#DOWN

絵本の国(3)

 十数秒して、揺れが収まる。奥から店の主人らしい中年男性が姿を現わした。どうやら、無事のようだ。
「たまに、こういう大きいのが来るんですよ」
 テーブルの下から這い出しながら、青年が言う。
 ウェイトレスが店のなかを片付け始める。揺れが収まってしまえば店内は静かなものだったが、外が騒がしかった。泣き声や、怒号も聞こえて来る。
「怪我人が出たのかもしれない。行ってみます」
 代金を払い、青年は店を出た。セティアもその後を追う。
 通りに、先ほどよりまばらな人込みができていた。その中心には、額から血を流して倒れている少年がいる。そばで少年を揺さぶり、半狂乱で泣き叫んでいるのは、母親らしかった。
 青年は、一目散に少年に駆け寄っていった。セティアはそれを見送り、茫然と立ち尽くしている者のうちの一人、近くにいた男に声をかける。
「あなたは、国の役人でしょう。何とかできないんですか?」
 男は、驚いたような顔をしてから、首を振る。彼自身が怪我人であるかのように顔面蒼白で、表情は強張っていた。
 男に興味を無くして、セティアは少年のほうに歩み寄った。青年は母親を叱咤して息子から引き離し、脈や傷の具合を確かめる。
「とにかく、検査と手術が必要だ。近くにわたしの診療所があるから、そこへ運ぼう」
 彼は周囲の者に指示して、シーツと物干し竿を二本、用意させた。担架を作り、診療所に運ばせる。周囲の人々は、ただ言われるがままにするしかなかった。
 しかし、青年が手術の手伝いを求めると、皆、一様に首を振った。
「命がかかってるんだぞ! あんた、救命術くらい習ったことはあるだろう」
「それくらいは……でも、大量の血や内臓なんて見たことないし、見たくない! それは話が違う!」
 国の役人である男は、ほとんど泣きそうな顔になって、千切れんばかりに必死に首を振った。次に目を向けられて、少年の母親が首をすくめる。
 誰も視線を合わせようとしないのを見て、隅で様子を見ていたセティアが口を開く。
「わたしが手伝いましょう」
 周囲の者たちが驚いたように彼女を見る。
 青年医師はうなずき、セティアとともに奥の部屋に消えていった。

 丘は緩やかに続いていた。そこに辿り着いた旅人は、太い木の根もとに荷物を降ろす。そこから眺められる一面に、様々な種類の野草が生えていた。何割かは、色形の様々な小さな花をつけている。
(よかったね。成功して)
 腰を下ろして淡い水色の空を見上げるセティアに、シゼルが言う。
「なんだ、起きてたのか。てっきり手術の様子見て気絶でもしたかと思ったのに」
(まさか。本で読んで慣れてるもの。勉強になったよ。ボクは、将来、医者になりたかったんだ……)
 それから、二人は少し黙った。やがて、セティアが何かを思い出したように口を開く。
「医者か。大変な職業だよね……」
(ボクは、技術より白魔法が得意だと思うけどね)
「魔法か……」
 セティアは立ち上がった。薬草を詰めるための布の袋を手に、周囲を見回す。
 すると、見覚えのある姿が近づいてくるのが見える。

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