#DOWN

決意 ―背神者たちの〈追走〉―(8)

「彼……あたしたちのことを、報告すると思う?」
 少女の問いかけに答が返るまでに、間があった。
 シータは一度顔を上げ、リルと目が合うと、顔を背ける。
「さあ、どうでしょうね。あの優柔不断な様子では、訊かれるままに話してしまってもおかしくないでしょうからね」
「あの日の夜、迷っている様子だったの?」
 少年の態度は、あきれているようでもふてくされているようでもある。
 その表情が、リルのさりげない質問で変化した。簡単に会話の流れに隠した鎌かけを聞き逃すほど、クレアトールは甘くない。
「カロアンの宿でのこと……知っていたのですね」
 彼は感心と驚きの混じった奇妙な目で、少女を見る。
「まあ……いいでしょう。あなたも、彼の通信相手に疑問を持っていたようですし、あり得ないことではない」
「それって、ほめてるの、けなしてるの?」
「どちらでもありませんよ。わたしは、あなたの正体にも少し興味が出てきたというだけです」
「知ってるくせに」
 アガクの塔で自らの正体を明かし、リルが彼を追っていたことを告げたとき、シータもまた、リルと会ってみたかったと語った。だが、そのときの興味の理由と、今の興味の理由は違うらしい。
「わたしが知っているあなたとは、まったく違います。考えてみればあれ以来約五年……ことばすら、交わしたことがなかったのですからね」
「なのに、初めてという気がしない」
「お互いに。ずっと忘れられなかったからでしょうか」
 シータの苦笑いを浮かべた顔に、別の、恐れにも似た表情が交じり合い、全体を強張らせていく。
「あなたには、わたしが、ずっと逃げ続けているように思えるかもしれません。今すぐに、決着をつけたいですか?」
「いいえ。今は、急がないの。他にやるべきことがあるから」
 少女は淡々と答え、首を振った。
 そして、ようやく、自分が手に持っていた物に気づく。今は、その存在のほうが、彼女にとって重大な難問らしい。
「これ、どう思う?」
 と、困り果てたように、リルが黒い毛皮のコートを広げて見せた。
「うーん……いいと思いますけど」
「大丈夫、お似合いだと思いますよ〜」
 自信なさそうにうなずくシータのことばを、目ざとく見つけた店員が後押しする。
 どうやら、ルチルとステラのほうは一段落着いたらしい。店員が、笑顔で残りの二人に歩み寄ってくる。
「お嬢さま、お決まりでなかったら、わたくしがお手伝いしましょうか?」
「……自分で決めますので、いいです……」
 店員にきかれて、シータは情けなさそうに首を振った。
 リルは結局自分で選んだ黒いコートと、黒い帽子を身につけた。長い銀髪は三つ編みにして、メガネをかけ、少しでもいつもと違う雰囲気を出そうとしている。
 ルチルは花模様のワンピースのスカートを動きにくそうに普段の服の上に身に着け、ステラは白いフード付の神官服に近いゆったりとした服、シータは薄手の青いコートとスカーフを衣料店から受け取った。
「なんか、スースーすんのよねえ」
 店を出ると、歩きながら、ルチルは嫌そうに足もとを見下ろす。
 靴は服に合わせたサンダルに履き替え、いつもの靴は草編みのショルダーバッグに入れていた。彼女の格好は、これから海水浴にでも行くようだ。
「いつもの格好のほうが露出度高いじゃない……」
「気分の問題よ、気分。それにしても、変装になってるんだか……」
 服を変えたところで、顔までは変えるわけにもいかない。
 それに、最大の特徴は、ステラの存在だった。ルチルは、車椅子に乗った人物など、この仮想世界で他には見たことがない。神官たちが、自分たちが知らないところにそういう者たちがいるのだと考えてくれることを祈るしかない。
「とっととゼーメルに行ってしまいましょう……幸い、この人込みにまぎれていけば神官たちの目にも留まりにくいでしょう」
 スカーフを頭に巻きつけ、金髪を隠しているシータが、顔を伏せたまま促した。顔立ちのせいでスカーフもあまり個性を消す役に立っていないと、自覚はあるらしい。
 街を南北にはしる通りをある程度北上していくと、大きな人の流れができていた。多くの人が、北へ、ゼーメルの教会へと動いている。そこで待つ何かに引き寄せられるように。
 幅の広い通を歩き続けて。
 やがて、四人は町の最北端に建つ、アーチ状の門をくぐった。

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