絆〜don't forget〜 第二章 「絆の審判」 第三節
「はぐぁっ! 悠っ、こっちを手伝え!」
「無理! こっちだって手一杯だよ!」
朔夜の呼びかけに、悠は振り向きもせず、繰り出されたゴブリンの拳をかわしながら叫んだ。
エントラスの街を旅立って約半日。
日が沈みかけたころ、朔夜たちは街道で魔物の襲撃を受けていた。
敵はオーガーが一匹とゴブリンが二匹。
数多くいる魔物の中では下位に属する亜人系の魔物たちだが、命がけの戦いなどしたこともない朔夜たちにとって、その存在は十二分に脅威。
「ぐっ……」
オーガーと組み合った朔夜だったが、倍近い巨体から繰り出される力はすさまじく、倒されないようにするだけで精一杯だった。
「ぐぉぉぉっ!」
オーガーはひときわ大きな咆哮をあげると、体重をかけて朔夜を押し倒し、無防備の首を締めつけた。
「朔夜さんを離してーっ!」
「えいっ! えいっ!」
栞と雛姫がハンマーと杖で叩くが、ほとんど効いていないのか、それとも目の前の朔夜を倒すのが先としたのか、オーガーはかまわず首を絞め続ける。
「くそっ……これでもくらぇ……っ!」
「がっ!?」
「きゃっ」
苦し紛れに、地面の砂を掴んで投げる。
子供のケンカのような卑怯な手段だったが、しかしそれが功を奏した。
視力を奪われ苦しむオーガーのあごに蹴りをくらわせ、朔夜は転がってオーガーから離れた。
「悠! こっちに飛ばせ!」
「オッケー!」
剣を抜きながら出した指示に、悠がこたえる。
振り回される拳を抜け、カウンターで顔面に足刀を叩きこむ。
蹴り飛ばされたゴブリンは体勢を崩し、倒れまいと無理やり足を踏ん張った。
その背後から、朔夜が剣を振るう。
ずんっ!
隙だらけのゴブリンの首を、剣が貫いた。
そのまま剣を横に滑らし、叫び声をあげる間もなく肉塊となったゴブリンの首を刎ねてとどめを刺した。
「ぎぃっ!」
「やあああっ!」
剣からほとばしった血に驚いたもう一匹のゴブリンの鳩尾を、悠が思いっきり蹴り上げる。
がんっ!
飛び上がったゴブリンの後頭部に灰依慧が杖を振り下ろし、そのまま地面に叩きつけた。
その反動で、ゴブリンの体が首を中心にくの字に折れ、鈍い音が響いた。
「灰依慧、魔術でオーガーを攻撃! 悠、着弾後に俺と一緒にとどめだ! 雛姫! 栞! そいつから離れろ!」
動かなくなったゴブリンを放り出し、朔夜はすぐさま全員に指示を出した。
その指示通りに雛姫と栞が闇雲に腕を振り回すオーガーから離れ、灰依慧が初級の火の呪文を唱えはじめた。
呪文が唱え終わるまでの数秒間が、何分にも感じられる奇妙な感覚を味わいながら、朔夜は汗で滑りそうになる剣を握りなおした。
「火炎弾!」
言葉とともに、炎が、灰依慧のかかげた杖の先に生まれ、十数に分裂してオーガーに降り注いだ。
ボンッ、という炎の塊がオーガーを叩く音が響くと同時に、朔夜と悠は地面を蹴っていた。
オーガーの横を走り抜けながら、朔夜がわき腹を薙ぎ斬り、悠が続けてたたみこむように回し蹴りを放つ。
悠は着地と同時に片足を軸に回転して足払いをかけ、うまく繋がった連携にオーガーの巨体が倒れる。
シュッ
朔夜の投げたナイフがオーガーの首筋に刺さり――
ずむぅぅぅっ
そのままオーガー自身の重さが、軽く刺さっただけのナイフを深く押し込み、血に染まった切っ先を喉元に生えさせた。
オーガーが血の塊を吐き出し、二度、三度と痙攣を起こして完全に動かなくなっても、朔夜たちはしばらくの間武器を構えたままオーガーの死体を眺めていた。
「……っはあっ!」
詰まりかけていた息を吐き出し、緊張の糸が切れた悠は脱力してひざをついた。
魔術を発動させたときに、同時に多くの精神力を消費したのだろう。
肉体的にはそれほど動いていない灰依慧も立ちくらみを起こしたかのように倒れこんだ。
「つ、疲れた……」
取り出した布で剣についた血を拭き取り、鞘に納めた朔夜も深く息をしており、疲労の色を隠せないでいた。
普段使うことも無い部分の筋肉を酷使したせいか、身体中が悲鳴を上げている。
「こりゃ、明日は筋肉痛かもな……」
「ほんと……戦うってこんなにも疲れるものだったんだ……」
「死ぬかもしれないって気が張ってるからな、精神的にも辛いものがあるな……」
朔夜はこわばった筋肉を揉みほぐそうと肩に腕をまわす。
「あ、朔夜さん、肘のところ怪我してますよ」
「ん? ああ、すりむいてるな。 多分、さっき押し倒されたときだな」
すり傷と呼ぶにはやや深い傷。
戦いの興奮が血が流れ出るほどの傷の痛みを感じなくさせていたのだろうか。
朔夜は言われて初めて自分が怪我をしているということに気がついた。
「術で治す?」
そのきずをのぞきこみ、「うわ……」とつぶやいたあと、雛姫がそう問いかけた。
「俺を術の練習台にするつもりか? まあいい、少し早いが野宿の準備に取り掛かるとするか。と、その前に」
オーガーの巨体をひっくり返し、首に刺さっていたナイフを引っこ抜く。
そして、そのナイフでオーガーの着ていた動物の毛皮を剥ぎ取りはじめた。
「こらっ! なにやってんのよ! 死体なんかあさって!」
オーガーの下半身までが露出してくると、悠はできるだけその方向を見ないようにしながら朔夜を怒鳴りつけた。
「なにって……戦利品を探してるんだよ。ゲームでも敵を倒すと経験値や金やアイテムがもらえるだろ? 当たり前のことじゃないか」
「う、うーん……」
「あと、死体は干し肉の材料にもなるな。さすがに人間型のモンスターの物までは食う気にはなれんがな。ほら、唸ってないでそっちのやつが持っていたものを確認しろ」
ただ黙々と戦利品を探す朔夜の背を見て、悠はいやいやながらもゴブリンが腰に下げていた小さな袋を開けた。
「ま、松ぼっくりと錆びた銅貨が二枚。あと……これなんだろ? 肥料?」
「あんまり素手で触らないほうがいいと思うぞ。多分、それは乾燥させた草食動物の糞だと……」
「うあぉっぁ! 汚いっ!」
「うわっ! こっちに投げるな!」
叫んで投げつけられた袋に、朔夜のみならず、遠巻きにその光景を見ていた栞や雛姫までもが思わず数歩後ろに下がった。
「なんでそんなものを持ち歩いているのよ!」
「確か、松ぼっくりも草食動物の糞も、火をつけるときの着火材になるはず――ま、戦利品としてはこんなものか」
収得した物を大別して袋に詰めなおし、朔夜は再び先頭に立って街道を歩きだした。
雛姫たちもそのあとに続き、薪になりそうな木を拾い集めながら歩いていると、前にも誰かが野宿をしたことがあるのだろう。
少し開けた木々の間に焚き火の跡が残っている場所へとたどり着いた。
朔夜たちはそこを野宿ポイントに決め、それぞれ食事や焚き火の準備に取り掛かっていった。
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