#DOWN

決意 ―背神者たちの〈追走〉― (12)

「いやあ、見事だったねえ、諸君」
 パチパチ、と乾いた拍手の音を響かせ、中心の白い服をまとった中年男が言う。
「実に、素晴らしい。良い仲間を持ったな、クレオ」
 茫然と成り行きを見ていたルチルは、男の言っていることばの意味がわからなかった。
 わからないまま、目を向けたそこで、もう目に馴染んだ白い鎧の背中が、ステージに向かって歩き出す。
 彼は言った。今まで耳にしたことのない、丁寧で感情の薄い声で。
「お褒めに預かり光栄です」
 頭を垂れる少年に、男たちは満足げな笑顔を向ける。人のよさそうな、熟成された落ち着きを持つほほ笑みだった。
「お友だち……? 違う……?」
 混乱したつぶやきを洩らすルチルに、男の、父親のような笑みが向けられた。
「キミたちもよくやったね。感謝するよ……さて、クレオ」
 片膝をついて下を向いたままの少年に視線を戻し、彼は穏やかに声をかける。
「疲れただろう? 後の始末は我々がするから、先に戻っていなさい」
「お気遣い、ありがとうございます。それでは」
 機械的に答えるクレオの声に、ルチルは感じ取った。彼が、いなくなってしまう、と。
「ちょっ、待って!」
 走り寄って、手を差し伸べる。
 その指先が目的に届く前に、何かが、彼女の勢いを反射したように、彼女を吹き飛ばす。その身体を、リルが受け止めた。
「逃げるのですか?」
 冷静に状況を見つめていたシータが、鋭い声を上げる。
 ぼやけつつある身体が消える一瞬前、クレオは振り向いた。
 その顔には、哀しげな表情が浮かんでいた――ように見えた。
 リルが、ステラが、杖をかまえる。我に返り、ルチルもフラフラと立ち上がってナイフを抜いた。
「気の毒だが、キミたちには生きて帰ってもらうわけにはいかない。記憶を操るまでには、我々はシステムを掌握していないのでな」
「あなたたちが……セルサスを?」
 男のことばに、リルが問いかける。その声は静かだが、目が鋭く細められていた。
「我々の仲間だよ。あのシステムは、人類がここで進化するためには、邪魔なものだからな」
「勝手な決め付けね」
 リルはチラリと仲間たちを振り向き、ステラが法衣の腿の上の辺りをきつく握りしめているのに気づいた。
 怒りと哀しみ。
 不審。
 そんな感情を受け止めながらなお、ステージ上の男たちはほほ笑む。傲慢なほど、穏やかに。
「この世界の人々は、このままでは外の事を忘れてしまう。やがては、考えることも止めてしまうだろう。それはここでは、人類の滅びを意味する」
「だから我々は、この世界で独自の進化を遂げなければならないんだ」
 中央の男のことばを、その左隣に立つ、白い顎髭をたくわえた男が引き継いだ。
「セルサスに頼り切ったこの世界では、どんどん人間の意志が弱くなっていく。もうすでに、ワールドに夢中で現実世界を忘れ去っている者もいるのではないかね?」
「そんなわけないじゃない! 忘れようったって……忘れられるわけがない」
 ルチルが叫んだ。
 離れ離れになった家族。友人たち。跡形もなくなった故郷。
 目をそらそうとしても、すべては記憶に深く刻まれている。埋めようもないくらいに。
「多くの人は、少しの間でも、忘れていたいの。そうしなければ、心が悲鳴を上げる。実際に、忘れていることが出来ない人は、世界に変化があるまでずっと眠り続けることを選んでいるわ」
「それは、今のこの世界には希望がないからだろう?」
 リルの視線を受け止め、男は寂しそうに笑った。
「今のここは棺桶の中も同然だ。一体、誰が保障できる? 脱出した者たちが無事だと。迎えが来ると。そんな不確かなものを待ち続けるより、ここで進化を遂げるのがベストの選択だよ」
「……確かに、あなたたちの言うことにも一理ある」
 無言で話を聞いていたシータが、下に向けていた顔を上げる。
「しかし、進化とは、誰かが強制的に進めるのではなく、自然に発現するものなのです。あなたたちに押し付けられ、方向を定められた道など、自然な進化とは言えません」
「それに、セルサスや管理局は、そこまであたしたちを束縛してないじゃない! 最低でも、あんたたちがやろうとしているほどにはね!」
 その、侵入者たちの反応は予想済みだったのか、中央の男は軽く肩をすくめた。
「やはり、わかってはもらえなかったか」
 彼は今まで何度もそれを繰り返してきたように慣れた仕草で、左右の男に目で合図する。
「すまないねえ」
 本当に申し訳なさそうに言って、右側の、黒目黒髪の男が手を振った。

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