〜Fate Silver Knight〜 

〜アンノウン〜



「おかえりなさい! シロウ、大丈夫?」

ギルガメッシュを伴い、中庭の片隅に集まった……イリヤ達の元に戻る。
俺を出迎えたのは、嬉しそうな、それでいて……どこか不安そうな表情のイリヤだった。

イリヤを安心させるように、微笑もうとする俺だが、どうやら上手くはいかなかったようだ。
頬が引きつっているのが自分でも分かる。その様子を見て、ギルガメッシュは呆れたように肩をすくめていた。

「ああ、大丈夫だ……けど、イリヤ。俺の身体は一体――――」
「残念だけど、分からないわ。今後、調べてみないことには」
「そうか…………」

呟き、俺は地面に横たわる遠坂を見る。血に塗れた彼女は、まるで眠ったように、そこに横たわっていた。だけど、彼女はもう――――

「ん、ぅ…………」
「!?」

思いっきり、のん気そうな声と共に、遠坂の身体が動いた……ように見えるんだが。
頭の中が真っ白になった俺の耳に、イリヤの呆れきった声が、涼やかに響いた。

「まったく、こんな所で寝ちゃって……大物よね、リンって」
「い、イリヤ…………遠坂は死んだんじゃ!?」
「なに言ってるのよ、シロウ。これくらいで、リンが死ぬわけないじゃない」

ふぅ、と息をしながら、イリヤは首を振る。サラサラの純白の髪が、宵闇の月光に映えるように舞った。
思わず見とれる、俺の沈黙をどう受け取ったのか、イリヤはどこか鋭い口調で、口の端に呟きを乗せた。

「リンには魔術刻印があるのよ。頭を砕かれたり、心臓をつぶされない限り、そうそう死ぬものじゃないわ」

魔術師の家系にある魔術刻印――――その刻印の持つ力は、純然たる魔力。
その力は、時には魔術師の行使する魔術を助け、あるときは魔術師の傷を癒してくれる。

「今は血が多く流れたから、貧血に近い状態だけど、休ませておけば完治するわ」
「そうか……」

イリヤの言葉に、俺は安堵の息を吐いた。言葉にならない安堵が、身を包む、と。

「――――それで、どうするの? リンは、さっきまで私達に攻撃してきたし、放置しておくのもなんだと思うけど」
「そうですね、それに、彼女についても……どうすれば良いか決めかねますし」

どこかムッとした表情のイリヤと、片膝をついて何かをやっているライダーが、俺を見てそう声をかけきた。
そういえば、ライダーはさっきから何をしているんだろうか?

「ライダー、いったい何をやって…………うわっ!?」
「ふむ〜〜〜〜!」

ライダーの方を見ると、そこには――――両手両足をがんじがらめに縛られた上、猿ぐつわを噛まされて転がされてるジャネットの姿があった。
ジャネットは俺の方を向いて、なにやら言っているが、口を塞がれているせいで、まともな言葉にならなかった。

「彼女はリンの英霊ですから……武器を持たないとはいえ、何をしでかすか分かりませんから、拘束させていただきました」

しれっとした表情で言うライダー。なにやら口調が嬉しそうなのは気のせいだろう。
言葉を失う俺に対し、これっぽっちも気にせず、イリヤはまるで明日の天気のことを言うように――――、

「とりあえず、どうしようか? 起きてから邪魔されるのもなんだし――――英霊ともども、ここで殺っちゃおうか?」
「なっ――――だめだろ、イリヤ!」
「えっ、なんでよ? リン達は敵なのよ? 士郎だって殺されかかったし、情けなんてかけるべきじゃないわ」

とんでもないことを言い出したイリヤは、不満そうに頬を膨らませる。
ライダーも、ギルガメッシュも……否定も肯定もしない為、結局は俺が彼女を説得しなければならないようだった。

「でも、イリヤだって遠坂を殺したくはないだろう? 大体、この間まで仲良く暮らしてきたじゃないか」
「――――それは、そうだけど……なんだか、シロウって私よりも、リンを大事にしてない?」
「そんなつもりはないけど――――イリヤ?」

急に黙り込んでしまったイリヤ。俺は困惑しながら彼女の様子をうかがっていた、その時――――、イリヤは急に伸び上がり、俺に顔を近づけてきた。

「シロウ、ちょっと……」
「わ、な、何するんだよ、イリヤ!?」
「いいから、じっとしてなさいっ!」

思わず身を引こうとする俺に、イリヤは鋭く言葉を投げかけて、動きを止める。
唇が触れ合いそうな至近…………イリヤの目が、俺の目をじっと見つめてくる。その瞳の鮮やかさに息をするのも忘れて硬直する俺。と、

「やっぱりっ……誓約が掛けられてる!」
「は? ギアス?」
「行動の束縛よ……! シロウ、さっきリンに何か言われなかった? 最後のお願いとか、そんな感じの」

言われ、俺は先ほどの光景を思い出す。血にまみれた遠坂は最後に言った。

『ねえ、今からでも……やり直せるとしたら……私を、仲間にして……守ってくれる……?』

そういえば確かに、俺はあの時ハッキリと頷いたのを思い出す。あれが、何か意味があったんだろうか?
そのことをイリヤに話すと、イリヤは一瞬、言葉を失い……溜息をついた。

「まぁ、私を愛しなさいとか、そういう類のものじゃないから良かったけど、今後は簡単に頷かないでよね、特に女性の質問には!」
「あ、ああ……分かったよ」

怒ったようなイリヤの言葉に、俺は、かくかくと首を縦に振った。
それで、結局はどういうことなのだろうか? 今ひとつ、話が見えないんだが。

「それで、イリヤ……遠坂のことだけど」
「リンね……不満はあるけど、この場合はしょうがないでしょ。あまり殺すを連呼して、シロウの誓約を本格的に発動させても困るし」

だけど、監視はつけさせてもらうわ。イリヤはそんなことを言って、遠坂を見下ろす。
なんだか、その表情がコワイ顔に見えたのは、気のせいだったのだろう、多分。

「それで、ジャネットはどうするんだ? 遠坂も助けるんだし、彼女も……」
「んむ?」

自分に話を向けられたせいか、転がったまま、うめいていた騎士の少女が、訝しげに俺達の方を向いた。
イリヤは転がっているジャネットに歩み寄ると、屈んでその顔を見返し、聞いた。

「どうするの? 負けを認めて、降参する?」
「む」

その言いようが気に入らなかったのか、ジャネットは、ぷいっ、とそっぽを向いてしまった。
とたん、イリヤはあからさまに不機嫌そうな表情になった。どうやら、かなりストレスが溜まってるみたいだった。

「やっぱ殺しましょ。ライダー、煮るなり焼くなり石化させるなり、好きに……」
「ちょっ、待った、駄目だろ、イリヤ!」

ライダーが動きそうになったので、俺は慌ててイリヤを押しとどめた。
ライダーの動きが止まる。イリヤは思いっきり不満そうに、俺をにらんできた。

「もうっ……今度は何よ? ジャネットには誓約を掛けられてないでしょ? いいじゃない、殺しちゃっても」
「駄目だ。ちゃんとした理由はないけど、駄目なんだよ」

俺は考える。イリヤを説得できる言葉を。だけど、ちゃんとした台詞など考え出せず、俺は、思ったことを口にした。

「嫌なんだよ。ここでイリヤにそんな事させたら、俺はイリヤを好きにはなれない。止められなかった俺自身も含めて」
「――――……」
「自己満足なのは分かってる。戦争なのに、甘いのも。でも……何というか――――ああ、駄目だ、言葉が出ない」

言葉につまり、頭を抱える俺。と、くすっと、イリヤが笑ったのが分かった。
イリヤの顔には、毒気が抜けていた。彼女は楽しそうに、目を細め――――俺を見た。

「そうね、シロウがそう言うなら、それもいいわ」

そう呟くと、イリヤは再び、ジャネットのそばに屈みこんだ。不機嫌そうなジャネットに、イリヤは言葉を投げかける。

「降伏はもういいわ、誓約しなさい。私じゃなくていいわ、あの人、シロウに――――」
「?」
「彼のいうことに従い、彼を愛し、彼に仕えなさい。それを誓うなら、開放してあげてもいいわ」

イリヤの言葉にジャネットはしばし考え、イリヤに降伏しないで済むという所で妥協したのだろう。
コクリと、彼女は頷いて……開放された。



「ふぅ……」
「大丈夫か、ジャネット?」

開放され、堅くなった手足をほぐしながら立ち上がるジャネットに、俺は声を掛けた。
ジャネットは、相変わらずの鋭い視線で俺をにらみ、それでも、淡々とした口調で応答した。

「大丈夫だ、世話になったな」
「世話をしたとはいえないけど……まぁ、これからは仲間だし、イリヤ達に剣を向けたりするなよ?」
「――――考えておく」

ジャネットは、怒ったように、そっぽを向いて小さな声で言った。
その時、俺の傍らにいたイリヤが、楽しそうに呟いた言葉が耳に入った。

「誓約の効果を、甘く見てたみたいね」
「?」

その時は機会がなく、俺はイリヤに誓約の意味を聞くことができなかったが、俺は後に、その能力を身をもって知ることになる。



「それはそうと、シグは、どうしたんでしょうか」

ヒルダさんがそう呟いたのは、俺達の会話が一区切りついたときだった。
彼女の視線の先、城壁の向こうは、森が燃えているのか、昼間のように明るい。

「そういえば、彼は私と一緒に、年若い少年を迎え撃っていたのですが……」

ライダーが思い出したように、そう呟きを漏らす。森の向こうからは、いまだに戦いの音が聞こえてきた。

「様子を見に行った方がいいでしょうか?」
「あ、良いんですよ、気を使わなくても。シグのことは、信じてますから」

ライダーの申し出に、あっさりと首を振ったのはヒルダさん自身だった。
しかし、彼女の顔は晴れず、昼間のように燃える森に視線を向けて、彼女は呟いた。

「でも、何ででしょうか……なんだか、不安が――――」



ごばんっ!!




「!?」

その時、あろうことか、城壁の一部が砕け散った。もうもうと上がる土煙。
それが収まったとき、俺達は信じられないものを見た。

青年とおぼしき人影が、相手の首をつかみ、宙に吊り上げている。
吊り上げられた相手は傷つき、背中からおびただしい血を流している。そう、銀の鎧をまとったその姿は…………!

「――――シグ!?」

そう、吊り下げられていたのは銀の騎士、シグルド。そして、吊り下げていた影にも、見覚えがあった。
二メートル近い長身。手には槍を持ち、その周りには守護するように五つの光の槍。

「ほう、ここにいたのか。見知ったものもいるようだ」
「なんで、あんたが――――?」

声が続かない。彼は、彼はマスターだったはずだ。槍を持った少年の…………。
その青年は、俺の呟きに笑みを浮かべると、手に持った銀の騎士を放り捨てる。

不気味な沈黙と、森が燃える音の中、長身の魔術師であるはずの男、エリンは、悠然と俺達に相対していた。

〜神とヒト〜

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