#DOWN

死者たちの都(2)

 セティアは、それが全部食べられるかどうか心配になった。
「さあ、遠慮せずにどうぞ」
「……いただきます」
 不安なまま、フォークとナイフを手に取る。その心境を知らずに、シゼルがふてくされたようにつぶやいた。
(ずるい)
 シゼルは、食べたい物も食べられない状況にある。それは不幸なことだが、こちらにも少しは同情してもらいたい……そう思いながら、セティアはサイコロステーキのひとかけらを口に運んだ。ほどよい甘味と辛味が舌の上でとろける。
「おいしい」
 思わず感嘆のことばが洩れる。彼女はしまった、と思ったが、それを聞いた老人の嬉しそうな顔を見て、シゼルの沈黙は気にしないことにした。
「どれも、この地方の名産物を使ったものだ。他の地方の名物料理にも負けていないだろう?」
 ここに呼ばれたのは、話し相手になるためだ。各地を旅する彼女なら様々な土地の話を知っているだろう、と、期待されているに違いない。
 このおいしい料理の礼に、旅の話くらいしてもいいだろう。
 セティアは、シゼルのことは伏せて、今までの旅のことを話して聞かせた。それを、老人はうんうんうなずきながら、楽しげに聞いている。
 食事が終わるまでの間、シゼルは黙っていた。

 老人はセティアに、好きな部屋を使っていいよ、と言った。セティアは紺色の壁の部屋を選び、まず、何もない出入口に毛布でドアをこしらえた。
 ベッドは、かなり長い間放っておかれたようで、かび臭かった。老人が持ってきたシーツと毛布に取り替え、もとのシーツを窓の外ではたこうと思い立ったところで、彼女はこの家で窓を見かけないことを思い出す。
「壁にこだわってるんだろうか……」
 とりあえずシーツをたたんで隅に置き、マントと荷物をベッドのそばの机にのせる。彼女が魔法の発動器にしているのは、青白い聖水が入った雫型のペンダントだ。それは、入浴中でさえ肌身離さず身に着けている。
 すでに、外は夜闇に満たされているだろう。ベッドに身を投げ出し、彼女はあくびをした。
(……ここの人たちは、明るいのが嫌なのかな)
「シゼル、起きてたのか。寝たのかと思った」
(起きてるよ。セティアがおいしいご馳走を食べている間もね)
 恨めしげなことばに、セティアは苦笑した。
「ちゃんときみの分まで味わって食べるのが私の義務じゃないか?」
(ああそうかい、ご苦労さま。それより、この家の構造、おかしくないか? なんか、外から見た時と比べてみるに、壁が厚い気がする。まるで監獄だ)
 セティアは、ベッドから立ち上がって紺色の壁に歩み寄った。燭台のロウソクが揺れ、小柄な影を映し出す。
 壁を軽くノックしてみる。コツコツという小さな音が鳴った。どこか外観から予想できないような音に、セティアは顔をしかめる。
「確かにな……何かつまってるような。それに、何か妙なにおいがする」
(におい?)
 さすがに、シゼルは嗅覚までは共有できない。しかし、セティアのほうは、かすかに壁際に漂う、あまりいいにおいとは言えない刺激を鼻腔に感じていた。
「どこかで嗅いだような……」
 不意に、彼女はことばを途切る。
 誰かの声が、その耳に届いた。この家のなかにいるのは、彼女と、あの老人だけだ。
「……な、たまにはいいだろう。わしだって他の者とも話したいよ」
 それは、確かに老人の声だった。その声に引かれ、そっと出入口に歩み寄る。
「それは、わかっているとも。だが、いつもそうするわけにはいかないだろう」
 かすかに聞こえる声は、老人のものだけだ。
(誰と話してるんだろう……)
「案外、テレパシーだったりして」
 自分たちも、奇妙に思われているのかもしれない。そう考えて、二人は少しの間、黙った。
 声は、何かに反論しているような調子で続いていたが、やがて途切れた。ロウソクを吹き消し、セティアとシゼルも間もなく眠った。

0:トップ
#:長編目次
1:天悪目次
2:次項