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今年読んだ本。

『放浪の天才数学者エルデシュ』/ポール ホフマン
エルデシュという実在の数学者の伝記。この本がまた相当面白かった。幼少の頃からのずば抜けた天才で、論文の数・質共に歴史上にも類を見ないという人だが、一般的な生活術は悉く出来ないという、いわゆる奇人であったそうです。その奇行のエピソードがとても面白く、随所に出てくる数学の問題も本書のアクセントになっていて楽しい。数学的な記述が多いので数学嫌いの人には読みにくいかもしれないけれど、そのような部分は読み飛ばしてしまっても十分面白いので、手にとって読んでみたらいいと思います。数学が好きだという人にはそれこそうってつけの本なので、是非読んでみてください。
『ペニス』/津原泰水
とても直接的なタイトルですが、その手の小説ではありません。とはいえレジに持っていくには若干の勇気が必要だった。内容は、冴えない公園の管理人が自分の職場(管理人室)のロッカーに少年の死体を発見し、その死体を得た事をきっかけに彼の妄想が大きく膨らんでいき、次第に現実との境界を曖昧にしていくというもの。全体的に主人公の精神状態のように憂鬱な雰囲気の中、どんどん現実が幻想に溶け込んでいき、何が現実なのかが読み手にもわからなくなっていきます。その様子は圧倒されるというよりもじわじわ染み込んでいくというような感覚で、読み終わった後にも、その何だか憂鬱でどんよりとした気分が続きます。あまり人に勧めるタイプの本ではないですが、異様な存在感のある作品でした。
『白の闇』/ジョゼ サラマーゴ
世界中の人々が、突然目の前が真っ白になるという奇病に冒され、それによって世界が無秩序と大混乱に陥る様を描いた作品。設定は荒唐無稽といってもいいくらい現実離れしているかもしれませんが、その後の展開はかなり現実的な予想のもとに描かれているため、意外にもリアルで引き込まれてしまいます。この本の凄い所は、小説の中にこのようなリアルな別世界を精巧に構築した事で、読者をもその世界に引きずり込んでしまいます。ただし、その中盤までの描写力に対してラストは拍子抜けするほどあっさりなので、もうちょっとバランスが保てるくらいの濃密なラストがほしかった気がします。
『砂糖菓子の夏』/桃瀬葵
一人の少女(といっても20歳位だと思う)がある海岸の廃屋に住み着いた所から始まり、その地の住人と交流を深めたり、逆にトラブルを起こしたりしている内に、次第に夏が終わりを迎えるというお話。全体的にとても穏やかでゆったりとした時間を持った作品で、なんだか読んでいて心地がいい作品でした。ただ、出てくる人々がそれぞれに悩みを抱えていて、それぞれの複雑な思いが互いに絡んでいき、静かな結末に流れていきます。詳しくは書きませんが、この結末を読んだときにはかなりぐっと来てしまった。この本は、明らかなフィクションなのにどこか体に馴染むような物語で、かなり不思議な感覚が味わえます。派手さは無いけどもの凄く好きな作品です。おすすめ。
『停電の夜に』/ジュンパ ラヒリ
インド系アメリカ人の女流作家による短編集。話題になってからかなり経ってしまいましたが、ようやく私も読んでみました。この短編集のうち、殆どの作品はアメリカを舞台としているものの、作者と同じインド系の血を引く人々が主人公となっています。独特の習慣や感覚、感情、そして民族の誇りを持った彼らは移民としての苦悩を抱きつつもたくましく日常を送っており、その中で繰り広げられる人間模様がラヒリの筆によって秀逸な小説世界への昇華されています。これといって大事件が起きる訳でもなく、どこの日常にも埋もれているようなエピソードばかりなのに、かえって瑞々しく、心に沁みるような作品達で、かなり気に入ってしまいました。こういう、穏やかながらも心を動かす作品はほんとに大好きです。特に最後に収録された「最後で三番目の大陸」にはぐっときてしまった。
『巴』/松浦寿輝
前作の『花腐(くた)し』で芥川賞を受賞した松浦寿輝の新作長編。といっても1年以上前に発表された作品です。東京を舞台に、謎のキーワード「巴」をめぐる謀略と、その罠に不意に巻き込まれながらもその怪しげな世界に魅入られていく男を描いた奇怪な作品。腰帯には「形而上学的推理小説」と記されており、実際、そのような不可解な形容詞でなければ評しがたいような、幻惑的で危険な雰囲気の作品です。これから読むであろう人のために詳述は避けますが、よくあるミステリーのような親切な結末は用意されておらず、読み終わった後には狂気の底へと突き落とされたかのような衝撃を覚えました。そしてその感覚がしばらくの間びりびりと疼いたままになってしまうほど、この作品は強烈な毒を持った怪作でした。かなりアクが強いので世間一般にお薦めできる作品ではないですが、生半可な小説ではもう退屈だという方は一度読んでみてはと思います。必ずやガツンと叩きのめされる気分を味わうことでしょう。

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