#DOWN

決意 ―背神者たちの〈追走〉― (13)


 壁が渦巻くように歪む。そこから、コウモリのような翼を持つ人型の悪魔、ガーゴイルが三体、飛び出してくる。
 魔物は、本来は持っていないはずの、三叉の矛を手にしていた。
 穂先が下に向けられると、光線が飛ぶ。実際の魔物には、存在しない攻撃。
「確実に、死んでもらわないとねえ」
 光の向こうで、残念そうな声がした。
 床が抉られる。光線は、はるか下までをつらぬき通しているらしい。どこかで、何かが崩れる音がした。
 それなのに――それは、四人には届かない。
 さすがに異変を察知したのか、三人の男は攻撃を止めさせた。眩しい光が消え、切り刻まれた床と、無傷のステージ上があらわになる。
 ステラは防御魔法を使っていないし、防御魔法で防げそうにもない。
「やはり……あなた……」
 リルが目を向けた背中は、シータのものだ。
 彼は肩をすくめると、無造作に、宙めがけてボウガンの矢を放つ。矢は空中で光を放ち、その光に照らされたたガーゴイルたちを蒸発させた。
 笑みを崩すことのなかった男たちが、目を見張る。
「さて、どうする気ですか? わたしは、まるであなたたちと考えが合いませんからね。話し合いの余地はありませんよ。セルサスを元に戻すというなら別ですが」
「それは、我々としても譲れないな」
 先ほどより、幾分余裕のない口調で、男は答える。
「セルサスの機能をいくつか手に入れている今なら、ハッカーたちにもある程度制約を課すことができる。今のうちに、我々の権限を強化しないと」
「それは面白そうだな」
 誰かが言った。
「オレにも、一枚かませろ」
 ドン、と、ステージの中央に立つ男が震えた。
 男の胸から、黒い腕が突き出していた。黒い服に、黒い手袋をした手。
 一体、いつの間に背後に回っていたのか。見覚えのある、黒いコートに黒い三角帽子の青年の姿が、男の後ろに現われていた。
「キダム……」
 ルチルがその名を呼ぶ。
 呼ばれた男は、帽子のつばを上げた。灰色の目が、少女を射すくめる。彼は、狂気を感じさせる笑みを浮かべていた。
「あの坊やが、まさか啓昇党とはな。世の中広いもんだ。けど、ここいらでこいつらの御託は止めさせてもらおう」
「やはり、ここに来ましたか……しかし一体、何のために?」
 シータはあきれたように、鋭い視線を真っ直ぐ見返す。
 強い殺気に似た威圧感を含む目で、キダムはハンターの少年を睨んだ。表情は笑っているが、その顔は、憎悪という唯一の感情を印象付ける。
「こいつらの持ってるシステムの機能を、丸々いただくってのも面白いと思いわねえか? しばらくは、ワールドを崩して遊べそうだぜ」
「くだらない」
 淡々と返したのは、リルだった。
 ルチルは、気が気でない。彼女の本能が、まずい相手だと告げている。幾度も、犯罪者と関わってきた彼女のカンが。
 キダムの表情が、わずかに変わる。
 彼が、ステージ中央の男の胸から腕を抜くと、力を失った身体と同時に、左右の男も倒れた。そして、横たわる男たちの身体が変貌していく。大きなナメクジに似た、グロテスクな魔物に。
「こいつらには、こんな程度がお似合いだろうよ。さて……」
 うごめく魔物を見下ろしていたキダムが、視線を戻す。
 血飛沫が舞った。
「う……」
 後ろから何かに刺さしつらぬかれたようによろめいたあと、左肩を押さえ、シータが膝をつく。血が、白いローブを朱に染める。
「シータ!」
 駆け寄ろうとするルチルを、笑みをつくり、彼はとどめた。
「大丈夫……それより、この魔物たちをお願いします」
 頭を振り、立ち上がる。腕を伝って指先から流れ落ちる液体が、赤茶色のレンガを敷き詰めた床の上に血溜りをつくる。
「どうするの?」
 リルが振り返るのに直接は答えず、彼は声を張り上げた。今やその上に立つのは一人だけの、ステージに向かって。
「さあ、あなたの相手はこのわたしです! ついて来なさい!」
 シータは、部屋からのびた通路のうちの一方に向かって走る。彼の背中が奥の闇に消えると、それを追うように、キダムの姿も消えた。
 血を流しながら一人消えたシータを、ルチルは心配そうな目で見送る。その横から、静かな、澄んだ少女の声がなだめた。
「彼なら大丈夫。あたしたちは、あたしたちの仕事をしましょう」
 ナメクジに似た、おそらくレイフォード・ワールドに本来存在しないであろう魔物が、三人の少女たちを取り囲むように、ゆっくりと動ていた。

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