#DOWN

絵本の国(1)

 その街の大通りには、何件もの書店が並んでいた。開かれた店には大きな本が並び、カラフルで可愛らしい絵を通りに向けている。ときどき親に連れられた子どもがやって来ては本を開き、気に入った物があれば買い取っていった。
 満足そうに少年と母親を見送った店主は、店先に珍しい客が姿を現わしたのに気づき、声をかけた。
「いらっしゃい。お客さん、旅の人かい?」
 黒ずくめの姿は、魔術師に違いない。そう考えると、店主の愛想笑いは、少しこわばったものになる。魔術師に違いないということは、安全なこの国の外からきた者に違いないのだ。凶器の類は門番が預かっているだろうが、魔法は奪うことができない。
「はい。昨日、この国に来ました」
 答えて、少女は台の上に並べられた絵本の表紙を眺める。
「ここにあるのも絵本ばかりなんですね。他の店でもそうでしたが」
「ああ、そうだよ。この国には、絵本以外の書籍を販売したり、所持したり、書いたりしてはいけないんだ」
 店主が説明すると、少女は驚いたように目を向けた。
「それは、なぜ? 他にいい娯楽があるのですか?」
「一生懸命働いて、家族と過ごしていたら、娯楽なんて必要ない。大抵の娯楽は精神的、身体的負傷の可能性を秘めている。そんな危ないことはできないよ。せいぜい、花を育てて、観賞するくらいかな」
 何を当たり前のことを、という調子で、店主は説明した。
「本だって、邪悪な思想や精神的ショックを与える可能性があるからね。本を書けるのも、販売できるのも、厳しい審査がいるんだ。この通りに並んでいる店は、どこも高い競争率を勝ち抜いてテストに受かった店なんだよ」
 店主は言い、誇らしげに胸を張った。厳しい審査をくぐって店をかまえている、書店の店主という立場に対しての誇りか。
 少女は特に感慨もなく、再び尋ねた。
「辞典とかは、ないんですか?」
「ああ、あるよ。ただ、ちゃんと免許を持ったその分野の専門家しか購入できない。シロウトにそんな本を読ませるなんて、大変だからね」
「そうですか……ありがとうございました」
 少女は頭を下げ、店の前から去って行った。
 店主は、少女の後を私服の警備員がつけていることに気がついていた。

「どうやら、野草辞典は期待できなそうだな。この国の先の丘には、薬草が色々と生えていると聞いたのだけど」
(ま、適当に漁って、次の街で聞いたらいいじゃない)
 歩きながら肩をすくめる少女に、少年の声が答えた。周囲の通行人には聞こえていないらしく、注意を向ける者はいない。黒目黒髪に黒ずくめの少女自体が目立っているが、皆、一度注意を向けるとすぐに視線をそらす。まるで、関わりたくない、というように。
(でもさ、セティア、どうしてここの人たちはこんなに平和主義なんだろう?)
 通りの端を歩きながら、セティア、と呼ばれた少女は、溜め息交じりに応じる。
「たまに地震が起きる程度の豊かな気候に、他国に攻め込まれることもなかった歴史……。競争心などとは無縁の人々なんだろうね」
(だから、争いの描かれない絵本ばかり? つまらない)
「シゼルは冒険物を読みたいだけじゃないか」
 遠くの者と会話する魔法、〈テレパシー〉は、大抵の街で一般人にもよく知られた魔法だ。この国ではまったく知られていないが。
 もうこの国に用はないと、セティアは北の門に向かうことにした。国を横断する幅の広い大通りを、中心部に向けて歩く。
  この国で一番大きな十字路に近づいたとき、彼女は、北東にある門の前に人込みができていることに気づいた。門の向こうには、白い大きな建物が見える。おそらく、この国の政治の中心であろう。
 人込みに近づくと、二人の男が言い争っている声が聞こえて来る。
「そうは言われましても、これを説明するには絶対にこの記述が必要なんですって」
「ふざけるな! このような生々しい表現、精神の未成熟な子どもたちに見せられるか! わたしが見てもおぞましい。さあ、とっとと帰れ! これ以上ここにいれば裁判も辞さないぞ」
 有無を言わさぬ声の最後に、ガシャン、という重い音が重なった。門が乱暴に閉められた音に違いない。

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