ある苦悩の日々
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黒服のヒューマーは苦しんでいた。 どんなに苦しくとも、誰の手も借りる事は出来ない。 そんな苦境に自ら嵌まり込んでしまっていたのだ。 その事に気付いた時ですら、既に手遅れだったのだが・・・。 ハンターズは10色のIDカラーで特色を現している。 即ち、出現するアイテムが変わるのだ。 巷で「レア物」と呼ばれるアイテムの出現に関してはこのIDが重要になってくる。 自分のIDでは出現しないアイテムを人に頼む姿は珍しくはない。 しかし、狙ったアイテムが狙い通りに出る筈も無く、運に任せた依頼なのだ。 出なくて当たり前なのであって、出ないからと言って責められる事は無い。 無論、見返りを求めている場合には別問題になるのだが。 冒頭の彼は頼む方ではなく、頼まれた方だった。 本来なら出なくても仕方ない事なのだが、彼はどうしてもとあるレア武器が必要になってしまったのだった。 自分の為ではなく、友人達の為に。 話はかなり遡る。 彼は先日知り合ったばかりのフォニュームと他愛無い内容で談笑していた。 そこにやって来たのは黄色いボディがトレードマークのレイキャシール。 彼女とも先日共に戦場を駆け巡った仲だった。 彼女はレア物に精通しているようで、よく見知らぬ武器の事を話して聞かされていた。 「キミIDレッドリアだったよね??じゃぁフローズンシューター頂戴ね!」 唐突に声をかけられた黒服の彼は当惑した。 (フローズンシューターって何だ!?) 彼はアイテム全般が不得意だった。 しかし、彼女の笑顔が可愛くて、ついつい 「よし!任しとけ!!」 と安請け合いしたのが運の尽きだったのだ。 フローズンシューターが何なのか分からない彼は、まずは情報収集から始める事にした。 レアアイテム探しは雲を掴む様な話らしい。 しかも難易度が高い戦場で極たまに出現するらしい。 まずは自分の戦いレベルを上げる事に専念しなければならなかった彼は、フローズンシューターの約束をすっかりと忘れてしまっていた。 どんな運命の悪戯か・・・。 忘れてしまっている事すら忘れていた彼の元にレアアイテムが舞い込んだ。 戦闘レベルが上がった彼がたまたま向かった森ステージの事だった。 スペシャルウェポンを拾う事にも慣れ、鑑定屋とも顔馴染みになっていた彼はいつものように戦闘を繰り返し、レベルアップを図っていた。 集めたスペシャルウェポン達をいつものように鑑定屋に持ち込み、鑑定が終わるのを待っていた。 スペシャルウェポンは良い金額で売る事が出来るのだ。 彼のマグは高価な餌を求めていた。 マグの成長の為にも高額を必要としていたのだった。 彼はレアな武器よりも高く売れるアイテムを求めていた。 そんな彼に鑑定屋が興奮している様子で声を掛けてきた。 「お前さんには珍しく良いモノが入っておったぞ」 「良いモノは高く売れるヤツさ。そいつは高く売れるのか?」 のそりと鑑定屋の手元に目を落とす。 「出るとこに出ればどんな望みも叶うだろうさ」 鑑定屋は黒服のヒューマーの淡白な反応に少々呆れながらも鑑定を終えた品物を並べ示して行く。 「ほれ。これがフローズンシューターじゃ」 フローズンシューターは攻撃力こそ高いものの、その威力の高さから使用者までも凍ってしまう事のある武器だ。 黒服の彼は自分の身体に害をなす武器・防具を極端に嫌っていた。 その上、この武器が誰よりも似合うであろう人物を知っていたのであった。 「ありがとよ!」 恐れる様子も無く件の銃を掴むと、メセタを置いて店を後にした。 彼と早く連絡を取る必要があったのだ。 「渡したい物があるんだ。今夜会えないか?」 幾度と無く激戦を共に生き抜いて来た戦友に一通のメールを出して仮眠を取った。 彼と戦いの場で会うのは随分と久し振りの事なのだ。 「久しいな。我が友よ」 漆黒のボディのレイキャストが彼を認めて目を光らせた。 彼なりの親愛の表れだ。 「忙しいとこ悪ぃな」 短い挨拶を交わして戦いの場へと向かって行った。 しばらくお互いの成長具合を身に感じながら戦いを繰り返した。 「・・・で、渡したい物とは?」 このステージの中程まで進んだ頃、レイキャストが久方ぶりに口を開いた。 お互いにマグへ餌を与えつつの小休憩である。 「おお、すっかり忘れてたよ」 アイテムパックを開くと、件の銃「フローズンシューター」を取り出した。 「これさ、この間拾ったんだよ。どうしてもあんたに渡したくてさ」 にこやかに微笑む彼は幼くも見えた。 押し隠してはいたが、全アイテムロストした時に受けた恩を返せる事が出来て嬉しいようだった。 「あの時の事なら気にする必要はないぞ?」 マグを所定の位置に戻しつつレイキャストは特に感慨もなく散弾銃を構えた。 「どうしてもあんたに使って欲しいんだよ!」 握り締めたフローズンシューターをレイキャストに差し出す。 「どうしてもと言うのなら・・・有難く貰っておこう・・・」 細く鋭い目が短く何度も瞬いた。 どうやら気に入って貰えたようだった。 漆黒のレイキャストは自身が凍るかも知れない等という事はさして気にも留めずにフローズンシューターを構えてまさに鬼神の如く戦った。 その姿を背中で感じながら黒服のヒューマーは満足気に微笑んでいた・・・。 確かに、この時までは不幸の影はどこにもなかったのだ。 彼女がこの戦場にやって来なければ・・・。 「やっほ〜!ひっさしぶりぃ!」 黄色いボディのレイキャシールが元気良く飛び出して来た。 なんでここに!?と言う台詞よりも先にレイキャシールはレイキャストの持つ武器に注目したのだ。 「ねぇ!もしかしてそれフローズンシューターじゃない!?良いなぁ〜!」 黒服のヒューマーの脳裏に数ヶ月前の光景が蘇る。 彼の顔色が変わった事に気付いたレイキャストは咄嗟に弁解した。 「先日たまたま拾ったのだ」 しかし彼女にはどんな言葉も届かないようで、執拗に見惚れている。 (ヘヴィだぜ・・・) どんな言葉をかけたら良いのか見当もつかずに黙っていると、ようやく銃から目線を外したレイキャシールが黒服のヒューマーを見詰めてきた。 「見つけたら絶対に頂戴よね!」 と言い置いて、その場から立ち去った。 後姿を呆然と見送った二人だったが、先に立ち直ったレイキャストが銃を手渡しながら物言いたげな目線を送って来た。 「・・・言いたい事は何と無く分かる・・・つもりだ・・・すまない」 忘れていたとしても、どう考えても自分に非が有る。 素直に謝ったのだがレイキャストはまだ何か言いたげにしている。 どうしたのかと思っていると、徐に先程渡したフローズンシューターを差し出してきた。 「これはあのレイキャシールに渡すが良い。俺は受け取れぬ」 先程迄の楽しい時間はどこへ行ったのか。 険しい時間が流れ始めている。 それもこれも自分で撒いた種な事は明白である。 「・・・わかった」 受け取るしか術は無かった。 翌日、レイキャシールを呼び出すと、件のフローズンシューターを手渡した。 「あれから直ぐ森で拾ったんだ」 白々しい気もするが致し方あるまい。 「わぁ〜〜ホントにくれるの?!らぁっきぃ〜☆」 レイキャシールは全身で喜びを顕わにして銃を打ち続ける。 「この凍るかも知れない緊張感が良いのよね〜!シビレるぅ〜」 彼女はこれから実践で銃の威力を見たかったようだが、黒服ヒューマーには時間が無かった。 これから彼には長く険しい、終わりの見えない旅が待っているのだ。 「すまないな。冒険はまた今度!」 そう言い置いて、彼はこの戦場から姿を消したのだった・・・。 「森が出やすいとは聞いたが・・・かなりヘヴィだぜ・・・」 風の噂によると、最初の部屋だけでスペシャルウェポンを出す、と言う技が存在すると言う。 半信半疑ながらも藁にも縋る思いで、どんな些細な事であろうともフローズンシューターが出やすくなるよう様々な事を試した。 一日経ち、二日経ち・・・。 いつ果てるとも分からず、ただただフローズンシューターの為だけに時間を費やした。 あいつにフローズンシューターを持たせるんだ!! その思いだけが彼を突き動かしていた。 突然音信普通になってしまった彼を心配して、冒険仲間からメールが何通も送られてくるようになっていたが、この苦しみは誰にも話せない。 今はフローズンシューターを拾う事しか頭になかった。 それでも、この苦しみを100%心に留めておくにはあまりに辛い日々が続いていた。 他の冒険仲間とは活動時間の違う何も知らないフォニュエールに、つい愚痴を溢してしまっていた。 「そりゃ忘れてた俺も悪いけどさ!何も返さなくったって良いと思わんか?泣けてくるゼ。ホントに」 そんな彼に補助魔法をかけつつ、フォニュエールは冷たく言い放った。 「そんなに辛いなら止めれば良いのにネ。好きでしてるんでしょ?あげたいんでしょ?なら頑張るしかないジャン」 補助魔法はありがたいがかけてくれる言葉にも優しさが欲しいと思わない事もない彼だったが、その通りなので言い返す事も出来ない。 「アイテムなんて運なんだから、あまり気張ってない方があっさり出るかも知れないよ?」 そうならこんなに苦労しなくても良いのだが・・・黒服のヒューマーはついつい恨めしげな目になってしまっていた。 確かに運は影響しているだろう。 しかも、黒服のヒューマーはお世辞にも運が良いとは言えない部分が多かった。 それでも運に頼る思いで戦いを繰り返した。 運に頼るではなく、正しくは運に弄ばれているだけなのかも知れなかった。 半ば、諦めにも似た感情が心の中に増え始めていた頃だった。 いつもと同じ様に事務的な作業で同じ場所に出たり入ったりを繰り返していた。 これまたいつもの様にスペシャルウェポンが時々出現していた。 この頃になると彼の戦闘スキルも上がっており、一々鑑定屋にアイテムを持ち込まなくてもどんな武器かは判断出来るようになっていた。 「DBの剣・・・いらね。剣じゃねぇんだよ!」 売るのも面倒な程、一刻も早くフローズンシューターが必要だった・・・。 「ツインブランド・・・こんなんじゃねぇ!ホーリーレイ?なんじゃそりゃ!」 よくよく考えてみればまさしく「レアアイテム」のオンパレードなのだが、フローズンシューターのみを探している彼の目にはどんなにレア度が高かろうとも単なるアイテムと同じ、もしくはそれ以下にしか見えてはいなかった。 「お、こいつは銃か・・・ま、どうせヴァリスタか何かだろ」 装備しようとして装備不可能な銃だと言う事に気付く。 「あん?装備不可なんて珍しいじゃねーか」 装備不可能なアイテムでは判別も難しい。 シティへのゲートを開くと、拾ったばかりの武器を握り締め転送されて行った。 「鑑定屋!!ちょっと鑑定してくれ!」 淡い期待を抱きながら鑑定屋へと駆け込んで行く。 「珍しいのぅ。何か拾ったのか?」 ヒューマーはその言葉にニタリと笑う。 このアイテムが件の銃であればようやく地獄の苦しみの日々から解放されるのである。ついつい笑顔になってしまっても仕方がないだろう。 しかし、長い戦いを続けていた黒服のヒューマーの姿は近寄りがたい程のものになっていた。 顔にも疲れと戦い故の殺気が満ちており、その状態での笑顔は不気味以外の何者でも有り得なかった。 そんな状況を気にする事も無く、鑑定屋の目の前にアイテムを置く。 「ほう。またフローズンシューターを拾ったのか」 探し出すのにどれほどの時間をかけても、鑑定はほんの一瞬だった。 黒服のヒューマーが感慨深げにしていると、いつもの時間が流れ始めた鑑定屋が鼻を押さえて忠告をしてきた。 「それはそうと・・・お主には身体を洗う事が必要じゃな」 思わず身体を見回して匂いまで確かめてみる。 「そんなに酷いかな?」 「100人が100人共酷いと言うじゃろうよ」 この言葉にはいたく傷付いたヒューマーだった。 小奇麗になった黒服(埃と返り血で汚れたハンターズスーツも洗濯した)のヒューマーは早速メールを出して会う予約を取る事にした。 「今度こそ、あんたの為のフローズンシューターを拾ったぜ!是非受け取って欲しい。時間が出来たら連絡もらえるとありがたい・・・」 漆黒のレイキャストから連絡が入った瞬間にわかるようにセットして、しばらくぶりにベッドに身を任せて眠りに就いた。 柔らかい布団に包まれながら、夢も見ずに眠り続けた・・・。 ・・・メール受信しています。メール受信しています。 眠り始めて何時間経ったのか・・・。 夕刻とは言え明るかった空が、今は漆黒のベールに包まれている。 「ん・・・?何時だ・・・?」 寝癖がついてしまっている黒髪に手をやり、時計に目を向ける。 午後11時・・・ちょうど彼が活動する時間だ。 受診したメールを開くと、まさに彼からのメールだった。 「今で良ければ時間を空けよう。10分後、いつもの場所に居る」 メールを受信してから既に5分経過している。 黒服のヒューマーは大慌てで支度を整えると(寝癖は直らなかった)漆黒のレイキャストとの待ち合わせ場所へと向かった。 奇跡的に待ち合わせ時間に着くと、既にレイキャストは待っていた。 「すまん!遅れた!!」 時間通りなのだが、呼び出しておいて待たせた事には違いない。 最初の挨拶が詫びになったのも彼らしくて好感が持てた。 「ウム。今日は久々に時間が空いていてな。お前は運が良い」 彼の鋭い目が何度も瞬いている様子から、数ヶ月ぶりにヒューマーと会えた事に喜びを感じているようだ。 「本当に。何日かかかるかと不安だったよ」 黒服のヒューマーは照れているようで頭をポリポリと掻いている。 目線を彼の頭に向ければ寝癖が、顔に向ければクマが、服に向ければ綻びが見受けられた。 レイキャストはあの時から音信不通になっていた事とを総合して、的を得た想像をした。 「お前・・・あの為に随分無茶したのか?」 その言葉に固まるヒューマー。 漆黒のレイキャストは彼の為に誰かが無茶をする事を嫌っていた。 頑張った事を認めてもらいたい反面、彼には一番知られてはならなかったのだ。 「・・・い、いや・・・その・・・」 冷や汗をかきながら必至に言い訳を考えるものの、ヒューマーの彼は言い訳が苦手だった。 下手に言い訳をするよりも先に謝ってしまう事にした。 「すまん!どうしてもあんたに装備してもらいたかったんだよ。あんたのレベルに早く近付きたいし・・・」 焦れば焦るほど内容が怪しくなるのを感じてますます慌ててしまっている。 そんな様子を黙って見ていたレイキャストの目がスッと細く光る。 「お前に追い付かれるほど俺は落ちぶれてはいないが?」 彼を知らない人物がこの言葉を聞いたら誰もが背筋の凍る思いをしただろう。 だが黒服のヒューマーは数多くの激戦を共に戦い抜いて来ている。多少はレイキャストの事を理解出来るまでには成長していた。 「・・・怒らないのか?」 彼の口調には怒りはなく、呆れが含まれていたのだ。 「俺の為に探し出した事に対してどうして怒れる?」 そう言って身を起こすと戦場へと誘う。 「さぁ、お前が探し出したフローズンシューターの威力を見に行こうではないか!」 手に入れてからずっと握り締めていたフローズンシューターをレイキャストに手渡して力強く頷きを返す。 「おう!」 二人の姿は夕闇に包まれたラグオルの原生林へと消えて行った。 ・・・彼らが通った道無き道には、エネミーの屍が点々と続いているのだった。 |