#DOWN

決意 ―背神者たちの〈追走〉―(9)

 ゼーメルと呼ばれる、ワールドとしては小さな空間がある。
 その空間の主は、賢者と呼ばれる男だ。彼は管理局の許可を受け、自分の思想を広める拠点としてここを創りだした。
 その空間の中央にそびえるのは、まるで城のような、大きな大聖堂だった。教会、と呼ぶには、余りに大きく、神々しさすらまとった建物だ。
 建物の前には大きな公園があり、東西南と神殿にのびる道の分岐点になっている。
 神殿の、扉のない出入口の前に、大きな祭壇が設けられていた。祭壇の上には、周囲に並ぶ神官たちとは明らかに格の違う、法衣姿の男が、左右に少年を率いて立っている。
 四人の少年少女たちは、祭壇の前に並ぶ人垣の後ろの方にもぐりこんだ。観客は、ざっと見たところで、三、四千人といったところで、身を隠すのに不自由はない。
「クレオ……」
 ルチルが、声を潜めてつぶやく。
 祭壇の上、法衣姿の左右で直立不動の体勢でいる少年の一方は、確かに、見覚えのあるものだった。神官服をまとい、剣をたずさえ、空に真っ直ぐ黒の目を向けている。
「賢者はいないようね……」
「おかしいですね。これほどの儀式となれば、すべての人員をここに集めてるはずですが」
 祭壇の周囲を見渡していたシータとリルが、短くことばを交わす。周囲の人々の熱気で、長く話しをする余裕はなかった。
 人の波の間でステラが窮屈な思いをしているのに気づき、リルは車椅子を引いて、さらに後ろにさがる。
「皆さん、進化のときが近づいています!」
 妙に響き渡る声で、祭壇の上の男が演説を始めた。ざわめいていた人々が、一斉に顔を上げる。
「誰にも頼らず、自分たちの力で自分たちの進化の道を見つけるのです。そのために、我々は力を尽くしてお手伝いしましょう!」
「な〜にが進化の道よ」
 ルチルのつぶやきは、歓声にかき消される。
 集まった人々の全員が、啓昇党を崇拝しているわけではないらしい。何割かは、まだ信じるべきか決めかねているように、様子を見ている。
「今日は、皆さんの進化の道を助ける我々の、使命の先頭に立つ若者に英雄の印を授ける儀式を行う予定です。皆さんも聞いたことがあると思います。レイフォード・ワールドではクラッカーを退治し、ラクロア・ワールドでは停止した観覧車から乗客を助け、各地で奇跡を起こした少年です」
 見覚えのある姿が、促されて法衣姿の前に出る。その姿も、その名も、この場に集まった人々の半数程度には知られているらしい。
 様子を見に歩き回り、少し離れた所にいたシータが、リルとステラに近づいて来た。彼の目は、人の群の脇を回りこんで、ゆっくりと展開されている神官たちを捉えている。
「しかし、我々啓昇党の邪魔をし、皆さんの進化の道を閉ざそうという者もいます。今、新たな門出の前に、この場でその者たちを断罪しましょう!」
 まずい。
 本能でそう感じたルチルは、祭壇上の演説を最後まで聞かず、身体の向きを変えて他の三人のもとへ駆けた。彼女の視界の左右から、神官の姿が滑り込んでくる。
「どきなさい!」
 ホルダーから素早くレイガンを抜き、銃口を左右に振る。周囲の者にはただそれだけの動きにしか見えない動作で、二人の神官がのけぞり、地面に倒れ込む。
 レイガンのメモリは、失神レベルに合わせてある。どのワールドでも性能の変わらない、サイバーフォースだけが持つことを許されるレイガンだ。
「気づかれてたみたい。一旦逃げよう」
「それがよさそうね」
 レイガンで神官たちを牽制しながら後退するルチルに答え、リルは顔をあげた。彼女の目線の先に、法衣の男が入る。
「何をしている、全員かかれ!」
 男はわめきながら、大きく腕を振った。祭壇の左右に控えていた神官たちが、一斉に動き出す。観客たちは、何が起こっているのかわからない様子で、慌てて道をあけた。
 同時に、剣を手にした少年が動いた。
「どうしたクレオ? 無理をするな、お前は大事な救世主の――」
 演説中の音量のままの声が、途中で途切れる。
 次に起きた出来事の意味を、即座に把握できた者は、おそらく、教会関係者にも観客にもいなかっただろう。
 少年が、手にした剣の柄を法衣姿の男の後頭部に叩きつけた。小さな衝突音がして、男が祭壇の上から転がり落ちる。
 それを見下ろし、そして顔を上げて、彼は声を張り上げる。

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