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記念すべき日(4)

『ここに落ちた隕石はどこへ行ったんだろう』
 独り言のようにつぶやきながら、ふと、近くに落ちていた白っぽい石ころを円に放り投げてみる。
 すると、突然円が光を放った。祐輝は慌てて円から離れる。
 探査機のカメラがしっかり映像を捉えているなか、円の全体が、薄く光る。その中に落ちた石ころが、蒸発するように消え、変わりに白い泡が噴きあがった。
『空気……? じゃなくて、水か?』
 船上で画面を見ていた教授が、感嘆を口にする。
 光は、間もなく消えうせた。あとには黒い泥が残っているだけである。
『水……? 石ころから水を作り出した? てことは、隕石から水を作り上げていたってことなのか?』
 もしそれが本当なら、この遺跡の創造主たちは、想像以上に高度な文明を持っていたことになる。科学の進歩が加速しつつある、現在の地球文明以上に。
 では、何のために水を作る必要があったのだろうか。
 飲料水が不足していたのだろうか、とも思うが、この辺り一体ははるか昔から海中にあったはずだった。つまり、地上にあったものが長い年月を経て水没したのではなく、最初から海底に建造されたはずである。
『水不足で飲み水が足りないんじゃなければ、海水を増やすため……?』
『でも、一体どうして? 海水なんて増やしても、何も得がない気がしますが』
 円のふちを指でなぞりながら、祐輝は首をかしげる。
 海水なら、余るほどある。それどころか、最近では、温暖化による海面の上昇が問題になっているのだ。
『昔の人間にとっては、必要なことだったのかも知れない』
 教授のことばを聞いた祐輝は、ふと思い返していた。長方形に触れたときに脳裏に浮かび上がった映像を。
『もしかしたら……はるか昔のある時代、海が干上がったのかも。この遺跡の時代はまだ特定されていないし、そういうことがあってもおかしくないでしょう?』
『……そうだな。もしかしたら、恐竜が絶滅した時のことかもしれない。そうでなくても、何らかの天災や地殻変動によって海が消え、当時の人々は生命の源である海を甦らせようとしたのかもしれない』
 あるいは、自然の災害ではなく、当時の人間たちの所業が海を干上がらせた可能性もある。教授の推理を聞きながら、祐輝はそう思っていた。
 そうだとするなら、この遺跡は、人々の悔恨と祈りの結集であろう。
『皮肉なものですね。はるか昔は海水がなくなって困っていたのに、現代じゃあ海水が増え過ぎて困ってる。世の中は上手くいかないものだ』
 今回の調査結果は、かなり重大なものになるだろう。はるか昔に現代をしのぐ文明を持つ人類が存在していたという証拠が、その機能が完全に活きたままで発見されたのだ。
 だが、それも祐輝には、どこか虚しいものに思えた。
『なんだか、改めて人間の無力さを感じた気がしますよ』
 干上がったのがこの周辺の海だけだとしても、それを隕石による、地球の外からの材料の補給だけで元に戻したとしたら、長い年月が必要だろう。装置を造った多くの人々は、海の復活を見ずに死んでいったのだ。
 広大な海に、それに自然界の気まぐれに対し、人間は余りにはかない。海と慣れ親しんだ祐輝にとって常に自覚していたことではあるが、さらにその思いが深くなった。
 しかし、教授は祐輝とは逆に、嬉々としていた。
『わたしは逆に、人間の底力を見た気分だよ。よく考えてごらん。別のものを分解して水を作り出す技術があるなら、水を分解することもできるんじゃないか?』
 彼のことばに、祐輝ははっとして顔を上げた。
『詳しくは装置を調査してみなければいけないが、この装置は、決して海を失った人間たちの悲しみや焦りだけを示すものじゃない。これは、自然に対する敬意の表れでもあり、そして、我々に対する偉大な贈り物だ』
 この装置を解析できれば、海面上昇を食い止められるかもしれない。
 祐輝は、今回の発見の意義の大きさに気づいた。
 彼は、海をここまで大きくした長い年月と、その海を取り戻すことを祈った大昔の人々を思い、もう一度、円のふちを撫でた。


1:次項
*:前項
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