらめていない様子で、前方を凝視し続けていた。

 揺れることもなく、列車はプログラムされた通りの一定のスピードで、敷かれたレールの上を滑っていく。シティ・ワンを出た列車が目ざすのは、シティ・ツーだ。
「事故の原因は、機械部品が磨耗していたため摩擦で発火したことだそうだ。それが油に引火し、炎が一気に広がった。延焼を防ぐためと機密保持のため、工場は爆破された」
 壁際に座り込んでいたナユトとホナミに、シェザースが努めて平然とした調子で説明した。だが、それは、ホナミにとって、特に知りたい情報ではなかった。
「遺体は……あの子の遺体は見つかったんでしょうか? それに、レモも」
 この質問も、覚悟していたのだろう。シェザースは肩をすくめる。
「ああ……二人とも、外傷は少なかったらしい。爆破時の衝撃で意識を失い、酸欠で死亡したそうだ。ツキミは、レモの上に覆いかぶさるような格好で発見された。二人の遺体は、メインベースのシャトルにより〈食人孔〉に運ばれたそうだ」
「……そうですか」
 ホナミはつぶやくように言い、下を向いた。
 食人孔は、管理システムの一部分だ。本来エネルギー変換システムという名のそれは、有機物をエネルギーに変換する機能を持つ。咎人の遺体は大抵、これにより処理された。そして、ミスを犯した咎人が生きながら放り込まれることも珍しくない。
 アレツ政府の命令通りに過酷な仕事をこなし、その思惑通りに命を落とし、死してからもその身を捧げさせられる。
「……ナユト、話がある」
 シェザースが、ドアに向かいながら呼びかけた。
 車輛を出て行く少年の背後から、オカリナの寂しげな音色が流れていた。


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