絆〜don't forget〜 第二章 「絆の審判」 第二節




  朔夜たちは一晩良たちの家に泊まり、アナザー・テラについての基本的な知識を学んだ。

  そして翌日――

 「さてと……どうするかな」

  役所で貰った補助金と地図をにぎりしめ、朔夜がつぶやく。

 「どうするって……旅に出るんじゃないの?」

 「いや、それはそうだが。旅に出るにあたっていろいろ準備しなきゃいけないだろ? 昨日良から聞いた通り、この世界には電車やタクシーはもちろんない。せいぜいが馬車くらいのものだ。それに魔物が出るとも言っていただろ。だったら武器や防具、薬や携帯食料。そろえなきゃいけないものはたくさんある」

 「はぁ、そうか〜……この世界で生きていくには元の世界の考え方を根本から変えなきゃいけないんだね」

  今更ながらに、自分が異世界にいるということ痛感し、悠はため息をつく。

 「まあ、まずは良から聞いた店に行ってみるか」

  多くの人が行きかう大通りを歩いていく。

  大通りの両脇には、八百屋やカフェなど元の世界にもあったような店の他にも、見慣れない、怪しい雰囲気を醸し出す店も並んでいた。

  しかし、その店の看板の文字はときどきアルファベットも見かけるが、ほとんどが見慣れた日本語で書かれている。

 「公用語が日本語と英語でよかったね。スワヒリ語とか、この世界独特の言葉だったら会話もできないところだったよ」

 「それだけ日本人の割合が多いって事だろうな。最近の日本人は……根暗な民族になったからな」

 「うーん……それは困ったことだね――あ、あの店でいいんじゃない?」

  雛姫が店先に甲冑が飾られた店をみつけ、小走りで駆けていく。

  のぞいた店の中には剣や斧といった武器や鎧などの防具。

  さらには指輪などのアクセサリーが並んだショーケースがあった。

  だが、そこには客はおろか、店員の姿すら見当たらない。

 「ここか?」

 「すいませーん、誰かいませんか〜」

 「あいよっ」

  雛姫が呼びかけると、それに少し遅れて、カウンターの奥の部屋から中年のおじさんが顔を出した。

 「お、またテラからやって来た客か?」

 「あ、わかります?」

  すると、おじさんは朔夜たちの着ている服を指差し、

 「そういう制服を着ているのはテラの学生さんか何かだ。こっちの世界の学校には制服はないからな。さあ、どっちなんだ? 永住するのか? それとも旅に出るのか?」

 「旅に出るつもりですけど……」

 「ならそんな服装じゃあだめだ。奥に旅をするのに合った服があるから好きなの選んで着替えてきな」

  おじさんは一度カウンターの中から出てきて、丁寧にもドアを開けて隣の部屋に入るようにうながした。

  奥の部屋には何百着はあろうかという量の服が並べられ、カーテンで仕切られただけの試着室らしきものがあった。

 「制服ってそんなにダメな服なのかな? 動きやすいし、汚れも落ちやすいのに」

  自分の着ている桜水学園の制服をつまんでみる雛姫に、朔夜がこたえる。

 「日常生活程度なら別にいいかもしれないけどな。旅をするならやっぱりそれなりのものじゃないと。保温性がよかったり破れにくかったり……それとも何か? 野宿するとき、いちいちパジャマに着替えるつもりなのか?」

 「うにゅう……」

  つぶやくように鳴いて、雛姫は目の前に並ぶ服を調べはじめた。

  悠と栞も、それぞれ思い思いの服に近寄って、品定めを開始し――

 「うぁ〜……こ、この服、なんだかすっごく露出度が高いですよ」

 「あ、これなんか栞ちゃんに似合いそう」

 「え、どれどれ。あ〜、ほんとだー」

  ものの数秒で、女性三人はショッピングモードに入り込んでしまっていた。

 「……灰依慧、覚悟しておけよ。似合っているか、とか、変じゃないか、とか。ちくいち聞いてくるからな」

 「わかってますよ。前に悠さんと買い物に行ったときは、服を一着選ぶのに二時間ほどかかりましたから」

 「はあ……」

  ため息をついた直後、雛姫がさっそく評価を求めて水色のワンピース風のローブをひろげたが、朔夜は適当に「似合ってる」などと言って受け流す。


  その後も断続的に評価を求められ、三時間ののち、ようやく三人の服が決まった。

  雛姫は白を基調とした長袖のローブ。

  悠はいかにも動きやすそうな、赤いチャイナドレス風の軽快な武闘着。

  栞はホットパンツにヒザ上までの黒いハイソックス、上着はジャケット。

  かぶった帽子にはオプションとしてゴーグルがついている。

 「あ、あの朔夜さん、この服似合ってますか?」

 「ああ、似合ってるぜ」

 「あ、ありがとうございますっ」

  雛姫のときと違い、優しい微笑とともに言われた言葉に、栞が深々とお辞儀をしてこたえる。

 「朔夜ぁ、私は?」

 「馬子にも衣装だ」

 「うにゅう」

 「……褒めてないぞ」

 「う?」

  ボケる雛姫に朔夜はチョップでツッコミをいれる。

  その二人の姿を、栞は少しすねたように、うらやましそうに眺めていた。

 「さあ、次は朔夜たちの番だよ」

 「……おう」

  気のない返事をした朔夜が選んだのはスェットタイプのシャツに、ごく普通のズボン。

 「わっ、すごい。選ぶのに五分もかかってない」

 「っていうか、この店、男物の服が少ないな……」

 「でも、それだけじゃあ少し肌寒くないですか?」

 「いや、良から貰ったトレーナーもあるから大丈夫だ。それに、この上にアーマーとマントをつけるから」

 「え〜、マントなんて格好悪いよ〜」

  だが、朔夜はさらに二発、雛姫の頭にチョップを叩き込み、

 「アホか。マントは結構重要性の高いものなんだぞ」

 「あ、そうですね。野宿するときには寝袋としても使えますし」

 「邪魔になったときは、たたんでしまえば荷物にならない。逆に簡易リュックとしても使えるな。ほんと、栞は物分かりがいいな」

  朔夜に褒められ、栞が笑顔を見せる。

  ようやく笑ってくれたな……昨日からずっと、不安そうにしていたから少し心配だったが……

  朔夜も笑顔で栞の頭の上に手を置くと、灰依慧の方を向いた。

 「さてと、灰依慧の方は……」

 「ち、ちょっと待ってくださいね……」

  ごそごそと更衣室の中でややあって、カーテンが開かれた。

  灰依慧が着ていたのは中国風の式服。

  その服は、灰依慧の特徴であるフレームのない薄手の眼鏡と妙に合っていて、ここにさらに杖でも持たせれば、若手魔道士に見えなくもない。

  その姿を見て、隣りにいる悠が満足そうな顔をしているのを見ると、どうやら彼女が自分の服装に合わせてコーディネートしたらしかった。

 「おお、ずいぶんと時間をかけたようだが……いい服を選んだじゃねえか。似合ってるぜ、お嬢様方」

  部屋から出てきた朔夜たちを迎えたのは、おじさんの褒め言葉だった。

 「おれたちには言わんのかその台詞……」

 「男に言われても嬉しくないだろ?」

 「……確かに」

 「次は武器を選ぶぞー!」

  げんなりとする朔夜たちの後方で、いまだ衰えぬショッピングモードを爆発させる悠。

  ……おそるべし、ショッピングモード。

 「朔夜、あのまま放っておくと今日中に町を出られなくなるかもしれませんよ」

 「……おう、なんとかしよう」

  失いかけた気力を奮い立たせ、朔夜と灰依慧は悠に歩み寄っていった。

 「わーい、じゃあ、ボク剣にしょうっと。やっぱり武器って言ったらこれだねっ」

 「だめですよ、武器は私たちが選ばさせてもらいます」

  壁にかけられていた剣に手を伸ばした瞬間、灰依慧が悠の行動を制した。

 「えー、自分の好きな武器選んでもいいでしょ?」

 「好きな武器より、自分に合った武器を選べ」

  少しでも優位に立ちたい朔夜は悠の頭をぺしぺしと叩きながら言った。

 「自分に合った武器ですか?」

 「そんなの使ってみないとわからないよー」

  朔夜は先ほど悠がとろうとしていた剣を手にし、手渡した。

  ずんっ

 「うわっ! 重っ!」

  剣を手にした瞬間手にかかった予想以上の重力に、悠は剣を落としてしまった。

 「わかったか? 剣ってのはキロ単位の重さがあるもんなんだよ。お前はそんなものを振り回して何分も、下手をしたら何十分かかる戦闘を戦えるか?」

 「……む、無理だと思う。でも、もっと軽い剣なら……」

 「剣っていう武器はな、重さを利用して斬りつける武器なんだぞ。めちゃくちゃ鋭くないと軽い剣ってのは使えないだろう。まあ、この世界なら魔術がかかっている物ってのもあるだろうけど」

  説明する朔夜の言葉に合わせて、店のおじさんが何度もうなずいていた。

  ただ、無言であったため、そのことに気づく者は誰もいなかったが。

 「悠なら……そうだな、バグナグ系の武器がいいんじゃないか?」

 「バグナグって?」

 「……こういうやつだ」

  朔夜は近くにあった金属の爪付きの籠手を放り投げた。

 「うーん、そんなに重くもないし、まぁ、使いやすいかも。手を広げてるときは邪魔にならないように爪が引っ込む仕掛けになってて、なんだか猫みたいでおもしろい〜」

  バグナグを手につけてみた悠はまんざらでもなさそうな顔で、何度か素振りをしてみる。

  この時点で、悠のショッピングモードは、完全に朔夜に制御されてしまっていた。

 「このあいだの体力テストで、瞬発力と柔軟性がずば抜けてよかったからな。次に雛姫と灰依慧、ふたりは回復系と攻撃系にわかれて魔術を覚えろ。武器は杖かメイス、フレイルあたりで適当に選べ。本当は俺も魔術を使いたいが……パーティーのバランスと能力を考えると、俺は戦士タイプだからな……」

  あきらめのため息をつきながら、朔夜は悠が落とした剣を拾い上げた。

 「朔夜さん、私は何を持てばいいですか?」

 「そ、そうだな……」

  朔夜は口ごもり、考え込んでしまった。

  栞には武器なんて持たせたくないんだけどな……

  傷つけあうのは愚かなこと。

  たとえ、その相手が人でないものであっても。

  そのことをよく知っている朔夜は、相手を傷つけ、ときには死に至らしめる可能性のある武器を、まだ幼い栞に持たせることをためらってしまっていた。

 「お嬢ちゃんに合う武器か。ならハンマーか銃だな」

  長い間何も言わない朔夜に業を煮やしたのか、おじさんがカウンターの下から柄の長いハンマーと、朔夜たちが知っているんとは明らかに構造の違う銃を取りだし、朔夜たちの目の前に並べた。

 「このハンマーは軽いが、長い柄がよくしなるから反動を利用すれば十分に武器として使える。こっちの銃は本来は魔術を使うために必要な精神力と魔力をコントロールするための補助道具なんだが、精神力や魔力をそのまま弾丸として撃ちだすこともできる。銃は眼鏡の兄ちゃんたちにも必要になるだろうから両方持っていけ」

 「で、でも……」

 「兄ちゃん、あんたは確かによく考えてるよ。パーティーのバランスから個人の特徴までな。子供に武器を持たせたくない気持ちもわからんでもない。でもな、現実ってのは想像以上に厳しいんだ。自分のことで精一杯で他人のことまで考えている余裕がない、なんてことはざらだ」

 「はあ……」

  さらにそのあと、栞からも「もっと私を信じてください」と言われ、朔夜は深いため息をつくことになる。

  俺もまだまだ甘いのか……

 「あとそこにあるなめし革のアーマーと人数分のマントとナイフ、傷薬、携帯食料――と、これだけでいくら位になります?」

 「かなりまけて……二万オリンってところだな」

 「……は?」

 「二万オリン」

  聞いたこともない単位の言葉に一瞬戸惑うが、すぐに全員で役所から貰ったばかりの財布の中身を確認する。

 「貰った金っていくらだったっけ?」

 「えっと……確か一人あたり千オリンって言ってたから、全部で五千オリン……」

 「……」

  明らかに足りない財布の中身とおじさんの顔を交互に見る。

 「ははっ、足りないだろう。これだけ買い揃えれば当然だな」

 「おっさん……わかってんなら早く言ってくれよ」

 「まあ落ちつけ、足りない金は入らないものを売って稼げばいいんだ。お前たちの着ていた服を買い取ってやるよ。売ってくれるなら、差額で……そっちが支払うのは二千でいい」

 「いきなり十分の一かよっ!」

  あまりに割引におもわずツッコミをいれてしまう。

  しかし、おじさんは朔夜と悠のツッコミにもひるむことなく、笑って答える。

 「異世界の物はそれだけの価値があるってことだ。特に女性物はな」

 「ここはブルセラショップか……?」

 「どうします? 売っちゃいますか? 学校の制服ですけど……」

 「売る。持っていても荷物になるだけだし、元の世界に帰れば買いなおせる。そうだ、この時計なんかも高く買い取ってくれるのか?」

  朔夜は即答して制服を渡し、さらに腕にはめていた時計を見せる。

 「うーむ、デジタルの時計なら高く買い取れるんだが……アナログはこっちの技術でも作れるんでね」

 「そうか……」

  残念そうにつぶやいて、朔夜は受け取ったアーマーとマント、剣を身につけた。

  そして雛姫たちも制服と残りのお金を渡し、武器防具を受け取った。

 「ありがとうございました」

 「ああ、元気でな」

  栞が代表してお礼の言葉を言い、朔夜たちは店を後にした。

 「――ふう……」

  朔夜たちが街の雑踏の中に消えたあと、店のおじさん――朔夜たちの元クラスメイト、古谷真之介はため息をついた。

 「行ったか……」

 「ああ、行ったよ」

  店の中に入ってきた良の言葉に、真之介は気の抜けた声で返事をした。

 「せっかくこの店を紹介してやったのに、朔夜たち、お前に気がつかなかったみたいだな」

 「ったく、友達がいのないやつらだ」

 「ま、クラス一のチビだったお前がこんな立派なおっさんになってしまったんだ。無理もないだろ」

 「それは一理あるかもな」

 「……よし、今日は久しぶりに桜水学園のみんなを集めて酒でも飲もうか」

 「お、いいねそれ。朔夜たちの幸先がいいことを願ってやろうじゃないか」

  彼もまた、朔夜たちの行く末に未来があることを祈る一人であった。





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