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2010/07/25(日) | 千鳥ケ淵戦没者墓苑での献花 | |||||||||||
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今年もまた、千鳥ケ淵戦没者墓苑に献花をしに行きました。 |
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■千鳥ケ淵戦没者墓苑 |
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お参りする人々が増える終戦記念日の少し前に、毎年献花しています。 今日、花をお供えする時に隣にいたご年配の女性が祭壇の前で手を合わせながら ゆっくりと静かに歌を歌っていた。 私が今まで聴いたことの無い歌で、古い歌だと思われるのですが とても静かで、哀しい調子の歌でした。 その横で花を祭壇に供えて、私も静かに手を合わせました。 今まで、墓苑では絶対に写真を撮らなかったのですが戦後65年経って 無名戦没者の墓の前で静かに歌う年配の女性の風景を邪魔にならないように 遠くから一枚だけ、撮影しました。写真に黄色い服の女性が写っています。 私が毎年夏になると千鳥ケ淵戦没者墓苑にお参りすることを知っている人から なんで靖国神社には行かないのと聞かれることがあります。 戦後。 この国は「戦争は良くないことだ なぜなら沢山の人が死ぬから」というとても表面的であたり障りの無いことを 念仏のように唱えてきた。原爆や空襲はとても悲惨な出来事で、だから戦争は良くないのだと。 そうして誰も傷つかず、納得しやすい言葉でこの国の過去の本質を隠してきている。 原爆を落としたエノラゲイの乗組員達が悪かったのか。 東京大空襲を企画したカーチスルメイが悪かったのか。 私は、そもそも戦争を始めた日本の上層部が悪かったと思っている。 どこで戦争を終わらせるのか何も企画せずに、また相互の戦力分析結果を 自分達の都合のいいようにネジ曲げで戦争を推し進めた人々。 反戦の意思を示した人々を弾圧して拷問した人々。 連敗に次ぐ連敗を隠して、嘘を放送し続けた大本営発表。 空襲が行われて、首都が灰燼に帰しても戦争をやめなかった人々。 そして原爆が落とされ、停戦の申し出もできないまま2発目の原爆まで落とされた無能な日本の上層部。 開戦直前のロシアに停戦調停を依頼して時期を逃した挙句、シベリア抑留。 当時の政治・軍事の上層部はその結果を恥じて全員自決してもおかしくないと思うけれど 甘んじて裁判まで受けさせてもらっている。 「生きて虜囚の辱めを受けず」を信じて日本を遠く離れた南方の島々で玉砕した人々。 特攻隊で散った若い人々。 自分が死を命じた彼らに対して、己は生き延びたことをどう言い訳するのか。 自分達で戦争を始め、終わらせられず、その結果として悲惨な敗戦を受け入れることになったのは 戦争を推し進めた当時の日本の指導者の人々のせいなのです。 その人々まで祀られている靖国神社には、私は行かない。 「A級戦犯」は戦勝国の連合軍が勝手に裁いたという論もありますが、彼らのやったことは 日本国民達に対する結果としての背信であることは、間違いない。 当時の関係者がまだ生きていた時代には「都合の悪い」過去をさらけ出すことは出来なかったのですが 関係者が少なくなった今、もう一度この国の過去をきちんと洗い出して整理してもいいのではないかと思う。 あの戦争がなぜ始まって、どうして悲惨な結果を招いたのか 今一度、きちんと整理をするところから、この国の本当の戦後が始まると思う。 まぁ、それはとりあえず。 あの戦争で亡くなられた300万以上もの人々への追悼の気持ちをこめて 今年も千鳥ケ淵戦没者墓苑で献花をして参りました。 |
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