#DOWN

人喰いのいる村(3)

 すでに、辺りは完全に闇に包まれていた。家々の光は淡く、一軒一軒が離れているため、道を照らす役割を持たない。それでも、セティアはカンテラも魔法も使わず、月光だけを頼りに歩いた。
(おかしいね。村の案内の人は一緒に来ないのかな)
「来ると都合が悪いんだろうね……辺りが静か過ぎる。そろそろか」
 門のそばまで歩いたところで、セティアは足を止め、屋敷のほうを振り返る。
 その直後、叫び声と爆音が鳴った。
(敵襲?)
 〈人喰い〉とやらが襲ってきたのか、という調子で、シゼルが言う。だが、セティアのほうは何かを感じたか、その場から動こうとしなかった。
 屋敷から煙が立ち昇っている。遠くからの悲鳴や怒声が、かすかな震えとなって、空気に混じっていた。
「だぁぁ!」
 突然近くから上がった気合の声が、静けさを破った。男が、クワを振りかぶったまま、木の影から突進してくる。
 魔女は振り返りもせず、手を突き出す。男は吹き飛ばされ、白目をむいて気絶した。
(なに? 夜にそんな黒い格好してるから、人喰いに間違えられたんじゃないの)
「違うよ」
 ことばを返しながら、セティアは半歩、身を退いた。その鼻先の空気を、銀色の光が切り裂いた。脇の木の幹に、小さな矢が突き立つ。
「ちゃあんとわたしを狙ってる」
 セティアが手を振ると、ボウガンを手にした女が木陰から吹き飛んだ。
「やはり、こういうことか」
 一人納得して、彼女は屋敷へと走った。道の両脇からナイフや矢が飛び、斧や金属の棒などを手にした人間が襲いかかるが、セティアは妨害をすべて排除して進んだ。
 近づくと、屋敷は、煙だけでなく、炎を吹き上げていることがわかった。木の壁が音をたてて崩れ、悲鳴と叫びをひと時だけかき消す。脇腹を大きく斬り裂かれた村人が、煙を吐き出す玄関の前に倒れていた。
 その遺体をまたいで、セティアは臆することなく、内部に突入する。
 廊下は紅に染まっていた。魔法で炎と煙から身を守りながら、奥の部屋へ向かう。
 やがて、大きな部屋のなかに入ったところで、炎に映る人影を二つ、見つける。一人は立ち、手に細長いものを持っているらしい。もう一人は、床に這いつくばっていた。さらに近づくと、相手の姿がはっきりと見える。
「おや、やはり無事でしたか」
 リヴ・ゼイアが、ほほ笑みを浮かべた顔をセティアに向けた。左手にかまえた両刃の剣は、血に濡れている。
「これが、〈人喰い〉の正体です」
 彼が剣を向けた先には、恐怖の目で見上げる村長の情けない姿があった。壁を背に震えているのは、後退ってあとがなくなったためだろう。
「旅人を殺し、私腹を肥やす者たち……〈人喰い〉の依頼を利用して旅人を引き止め、自ら〈人喰い〉となった者たちです。わたしは、もともと〈人喰い〉を退治しに来ました。その使命を果たします」
 リヴは、剣を振り上げ、村長の首に振り下ろした。

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