#DOWN

語る人形たちの宴(2)

 部屋はかび臭く、何年も掃除されていないようだった。ずっと閉められたままのカーテンが、窓から一筋の光も通さない。
 燭台も近くに見当たらなかったので、セティアは呪文を唱えた。〈ライト〉の魔法が完成すると、かまえた短刀の先に光がともる。
 その明かりに照らし出されたものを見て、一瞬彼女は息を飲んだ。そこにうずくまっているものの輪郭……それは、確かに人間に酷似していた。いぜんどこかで見た、『考える人』と名づけられた像に似ている。
 そう、人間よりは、像に似ていた。ボロきれのような服を身につけてはいるが、肌は土とも木ともつかない茶色で、毛髪のようなものは一切生えていない。
(人間ではないね)
 警戒しながら、歩み寄ってみる。
 刹那、不意に人型のものが顔を上げ、ビー玉のような瞳を向けた。
「そう、ボクは人間じゃナイ、魔法人形サ。ご主人サマがこの屋敷に帰るまで、留守を預かっているんだヨ」
 少しくぐもったような声で、ぎこちなくことばを紡ぐ。パクパクと顎が上下するのを見て、セティアは人形に違いないというのを確信した。
(ボクの声が聞こえるの?)
「魔法人形だからネ。ご主人サマは、ボクをゼペットと名づけてくれたんダ。それで、あんたたちは誰サ」
 名前を聞いているのだろう、とセティアは理解した。ここの主人とやらが、初対面の相手に対する態度を教えていたのだろうか、と思いながら、自己紹介する。
「わたしはセティア。セティア・ターナー。諸国を旅する魔術師だよ」
「ふーん。ご主人サマと同じだネ。で、その声は誰」
(ボクはシゼル。風霊の谷に住んでる。わけあって、セティアにボクの変わりに世界各地を旅してもらっている)
 〈ビジョン〉と〈テレパシー〉を使い、セティアはシゼルに自分の周囲の出来事を中継しているのだ。彼は居ながらにして旅を体験しているのである。
 魔術師のしもべだけあって魔法には詳しいらしく、ゼペットは納得顔でうなずいた。
「なるほど。……でサ。せっかくのお客さんだから、夕食でもご馳走してあげようと思うんだケド。そろそろ、みんな起きてくるころだし」
「みんな?」
 首を傾げるセティアの前で、魔法人形はカクカクと関節を伸ばし、立ち上がった。慎重は二メートル余りある。
「じゃ、ついてきてネ」
 言うなり、少し危なっかしく歩き出す。
(ご馳走って、人間が食べられるものなのかな?)
「むしろ、わたしがご馳走だったりしてね」
 そうなれば、屋敷ごと破壊して逃げればいいだけだ。セティアは悪い冗談を言いながら、ゼペットの後を追った。  案内された食堂の長テーブルには、セティアとシゼルにとっても無事に『おいしそう』という感想を抱ける料理が並んでいた。そして、様々な格好をした人形たちがすでに席についている。長い金髪に可愛らしいスカートの、小さな女の子がよく与えられるような人形や、ブリキの兵隊、赤い鼻のピエロが目を向けている。
 セティアは、テーブルの端の席に案内された。
(おとぎ話の世界みたい)
「今日、我らが屋敷を訪れた客人に幸多からんことを祈り、乾杯」
 ゼペットがグラスを掲げると、他の人形たちもそれに倣った。セティアも慌ててグラスを取り、なかに注がれている赤黒い液体の香りをかいでみた。
(それ、飲めるの?)
 声が聞こえてしまわないよう、シゼルは小声で――つまり、テレパシーの出力を下げて問う。
「ああ、ワインだよ。年代モノだな」
 一口含み、じっくり味を確かめる。セティアは、とりあえず毒などはないと判断したようだった。

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