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記念すべき日(5)

 半年後。祐輝はあの浜辺のほとりにあるレストランの、窓際の席に座っていた。テーブルの向かいには、精一杯のお洒落をした、若い女性が座っていた。
「そろそろね」
 彼女は、弾んだ声で言い、夜闇に覆われた窓の外に目をやる。
 今日は、流星群が降る日だった。それが、あの遺跡の上に落ちるはずである。調査と研究、装置の改造の成果が試される日でもあった。
「ああ。大丈夫さ。今までも小さな隕石の実験には成功しているんだから」
 運ばれてきた食事には手をつけず、祐輝も窓の外を見守る。
 彼らだけでなく、他の客も息を潜め、全面がガラス張りになっている壁を見つめていた。静かにしなければいけない理由はないのに、足音をたてるのもはばかれるほどの静寂が、店内を満たしていた。
 やがて、闇の中を光が走った。
 人々の感嘆のなか、青白い光の点が尾を引いて、闇に溶けた水平線に消える。それは次から次へ流れ、時には三、四つの光点が一度に現れ、消えた。
 美しい天体ショーに、時々歓声を洩らしながら、人々は瞬きする間も惜しんで見守る。見た目にはわからないが、祐輝は、隕石が分解され、別のものに変化していくのを想像し、これは一般の人々にはできない、特別な楽しみ方だな、と思った。ショーを楽しむだけではなく、そのためにホネを折った者だけに許される想像。
 流星群の落下は、約五分間に渡って続いた。終わった後も、人々は名残惜しそうに、海の向こうを眺めていた。
 しばらくして、店員が我に返って消していたテレビの電源を入れる。ニュースのアナウンサーが、隕石の成分解析の実験の成功を告げていた。これで、海水の酸素への変換等への実用化も、ほぼ確実に可能になった、と。
「祐輝、おめでとう」
 祥子のことばで、祐輝は視線を窓から正面に戻す。幼馴染みは、ワインの注がれたグラスを手にしていた。
「ね、乾杯しよう。今日は記念すべき日なんだから」
「ああ、そうだな」
 自分のグラスを右手にし、相手のグラスと合わせて鳴らしながら、祐輝は記念すべき日、ということばを心の中で繰り返す。
 ジャケットのポケットの中で、指輪の入った箱をもてあそびながら。


FIN.


*:前項
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