#DOWN

絵本の国(4)

 相手がすぐ近くに来るのを待って、彼女は声をかけた。
「お出かけですか?」
 白衣の青年は苦笑し、大きなカバンを持ち上げて見せる。
「追放されてしまいました。許可の無い者に手術という凄絶な場面を見せたということで。以前から目障りだったんでしょう」
「あの少年は?」
「国の病院に移されました。まあ、あれなら大丈夫ですよ。絵本の中の国の医者でもね」
「絵本の中の国、ですか」
 セティアは苦笑した。青年も笑う。
「ここに薬草を取りに来たんでしょう。どれが珍しい薬草か、お教えしますよ。絵本がなくてもわかりますから」
「それはもう、是非」
 青年は、何度もここで薬草を採ったことがあるのだろう。何種類もの薬草を見分け、セティアに名前と効能を説明した。薬草でない種類のものも多く、逆に薬草に似た毒草も生えていた。適当に摘んでいたら、まったく薬草が手に入らなかった可能性もある。
 持てる限りの薬草を採集すると、二人は木の根もとに戻って荷物を回収した。
「これからどうするつもりですか?」
 身支度を整え、セティアが青年にきく。
「そうだね……前と同じように、旅を続けるよ。いつかは、あの国の人たちにも真の安全を知って欲しいけど。今のままじゃ、手術もまともに受けられないからね。手術できる医師も看護士も育たないし」
「あの国の人たちは、白魔法による治療なら受け入れるでしょうか」
 セティアのことばに、青年は驚きの表情を浮かべた。
「白魔法ですか……それなら、内臓を見る必要もない。そうですね、わたしはこれから白魔法の勉強をしてみることにしましょう。色々と、ありがとうございました」
 彼は頭を下げると、善は急げ、という様子で丘を駆け下り始めた。それを見送り、セティアも木から離れ始める。
(魔法で怪我や病気を治す国か。ますます絵本に近づいていくね)
「まあ、あの国があれで成り立ってるなら、別にいいさ……」
 つまらなそうに言って、彼女は街がある方向を振り向く。
「本当にあの国の体制が駄目なら、そしてその体制では死傷者が大勢出るというなら、いつかはあの国から人がいなくなるだろう」
(でも、あの体制はあの国の人が作ったものでしょう?)
「大切な者が失われるとき、人は体制も体面もどうでもよくなる」
 花の香りが、風に乗って彼女の周囲を包んだ。
「あの母親は、確かに彼に言ったんだよ。『ありがとうございます』ってね。だから絵本の中の国でも、医者をやめられないんだろうな」
 丘を降りたところで、彼女は背後を振り返った。
 水色の絵の具を塗ったような空に、花々と野草が散りばめられた、絵本の中の世界のような景色が広がっていた。

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