#DOWN

人喰いのいる村(4)

 だが、剣は宙に受け止められる。斬りつけるための力が抜かれたわけではない。何か別の働きが、刃を抑えているのだ。
「こんな連中を助ける気ですか?」
 笑顔を崩さず、青年騎士は魔女を振り返る。
 魔女は首を振った。
「いいえ」
 きっぱり否定してから、彼女は小さく呪文を唱えた。何をするつもりかと警戒するリヴと村長の前に、突然、黒く大きな影が現われた。
 人とワニを掛け合わせたような、黒い姿。マンイーターとも言われる下級悪魔の一種だ。
「さあ、〈人喰い〉が現われましたよ。逃げるなら逃げるがいい。退治するなら退治すればいい。富にかじりついて逃げ遅れた者はただ、邪悪な炎に焼かれるであろう」
 村長は悲鳴を上げ、腰を抜かしていたのが嘘のように、全速力で走り出した。リヴはそれを追わず、愛剣をかまえなおす。
 セティアはその両方に興味がない様子で、マンイーターを残して屋敷の奥に向かった。

 屋敷の丁度中央に当たる場所に、下り階段があった。壁が崩れてむき出しになっていたことは幸いというべきか。
(なるほど……こういうのが、村の他の家にもあるんだね)
「ああ。ボロボロなのは表面だけさ」
 カンテラを手に、彼女は細かな装飾が彫り込まれた階段を降りていく。下って間もなく、広い部屋に出る。部屋の壁には、高価そうな物が並んだ棚や、大きな箱が積まれていた。だが、光すら放つそれらには見向きもせず、魔女は奥に続く、少し狭い、ひやりとした空気が流れてくる奥への通路に向かう。
 奥の部屋は前の部屋と違い、暗く狭かった。
 石造りの部屋には、十体の人骨が並んでいた。大きさから、そのうちの二体は子どものものらしい。
(こんなところで亡くなってたなんてね。とにかく、依頼を果たそうか)
 続けて、シゼルは祝詞に似た呪文を唱える。それは、悪魔を従えるセティアは使えない魔法だった。
 十体の人骨は淡く輝くと、光の粉となって、部屋の外へと飛び出していった。

 黒い炎に焼き尽くされた村を後にしたセティアは、夜明けまで、村からそう遠くない場所にある林のなかで息をひそめていた。木々の間からは、昨日魔法により空けられたばかりの大きな穴の他には外側には傷ひとつない、何者からも外から攻撃を受けたことがないらしい城壁が、朝日に白く輝いて見える。
(あの財宝、ちょっとくらいもらってくれば良かったのに。聖騎士団の物になっちゃうんじゃないの?)
「それでいいんだよ。彼が〈人喰い〉を退治したんだから」
 彼女が脱出した城壁の穴から、村人のほとんどは逃走に成功していた。聖騎士団が逃げた村人まで討伐に乗り出すかどうかは不明だが。
(でもさ……この場合、〈人喰い〉を呼び出したのはセティアな訳で……)
「村人やリヴがわたしを征伐しようと考えるなら、そうすればいい。こっちは、降りかかる火の粉は払うだけ」
(彼は最初からセティアに気づいてたようだけど。それでもああしたってことは、戦っても勝てるって判断したのかな? それとも、こうなることがわかってた?)
「どうだろうね。騎士団としてなら、彼が〈人喰い〉を倒して解決したという、体面が立てばいい。多くの村人はマンイーターを恐れて逃げたわけだから、真実を知るのはわたしと村長くらい」
(村長のことばは、恐怖のため精神のバランスを崩したとでも言われれば、そのままもみ消せる……どうにしろ)
「早めに立ち去ったほうが良さそうだね。依頼人たちも待ってるし」
 仇を討ってくれとは依頼されなかったけど、と、彼女は独り言のようにつぶやく。
 太陽に追われるように、魔女は城壁に囲まれた村を離れた。

0:トップ
#:長編目次
1:天悪目次