#DOWN

決意 ―背神者たちの〈追走〉― (1)

 怪我を治すと、五人はカロアンの町の門をくぐった。レンガ造りの家が建ち並ぶ町の入口付近は商店街になっていて、プレイヤーたちを含む商人が開く露店や客で賑わっている。シータが語っていた通り、いつもより冒険者の姿が多い。
 客引きの声を聞き流しながら石畳の上を歩き、先頭のクレオはとりあえず、小さな公園で足を止める。
「で、出発の準備だな。必要そうなものは、全部確保したほうがいいかな」
「罠も変化しているかもしれないし……あたしが全部そろえとくよ。その間、あんたたちは宿の食堂で夕食でも食べながら情報収集でもしといてくれない?」
 ルチルが慌てたように言い、懐から財布を取り出す。
 本来、情報収集も盗賊系の得意とするところだが、罠にかかわる装置や道具の知識も、シーフマスターが一番豊富だった。
 後でかかった費用を人数割しようと決めて、宿屋組みは赤毛の少女を見送った。
 この町には、どんなに冒険者がいても、宿は一軒しかない。〈知識の壺〉亭という大きな食堂付宿屋がそれだ。部屋数は、常に泊る人数分だけある。現実感とゲーム性の、妥協点のひとつだった。
「何か、オレたちだけ楽してるみたいで悪いような……」
 宿の入口をくぐりながら、クレオがぼやく。
「その分、情報収集を頑張りましょう」
 リルの声は、ほとんど届かなかった。
 広い食堂の一角に設けられたステージ上で、一人の吟遊詩人が歌っている。青い長髪の青年が、ギターをかき鳴らし、歌声を響かせていた。観客たちがそれを聴きながら食事をし、あるいは、手拍子を刻んでいる。
 壁際の丸いテーブルについたリルは、メニューより先に、ステージ上の人物を確認する。
 黒いコートに、黒い三角帽子。帽子のつばで隠れて顔はよく見えないが、色白な顔に目立つ唇には黒のルージュが引かれ、死神を思わせる。それでいて、その声はなめらかで優しく、テンポの速い曲でありながら安らかな眠りへ誘うかのようだった。
「リルちゃんはどれにする?」
 メニューを眺めていたクレオたちが、じっとステージを眺めるリルに目を向けた。
「うーん、じゃあハイショックカレー」
「……本気?」
 ほとんど上の空で完食できる者は数少ないという激辛カレーを選んだ少女に、クレオは念を押す。その声も、魔術師の少女には届いていない。
 ウェーターに注文を言ってから、彼はつまらなそうにステージを見る。
「リルちゃん……あんな男に……」
 クレオは悔しげに拳を震わせるものの、誰も気に留めもしない。
 それが、急に立ち上がった。
「どうしたの?」
 さすがに気配に気づき、リルが振り向く。その視線の先で、剣士姿の少年は、この世界での連絡用アイテム、法螺貝を手にしていた。
「いや、ちょっと、友だちから連絡が……料理受け取っておいて」
 そう言い残すと、慌てて人の少ない隅に走っていく。デジャ・ヴを感じながら、リルは無言で見送る。
「友だちって、閉じ込められている方ですか?」
 シータが、少女の内心の疑問を代弁した。
 彼のほうを見ずに、リルは首を傾げる。
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
 拍手が起こった。口を開きかけたシータがリルにつられたように目をやると、今までの曲が終わり、ステージ上の男が帽子を取って頭を下げる。その目は見えず、長い、不思議な色の髪の毛がばさりと垂れた。
「いっそ、あれくらい髪を伸ばせばわたしも……」
「ますます女の子に見える」
 シータの独り言のようなつぶやきに、視線はステージに向けたまま、リルが反応した。
「では、思い切って切りましょうかね」
「ボーイッシュな女の子に見える」
「うう……」
 テーブルの上に組んだ腕のなかに突っ伏す少年の肩に、ステラが手を置いた。憂鬱そうに顔を上げ、視線をやった先で、同じ髪の色をした少女は笑顔でうなずく。
「同情の目で見ないでください……」
「シータ」
 目は変わらずステージに向けたまま、リルが呼ぶ。
 一見いつも通りだが、その声の調子は、どこか耳にした者の意識にくい込むような、強い響きを含んでいた。
「あなた、嘘をついたでしょう」
「……嘘?」
 突っ伏していたシータが、わずかに顔を上げ、少女の横顔を見上げる。

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