2024.2.4.8



 

乗代雄介「本物の読書家」4/6
千葉雅也「デッドライン」3/31
木崎みつ子「コンジュジ」3/19
東川篤哉「探偵少女アリサの事件簿 溝の口より愛をこめて」3/14
室井光広「おどるでく」3/6
伊吹亜門「刀と傘」2/21
松井今朝子{芙蓉の干城」2/15
古川真人「背高泡立草」1/28
桐野夏生「日没」1/17

 

ANTENA「L'ALPHABET DU PLAISIR」12/31
CLÉMENTINE「EN PRIVÉ」12/12
DON McLEAN「AMERICAN PIE」8/3
THE BYRDS「THE VERY BEST OF THE BYRDS」7/18
HEART「BAD ANIMALS」1/14
FLEETWOOD MAC「TANGO IN THE NIGHT」9/10
ASIA「ASIA」12/27
JAMES TAYLOR「JAMES TAYLOR」1/16
PETER, PAUL AND MARY「LIVE IN JAPAN, 1967」1/9

 

記録集


時系列INDEX


作家別INDEX


ARTIST別INDEX


乗代雄介「本物の読書家」
 2024年4月6日(土)
 「本物の読書家」:わたしは、大叔父を高萩の老人ホームへ送り届けるため一緒に列車に乗った。三万円のお金をもらったのと、彼には川端康成からの手紙を持っているらしいという噂があっったので。隣に座った身なりのいい男が大阪弁で話しかけてきて、話の成り行きで作家の誕生日を次々と答えた。男は「わしは単なる読書家、あんさんと同じ穴の貉でんがな」というのだった。反発を覚えながら話しているうちに、大叔父が自らの秘密を語り出した…。
 「未熟な共感者」:登録できる唯一残った文学のゼミを選んで出席すると、男子一人、女子二人だけで、間村季那という美しい学生と話すのが楽しみになった。よくトイレに中座する先生はその後失踪し、私に講義録のノートが送られてきた…。ストーリーは一応あるが、内容はサリンジャーを中心とする難解な文学論がほとんど。
 「本物の読書家」はミステリー仕立てのストーリーはあるし、「未熟な共感者」もストーリー的にはミステリーっぽいところもあるが、ほとんど文学論といっていいもの。最近読んだ室井光弘や千葉雅也の系列のような感じ。野間文芸新人賞受賞作。

千葉雅也「デッドライン」
 2024年3月31日(日)
 「僕」は大学院でフランス現代思想を研究していて、修論のテーマは先生の奨めでドゥルーズにした。ゲイであることは家族にも友人にもカミングアウトしていて、ハッテン場を訪れては相手を物色している。物語は、研究テーマの考察と男を求める行為とゼミの友人や親友との交友が交互に繰り返される。修論の締め切りが近づくにつれて、ドゥルーズへの考察とゲイである自己への意識が次第に一つになっていく。
 おもしろいような、つまらないような、どちらにも読める感じがする。とりあえず、積読のままのフランス現代思想を読もうかなという気にはなった。一限りの肉体的な性行為だけで終わるゲイについては気持ち悪いとしか思えなかった。小説として違和感というか工夫というかわからないが、主人公の名前が「〇〇」と明かされず、親友だけが「K」としか表記されず、ゼミの友人「知子」については時々「知子」の視点で書かれるところに、不思議な印象を持った。野間文芸新人賞受賞作、芥川賞・三島賞候補作。作者は東京大学大学院博士課程修了の哲学者とのこと。

木崎みつ子「コンジュジ」
 2024年3月19日(火)
 二十年前、十一歳のせれなはリアンに恋をした。せれなの父は、仕事を解雇されたとき、母に逃げられたときの、二度手首を切っている弱い人だった。その後働き出して、ベラさんという女性を連れてきた。留守番をしていたある夜、テレビで見た写真を見た瞬間、せれなの頭の中で鐘が鳴った。「The Cups」というバンドの三十一歳で亡くなったリアン・ノートンの特集番組だった。CDを買い、本屋でポスター付きの雑誌を買い、図書室で本を探して読んだ。ベラさんが出て行き、せれなの胸が膨らむようになると、父が変な目で見たり触ったりするようになった。父に押し倒されて、「リアン、ヘルプミー!」と言うとリアンが現れて逃げ出すことができた。それから、せれなはリアンと一緒にツアーに同行し、一緒に暮らすようになった。
 父に性的虐待を受けて、恋したすでに亡くなっているロックスターとの妄想に救われて生きてきた少女の凄絶な物語。すばる文学賞受賞作、芥川賞候補作。 どうでもいいが、バンドに兄弟二人というから「オアシス」のイメージかと思ったが、70年代だから「クイーン」のイメージなのかもしれない。それと、作品の中の現在が、書かれた年の7年前というのもどこか謎だ。

東川篤哉「探偵少女アリサの事件簿 溝の口より愛をこめて」
 2024年3月14日(木)
 仕入れの大量誤発注で都心のスーパーを首になった俺、橘良太三十一歳は地元武蔵新城の木造アパートに移り住んだ。昔馴染みから手伝い仕事を頼まれるうち、『なんでも屋』を開業することにした。仕事の依頼があって武蔵溝ノ口の邸宅を訪れると、仕事はなんと絵のモデル。仕事が終わると悲鳴が聞こえて、お客の父で有名画家の篠宮栄作が死んでいた。駆け付けた刑事は高校時代の同級生、長嶺だった。一週間後仕事の依頼があってまた溝ノ口を訪れると、そこは有名な探偵綾羅木慶子とやはり探偵の夫孝三郎の豪邸。仕事は、留守の間娘、小学四年生の有紗の子守をすることだった。ロリータファッションの有紗は、画家の殺人事件で目撃された男が良太だと知っていて、事件を捜査しようとする。
 他に、容疑者のアリバイを崩せない鉄道トリック、浮気夫婦の両者殺人事件、野球場での被害者の足跡しかない事件。探偵のキャラクターもいろいろあるが、今度は美少女小学生探偵登場。まあおもしろかった。

室井光広「おどるでく」
 2024年3月6日(水)
 作者の郷里、南会津地方を舞台にした作品群。風変わりな掌編小説集「猫又拾遺」、子守女のユキエ、土蔵で縊死した祖母、中学生になっても夜尿症が治らなかった少年、婚礼の席で居眠りしていた花嫁などの登場人物、エピソードはほかの中編作品「あんにゃ」、「かなしがりや」、「おどるでく」、「大字哀野」、「和らげ」にも現れる。「おどるでく」はフランツ・カフカの作品に登場する「オドラデク」、石川啄木の「ローマ字日記」に触発された作品で、不要なペダンチズムとしつこい言葉遊びと屁理屈でしかない論理遊びにあふれた読物で、小説ではない、エッセーだと批判されて反対多数であったにもかかわらず、笙野頼子と一緒に1994年の芥川賞 ダブル受賞した作品。本人も「もとよりこれは小説ではありません、むしろ詩や批評に似ているのです、けれど、これでもやはり小説なのです」と書いている。メタ小説といっていいのかもしれない。芥川賞史上最も売れなくて、長く文庫本化されなかった作品。

伊吹亜門「刀と傘」
 2024年2月21日(水)
 実在する日本の司法制度の生みの親・江藤新平と、架空の旧尾張藩士・鹿野師光が出会い、幕末・明治維新の時代に京で起こった事件の謎を、相互に補いながら解決する連作短編集。開国交易派の志士が惨殺される「佐賀から来た男」、弾正台の巡察が密室で切腹していた「弾正台切腹事件」、その日の処刑執行が決まった元長州藩の人斬りが牢獄で毒殺される「監獄舎の殺人」、京の市政局次官が妾宅で殺され、襲った徳川残党も妾に銃殺された「桜」、征韓論の対立で下野した江藤が立ち寄った京で殺人の容疑をかけられる「そして、佐賀の乱」。
 目的のためには手段を選ばない江藤新平の冷酷さに鹿野は徐々に離れていく。解決といっても、本来許されない禁じ手ばかりなので、どの事件も後味が悪い。倒叙ミステリーの「桜」がおもしろかった。本格ミステリ大賞受賞作。

松井今朝子「芙蓉の干城」
 2024年2月15日(木)
 昭和初期 、早稲田大学の教授桜木治郎は、父が木挽座の狂言作者の総帥であったことから、幼いころから劇場に出入りし、桜木先生と呼ばれている。家で預かっている妻敦子の従姉妹澪子の お見合いのため、木挽座を訪れ、歌舞伎界の女帝六代目荻野沢之丞の楽屋へ挨拶に行くと、小宮山先生と呼ばれる男が派手な女連れで来ていた。桜木や澪子の向かいの桟敷にいた小宮山たちは、澪子によると途中で姿を消したという。そして、三十間堀で死体で発見された。小宮山は右翼団体の大物で、女は大阪の芸妓だという。築地署の警部笹岡と部下の薗部が捜査にあたり、桜木も縁があって捜査に協力することになる。
 軍部の影が色濃くなり、アヘンが広がっていた昭和初期の時代を背景に、歌舞伎の世界を舞台にしたミステリーのシリーズ2作目で、渡辺淳一文学賞受賞作。事件の背景には思いもかけない事情があり、そのため解決こそするが闇に葬られることになる。一作目も読もう。

古川真人「背高泡立草」
 2024年1月28日(日)
 大村奈美は、二十年以上も前から使われていない吉川家の納屋の周りの草刈りのため、母の美穂、母の姉の加代子、従姉妹の千香、母の兄の哲夫とともに、長崎の島へ向かう。島の家は、美穂の父の妹内山敬子という老婆が引き受けている。加代子と哲夫は内山敬子の子で、美穂は吉川家の養子になっていた。奈美は使ってもいない納屋の草刈りをするのが不満だ。島には新しい家と古いほうの家があって、古いほうの家にいつ引っ越したのか知りたい。そして、兄妹3人で草刈りをし、娘たちは適当にさぼって帰っていく。
 というだけのストーリーだが、間に吉川家が入る前に住んでいた家族が満州へ行く話、戦争が終わって朝鮮へ帰る途中遭難した人たちを世話する話などが挿入される。家をめぐる歴史が重層的に描かれるわけだが、登場人物たちは何も知らない。何ほどの意味があるのかよくわからない。芥川賞受賞作。

桐野夏生「日没」
 2024年1月17日(水)
 エログロを描くエンタメ作家マッツ夢井に、「総務省文化局・文化文芸倫理向上向上委員会」というところから召喚状が届いた。出版社の編集者に聞くと知らないというし、以前審議会への出席依頼が届いたとき捨てなさいと言った作家の成田は入院していた。弟に連絡すると、最近作家がよく自殺するという噂を聞くという。以前同棲していた男に連絡すると、やはり自殺したという。C駅で降りると、車で海辺の断崖に建つ療養所へ連れていかれ、そのまま軟禁される。抗議や反論をすると直ちに減点されて収容期間が延長される。所長の多田は社会に適応した小説を書くように言い、医師の相馬は統合失調症だという。断崖の下に隠れている一人の収容者は施設の事情を教えてくれ、枕の中には施設の実情を暴いた遺書があった。
 政府が秘密裏に文化を統制するようになったディストピアを描いた作品。主人公は自己を曲げないからますます窮地に陥っていくが、「更生」したふりをしたからといってどうなるものか。「ヘイトスピーチ」と「表現の自由」をトレードオフにするやり方は、現実にもう始まっていると言えるだろう。

相沢紗呼「invert 城塚翡翠倒叙集」
 2024年1月7日(日)
 「運上の晴れ間」:ITベンチャー企業のエンジニア狛木繁人は、社長で小学時代から付き合いのある吉田を殺害した。自分のプロジェクトを他社へ売ろうとしていたからだった。ITを生かしたアリバイは完璧だった。マンションの隣に城塚という女性が越してきて、朝カフェで会うようになる。
 「泡沫の真理」:小学校教師の末崎絵里は学校に盗撮カメラを仕掛けている元校務員の田草を窓から落として殺した。侵入しようとして転落した事故死とされたが、白井奈々子という若い女性がスクールカウンセラーとして常駐するようになり、事件のことを探るようになる。
 「信用ならない目撃者」:元刑事の探偵雲野泰典は、自分の不正を訴えようとしている従業員の曽根本を、自殺に見せかけて殺害した。警察での経験を生かした犯行にほころびはないはずだったが、向かいのマンションの窓に双眼鏡を覗いている女性の姿があった。会社に刑事と一緒に城塚翡翠という霊能力者で警察に協力しているというう噂を聞いたことのある女性がやってきた。雲野は、目撃したという涼見梓という女性に探りを入れる。
 「刑事コロンボ」のように最初に完璧な殺人を見せて、犯人にゆさぶりをかけてアリバイやトリックの隙を探るという倒叙推理小説。城塚翡翠のキャラクターにはまさにふさわしいと言える。最初の作品では神秘的で初々しい女性として描かれていたが、最後に正体がわかってしまったので、この作品では最初から地のままだ。 そして、最後の「信用ならない目撃者」には、読者へのもう一つのトリックが仕掛けられている。おもしろかった。

高橋弘希「送り火」
 2023年12月27日(水)
 歩は商社勤めの父の転勤で、青森の平川市近くの山間の集落に越してきた。転向した中学は来春廃校になり、全生徒で十二人だった。晃という生徒が中心的人物のようで、燕雀という花札のような賭けで仲間の稔を虐めていた。夏休みのある日、歩は電話でカラオケに呼び出される。
 他に、「あなたのなかの忘れた海」と「湯治」。三作とも、意図がよくわからない。初めて読んだ作家かと思ったら、「指の骨」という慎重新人賞受賞作を読んでいた。この作家は、作品ごとにテーマを変えているようで、青森を取り上げるのもこれが最後だそうだ。昭和の短編小説的な文体、昭和の芥川賞受賞作的な作風、という印象。

桜川ヒロ「暗号解読士九條キリヤの事件簿」
 2023年12月16日(土)
 警視庁刑事部捜査0課、通称雑務課の新米刑事七瀬光莉は、上司の一宮に頼まれて、帝都大学数学科の『暗号解読士』の異名を持つ九條キリヤを訪ねた。刺殺体が残した判読不能なダイイングメッセージの解読を依頼するためだ。やっと会えた九條は学生だった。九條はすぐ衆議院式速記と見抜くが、その言葉を解読するため、一緒に調査を進めることになる。
 見たことのないような美形だが毒舌を吐く九條、武術だけが取り柄の光莉のコンビが、衆院議員の私設秘書殺人事件(「ダイイングメッセージ」)、執事喫茶への脅迫・ストーカー事件(「狙われた執事喫茶」)、光莉の小学生時代の出来事にかかわる謎(「タイムカプセルに隠された秘密」)、そして九條自身の殺害された妹の謎(「約束の小指」)に迫る。主役のキャラクター、コンビネーションは、この前読んだ「心霊探偵八雲」みたいな感じ。おもしろかった。

神永学「心霊探偵八雲T赤い瞳は知っている」
 2023年12月11日(月)
 キャンパスの外れの雑木林にコンクリート壁の廃屋があり、夜中肝試しに三人の学生が中に入り、幽霊に遭遇した。寝込んでしまった一人の友人、小沢晴香は幽霊のことならと映画研究同好会の斉藤八雲を教えられて訪ねる。八雲は晴香の亡くなった双子の姉のことを言い当てた。信用して一緒に寝込んだ友人を見舞うと、霊が憑りついていた。八雲は生まれつき左目が真っ赤で、死んだ者の魂が見えるのだった。そして知り合いの刑事後藤に協力もしていた。
 「開かずの間」の他に、事故や怪事件が相次ぐ「トンネルの闇」、後藤が捜査する夫殺人事件と晴香の友人の失踪が結びつく「死者からの伝言」。姉の霊が場所を教えてくれるというシーンに、こんなのあったなと思ったら、「霊媒探偵城塚翡翠」だった。心霊探偵と霊媒探偵、似たようなものだがミステリーとしてはまったく異なる趣向。おもしろかった。 「心霊探偵シリーズ」は10冊以上続くが、これでやめにしておこう。

くわがきあゆ「レモンと殺人鬼」
 2023年12月9日(土)
 小林美桜の妹妃奈が殺された。小学四年生の時洋食屋を営んでいた父が佐神翔という少年に殺害され、母が失踪し、二人は別々に親戚に預けられてつらい生活を送り、美桜は派遣で大学の事務員、妃奈は保険の外交員として働いていた。久し振りに会った妃奈は、佐神が十年で出てきたと言っていた。週刊誌に、妃奈の保険金殺人の疑惑が載ったことから、美桜はマスコミの取材攻勢を受けるようになる。仕事もできなくなると心配しているところに、桐谷という大学院生から放課後児童クラブのボランティアを頼まれる。美桜は妃奈が交際していたという相手に会って確かめようとするが会えないでいると、渚丈太郎という務めている大学の学生が協力を持ちかけてくる。二人で調査を始めると、襲われて暴行を受けた。
 ところどころに、洋食屋の父への少女の思い出とか、その洋食屋の少女と会う少年の思い出が差しはさまれている。読んでいて、こういう設定というか雰囲気というか読んだことがある感じがしたが、思い出せなかった。ただ、違和感というか矛盾というか感じるようになって、気づいたら折原一とか綾辻行人ばりの叙述トリックが仕掛けられていた。しかも最後まで読むともう一つの叙述トリックがあった。それも二重に。そしてとんでもない結末。テレビドラマにはできないだろうなと思う。「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。

宇佐見りん「推し、燃ゆ」
 2023年12月2日(土)
 高校生のあかりは、生きるのに力を振り絞っても意思と肉体が途切れてしまう。病院で二つの診断名をもらったが、病院に通うのも億劫になった。そんなあかりは、推しを推すときだけ重さから逃れられる。アイドルグループ「まざま座」のメンバー、上野真幸。アルバイト代はすべてライブとグッズに使い、推しを解釈してブログに公開する。推しがファンを殴って炎上し、あかねは成績不良で中退し、家族から見放されて亡くなった祖母の家で一人暮らしを始める。就職活動はできず、バイトもクビになる。家に帰ると散らかったものが老廃物のように溜まっている。なぜ普通に生活できないのだろう。
 推しブームの中で話題になった芥川賞受賞作だが、決して軽くはない。
 「ずっと、生まれたときから今までずっと、自分の肉が重たくてうっとうしかった。…滅茶苦茶になってしまったと思いたくないから、自分から、滅茶苦茶にしてしまいたかった。…膝をつき、頭を垂れて、お骨をひろうみたいに丁寧に、自分が床に散らした綿棒をひろった。綿棒をひろい終えても…その先に長い道のりが見える。這いつくばりながら、これがあたしの生きる姿勢だと思う。」

鳥飼否宇「死と砂時計」
 2023年11月29日(水)
 ジャリーミスタン週末監獄。中東ジャリーミスタン首長国の首長サリフ・アリ・ファヒールが、死刑囚をもてあましている世界各国から有料で死刑囚を集めている。囚人の死刑執行は首長の一存で決まり、確定囚は独房に移され四日後に処刑される。執行の前日、確定囚は囚人たちの前で公開告解で言いたいことを言うことができる。執行を翌日に控えた確定囚二人が独房で惨殺されるという事件が起こった。長老の収監者で何かあるとのその頭脳を頼りにされているシュルツが呼び出され、シュルツは新入りの若者アランを助手として連れ出した。
 死刑執行前夜に密室の独房で殺された囚人、監視システムを破って脱走した中国人の天才医師、屍体埋葬を進んで引き受け掘り返して解体する囚人など、隔離された監獄で起こる事件の謎 を解決していく連作短編。最後にもう一つの謎が明かされる。本格ミステリ大賞受賞作。

早見和真「ザ・ロイヤルファミリー」
 2023年11月17日(金)
 税理士の栗須栄治は、正月に訪れた神社で大学時代の友人大竹雄一郎に声をかけられ、叔父が馬主をやっているということで翌日の重賞レースに誘われる。断ってテレビで中継を見ていると雄一郎から電話があり、馬券を買わされる。また電話があって呼び出されると、馬主の山王耕造が祝勝会をしており、馬券を当ててしまった栄治は転職を誘われる。長野で税理士事務所をしている父が急死し、手伝いに帰らず裏切ったという思いを抱いていたので、山王の人材派遣会社で働くことにする。入社して三年経ち社長の専属マネージャーとして競馬にかかわることになり、ダービー、有馬記念といった夢を目指すことになる。
 馬主、調教師、騎手、生産牧場がチームとなり、二代にわたって夢を目指す物語。第一部希望ではロイヤルホープ、第二部家族ではその仔ロイヤルファミリーが描かれ、馬主も山王からその庶子中条耕一に、騎手も加奈子の息子翔平に代わり、<クリス>と呼ばれる栄治はそのすべてを支えてきた。レースなどがすべて描かれず、第一部、第二部の巻末に競走成績として示されているというところがおもしろい。山本周五郎賞受賞作。

波木銅「万事快調<オール・グリーンズ>」
 2023年10月29日(日)
 朴秀美は、東海村の底辺工業高校の機械科生徒で、女子三人しかいない中で岩隈真子と一緒にいる。もう一人の女子、矢口美流紅は陸上選手でクラスの中心グループにいる。朴は夜公園で仲間とフリースタイル・ラップをやっていて、昼食代で本やCDを買っている。岩隈は漫画オタクだ。矢口は映画マニア。実は、三人とも家庭に嫌気がさしていて、こんな田舎から出て行きたいと思っている。レコーディングさせてやると誘われて訪ねた先でひどい目にあった朴は、そいつから大麻の種を奪って逃げた。そして、三人で園芸同好会を作って屋上のビニールハウスで大麻の栽培を始め、売り始める。
 その後の展開は、タランティーノの世界。松本清張賞受賞作。

五十嵐貴久「リカ」
 2023年10月15日(日)
  印刷会社に勤務する本間は、大学の後輩坂井に誘われて出会い系サイトを始めた。男性からのメッセージに自分のプロフィールを入れて女性からのメールを待ち、同じように女性からのメッセージのプロフィールを見てメールを送る。何度か試行錯誤した後、リカという看護婦に手応えを感じ、メールを交わし、携帯の番号も教えてしまう。すると、頻繁に電話がかかり十件以上も伝言が残るようになった。さすがにまずいと思って携帯の番号を変えると、あちこちの出会い系サイトに本間を探し呪うメッセージが載るようになった。リカのストーカー行為が始まり、大学の同期で元警察官の私立探偵原田に相談し見張りを依頼するが、その原田が殺されてしまった。
 タクシーを走って追いかけ、元警察官を惨殺し、銃弾2発浴びても逃走し襲ってくる恐怖のモンスター。ありえないことだが、ホラーだと思えばおもしろい。20年前のホラーサスペンス大賞受賞作 で、現在とは事情が違っている部分もあるが、違和感なく読めた。

町田そのこ「52ヘルツのくじらたち」
 2023年10月4日(水)
 貴瑚は大分の田舎町の、祖母が住んでいた家に越してきた。家の修繕を頼んだ村中の話では、ヤクザに追われて体にヤクザに切りつけられた傷を抱えているという噂になっているらしい。ある雨の日、買物帰りに傘を飛ばされ、お腹の傷が痛んで涙を零した時、飛んで行った傘を差しだした少女と出会った。喋れないその子の薄汚れたシャツの袖の奥に見慣れた色を見つけて、家に連れて帰るとやはり虐待されていて、男の子だった。貴瑚も義父と母に虐待され、その上ALSを発症した義父の介護に明け暮れていた。ある朝、少年がやってきて一緒にご飯を食べてタブレットの使い方を教えると、毎日やってくるようになった。貴瑚は少年に、MP3プレイヤーに入っている、クジラの声、他のクジラには聞こえない52ヘルツで鳴く孤独なクジラのことを教える。 大切な人アンさんから教えられた「魂の番」が見つかるだろうか。
 貴瑚と友人美晴とその同僚アンさんとの出会いとその後の物語、愛という名の少年の母とその背景、いろんなドラマが錯綜して一つになっていく。おもしろかった。本屋大賞受賞作。

櫻田智也「蝉かえる」
 2023年9月20日(水)
 糸瓜京助は山形盆地の〈御隠の森〉にある〈御隠神社〉を訪れ、民俗学者の鶴宮という女性と在野の虫好きという 青年魞沢に出会う。糸瓜は十六年前、震災のボランティアとしてこの村を訪れて、一人の少女が行方不明になっていて、糸瓜は神社で見かけた少女が姿を消すという謎に遭遇していた(「蝉かえる」)。他に、 救急車が現場に向かうと途中の交差点でも事故があり、事故にあったのは救急車で搬送された女性の娘だった(「コマチグモ」)。魞沢が知人の女性に招待されたペンションの中東からの客が、スカラベのペンダントをして遺体で発見された(「彼方の甲虫」 )と、ホタルの発行物質をめぐる事件の「ホタル計画」、アフリカ睡眠病を媒介するツェツェバエを扱った「サブサハラの蠅」。
 昆虫好きの青年・魞沢泉が、各地を旅行しては事件や出来事に遭遇して、真相の手がかりを示すという連作短編集。名探偵として事件を暴いて一件落着というわけではないので、少しわかりにくいところもある。日本推理作家協会賞、本格ミステリ大賞受賞作。

芦沢央「罪の余白」
 2023年9月16日(土)
  安藤加奈が高校の教室のベランダの手すりから落ちて死んだ。父の聡は妻が亡くなってから、大学での仕事を抑えて加奈を育ててきた。同僚の小沢早苗とともに病院駆けつけると、事故か自殺とのことだった。同級生の木場咲は、名前を偽って安藤の家を訪ねる。安藤は一緒にパソコンのパスワードを探し、日記を見つけた。そこには、木場咲と新海真帆という生徒からいじめを受けていたことが書かれていた。後日、安藤はその生徒に木場咲と新海真帆への復讐計画を打ち明けて、協力を要請する。
 学校カーストが事件の発端となるが、何より心理学者であるはずの安藤の異様な行動、咲の手段を選ばない冷酷さがミステリーというよりはホラーという感じがする。早苗のこれまた異常なキャラクターが意外と人間的でほっとできる。野生時代フロンティア文学賞受賞作。

川村元気「百花」
 2023年9月10日(日)
 泉はレコード会社の宣伝・販促を担当するディレクター。同僚の敏腕ディレクター香織と結婚して、香織は妊娠している。泉は、生まれた時から母百合子との二人暮らし。百合子はピアノの教師をして泉を育ててきた。泉が中学の時にある重大な出来事があったが、二人ともそれには触れずに、二人だけのいろいろな習慣を守りながら生きてきた。ある時警察から電話がある。百合子がスーパーでビニール袋に商品を入れたまま二時間も店内を歩いて、レジを通さず出ようとしたという。後日病院へ連れて行くと、アルツハイマー型の認知症が進行していると診断された。百合子は徘徊するようになる。泉も子供の頃探してもらいたくてわざと迷子になっていた。
 認知症になった母と息子の物語。母が記憶を失っていくのと逆に、息子は過去の記憶を取り戻していく。作者は映画プロデューサーでヒットメーカーらしい。この作品もどこか映像的だ。

伊藤朱里「きみはだれかのどうでもいい人」
 2023年8月28日(月)
 県庁の出先機関である県税事務所で働く女性たち。中沢環は主席で入庁し、本庁の人事課から異動させられた。納税課の滞納者に催促する初動担当で、本庁へ戻ることを目標にしている。中沢が異動する原因となった同期の染川裕未は、催促業務のストレスで休職し総務課へ異動していた。総務課の上司はお局様で規則に厳しい堀主任。中沢の部署にいるパート職員はベテランの田邊陽子。実は結婚で退職する前は県庁の職員で、堀主任の同期だった。そしてもう一人のパート職員、須藤深雪は仕事のできないお荷物で、いつも周りからきつく言われていた。あるきっかけから欠勤して退職した後、勤務していた期間の記憶をなくし、強いストレスを受けていたとして調査が始まった。彼女は、社会復帰支援雇用促進プログラムで働いていたのだった。
 職場の中の、さらに女性特有の問題があって、それぞれがまた過去や家族に問題を抱えている。重いので簡単にはまとまらないが、心に残る作品だった。

馳星周「少年と犬」
 2023年8月18日(金)
 汚れ傷つき痩せた犬が、仙台、新潟、富山、福井、滋賀、島根、各地で出会って拾われた人たちを癒し、看取り、去っていく。東日本大震災で職を失い外人窃盗団の送迎に手を染めた男、運転の男が事故死した後犬と一緒に逃亡するフィリピン人の泥棒、トレーニングに熱中して働かない夫と無農薬野菜などのネットショップで生活を支える妻、事故で両親と自分の片足を失った女子高生、ヒモを殺してしまった風俗で働く女、亡くなった妻と同じ癌を患った猟師の老人、震災で釜石から熊本へ逃れた夫婦と口を開かなくなった息子。犬にはマイクロチップが埋め込まれていて、飼主は釜石の女性だが震災で亡くなっていた。そして、犬はなぜかいつも同じ方向を見つめていた。
 最終章で奇跡のような事実が明らかになる。一匹の犬でリンクする連作短編集で、おもしろかった。直木賞受賞作。

青山美智子「お探し物は図書室まで」
 2023年8月18日(金)
 小学校に併設されている羽鳥コミュニティハウスではいろいろな講座や催し物が開催されていて、奥のほうに図書室があり、若い女の子と司書がいる。その司書は、白熊のような、マシュマロマンのような大きな女性で、「何をお探し?」と聞くと、目にも止まらないはスピードでキーを打ってリストを作り、最後になぜか関係なさそうな本を一冊載せている。そして、キャビネットから羊毛フェルトの作品を取り出して付録にくれる。講座を訪れた人が参考資料を借りに行くと、なぜかその関係ない一冊から「探し物」を見出すことになる。正社員で就職できたけどただのスーパーの婦人服売場の販売員、アンティークの店を出す夢を持っている家具メーカーの堅実な経理部員、出産を機に資料部でくすぶっている女性誌の元編集者、イラストレーターの仕事に就けずニートになった三十歳、六十五歳で定年を迎えた元営業部長。関係ない本と羊毛フェルトがそれぞれにピッタリはまる。そして、5つの短編の間で、いろんな人物が相互に関係していることも分かってくる。おもしろかった。2021年本屋大賞2位だそうだ。

安部龍太郎「等伯」
 2023年8月13日(日)
 安土桃山時代の、狩野永徳と並び立つ絵師、長谷川等伯の生涯を描いた作品。どのような資料を参照したのかわからないが、等伯が名誉欲にかられた直情径行の人物であったのか、永徳が卑劣な天才だったのか、本当のところはわからない。千利休、秀吉や高僧達との作品にあるような会話が本当にあったのかもわからない。歴史小説はやはり好きじゃない。直木賞受賞作。今後何賞受賞作であろうと読むのは時間の無駄だ。

乃南アサ「水曜日の凱歌」
 2023年7月6日(木)
  昭和二十年三月十日の午後、国民学校高等科の二宮鈴子が勤労動員から帰って上野駅に降りると、地獄さながらの光景が待っていた。転がった死体の中を本所までたどり着き、自宅があった場所で貼り紙を見て母と会えた。妹は逃げる途中ではぐれてしまったそうだ。運送業を営んでいた父は事故で亡くなり、長兄は戦死し、次兄も学徒出陣したままで、裕福で幸福な家族は母子二人だけになってしまった。父の友人宮下の世話で東京を転々として、八月十五日の終戦を迎える。女学生時代英語が得意だった母に、宮下が仕事を持ってくる。 進駐軍からの日本婦女子の防波堤となる施設で、通訳として働くということだった。その施設が用意される大森海岸に移り、鈴子は髪を刈られ男子の格好をさせられる。 さらに熱海に移り、米軍将校の庇護のもとに不自由なく暮らせるようになると、鈴子は学校を抜け出して町をさまよい歩き、母を冷ややかな目で見るようになる。
 東京大空襲とか、いわゆるパンパンとか、言葉だけで知っていただけにすぎず、RAA(特殊慰安施設協会)というものがあったということさえ知らなかった。 思えば、焼け跡からどうやって復興したのか不思議でしかない。芸術選奨文部科学大臣賞受賞作。

中島京子「かたづの!」
 2023年6月17日(土)
  江戸時代初期の北奥羽、八戸の種差海岸で一本角の羚羊(かもしか)が弓矢で射られるところを一人の少女に助けられ、あとをついていき、その少女・根城南部氏 の祢々というおかた様とひと月ほど過ごし、いろいろ話を聞かされる。祢々の夫で藩主の直政、幼い嫡男の久松が変死を遂げて、叔父の三戸南部氏利直から婿取りを強要された祢々は、自ら髪を下ろして得度して清心尼と名乗り、女城主となる。その後も利直から次々と難題を突き付けられ、ついに八戸から遠野へ移封されることになる。祢々は、羚羊が亡くなった後に残った片角の不思議な力にも助けられ、困難を生き抜いていく。
 根城南部氏を題材にした歴史小説。 史実に基づくが、羚羊、猿、河童といった伝説をふくらませてファンタジーにまでふくらませたファンタジーに仕立てた、ストーリーテラーらしい作品。河合隼雄物語賞、歴史時代小説作家クラブ賞、柴田錬三郎賞受賞作。おもしろかったし、郷土の勉強にもなった。

川越宗一「熱源」
 2023年6月8日(木)
 アイヌのヤヨマネクフは親友のシシラトカ、和人の父を持つ太郎治たちと樺太から北海道へ移り住み、和人の学校へ通っていた。時がたちヤヨマネクフは結婚し子供もできたが、コレラと天然痘で妻と多くのアイヌが亡くなり、子供を連れて樺太へ戻る。リトアニアに生まれたポーランド人ブロニスワフ・ビウスツキは、ロシア皇帝暗殺計画に巻き込まれてサハリンに流刑された。たまたまギリヤークと呼ばれる現地人と知り合ったことから、免業日のたびにギリヤークの集落を訪れ、言葉や風俗を学んでいく。刑期を終えたブロニスワフは、民俗学者として活動するようになっていた。
 ロシア、日本、アイヌ、ポーランド人、樺太と錯綜して、なかなか読み進めなかったが、 ヤヨマネクフとブロニスワフの人生が交錯し、二葉亭四迷、大隈重信、金田一京助、南極探検の白瀬中尉が登場して後半は一気に展開する。 驚くのは、ヤヨマネクフもブロニスワフも実在の人物で、金田一京助との関わりも南極探検への参加も史実だということ。事実は小説より奇なりの事実を小説にしたようなもの。直木賞受賞作。

夕木春央「絞首商会」
 2023年5月2日(火)
 明治開化から五十年余り過ぎた東京の武家屋敷に建つ、二月前に急逝した村山梶太郎氏の邸宅の庭で、居住している法医学の大家である村山鼓堂博士の屍体が発見された。梶太郎氏の姪で同居している水上淑子婦人は、かつて村山邸に泥棒に入った蓮野を訪ね、犯人探しを依頼する。蓮野は、帝大法科大学を出て銀行に五ヵ月務めて辞めて、一時期泥棒をしていた。残った手紙から、村山梶太郎氏と鼓堂博士には、『絞首商会』という無政府主義者の秘密結社との関係が疑われた。そして、村山家と数十年来の付き合いのある白城、鼓堂博士の妹と結婚した宇津木、数年前から交友のある生島の三人が村山邸に集まって、水上婦人と事件について話し合うのだった。蓮野の面倒を見ている画家の井口が、近所に住んでいることもあって、蓮野の依頼で調査に歩く。
 蓮野の超能力的な語学力、記憶力、推理力。登場人物達が抱える秘密、謎の秘密結社、少女の冒険活劇、そして思いもかけない犯行の動機。複雑だがおもしろかった。メフィスト賞受賞作。

斜線堂有紀「楽園とは探偵の不在なり」
 2023年4月9日(日)
 ある日空から悪魔のような容貌の生き物が降臨し、村民を殺した兵士たちを地面へ引きずり込んだ。『天使』と呼ばれるようになり、二人殺すと地獄へ送るということが分かってきた。探偵の青岸焦は、尾行者の調査を依頼されたことのある実業家の常木王凱から、常木が所有する常世島に招待された。青岸の乗った船に伏見弐子という招かれざる客が潜んでいて、館に現れた。常木の尾行者調査の時もう一人尾行していた記者で、常木たちは強力な爆薬を使って巻き沿い事故に見せかけて不都合な人間たちを殺しているのだという。その常木が館で殺された。そして、起こるはずのない連続殺人が続く。
 二人以上殺せば天使によって地獄へ送られるはずなのに、連続殺人が起こる謎。その謎解きはパズルを組み合わせるようなものだ。おもしろかった。

原浩「火喰い鳥を、喰う」
 2023年3月31日(金)
 久喜雄司が出張から帰ると、墓から太平洋戦争で亡くなった大伯父貞市の名が削り取られていた。そして、地元紙信州タイムスの女性記者与沢とカメラマン玄田が訪れて、パプアニューギニアの小さい村で貞市の手帳が見つかり、送ってもらったとのことだった。手帳に書かれた日記を読んだ後、貞市の弟である祖父保が「妙な感じだわな」と言い、玄田が「久喜貞市は生きている」と言った。そして合宿の帰りに寄っていた妻百合子の弟亮が日記に「ヒクイドリヲ クウ ビミ ナリ」と無意識のうちに書き込んでいた。その後、玄田がマラリアにかかって入院し、当時の事情を聞きに行った元部下の藤村が火災で重傷を負い、保が行方不明になるといった怪異現象が次々と起こる。百合子は『こういうことに詳しい人』に会ういい、雄司、亮と共に車で向かう。
 ミステリーとして読むと目茶苦茶な結末だが、最初から幻想ホラー小説だと思って読めばおもしろい。

高山羽根子「首里の馬」
 2023年3月23日(木)
 未名子は、順さんという民俗学者の老女が作った『沖縄及島嶼資料館』で資料のインデックスカードの整理をしている。学校を休みがちだった中学生の頃、順さんに資料館に入れてもらってから通うようになっていた。未名子の本当の仕事は、問読者(サイヨミ)、『孤独な業務者への定期的な通信による精神的ケアと知性の共有』。雑居ビルの三階にあるスタジオからパソコンのオンラインシステムで、閉ざされた場所で一人で勤務している人相手に、クイズを出して雑談をする。そんな生活が続いている中、台風が過ぎた朝、庭に馬がうずくまっていた。そして順さんが入院して、娘の途さんから資料館を手放すことになると言われ、未名子はある決意をする。
 作者は本来SF作家だそうだが、この作品はどちらかといういと小川洋子をおもわせるようなファンタジーで、芥川賞受賞作にしてはおもしろかった。

東野圭吾「希望の糸」
 2023年3月6日(月)
 自由が丘の喫茶店で店主の女性、花塚弥生がナイフで刺されて殺された。警視庁捜査一課の松宮刑事は被害者の人間関係の捜査を担当することになり、常連の客をあたるが、誰もが恨まれるような人ではないし、店でのトラブルもないと言う。最近よく通うようになった男性客、汐見行伸には恋愛関係が疑われたが、本人は否定した。十年以上前に離婚した元夫の綿貫哲彦に会うと、最近突然電話があって会ったという。こちらも何か隠している様子が伺えた。一方、松宮には金沢の老舗旅館の女将から、母からは亡くなったと聞いていた父親のことで話したいと連絡が入っていた。松宮の上司、加賀警部が綿貫の同居女性にアリバイをたずねると、犯行を自供し、事件はあっさりと解決してしまった。松宮は、汐見と被害者の関係、中学生の娘とのぎくしゃくした関係、綿貫が隠していることが気になって、捜査を続ける。
 プロローグの汐見の体外受精の事情、花塚弥生が離婚することになった事情、そして松宮の個人的な事情がリンクして、事件の背景が明らかになっていく。おもしろかった。

青崎有吾「体育館の殺人」
 2023年3月6日(月)
 風ヶ丘高校の旧体育館に放課後女子卓球部員の柚乃が練習に駆けつけると、ステージの幕が下りていて、後からやってきた演劇部員が幕を上げると、ステージ中央の演台にもたれて放送部部長の朝島が胸にナイフを刺されて死んでいた。神奈川県警の刑事・袴田が上司の仙堂と捜査にあたるのだが、柚乃は妹だった。その場にいた者一人一人に聴取した結果、アリバイがないのは女子卓球部部長の佐川奈緒だった。部長を救うため、柚乃は試験で九百点満点を取り、学校の文化部室に住み着いているという裏染天馬に疑いを晴らすことを頼む。
 アリバイトリックの解明がメインだが、その前提として誰が関係しているのかをつきとめるが推理のポイント。意外な動機、そしてちょっとしたどんでん返し、おもしろかった。鮎川哲也賞受賞作。  

城戸喜由「暗黒残酷監獄」
 2023年2月19日(日)
 清家椿太郎は、人妻との不倫が趣味の高校生。その姉、御鍬がバンドの練習に借りているスタジオで、十字架に全裸で磔になって殺された。その財布に「この家には悪魔がいる」と書かれてメモが残っていた。椿太郎は、その言葉に家族を疑って、父、母、そして自殺した兄のことを調べ始める。この家族にはあまりにも多くの秘密があった。DNA鑑定で、父の子は姉だけだということは以前からわかっていたが。
 謎解きの要素が多すぎるし、家族の秘密を知っている祖父、主人公に絡んでくる同級生の女の子が一人、また一人、そして兄が小説の原稿を送っていた出版社の女性編集者、と関係する人物が多すぎるし、しかもその存在の意味がよくわからない。家族の秘密が明らかになることと、事件の解決は直接関係ないが、秘密が全て明らかになるとなるほどという感じだが、複雑すぎるのと主人公のキャラクターの不快さもあって、あまりいい印象は持てなかった。日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。

辻村深月「傲慢と善良」
 2023年2月11日(土)
 「あ、ごめん、今ちょっと…。」という電話の後、架の婚約者真美が姿を消した。婚活アプリで出会って二年、真美の周辺にストーカーが現れたことから結婚を決意したばかりだった。ストーカーを手がかりに、前橋の真美の実家を訪ね、以前世話になったといいう結婚相談所を訪れ、紹介してもらったという相手二人と会い、前の職場の同僚に話を聞き、今の勤め先の同僚に会い、真美の姉からは母親との関係を知らされる。しかし、何の手がかりも得られなかった。
 謙虚で自己評価が低いが自己愛は強い、結婚がうまくいかないのは傲慢さと善良さのせい、傲慢さと善良さが矛盾なく同じ人の中に存在してしまう。結婚相談所の小野里の言葉に、架は真美と自分のことを考える。そして、女友達から真美の失踪の理由を知らされる。婚活を巡る物語。直木賞受賞はこの作品のほうが良かったんじゃないかと思う。

呉勝浩「スワン」
 2023年1月17日(火)
 さいたま市に隣接する湖名川市の巨大ショッピングモール「スワン」で、ネットで知り合った男たちが拳銃と日本刀で無差別殺戮事件を起こした。バレエのライバル、古館小梢に呼び出された女子高生、片岡いずみも事件に巻き込まれ、安全だと思って避難したスカイラウンジで犯人に捕まり、銃を突きつけられて何人もが撃たれて死ぬのを目の当たりにした。事件後いずみは、その場にいて負傷した小梢によって人を見殺しにしたと告発されて非難の的になった。メンタルクリニックに通っていたいずみは、あるお茶会に呼び出された。事件の被害者の家族から依頼を受けた弁護士が、事件の現場にいた数人を集めて事件の謎を解明したいのだと言う。集められたのは誰で、なぜ呼ばれたのか、そして事件の真相は…。
 通常の探偵小説とは違い、呼び出された人間の正体やその理由、その場で何があったのかは少しずつ明らかになって行くが、いずみは自分だけが知っている真相を隠すことにする。吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞受賞作で、おもしろかった。 

宇佐美まこと「愚者の毒」
 2023年1月9日(月)
 一九八五年、職業安定所で生年月日が同じことから紹介先を間違えられたことで、香川葉子と石川希美は知り合った。火事で亡くなった妹夫婦の子、達也を引き取った葉子だが、その妹の借金を背負って夜逃げしていた。弁護士事務所に勤めていた希美から、顧客である深大寺の難波家の家政婦を紹介された。当主は中学校の教師をしていた”先生”で、ナンバテックという会社は、息子の由紀夫が経営にあたっていた。由紀夫は、亡くなった奥さんが前夫との離婚後離れ離れになっていたのを、加藤弁護士が探し出したのだった。葉子に平和な日々が訪れたのだったが、ある日留守の間に”先生”が亡くなっていた。先生の書斎の書棚を見て、葉子は違和感を感じた。
 二○一五年の伊豆の有料老人ホームから、一九八五年東京で物語が始まり、第二章は一九六五年の筑豊炭田の廃坑集落に移る。ここで、これは一種の叙述トリックだと気づいた。ミステリーとしては、物語の展開と共に謎が明らかになっていくというものだが、最後にどんでん返しのようなものがある。ミステリーとしてだけではなく、読み応えのある作品だった。日本推理作家協会賞受賞作。

今村昌弘「魔眼の匣の殺人」
 2022年12月31日(土)
 娑可安湖事件から生還した神紅大学のミステリ愛好会会長の葉村譲と、唯一の会員で先輩の剣崎比留子。事件で浮上した班目機関という組織の研究施設があったという情報をもとに、W県の山奥の好見地区を訪れる。バスで一緒になった十色真理絵、茎沢忍という高校生、車のトラブルで立ち往生した師々田巌雄とその息子純、バイクが燃料切れになった王子貴士とともに、地元出身の朱鷺野秋子に伴われて川向こうの真雁という集落にある、魔眼の匣と呼ばれる建物へ向かう。そこには予言者のサキミという老女とサキミに仕える神服奉子という女性が住んでいて、かつて班目機関によって超能力の研究がおこなわれていたという。サキミは「十一月最後の二日間に、真雁で男女が二人ずつ、四人死ぬ」と予言した。直後唯一の橋が焼け落ち、電話も普通になっていた。調査に外を歩いていると地震が起き、先に取材に来ていたオカルト雑誌「月刊アトランティス」の記者臼井頼太が土砂にのみ込まれた。
 鎖された空間と死の予言と殺人事件。直後に起こる惨事を絵に描いて予言する真理絵とか、人物名が駄洒落になっているのはおもしろいが、実はそれぞれの人物の背景にも謎を解くカギがあった。

李琴峰「独り舞」
 2022年12月19日(月)
 台湾出身で日本の企業で働いている超紀恵は、小学生の頃から死を意識し、同性に惹かれることに気づいていた。台湾の学生時代、ある事件で深く傷つき、それがもとで恋人と別れ、名前を変えて日本に来ていた。日本でも新しくできた恋人に理不尽に裏切られ、隠してきた秘密を暴露され、死を決意して旅立った。
 アメリカ、中国、オーストラリアと旅を続け、出会いと別れを経験する。というとそんな作品があったなと思ったら、中山可穂の「天使の骨」だった。もちろん、作品中でも言及されている。来日して4年で書かれたとは思えないほど、表現に魅力がある。芥川賞作家の群像新人文学賞優秀作受賞のデビュー作。

砥上裕將「線は、僕を描く」
 2022年12月4日(日)
 両親を交通事故で亡くして以来心を閉ざしていた青山霜介だが、大学で友人になった古前君から頼まれた展示場の飾りつけのアルバイトで、偶然水墨画の大家、篠田湖山と出会い、なぜか気に入られて内弟子になる。作業監督だと思っていた西濱さんは、門下生の水墨画家だった。そして、湖山の孫でやはり水墨画家の千瑛と湖山賞を争うことになる。お手本をまねて落書きのようなものを描き、墨をすることから教わり、霜介は水墨画に打ち込んでいく。
 芸術小説のような、成長物語のような作品だが、水墨画の世界を初めて知ったような気がして、登場人物のキャラクターも興味深くて、おもしろかった。扉絵に植物の絵があって、作者の名前があるのでオヤッと思ったが、作者は作品の主人公と同じように、大学で開催された揮毫会がきっかけで水墨画を始めたのだそうだ。なぜかメフィスト賞受賞作。最近映画化もされたそうだ。

上田岳弘「ニムロッド」
 2022年11月13日(日)
 データセンターで働いている僕は、ある日社長から、中本哲史と同姓同名のサトシ・ナカモトが発明したビットコインを空いたサーバーで採掘するよう言われる。作家を目指したものの新人賞に落選し続けて鬱になり、名古屋に転勤した元同僚の荷室から、ニムロッドという名で「ダメな飛行機コレクション」という文章がメールで送られてくる。週一で会っている田久保紀子は、染色体異常が見つかった子供を産まなかった後離婚していた。荷室は、高い塔に住みダメな飛行機を屋上にコレクションする人間の王ニムロッドの物語を送ってくるようになり、最後「桜花」で飛び立つ。田久保紀子からは「疲れたので東方洋上に去ります」というメッセージが来て、二人とも連絡が取れなくなる。
 あらすじとかはあまり意味ないのかもしれない。全体として作品の世界が成立している興味深い作品。芥川賞受賞作。

町屋良平「1R1分34秒」
 2022年11月1日(火)
 ぼくはプロボクサー。デビュー戦を初回KOで飾ったものの、その後は二敗一分。試合が決まるとビデオで対戦相手を研究し、SNSをチェックしているうちいつの間にか親友になってしまうが、対戦すれば裏切られてしまう。トレーナーに見捨てられたのか、ジムの先輩ウメキチのコーチを受けることになる。一人だけの友人から時々美術展に誘われ、趣味で映画を撮っている彼は、会うといつもiPhoneを向けて撮影し、インタビューする。次の試合まで、そんな毎日が続く。
 トレーナーに「考えすぎ」と言われるように、このボクサーはあれこれ思索する。「なるべく考えない。考えないように送る人生は、幸福か?幸福なんて好きじゃない。…ぼくはまだ二十一だけど、人生のことを考えるのにすごく飽きていた。社会や政治が心の底からどうでもいい。」
 ボクシング小説で芥川賞?と疑問に思ったが、確かにその価値はありそうだ。「ポンコツボクサーの成長を描く、圧巻の青春小説」と帯にあったが、いい加減なものだ。実際は非常に興味深い作品だった。

今村夏子「むらさきのスカートの女」
 2022年10月14日(金)
 近所に「むらさきのスカートの女」と呼ばれている人がいる。いつもむらさき色のスカートをはいていて、一週間に一度くらい商店街のパン屋でクリームパンを買い、公園の決まったベンチのシートで食べる。子供たちがじゃんけんに負けるとその女の肩にタッチして遊ぶ。働いている時期と働いていないと時期があり、わたしはこの「むらさきのスカートの女」と友達になりたくて、自分の職場の募集が載った求人雑誌をそのシートに置くということをしつこく繰り返す。そしてついに、「むらさきのスカートの女」がわたしの職場にやって来て働くことになった。
 次第に下世話な話になっていって、ミステリーっぽい要素はあったが、あまりおもしろくはなかった。芥川賞受賞作。

黒川博行「キャッツアイころがった」
 2022年9月25日(日)
 滋賀県余呉湖で、顔をつぶされ指を切られた死体が上がり、胃から時価五百万円のキャッツアイが出てきた。一方、京都では美大四回生の村山が下宿で死んでいるのが発見され、薬物による他殺の疑いがあり、口にはキャッツアイが入れられていた。美大の同じ日本画科で旅費のカンパのお礼に麻薬のハシシをもらっていた啓子と弘美は、警察の聴取をごまかして、村山が残したスケッチブックを手に、インドへ旅立ち、村山の足跡を探る。
 素人の学生探偵が大活躍で、警察による逮捕のお膳立てまでする。1986年のサントリーミステリー大賞受賞作。ネットも携帯もDNA鑑定も出てこないところが時代を感じさせるかもしれないが、おもしろかった。

結城真一郎「名もなき星の哀歌」
 2022年9月17日(土)
 大学三年の春、講義が終わると漫画を読んでいた良平に、漫画好きだという男が声をかけてきた。漫画家を目指しているという健太は、偶然良平と同じアパートだった。二人を尾行している男がいて、記憶を売買する店で働いているジュンといい、仕事に誘われる。社会人になった後も裏稼業としてその店で働いている二人は、渋谷の駅前で人だかりの中で歌っている星名という女性に出会った。「スターダスト・ナイト」という歌になぜか涙を流し、流浪の歌姫と呼ばれるこの女性のことを調べ始める。
 二人の出会い、ジュンとの出会い、星名との出会い、すべてに秘密が隠されていた。新潮ミステリー大賞受賞作。作者は東大法学部卒で、この前読んだ辻堂ゆめの同級生。彼女の受賞に刺激されて、作家になることにしたのだという。 SF的な状況設定とか、歌姫が主要人物であることなど、発想的に似ているところがある。どちらもおもしろかった。

辻堂ゆめ「いなくなった私へ」
 2022年8月25日(木)
 上条梨乃は、気がつくと渋谷センター街のゴミ置場に倒れていた。人に姿を見られたらまずいとあせるのだが、誰も超人気シンガーソングライターである自分に気づかない。それどころか、電光掲示板には「上条梨乃さん昨夜自殺」というテロップが流れていた。話しかけた学生バンドの中で一人だけ気づいた男子学生は、佐伯優斗といった。彼の姉の部屋に置いてもらうことになり、生活のためバイトをすることにし、所属していた事務所へ応募して採用が決まる。佐伯と住んでいたマンションへ向かうと、自殺に巻き込まれて亡くなった立川樹という小学生がいた。そして、この3人だけがお互いを認識できるのだった。
 異国の伝説やカルト教団まで出てきて、ハードボイルド的な展開になって、ある意味、ミステリー的には謎は解けるのだが、肝心の謎はファンタジーのまま。東京大学法学部在学中に「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、東京大学総長賞を受賞したそうだ。

東野圭吾「沈黙のパレード」
 2022年8月15日(月)
 静岡県の小さな町で火災があり、焼けたゴミ屋敷から住人の老女と思われる遺体と、身元不明の女性の遺体が見つかり、全国の警察に照会した結果、三年前に東京都菊野市で行方不明になった並木沙織と判明した。警視庁捜査一課の草薙がこの事件を担当させられた。ゴミ屋敷の老女の息子は蓮沼寛一という名前で、失踪事件前菊野市に住んでいた。蓮沼は、二十三年前東京都足立区で十二歳の少女が行方不明になり、その四年後遺体が見つかった事件の容疑者として草薙が逮捕した男だった。蓮沼は黙秘を貫き、裁判で無罪となっていた。今回の事件でも、DNA鑑定から逮捕に踏み切ったが、検察は処分保留とした。帝都大学の研究施設が菊野市にできて週何度か菊野市に通うようになった帝都大学物理学教授の湯川は、草薙に聞いた被害者家族が営む定食屋「なみきや」を訪れた。そして、蓮沼も菊野市に戻ってきて並木家を脅迫していた。秋祭りの有名になった「キクノ・ストーリー・パレード」の日、借りて住んでいた事務所の部屋で、蓮沼が原因不明の窒息死で死んでいた。
 並木の父とその友人、沙織の歌の指導者など、関係者による復讐が示唆されて、湯川の推理から犯行方法がわかりいったん解決するのだが、その後で一ひねり、さらにもう一ひねりあって、意外と人情味もあったりして、久し振りのガリレオ・シリーズはおもしろかった。 

乾ルカ「あの日にかえりたい」
 2022年8月11日(木)
 「真夜中の動物園」:正は、小林・大林の二人にいじめられていた。家でも成績のことで親に叱責され、夜自転車で家出して、丘を登っていくと動物園があった。フェンスの破れ目から入ると、飼育員がいて真夜中の動物園を見せてくれた。
 「翔る少年」:夜寝ていたはずなのに、気づくと元は昼の道に立っていた。岬の公園まで行くとオバサンがいて、家へ連れていってくれた。夕べ地震があって、津波から逃れるうちにはぐれたようだ。オバサンは、まるで知っているみたいに、新しいお母さんについて作文に書いたとおり、食べたいものを出し、行きたいところへ連れて行ってくれた。
 「あの日にかえりたい」:専門学校生の佳代がボランティアで訪れた老人ホームで紹介されると、驚きの表情で見ている老人がいた。その石橋老人とよく話をするようになり、過去の話を聞き、亡くなった奥さんのことを聞くようになった。
 「へび玉」:三十三歳になった由紀恵は老いを実感し、職場の女子社員のなかでももっとも年かさだった。高校のソフトボール部の仲間五人で部活最後の日に花火をした公園で、十五年後に集まろうと約束していた。その日公園へ行くと誰も来ていず、昔もらったへび玉に火をつけていると、四人が十五年前の姿のままでそこにいた。
 「did not finish」:日本人には珍しいダウンヒルの競技を続けていた大黒は、出場したレースでコースアウトしてしまい、セーフティネット激突した。過去が次から次とよみがえる。無理だと言われて競技を続けてきたのは、子供の時言われたある言葉のせいだった。
 「夜、あるく」:札幌に転勤になった亜希子は、仕事からか帰った後ウォーキングをするようになった。すると、中学校の正門の前のモクレンのもとで老女に出会い、なぜか懐かしい感じがした。たまにしか会わないが、話をすると以前教師をしていて、会いたい人がいるらしい。亜紀子が通っていた東京の中学校にもモクレンがあって、そこには亜紀子の秘密があった。
 直木賞候補作となったファンタジー。 特に、「翔る少年」、「へび玉」、「夜、あるく」はセンチメンタルで意外性もあっておもしろかった。「真夜中の動物園」の飼育員のオジサンはもしかしたら未来の…と想像すると、これはホラーだ。

我孫子武丸「凛の弦音」
 2022年8月4日(木)
 篠崎凛は、中学で弓道を始め、三年には弐段に合格した。中高一貫校でそのまま高校に進学したが、指導を受けていた棚橋先生が体調を理由に指導から引退してしまった。土曜日だけ先生の自宅に通って射場で練習させてもらっていたが、部長に迷惑をかけないように注意され、挨拶に向かうと矢で刺されて人が死んでいた。凛は、弓道の知識から弓道を知らない人が手で刺したのではと刑事に伝える。このことがきっかけで放送新聞部の中田という先輩に取材を受け、校内新聞に「弓道名人は名探偵」とでかでかと書かれ、ネットに練習の動画が掲載されてしまった。
 ミステリーの探偵もいろいろ出てきたが、今度は弓道美少女 。と言っても、殺人事件は最初の1篇だけで、他は弓道部が関係するちょっとした謎を解くというもの、というよりは弓道を通した青春小説と言ったほうがいいかもしれない。弓道用語が読みも意味もまったく分からなくて、しばしば前のほうのページで確かめることにはなったが、おもしろかった。作者の奥さんが弓道を始めて、それで作者も始めたのだそうだ。

三国美千子「いかれころ」
 2022年7月26日(火)
 昭和58年の大阪・南河内の稲作農家の杉崎家。当主末松の母シズヲは後妻で、息子の末松を跡取りにしたやりて。四歳の奈々子の母久美子は分家で、隆志を婿にしている。本家には髪を肩まで延ばした幸明と精神を病んでいた志保子が残っている。その志保子に縁談が持ち上がった。その大人たちを、奈々子は冷静に見ている。
 昭和の河内のホームドラマという感じで懐かしく、おもしろくもあるが、それが今どうしてという気もする。おそらく、大人になった語り手奈々子が子供の奈々子として語っているのだろう。三島由紀夫賞 、新潮新人賞受賞作。

村田喜代子「飛族」
 2022年7月11日(月)
 ウミ子が生まれ育った日本海の外れの養生島に住んでいる三人の老女のうち最年長のナオさんが亡くなって、残ったのはウミ子の母、鰺坂イオさん九十二歳と金谷ソメ子さん八十八歳の二人だけになってしまった。葬儀のために帰省したウミ子は、母を島から連れて帰りたいが、ソメ子さん一人残すことになるし、イオさんもそのつもりはない。近隣の小島も、かつては漁で栄えて人口も多かったが、今は無人島も増えている。波多江島の役場から来た鴫さんは、密入国を防ぐために島々を巡って様々な工作をしている。食料に釣りをしたり、海女のソメ子さんについて潜ったりして帰るまでの日々を過ごしているうち大型の台風に襲われる。
 描かれている島は、長崎の五島列島らしい。書かれている伝説や風習が本当なのか創作なのかはわからないが、現実と幻想が錯綜するところがこの作者らしくておもしろい。谷崎潤一郎賞受賞作。
 

ANTENA : L'ALPHABET DU PLASIR
CREPUSCULE  S.A.(1990年)
 
2023年12月31日(日)

  1 The Boy From Ipanema
  2 Camino Del Sol
  3 Play Back
  4 Seaside Week End
  5 Naughty Naughty
  6 Le Poisson Des Mers Du Sud
  7 Quand Le Jazz Entre En Lice
  8 Tout Les Etoiles De Tunisie
  9 From Day To Day
 10 Une Journee bannle A New York City
 11 Eclat De Nuit
 12 Penelope
 13 Le Sourire De Pablo
 14 Jouez Le Cinq
 15 Serpent A Plumes
 これも、CLÉMENTINEと同じく、ゴンチチの「世界の快適音楽セレクション」で知った。この時は、「Seaside Week End」という曲がかかって、気に入ってすぐ探して買った。これは初のベストアルバムで、ANTENAはIsabelle Antenaを中心とするグループ、ソロ・プロジェクトだそうだ。CLÉMENTNEと同じように、ジャズ、ボサノヴァ系の音楽だが、よりジャズ、ポップス色が強いし、同じようなささやき系のヴォーカルだが、もう少ししっかりしている。デビューはこちらが先らしい。今は冬だが、夏向きの音楽。夏のドライブでボサノヴァの古典に飽きたら、こちらを聴きたい。それにしても30年、40年前の音楽を初めて知るというのも楽しい。

CLÉMENTIEN : EN PRIVÉ
SONY MUSIC(1992年)
 
2023年12月12日(火)

  1 L'ētē
  2 Madomoiselle Aimēe
  3 Dans la rue
  4 Oye Ramon
  5 Quand Rita Danse
  6 Tu ne dis  jamais
  7 En blanc et noir
  8 Pillow Talk
  9 A St Tropez
 またしても、30年も前の音楽と初めて出会った。去年の夏、土曜の午前のFM、ゴンチチの「世界の快適音楽セレクション」でたぶん「夏の休息」というテーマの回にかかったのが、「L'ētē レテ〜夏」という曲。聴いていてすぐとりこになってしまった。夏休みそのものだ。たぶん当時日本で注目されるようになって、日本のミュージシャンが作曲・編曲・演奏で参加して日本で録音されたアルバムのようだ。ゴンチチも参加していて、「L'ētē」のナイロンギターのソロはゴンザレス三上、「En blanc et noir」にはゴンザレス三上とチチ松村の二人が参加していて、この2曲が特に感じいい。CLÉMENTNEはジャズ・ボサノバ系のフレンチ・ポップスのシンガー・ソングライター。ビジュアルもフランスぽくて、おしゃれでかわいい。なんで当時知らなかったんだろう。

DON McLEAN : AMERICAN PIE
CAPITOL RECORDS(1971年)
 
2023年8月3日(木)

  1 American Pie
  2 Till Tomorrow
  3 Vincent
  4 Crossroads
  5 Winterwood
  6 Empty Chairs
  7 Everybody Loves Me, Baby
  8 Sister Fatima
  9 The Grave
 10 Babylon
  2021年の7月のある土曜日の午後、テレビのチャンネルをあちこち回していたら、テレビ埼玉の公園の花を映している画像の背景に流れている曲がすごくよくて、テロップをっ見たら「DON McLEAN:VINCENT」とあった。ああ、「AMERICAN PIE」のね、学生の頃ラジオで同じフレーズが何度もかかるので、ただの一発屋だと思っていた。ネットで調べたら、ジム・クロウチと同時代のシンガー・ソングライターで、ペリー・コモの「And I Love You So」の作者でもあった。他の曲も聞いていれば好きになっていたはずだと思う。50年後の出会いということになる。改めて聴いてみると、どの曲も同じような感じでインパクトが弱いということはあるが心地いい。「Vincent」はそのうちギターを似せてカバーしてみたい。

THE BYRDS : THE VERY BEST OF THE BYRDS
SONY MUSIC(1965年-1970年)
 
2023年7月18日(火)

  1 Mr. Tambourine Man
  2 Spanish Harlem Incident
  3 I'll Feel A Whole Lot Better
  4 Turn! Turn! Turn!
  5 He Was A Friend Of Mine
  6 Eight Miles High
  7 Mr. Spaceman
  8 So You Want To Be A Rock 'n' roll Star
  9 My Back Pages
 10 Change Is Now (Album Version)
 11 One Hundred Years From Now
 12 Ballad Of Easy Rider (From the Columbia Motion Picture "Easy Rider")
 13 Chestnut Mare
 14 I Wanna Grow Up To Be A Politician
 会社の帰り、聴いていた番組から感じのいい曲が流れた。一人の出演者が思い出のアルバム5枚を紹介する「夜のプレイリスト」という番組で、Selectorはイルカ。2020年の7月頃。それが、THE BYRDSの「Mr. Tambourine Man」だった。曲がヒットした1965年頃は、ボブ・ディランを軽薄なポップス調にカバーしたやつね、と半ば馬鹿にしてろくに聴いていなかった。それが今聴くと、BUFFALO SPRINGFIELDっぽい雰囲気、CSN&Y的なコードやコーラスや、親しみやすいカントリーロック。もうちょっと後で、大学生になった頃アルバムを聴いていたら絶対気に入ったはずだった。「Mr. Tambourine Man」、「Turn! Turn! Turn!」、「Eight Miles High」といったヒット曲は初期のアルバム3枚買えば聴けるが、端折ってベストアルバムを買ってしまった。しばらくの間、ジョギングのお供になった。

HEART : BAD ANIMALS
CAPITOL RECORDS(1987年)
 
2018年1月14日(日)

  1. Who Will You Run To
  2. Alone
  3. There's The Girl
  4. I Want You So Bad
  5. Wait For An Answer
  6. Bad Animals
  7. You Ain't So Tough
  8. Strangers Of The Heart
  9. Easy Target
 10. RSVP
 デビューした頃のアルバム・ジャケットを見ると、アンとナンシーのウィルソン姉妹が初々しくて、フォークロックぽいイメージなのだが、このアルバムはヘヴィーメタル路線。アルバムは全米2位、シングル「Alone」はナンバー1ヒット、「Who Will You Run To」も7位のヒット。なんといっても、アンのヴォーカルがすごい。「女ロバート・プラント」と呼ばれていたそうだが、「Alone」は身震いするほどだ。フリートウッド・マックの「Tango In The Night」と同じ頃にヒットしていたので、一緒に買ったような気がする。当時はバンドブームだったのだろうか。近所の家に女の子が集まって練習していて、「Alone」を大音量でかけていた。

FLEETWOOD MAC : TANGO IN THE NIGHT
WARNER BROS. RECORDS(1987年)
 
2017年9月10日(日)

  1. Big Love
  2. Seven Wonders
  3. Everywhere
  4. Caroline
  5. Tango In the Night
  6. Mystified
  7. Little Lies
  8. Family Man
  9. Welcome To The Room...Sara
 10. Isn't It Midnight
 11. When I See You Again
 12. You And I, Part U
 フリートウッド・マックといえば、なんといっても1977年にメガヒットした「RUMOURS(噂)」だが、バカ売れしたアルバムほど後になって聴いてみると何であんなものがと思うことが多い。「噂」も(当時から感じていたが)退屈だ。それに比べると、このアルバムは、シングルコレクションかと思うほど、ポップでノリが良くて耳なじみのいい曲満載だ。実際、リンジー・バッキンガムの「ビッグ・ラヴ」、「ファミリー・マン」、クリスティン・マクヴィーの「リトル・ライズ」、「エヴリホエア」、スティーヴィー・ニックスの「セヴン・ワンダーズ」がシングルカットされ、「ビッグ・ラヴ」と「リトル・ライズ」がベスト10入りしている。B面も含めれば、12曲中10曲がシングル発売されたことになる。もちろん、他の曲もヒット曲と言われればそうかと思うような曲ばかり。では、どんなアルバムかと言えば、シングル・コレクションっぽいとしか言いようがない。個人的には、ラジオでスティーヴィー・ニックスの「セヴン・ワンダーズ」を聴いて気に入って買ったアルバムなので、この曲に一番思い入れがある。


ASIA : ASIA
GEFFIN RECORDS(1982年)
 
2015年12月27日(日)

  1. Heat Of The Moment
  2. Only Time Will Tell
  3. Soul Survivor
  4. One Step Closer
  5. Time Again
  6. Wildest Dreams
  7. Without You
  8. Cutting Fine
  9. Here Comes The Feeling
 元キング・クリムゾンのジョン・ウェットン、元イエスのスティーヴ・ハウとジェフ・ダウンズ、元エマーソン・レイク・アンド・パーマーのカール・パーマーが結成したグループということで、非常に注目されたし、興味津々のアルバムだったし、驚異的なヒットも記録した。
 「Heat Of The Moment」ヒットシングル、金管楽器風のイントロで始まる「Only Time Will Tell」も結構気に入っている。どの曲もメロディーがきれいで、シングルっぽい感じ。そこにイエス風、EL&P風の変拍子、転調の入ったイントロや間奏、スティーブ・ハウのエッジの効いたギターが所々にチョコッと入って、確かにたまらない感じだ。ジョン・ウェットンのボーカルはマッチョな感じで、どちらかといえばハイトーンのほうが良かった。2枚目の「アルファ」も買ったが、その後しりすぼみになってしまったような印象がある。

JAMES TAYLOR : JAMES TAYLOR
APPLE RECORDS(1968年)
 
2015年1月16日(金)

  1.Don't Talk Now
  2.Something Wrong
  3.Knocking 'Round The Zoo
  4.Sunshine Sunshine
  5.Taking It In
  6.Something In The Way She Moves
  7.Carolina In My Mind
  8.Brighten Your Night With My Day
  9.Night Owl
 10.Rainy Day Man
 11.Cirlcle Round The Sun
 12.The Blues Is Just A Bad Dream
 記念すべきアップルからのデビューアルバム。曲と曲のつなぎに、室内楽の様な弦楽器、チェンバロ、ハープなどの曲が入っているのは、ビートルズの横やりだろうか。邪魔だ。「サムシング・ロング」、「ノッキング・ラウンド・ザ・ズー」、「ブライトン・ユア・ナイト・ウィズ・マイ・デイ」、「ナイト・アウル」、「レイニー・デイ・マン」は、ダニー・コーチマーと結成したザ・フライング・マシンのデモテープのアルバムに収録されていて、そちらのほうが感じがいい。「サムシング・ロング」は演奏だけだが。「サムシング・イン・ザ・ウェイ・シー・ムーヴス」と「思い出のキャロライナ」も、グレイテスト・ヒッツのセルフ・カバー版のほうがなじみやすい。と言ってしまえば身もふたもないが、ギターは「SWEET BABY JAMES」をほうふつさせる。歌い方にかなり癖があって、この辺は若気の至りだろうか。ビートルズ(ジョン・レノンか?)は、アップルに来た連中は屑ばかりで、失敗だったと言ったそうだが、ビートルズっぽくプロデュースされたほうがかわいそうだと思う。

PETER, PAUL AND MARY : LIVE IN JAPAN, 1967
 WARNER BROS. RECORDS(2012年)
 
2015年1月9日(金)

  1 Sometime Lovin'
  2 No Other Name
  3 The Other Side Of This Life
  4 Good Times We Had
  5 Paul Talk
  6 Puff, The Magic Dragon
  7 Serge's Blues
  8 For Baby (For Bobbie)
  9 If I Had My Way
 10 Don't Think Twice It's Alright
 11 If I Had A Hammer
 12 This Land Is Your Land
  1 When The Ship Comes In
  2 500 Miles
  3 Lemon Tree
  4 Gone The Rainbow
  5 Hurry Sundown
  6 Well, Well, Well
  7 San Francisco Bay Blues
  8 It's Raining
  9 And When I Die
 10 Where Have All The Flowers Gone
 11 Blowin' In The Wind
 12 The Times They Are A'Changin'
 結成50周年記念のリマスター盤制作の過程で見つかった日本公演の音源を収録したCD。1枚目は従来の「IN JAPAN」で、2枚目が未発表曲。「ハリー・サンダウン」、「ウェル、ウェル、ウェル」、「アンド・ホエン・アイ・ダイ」は前作「アルバム」からで、ほかの9曲は既発表のアルバムからで、ベストアルバムと言っていい内容。「レモン・トゥリー」や「サンフランシスコ・ベイ・ブルース」はギターの奏法がふだんのスリーフィンガー・ピッキングやアルペジオとは違うから、コピーバンドには興味津々だったに違いない。「アンド・ホエン・アイ・ダイ」のマリーさんのヴォーカルは、フォークというよりはシンガー・ソング・ライターという感じだ。「雨降り」では何かハプニングがあったのか、笑いをこらえている様子が聞こえる。「ウェル、ウェル、ウェル」や「時代は変わる」は3人の熱唱、特にマリーさんの高音がすごい。「虹と共に消えた恋」はその頃日本独自にシングルカットされて、「シュール・シュール・シューラルー」というリフレインがヒットしていた。

PETER, PAUL AND MARY : PETER, PAUL AND MOMMY
 WARNER BROS. RECORDS(1969年)
 
2014年12月26日(月)

  1 The Marvelous Toy
  2 Day Is Done
  3 Leatherwing Bat
  4 I Have A Song To Sing, O!
  5 All Through The Night
  6 It's Raining
  7 Going To Zoo
  8 Boa Constrictor
  9 Make-Believe Town
 10 Mockingbird
 11 Christmas Dinner
 12 Puff (The Magic Dragon)
 解散前最後のアルバムになってしまった。子供のためのアルバムで、演奏もフォークソング・スタイルに戻っている。子供たちの歌声が入ったライブ録音の曲も収録されている。「不思議なおもちゃ」と「動物園へ行こう」はフォークシンガー、トム・パクストンの作品で、「動物園へ行こう」は邦訳されて子供番組などでよく歌われていた。「デイ・イズ・ダン」と「メイク・ビリーヴ・タウン」はピーターのオリジナルで、「デイ・イズ・ダン」はシングルヒットしている。「クリスマス・ディナー」はポールの作曲で、ポールらしいセンチメンタルな曲だ。「オール・スルー・ザ・ナイト」、「モッキンバード」はスタンダードな曲で、たぶんほかのアーティストの演奏でも聴いていると思う。PP&Mの持ち歌からは、「パフ」と「雨降り」が収録されている。「パフ」は子供たちの歌声も入ったライブ録音。この翌年、解散してしまった。

PETER, PAUL AND MARY : IN JAPAN
 WARNER BROS. RECORDS(1967年)
 
2014年12月22日(金)

  1 Sometime Lovin'
  2 No Other Name
  3 The Other Side Of This Life
  4 Good Times We Had
  5 Paul Talk
  6 Puff, The Magic Dragon
  7 Serge's Blues
  8 For Baby (For Bobbie)
  9 If I Had My Way
 10 Don't Think Twice It's Alright
 11 If I Had A Hammer
 12 This Land Is Your Land
 1967年の日本公演のライブ盤。日本の聴衆の反応が悪いということで、通訳のMCが入っている。直前の「ALBUM」からの曲が「サム・タイム・ラヴィン」、「人生の裏側」、「グッド・タイムス」、「フォー・ベイビー」の4曲、次のアルバムに収録されたのが「ノー・アザー・ネイム」。「パフ」はピーターが一人で聴衆に歌わせる。当時は気づかなかったが、このライブ盤は5曲がソロだ。「ドント・シンク・トワイス」は高校のギター研究会の先輩がオリジナルアルバムの演奏よりいいと言っていた曲。ラスト、「イフ・アイ・ハド・マイ・ウェイ」と「ハンマーを持ったら」は「イン・コンサート」でもラストを飾っていたデビューアルバムからの力強い曲。「わが祖国」では最後に日本の地名を入れている。それにしても、やはりマリーさんの声はすごい。ソロの曲では低音でハスキーだが、コーラスだととんでもなくかん高く力強い声を出す。

PETER, PAUL AND MARY : IN CONCERT
 WARNER BROS. RECORDS(1964年)
 
2014年12月19日(金)

  1 The Times They Are A Changin'
  2 A'Soalin'
  3 500 Miles
  4 Blue
  5 Three Ravens
  6 One Kind Favor
  7 Blowin' In The Wind
  8 Car-Car
  9 Puff, The Magic Dragon
 10 Jesus Met A Woman
  1 Le Deserteur
  2 Oh, Rock My Soul
  3 Paultalk
  4 Single Girl
  5 There Is A Ship
  6 It's Raining
  7 If I Had My Way
  8 If I Had A Hammer
 PP&M通算4枚目のアルバムは、2枚組のライブアルバム。MCはおもしろいし、ライブ感があって楽しい。アルバム未収録の曲は18曲中11曲。「時代は変わる」と「井戸端の女」は、PP&Mの代表曲の一つと言えるだろう。「ゼア・イズ・ア・シップ」は、「ちっちゃな雀」、「愛は面影の中に」と並んでマリーさんの3大バラードと言える曲。「ブルー」はロックンロールを茶化しておもしろい。「三羽の烏」はPP&Mがよく取り上げているイギリス系のバラード。「ワン・カインド・フェイヴァー」はギターがブルースっぽくてすごいし、「シングル・ガール」のポールのギターはジャズっぽくて感じがいい。「ロック・マイ・ソウル」でのオーディエンスの盛り上げ方もうまい。アルバム収録曲では、「500マイルも離れて」はコード進行に変化を入れて良くなっているし、他の曲もコーラスやギターはライブでも完璧だ。それにしても、マリーさんのヴォーカルは低音から高音まですごい。

PETER, PAUL AND MARY : LATE AGAIN
 WARNER BROS. RECORDS(1968年)
 
2014年12月12日(金)

  1 Apologize
  2 Moments Of Soft Persuasion
  3 Yesterday's Tomorrow
  4 Too Much Of Nothing
  5 There's Anger In The Land
  6 Love City (Postcards To Duluth)
  7 She Dreams
  8 Hymn
  9 Tramp On The Street
 10 I Shall Be Released
 11 Reason To Believe
 12 Rich Man Poor Man
 このアルバムも持っていたはずだが、改めて聴いてみたら驚くことにほとんど聞き覚えがない。かろうじて記憶しているのは、ボブ・ディランの作品で「素敵なロックンロール」という邦題でシングルカットされた「トゥー・マッチ・オブ・ナッシング」、同じくボブ・ディランの「アイ・シャル・ビー・リリースト」、ティム・ハーディングの「リーズン・トゥ・ビリーブ」ぐらいのもの。それも、もっとシンプルな音だったような気がする。ビートルズっぽい音楽をやりたいというポールの志向が強く反映されたそうで、ギターの弾き語り的要素はほとんどないし、音の使いすぎでコーラスも前面に出てこない。エルビン・ビショップ、ハービー・ハンコック、ジョン・サイモン、チャーリー・マッコイなどが参加しているそうだ。

PETER, PAUL AND MARY : ALBUM 1700
 WARNER BROS. RECORDS(1967年)
 
2014年12月5日(金)

  1 Rolling Home
  2 Leaving On A Jetplane
  3 Weep For Jamie
  4 No Other Name
  5 House Song
  6 The Great Mandella (The Wheel Of Life)
  7 I Dig Rock And Roll Music
  8 If I Had Wings
  9 I'm In Love With A Big Blue Frog
 10 Whatshername
 11 Bob Dylan's Dream
 12 The Song Is Love
 この頃からリアルタイムで聴くようになっていて、友達か誰かの家で立派なステレオで聴かせてもらった記憶がある。「ロック天国」がシングルで発表されてかなり話題になった。ママス&パパス風のコーラスがきれいで、風刺が効いていておもしろい。ジョン・デンバーの作品「悲しみのジェット・プレーン」はなぜか2年後シングルカットされて全米1位のヒットとなった。「ノー・アザー・ネイム」はマリーが切々と歌う名曲で、「ハウス・ソング」、「あの娘の名前は」とともにポールの作曲能力が発揮されている。バロック調の「ウィープ・フォー・ジェイミー」、東洋風の「グレイト・マンデラ」もひきつけられる。「ボブ・ディランの夢」も本人が歌うよりは魅力的な曲になっている。前作は全体的にポップス寄りになっていたが、このアルバムではアコースティックギター中心の曲も増えている。アルバムジャケットは「ボニー&クライド」をもじったものらしいが、当時は日本公演の写真を使ったものだった。

PETER, PAUL AND MARY : ALBUM
 WARNER BROS. RECORDS(1966年)
 
2014年11月28日(金)

  1 And When I Die
  2 Sometime Lovin'
  3 Pack Up Your Sorrows
  4 The King Of Names
  5 For Baby (For Bobbie)
  6 Hurry Sundown
  7 The Other Side Of This Life
  8 The Good Times We Had
  9 Kisses Sweeter Than Wine
 10 Norman Normal
 11 Mon Vrai Desitin
 12 Well, Well, Well
 4枚目のアルバムあたりから、カントリー、ブルースを取り上げて、たぶんゲストミュージシャンのリードギターを入れたりしていたが、このアルバムでは大きくポップスの世界に踏み込んでしまっている。当時はわからなかったが、マイク・ブルームフィールド、ポール・バターフィールド、アル・クーパーなどがゲストで演奏している。取り上げている作品も、ローラ・ニーロ、ジョン・デンバーなど、フォークからシンガー・ソング・ライターへと変わっている。時代そのものが変化していたのだった。このアルバムには、本当に美しすぎる曲、かっこよすぎる曲が多い。ハーモニカ、ピアノが入った「サムタイム・ラヴィン」、木管楽器の音が美しい「グッド・タイムス」、フランス語でギターのハーモニックスを多用した「鐘の音にみちびかれて」、ティファナブラス風の「ハリー・サンダウン」、ほろ苦い「ワインより甘いキッス」、ゴスペル風の「ウェル、ウェル、ウェル」、R&Bっぽい「人生の裏側」。ドラムやほかの楽器もが入っても、単なるさわやかフォーク・ロックにならないところが、さすがPP&Mだ。

PETER, PAUL AND MARY : A SONG WILL RISE
 WARNER BROS. RECORDS(1965年)
 
2014年10月26日(日)

  1 When The Ship Comes In
  2 Jimmy Whalen
  3 Come And Go With Me
  4 Gilgarry Mounttain
  5 Ballad Of Spring Hill
  6 Motherless Child
  7 Wasn't That A Time
  8 Monday Morning
  9 The Cuckoo
 10 San Francisco Bay Blues
 11 Talkin' Candy Bar Blues
 12 For Lovin' Me
 PP&Mの4枚目のアルバム「A SONG WILL RISE」。ヒット曲もフォークのスタンダードナンバーもないが、前3作で人気が定着しているので、意欲的なアルバムとなっている。2つのゴスペルを結合した「カム・アンド・ゴー・ウィズ・ミー」、ジェームス・テイラーも取り上げている「マンデイ・モーニング」、スリーフィンガーピッキングがかっこいい「カッコー鳥」、エリック・クラプトンが「アンプラグド」で歌っている「サンフランシスコ湾ブルース」などは、ファンの間では人気の高い曲だと思う。このアルバムから3人のソロ曲が収録されていて、ピーターは脱力系の「ギルギャリー・マウンテン」、ポールは今のラップにつながる「トーキング・キャンディー・バー・ブルース」、そしてマリーは名曲「母のない子」を歌っている。イギリス系のトラディショナルソングが多いのも特徴だ。PP&Mっていうのはフォークとイメージする以上に、ゴスペル、ジャズ、ブルース、といろんな曲を演奏していて、ギターも結構難しい。

PETER, PAUL AND MARY : IN THE WIND
 WARNER BROS. RECORDS(1963年)
 
2014年10月19日(日)

  1  Very Last Day
  2  Hush-A-Bye
  3  Long Chain On
  4  Rocky Road
  5  Tell It On The Mountain
  6  Poly Von
  7  Stewball
  8  All My Trials
  9 Don't Think Twice, It's Alright
 10 Freight Train
 11 Quit Your Low Down Ways
 12 Blowin' In The Wind
 PP&M3枚目のアルバム。シングルヒットした「くよくよするな」と「風に吹かれて」のほか、「クイット・ユア・ロウ・ダウン・ウェイズ」とボブ・ディランの曲が3曲取り上げられている。PP&Mの「風に吹かれて」のヒットで、ボブ・ディラン自身フォークシンガーとしてメジャーな存在になったそうだ。ほかに、童歌の「ハッシャ・バイ」、ゴスペルの「ヴェリー・ラスイトデイ」、「私の試練」などが入っている。PP&Mのギターというと、スリーフィンガーピッキング、アルペジオ、コードストロークと単純な感じだが、このアルバムではオブリガートやハーモニックス、いろんな技法が入っていて、こんなのコピーしたのかなと思い出せない。

PETER, PAUL AND MARY : MOVING
 WARNER BROS. RECORDS(1963年)
 
2014年10月13日(月)

  1  Settle Down (Goin' Down That Highway)
  2  Gone The Rainbow
  3  Flora
  4  Pretty Mary
  5  Puff, The Magic Dragon
  6  This Land Is Your Land
  7  Man Come Into Egypt
  8  Old Coat
  9 Tine Sparrow
 10 Big Boat
 11 Morning Train
 12 A'Soalin'
 PP&Mのデビュー2作目のアルバム。何といっても、彼らの代表曲「パフ」が収録されている。スタンダードな曲としては、「虹とともに消えた恋」、「わが祖国」。前者も彼らの代表曲といえる。ほかに、マリーさんの歌とギターのアルペジオが魅力的な「ちっちゃな雀」、ポールのギターが驚異的な「ア・ソーリン」が入っている。驚くことに、擦り切れるほど聴いていたはずなのに、ほかの曲はあまり印象がなくて新鮮に聴こえた。ギターでコピーする曲だけ熱心に聴いていたのかもしれない。かわいいタイトルがついていても、シニカルな歌詞の曲が多い。それと、PP&Mって意外とゴスペルが多かった。

TEARS FOR FEARS : SONGS FROM THE BIG CHAIR
  PHONOGRAM LTD.(1985年)
  2012年1月9日(月)

 1  Shout
 2  The Working Hour
 3  Everybody Wants To Rule The World
 4  Mothers Talk
 5  I Believe
 6  Broken
 7  Head Over Heels/Broken (Live)
 8  Listen
 MTVで「Everybody Wants To Rule The World」を聴いていると、おしゃれで軽いポップデュオという印象だが、サウンドはかなりへヴィーで、プログレっぽくもある。しかし、やはりメロディーはきれいで親しみやすいし、ヴォーカルはグラム系な感じ。ROXY MUSIC見たいな感じもする。イギリスじゃないとこんな音楽は出てこないなと思う。同じくヒットした「Shout」も素晴らしい。歌詞もグッとくるものがある。誰も聞いていなければほんとうにShoutしたくなる。おそらく、この曲を聴いてCDを買ったんだと思う。他の曲もそれぞれ特徴的で、改めて聴くと記憶に鮮やかによみがえる。

LINDA RONSTADT : GREATEST HITS
  ASYLUM RECORDS(1976年)
  2011年12月18日(日)

  1 You're No Good
  2 Silver Threads And Golden Needles
  3 Desperado
  4 Love Is A Rose
  5 That'll Be The Day
  6 Long, Long Time
  7 Different Drum
  8 When Will I Be Loved
  9 Love Has No Pride
 10 Heat Wave
 11 It Doesn't Matter Anymore
 12 Tracks Of My Tears
 カントリーガールっぽい容姿と元気な歌声が特徴のウェストコーストの歌姫。「You're No Good(悪いあなた)」、「When Will I Be Loved」、「That'll Be The Day」、「Heat Wave」がヒット曲。後者2曲がリンダらしい曲と言えるだろうか。この中では「Heat Wave」がいちばんお気に入り。イーグルスの「Desperado」と「Love Has No Pride」はしんみりするバラード。ロックンロール、バラード、カントリー混ぜ込んだのがこの頃のリンダの魅力だった。何か足りないなと思ったら、「It's So Easy」と「Just One Look」はこの後のヒット曲だった。このベスト集に含まれる「Heart Like A Wheel」、「Prisoner In Disguise」、「Hasten Down The Wind」と、その後の「Simple Dreams」、「Living In The U.S.A. 」、「Mad Love」が全盛期だったので、この6枚をまとめてくれればいいのだが。
 この古いLPのジャケットには隅に丸い穴があけてある。レコード会社が広告代理店にプロモーション用に配布したもので、最初に勤めた会社でもらってきた。そういう意味でも懐かしい。

HUEY LEWIS & THE NEWS : FORE!
  CHRYSALIS RECORDS(1986年)
  2010年6月27日(日)

  1 Jacob's Ladder
  2 Stuck With You
  3 Whole Lotta Lovin'
  4 Doing It All For My Baby
  5 Hip To Be Square
  6 I Know What I Like
  7 I Never Walk Alone
  8 The Power Of Love
  9 Forest For The Trees
 10 Naturally
 11 Simple As That
 全米No.1ヒットアルバム。そして、1.「Jacob's Ladder」、2.「Stuck With You」、8. 「The Power Of Love」がNo.1ヒットシングル、4.「Doing It All For My Baby」、5.「Hip To Be Square」、6.「I Know What I Like」も10位以内のヒットシングル。11曲中6曲がヒットしているんだから、ベストアルバムを聴いているようなものだ。映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で大ヒットした「Power Of Love」はボーナストラック。5.「Hip To Be Square」とイントロがそっくりだから、同じアルバムに入れるはずがない。シングルカットの残りの曲はどうかというと、コーラスの決まった3.「Whole Lotta Lovin'」、ドゥーワップの9.「Naturally」はいいし、7.「I Never Walk Alone」、9.「Forest For The Trees」もなかなかの佳作である。
 やはり、「The Power Of Love」を聴くと、その時代が思い出される。まだ30代前半、一応ヤングだった。ストレートで骨太なアメリカン・ロック。HUEY LEWISの嗄れ声は、まさにオッサンバンドという感じ。元気が出る音楽だが、聴き続けていると疲れて飽きてくるのも事実。

THE DOOBIE BROTHERS : BEST OF THE DOOBIES
  WARNER BROS. RECORDS(1976年)
  2010年6月13日(日)

  1 China Grove
  2 Long Train Runnin'
  3 Takin' It To The Streets
  4 Listen To The Music
  5 Black Water
  6 Rockin' Down The Highway
  7 Jesus Is Just Alright
  8 It Keeps You Runnin'
  9 South City Midnight Lady
 10 Take Me In Your Arms
 11 Without You
 1975年、アルバム「STAMPEDE」とシングル曲8.「Take Me In Your Arms」がヒット、そして76年イーグルスと相次いで来日し、ベスト盤も発売されて、ウェストコーストが大ブームとなっていた。
 ベスト盤ではあるが、一応オリジナル、ドゥービー7作目のアルバム。1.「China Grove」はノリノリのアメリカンロック。リズムギターは左右のスピーカーからステレオで響き、リードギターも当然ハモリ。そして、パワフルなトム・ジョンストンのヴォーカル。2.「Long Train Runnin'」、6.「Rockin' Down The Highway」、11.「Without You」も同じような曲。イーグルスといえば「Take It Easy」、そしてドゥービーといえば4.「Listen To The Music」。5.「Black Water」と9.「South City Midnight Lady」はアコースティックでレイドバックした感じの毛色の違った曲。これもいい。6枚目のアルバム「TAKIN' IT TO THE STREETS」では、スティーリー・ダンからマイケル・マクドナルドが加入し、音楽性ががらりと変化する。3.「Takin' It To The Streets」と8.「It Keeps You Runnin'」がそれ。とくに後者は真夏の白昼の街を感じさせてお気に入りの1曲。マイケル・マクドナルドはユニークなリズムパターンを作るのがうまいようだ。
 テレビでライブを見たことがあるが、旧ドゥービーの曲も新ドゥービーの曲も、全く何の違和感もなく演奏していて、器用なものだと思った。

BOSTON : BOSTON
  CBS Inc.(1976年)
  2010年6月6日(日)

  1 More Than a Feeling
  2 Peace Of Mind
  3 Foreplay/Long Time
  4 Rock & Roll Band
  5 Smokin'
  6 Hitch A Ride
  7 Something About You
  8 Let Me Take You Home Tonight
 70年代後半大ヒットしたグループ。ボストンといえば、トム・ショルツ、そしてMIT。トム・ショルツ一人の多重録音による分厚いギターサウンド、そしてブラッド・デルプのハイトーンのヴォーカルとハーモニー。マニアックな音作りだ。爆発した惑星から都市ごとギター型のUFOで避難するアルバムジャケットから、「幻想飛行」という邦題がつけられ、同じく「宇宙の彼方へ」と名付けられた1.「More Than a Feeling」も大ヒットした。左右のスピーカーから響くギターのメロディーに続くリズムパターンや間奏のギターは本当にカッコいい。2.「Peace Of Mind」もヒットしたように思う。アメリカン・ハード・プログレと呼ばれたりもしたが、3.「Foreplay」がちょっとYESっぽいだけで、基本的にはロックンロールである。5.「Smokin'」がどことなく「スモーキン・ブギ」っぽいのがおもしろい。7.「Something About You」のギター・イントロも感じがいい。
 2年後の「DON'T LOOK BACK」も大ヒット、そしてほとんど誰もが忘れていたその8年後に「THIRD STAGE」もNo.1ヒットとなった。

THE POLICE : SYNCHRONICITY
  A&M RECORDS(1983年)
  2010年5月30日(日)

  1 Synchronicity I
  2 Walking In Your Footsteps
  3 O My God
  4 Mother
  5 Miss Gradenko
  6 Synchronicity II
  7 Every Breath You Take
  8 King Of Pain
  9 Wrapped Around Your Finger
 10 Tea In The Sahara
 大ヒットアルバムで、6.「Every Breath You Take」(邦題:見つめていたい)も大ヒットした。このギターのアルペジオパターンはかなり真似されたような気がする。繰り返し聴いたわけでもないが、手持ちのLPは最初のコーラスのところで針飛びしてしまう。緊張感のある1.「Synchronicity I」もいいが、LPで言うところのA面はエキセントリックな曲が続いていて、6.「Synchronicity II」まで来ると、ポリスっぽいカッコよさが感じられる。レゲエ曲の9.「Wrapped Around Your Finger」もよく聴いた。
 それにしても、あまりにもヒットしてしまうと、後がなくなってしまうのだろうか。この後活動停止してしまった。

PRINCE : PURPLE RAIN
  WARNER BROS. RECORDS(1984年)
  2010年5月22日(土)

 

  1 Let's Go Crazy
  2 Take Me With U
  3 Beautiful Ones
  4 Computer Blue
  5 Darling Nikki
  6 When Doves Cry
  7 I Would Die 4 U
  8 Baby I'm A Star
  9 Purple Rain
 なんでこんなアルバム買ってしまったんだろう。あまりのヒットと話題で、一応押さえておかなくちゃとでも思ったのだろうか。いや実際は、プロモーションビデオで見た1.「When Doves Cry」や9.「Purple Rain 」に衝撃を受けたのだった。映画「PURPLE RAIN」のサウンドトラックということで、映像が印象的だった。ギターの演奏もジミ・ヘンドリックス並みに衝撃的だったような記憶がある。「When Doves Cry」の東洋風のイントロとか、No.1ヒットとなった1.「Let's Go Crazy」のラストの部分とか。Uはyou、4はforを表す特有のつづり。天才か変態か。その後「元プリンス」を名乗ったり、「プリンス」に戻ったりしているが、音楽はラジオで流れれば聴く程度。自分にとっては、このアルバム1枚が記念碑的な存在になっている。
 それにしても、年をとるとこういう音楽を聴くのは疲れる。

DURAN DURAN : RIO
  CAPITOL RECORDS(1982年)
  2010年5月16日(日)

 

  1 Rio
  2 My Own Way
  3 Lonely In Your Nightmare
  4 Hungry Like The Wolf
  5 Hold Back The Rain
  6 New Religion
  7 Last Chance On The Stairway
  8 Save A Prayer
  9 The Chauffeur
 ルックスでブームになっているアイドルグループのアルバムを買うのはなかなか恥ずかしいものだが、この頃はまだ20代だったし、8.「Save A Prayer」はどうしても聴きたい曲だった。ヴィブラ―トの効いたシンセサイザーの音、4度のコーラスが神秘的な雰囲気を出している。ちょっとプログレっぽい。こういう音楽というかグループというか、ニューロマンティックスとか、エレクトロポップスとか呼ばれていたらしい。要するにポップなテクノでヴィジュアル系ということだ。ROXY MUSICなんかと比べると、やはり子供っぽい。ヴォーカルはデビッド・ボウイ以来のビジュアル系特有の唱法。1.「Rio」や4.「Hungry Like The Wolf」も大ヒットした。このグループの曲は、同じフレーズの繰り返しが多い。他に、2.「My Own Way」もシングル曲。9.「The Chauffeur」も印象的な曲だ。
 正直、ロックはヴィジュアルが良くなければ魅力がないと思っている。

MICHAEL BOLTON : SOUL PROVIDER
  CBS RECORDS(1989年)
  2010年5月9日(日)

 

  1 Soul Provider
  2 Georgia On My Mind
  3 It's Only My Heart
  4 How Am I Supposed To Live Without You
  5 How Can We Be Lovers
  6 You Wouldn't Know Love
  7 When I'm Back On My Feet Again
  8 From Now On (Duet With Suzie Benson)
  9 Love Cuts Deep
 10 Stand Up For Love
 「How Am I Supposed To Live Without You 」はNo.1ヒットとなった曲で、グラミー賞も受賞した。グラミー賞かMTVかはっきりしないが、授賞式でケニー・Gのサックスだけをバックに歌った演奏が印象的だった。ソロ・ロックシンガーかと思っていたら、実はシンガー・ソング・ライターで、ほとんどの曲が自作。例外の一つがスタンダードの「Georgia On My Mind」で、ラストの”泣きのシャウト”が魅力的。この人の魅力はこの一言に尽きる。他に、アルバムタイトル曲「Soul Provider」、「How Can We Be Lovers」、「When I'm Back On My Feet Again」などもヒットした。女性歌手とのデュエット曲「From Now On」もいい感じ。
 この頃の音楽は、ヴィブラフォンのようなキーボード、甘い響きのギター、ソフトなサックス、効きすぎたエコーの感じとか、どのグループのアルバムを聴いても同じようなサウンドだ。80年代はロックがポップス化してMTVによってばらまかれた時代なので、これがその時代の音なのだろうとは思う。心地いいことは心地いい。

U2 : WAR
  ISLAND RECORDS LTD.(1983年)
  2010年5月5日(水)

 

  1 Sunday Bloody Sunday
  2 Seconds
  3 New Year's Day
  4 Like A Song...
  5 Drowning Man
  6 The Refugee
  7 Two Hearts Beat As One
  8 Red Light
  9 Surrender
 10 "40"
 グラミー賞の常連、商業的にも大成功した超ビッグバンドとしてブレークする前の、初期の代表作。バンド名もアルバムタイトルも、そしてジャケット写真も衝撃的だったし、ヴォーカルのBONO、ギターのTHE EDGEという名前も風変わり。
 このアルバムを買うきっかけになったのは、MTVで聴いた「New Year's Day」。非常に印象的な曲だった。アイルランド紛争、「血の日曜日」を歌った「Sunday Bloody Sunday」も強烈だ。掘立小屋で録音したのかと思うような荒削りなサウンド、BONOの独特な鼻声のシャウト、THE EDGEの文字通りエッジの効いたギター、そして全編悲痛な叫び。ここから、「THE JOSHUA TREE」の成功はどうしても想像できないのだが。

バッハ : インヴェンションとシンフォニア 2010年2月21日(日)

ヘルムート・ヴァルヒャ(チェンバロ)

録音:1961年

 昔、FM−77というパソコンにFM音源セットというオプションがあって、そのデモ曲の中にチェンバロの曲があって、かなり気に入っていた。前奏曲とフーガ○短調という曲だと記憶していて、いろいろ探したが見つからなかった。有名な曲のはずなのにどうしてないのかと思っていたが、ネットでバッハの短調のチェンバロ曲をしらみつぶしに視聴していたら見つかった。「2声のインヴェンション第13番イ短調」だった。ピアノを習う人なら必ず弾くそうだからすぐにわかっただろうが。そこはかとなく悲壮感が漂い、わずか1分30秒の短い曲だが強く印象に残る。
 第1番ハ長調も、実はFM−7というパソコンのデモ曲だった。これも印象的な曲。パソコンからの連想のせいか、理知的な雰囲気のする曲だ。富士通のパソコン開発技術者の中に、バッハマニアがいたのかもしれない。通勤の車で通して聴いていると、他にもこれいいなと思う曲が見つかる。たとえば、「3声のシンフォニア第11曲ト短調」とか。

RICHARD MARX : REPEAT OFFENDER
  EMI-USA (1989年)
  2009年7月12日(日)

  1 Nothin' You Can Do About It
  2 Satisfied
  3 Angelia
  4 Too Late To Say Goodbye
  5 Right Here Waiting
  6 Heart On The Line
  7 Living In The Real World
  8 If You Don't Want My Love
  9 That Was Lulu
 10 Wild Life
 11 Wait For The Sunrise
 12 Children Of The Night
 個人的には記念碑的な作品。FENの「American Top 40」とかFM東京の「ポップス・ベスト10」とかテレビ朝日の「ベストヒットUSA」とかのチャート番組で、これはという曲があると買いに出かけていたのだが、その最後になったのがこのアルバム。番組がなくなって、代わりに聴くようになったJ−WAVEの「TOKYO HOT 100」の選曲が気に入らなくて、ヒットチャートから離れてしまったのだ。
 10代の頃からプロとして作曲していたリチャード・マークスのデビュー2作目。どの曲もシングル曲かと思うほど出来がいい。実際のシングルヒットは、2.「Satisfied」(No.1)、3.「Angelia」、4.「Too Late To Say Goodbye」、5.「Right Here Waiting」(No.1)、12.「Children Of The Night」の5曲。「Right Here Waiting」はピアノのイントロが印象的で大ヒットしたバラードだが、個人的には「Angelia」の絶唱とギターサウンドがお気に入り。ベスト物を買うくらいなら、これ1枚を買ったほうがはるかにお得だ。

ROY ORBISON : MYSTERY GIRL
  VIRGIN RECORDS AMERICA (1989年)
  2009年6月25日(木)

  1 You Got It
  2 In The Real World
  3 Dream You
  4 A Love So Beautiful
  5 California Blue
  6 She's A Mystery To Me
  7 The Comedians
  8 The Only One
  9 Windsurfer
 10 Careless Heart
 1960年代に活躍した、オールディーズに近いポップスターが、ELOのジェフ・リンのプロデュースでよみがえった。ほとんどの曲が愛をうたったもの。1.「You Got It」は大ヒットしたノリのいいロックンロール。2.「In The Real World」と4.「A Love So Beautiful」はセンチメンタルなバラード。後者はELOらしいオカズつき。5.「California Blue」と9.「Windsurfer」は浜辺でビールでも飲みながら聴きたい感じ。特に前者はラテンっぽい雰囲気もあっていい。10.「Careless Heart」はスケール感のある伸びやかなミディアムバラード。どの曲も高音の美声が魅力的だ。夏休みにふさわしい明るさと開放感もある。
 このアルバムは、1988年に心臓発作で亡くなった後発表された遺作。素晴らしい作品なので、実に惜しいことだった。それにしても、20年以上前のスターが現役で復活できるアメリカのポップ ス界はうらやましいものだ。といっても、このアルバム自体20年前のものになってしまった。36歳、ジョギングを始めた年だ。 そんな昔の曲だとは思えない。光陰矢のごとし。

PETER, PAUL & MARY : SEE WHAT TOMORROW BRINGS
 WARNER BROS. RECORDS(1965年)
 
2008年11月3日(月)

  1. If I Were Free
  2. Betty and Dupree
  3. Rising of the Moon
  4. Early Morning Rain
  5. Jane Jane
  6. Because All Men Are Brothers
  7. Hangman
  8. Brother, Can You Spare a Dime?
  9. First Time Ever I Saw Your Face
 10. Tryin' to Win
 11. On a Desert Island (With You in My Dreams)
 12. Last Thing on My Mind
 モダン・フォーク・トリオ、PP&M5枚目のアルバム。洋楽を聴くようになったきっかけが、4曲目の「Early Moring Rain(朝の雨)」、ゴードン・ライトフットの名曲だ。一方が長調、一方が単調を弾くことで微妙な響きを出すギター、ニヒルなポールのヴォーカルとコーラスごとにパターンが変化する対位法的なハーモニー。中学生の頃、初めて聴いて一瞬でジーンとしびれてしまった。7曲目「Hangman」はスリー・フィンガー・ピッキングが決まった曲。9曲目「First Time Ever I Saw Your Face」はロバータ・フラックでヒットした曲だが、こちらのほうが薫り高い。5曲目「Jane Jane」は2つの童歌を組み合わせたPPMらしい曲。このアルバムにはリズム&ブルース色が出てきているが、「Betty and Dupree」もそんなノリのいい曲。アルバムタイトルは、この歌詞からとられたものだ。
 秋風に乗ってフォークが聴こえてくる。そんな秋の一日。

フォーレ : 「夢のあとに」 2008年9月28日(日)

ヨゼフ・スーク(ヴァイオリン)
ヨゼフ・ハーラ(ピアノ)

録音:1990年

 長いこと気になっていたメロディー。銀座の山野楽器へ立ち寄った時たまたま流れていて、女子大生風の二人が「これは誰?」「フォーレよ」と会話していた。そうか、フォーレだったかと探してもなかなか見つからず、ならば小品集かとあたってみたら見つかった。
 悲しい夢で目覚めた、午後のまどろみの後のような物憂いメロディー。この曲も、秋の曇り空にふさわしい一曲。演奏はもう少し地味なほうがいいが、収録されているCDがあまりなかったので。

ドビュッシー : ベルガマスク組曲 第3曲「月の光」 2008年7月11日(金)

ミシェル・ペロフ(ピアノ)

録音:1979年-1980年

 久し振りの「music」更新。軽い鬱症なのか、いつも頭が晴れず、音楽を聴く気になれなかった。夏の定番は、ピアノ曲。弦の音は暑苦しい。
 ドビュッシーの音楽は、フランスの詩人マラルメのように無機質で聴きづらいものが多いが、この組曲は詩的な雰囲気があって親しみやすい。「月の光」はその中でも、最もポピュラーな曲。いろいろな楽想が流れるが、夢へ誘うような冒頭部分から、降り注ぐ月の光、揺れる光の波紋といったイメージで続いていく。
 曲想を得たとされるヴェルレーヌの「Clair de lune」は、「おりしも彼らの歌声は月の光に溶け、消える、 /枝の小鳥を夢へといざない、/ 大理石の水盤に姿よく立ちあがる/噴水の滴の露を歓びの極みに悶え泣きさせる/かなしくも身にしみる月の光に溶け、消える。」(堀口大學訳)

GENESIS : AND THEN THERE WERE THREE
 CHARISMA RECORDS(1978年)
 2008年1月11日(金)

  1. Down And Out
  2. Undertow
  3. Ballad Of Big
  4. Snowbound
  5. Burning Rope
  6. Deep In The Motherlode
  7. Many Too Many
  8. Scenes From A Night's Dream
  9. Say It's Alright Joe
 10. Lady Lies
 11. Follow You Follow Me
 主要メンバーが次々と脱退して、トニー・バンクス(キーボード)、フィリップ・コリンズ(ドラム)、マイク・ラザフォード(ベース)の3人だけになったことを端的に表すタイトル。アルバム全体を通して、深い霧のようなキーボード、プログレッシブ・ロックらしい変拍子、抒情的なメロディーとフィル・コリンズのウェットなボーカルで、独特のミステリアスで寒々しい雰囲気を出している。
 どの曲も同じような感じで、特にこの曲がということはないのだが、アフロっぽいリズムのイントロで始まる「Follow You Follow Me」は、FMのベストテン番組でもよくかかっていたポップな曲。この頃は、プログレ・バンドがよくヒット曲を出していた。プログレだからといって、長大な曲で、意味不明の歌詞、頭に残りようもない複雑なリズムやメロディーでなければならないというこだわりは、個人的にはないのでけっこう気に入っている。