#DOWN

思い出にする日(2)

 道にそって川が流れていた。彼女は、その川の上流に向かっている。そこには小さな湖があり、その湖は遺跡の一つになっているという。この街の数少ない名所だ、とリュアは説明した。
 家々が並ぶ西区を出ると、道の幅が狭くなった。それから間もなく、小さな丘の上にある円形の湖に辿り着く。
 湖というより、人工的な溜池のようだった。石造りの円形プールに水が湧き、そこから川が流れている。淡い緑の水を透かし、底に刻まれたレリーフが見える。それは、文字や怪物の姿に見えた。
「ここから、水を供給しているんです。大昔の魔法の遺跡だと言われています。この水があるから、あたしたちは生きていける。町の人はみんな、感謝しています」
(魔力を感じる。セティア、何かわからない?)
 シゼルが声をかけた。その心の声は、リュアには聞こえない。
 セティアは膝をつき、湖の底をのぞき込んだ。
「これは下位魔法語だね……ええと、『忠実なる大神フォゼドのしもべたる兄弟たちに、命の源たる母ネスリアの祝福あらんことを』、『緩やかなる流れのゆりかごに抱かれて眠り、再び海と地のなかに生まれたまえ』……だってさ」
「凄い! 読めるんですか? 初めて聞きました!」
 楽しそうな、そして尊敬のまなざしを向ける少女に、セティアは立ち上がり、頭をかいてうなずいた。
「ああ、まあ……。それより、さっき言ってた特別なルールってなんだい?」
「ああ、そのことなんですけど」
 リュアは持って来たバッグを開け、何かを取り出した。そしてそれを、セティアに向かって差し出す。
 それは金貨3枚だった。上等の宿に3泊できるくらいの金である。
 受け取るべきなのかどうか反応に困っている相手に、リュアはいたずらっぽく笑って説明した。
「実は、この街では初めて訪れた旅人にお金が出るんです。『思い出を作る金貨』と呼ばれています。この街をよい旅の思い出にできればと。だから、これはセティアさんのものです」
「変わった決まりだね……本当にいいのかい?」
「ええ、受け取ってください」
 セティアは押し付けられた金貨を受け取り、一度、まじまじと眺めた。労働などの対価として受け取ったのではないせいか、自分のものになった、という実感がわかない。何かはぐらかされたような妙な気分で、財布代わりのポーチに入れる。
「セティアさん、何かお買い物ありますか? この街は交易が盛んで、結構大きな市場があるんですよ。キレイなアクセサリーを売ってるお勧めの露店があるんです。それに、おいしいデザートが食べられるお店もあるし」
 リュアは期待に輝く目でセティアを見上げた。何を期待しているのだろう、と魔女は思う。もともと自分の物ではないお金については、何を期待されてもいいような気がするが。
 とりあえず宿代がただになるだけでいい。たまには無駄遣いをしてみようか。
 そう心を決めると、セティアはうっすらと顔に笑みを浮かべてうなずいた。
「ああ、行こうか。案内頼むよ」

 市場は東区にあった。木の板を継ぎ合わせただけ、あるいは広げた布の上に商品を並べただけのシンプルな露店が並んでいた。売り物は食べ物から工具や動物まで、様々だ。さすがに都会の賑わいには及ばないが、この街で最も人の姿が多い場所であることには違いない。
 セティアはまず、リュアに欲しい物を言って、保存食、カンテラ用の油など、旅に必要な物を買った。携帯食の店の主人に長持ちすると勧められて、この辺りの山奥にだけ育つという、表皮の硬い、楕円形の緑の果物を三つ購入した。
「いいんですか?」
 果物を渡されて、リュアは嬉しそうにきいた。
「ああ、毒見は一人じゃ怖いからね」
 硬い緑の皮は、縦に走った筋にそって引っ張ると簡単に取れた。なかには、瑞々しい白い実が詰まっている。それを、二人の少女は歩きながら食べた。二人はすぐに、水分が多く、甘い汁をこぼさないよう、完全に皮をはがさずに食べるのがコツだと気づいた。
 甘く、しかしさっぱりとしていて、少し酸味があった。いい買い物をしたな、とセティアは思う。
 歩きながら果物を食べ終えたころ、急にリュアが立ち止まった。その視線の先には、広げた布に並べられたアクセサリーがある。
 彼女は店の前にしゃがみ込むと、アクセサリーの一つを手に取った。赤い玉石を果実に見立てた、可愛らしいイヤリングだった。
 セティアがふと周囲を見回すと、行き交う人々のなかに、リュアと同年くらいの少女の姿がいくつか視界に入った。皆、アクセサリーを身に着け、綺麗な服で着飾っている。一方、リュアは動きやすそうな、飾り気のない服だ。
 家の手伝いのために、遊ぶ時間もないのだろうか。そう思いながら、露店をのぞき込む。

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