〜Fate Silver Knight〜 

〜神とヒト〜



時計塔の魔術師……人は彼をそう呼ぶ。どこか破天荒な性格の彼は、同僚には煙たがれていたが、教え子には人気があった。
聖杯戦争の起こる数ヶ月前、彼はある試みを行おうとしていた。
それは、神卸の儀式。錬金石の林檎、神に関連する物質を模倣した、楔。
地の底と天の頂が同化する空間――――彼自身の生み出した結界の中で、彼は力有る存在を呼び起こした。

「私を呼び起こしたのは、あなたか」
「そうだ。俺はエリン……混沌を愛し、力を求めている。光の神よ、願わくば、俺とともに、聖なる杯を求めてほしい」
「――――ほう、聖杯を」

天と地へ続く世界の狭間で、光に包まれた神は、興味深げに言葉を発した。
声帯というものは存在しない。脳裏に直接、刻まれるような音色が、周囲から聞こえてくる。
世界そのものを包み込むような光、その眩しさに目を細めたエリンの脳裏に、相手の言葉が届く。

「いいだろう。だが、私は英霊と違い、肉の器を持たない。そちらの思うほど、役に立つとは思えないが」

そのことは、想定の範囲内だった。長身の魔術師は、笑みを浮かべ、神に語りかける。

「なら、俺の肉体を使ってくれ。伊達に時計塔の魔術師になったわけではない、神の器としても、充分に耐えられるはずだ」
「――――……」

瞬間、ありとあらゆる方向から、エリンに向けられた視線が彼を貫いた。
指の先から、髪の毛の先――――毛細血管の細部に至るまで覗き見られる感覚。
それが一通りおさまったあと、彼にかかる圧力が、不意に途切れた。
圧迫感から開放されて、大きく息をつくエリン。その耳に、再び光の響きが届いた。

「良いだろう。お前に私の記憶と能力を貸し与えよう。ただし」
「ただし……? ぐ――――っ!?」

怪訝そうに反復したエリンの言葉がとまる。周囲に散乱した光が、エリンの身体に針のようにつきたたったのだ。
流れる光の糸――――それの形作る繭に包まれ、エリンは苦悶する。
その身体が、変質する。長身だった身体は、少年に――――うら若き子供に、と、順を追って変貌した。

光が、身体から離れる。小学生くらいの子供へとなったエリンは、呆然と、自らの身体を、手を見つめる。
エリンの傍らに、一つの影が浮かんだ。先ほどまでのエリン……青年の姿を模した影は、静かに少年に語りかける。

「3回だ……今回を含め、私が力を貸すのはな。私が力を貸すたび、お前は私へと変質していく」
「…………」
「お前はこれから、ルーフを名乗るがいい。『封解』がキーワードだ。どうしようもなくなった時、力を求めろ」

そうして、エリンの影を纏ったルーフは、少年となった彼に、静かに笑いかけたのだった。



――――ぶすぶすと、大地の焦げる音、光の走った先は、全てのものが浄化され、焦滅する。
シグルドの放った金色の一閃は、少年の身体を包み、吹き飛ばした。

「やった…………みたいだな」

無手となったランサーは、薄く笑みを浮かべながら、荒く息を吐く。
そうして、彼は煙を上げる先、全身より陽炎を立ち昇らせている銀の騎士を見やった。
突きの体勢から通常に体勢に戻したあと、銀の騎士はランサーのほうへと歩み寄った。

チャキ、と、剣の先をランサーに向け、シグルドは彼を睨む。

「さて……厄介者は片付いたが、それで、お前は何者だ?」
「おいおい、物騒なものを向けんなよ。こちとら素手なんだぜ」

彼の身体から発する熱のせいか、向けられた剣のせいか……ランサーはやや引きつった顔で苦笑を浮かべる。
その様子に、眉一つ動かさず、シグルドは目を細める。背中の傷が痛む……攻撃を受け付けない反面、彼の身体は回復が遅い。
相手に悟られずにいるのは、なかなかの重労働だった。

「――――無手だろうと何だろうと、相手には油断しない鉄則だ」
「ま、そりゃそうなんだけどよ……」

どうしたものか、と、視線を巡らせたランサー。その動きが、硬直する。
煙と炎、膨大な熱量に支配された森に、一つの小柄な影が、そこにあった。

「おい、何を動いて――――」
「冗談だろ、おい……」
「!?」

ランサーが何を見ているのか、シグルドにも気がついたのだろう。
森の先へと視線を向ける。焼け焦げた大地の顎――――その中途に、小さな影があった。

腹に槍を突き立てられ、全身を焼かれ、それでも少年は……顔に笑みを浮かべていた。
その傍らに、影が浮かぶ。少年の本来を姿を模した、神の影……それは、少年に静かに語りかける。

「油断したようだな……どうする? まだ続けるか?」
「そうしたいのは、やまやまだけど、この身体はもう限界みたいだね……しょうがないか」
「だが、良いのか? 第三の開放は、私への肉体の譲渡も兼ねている事、知らぬわけでは有るまい」

そう、それは、エリンという肉体が、ルーフの所有物となること。
それは、ルーフを呼び出した時にエリンとの間にあった取り決めだった。
少年は傍らの影を見て、薄く笑った。その顔には、恐れはない。

「良いんだよ、今まで二十数年……好きなように生きてきた。ここで僕が消えても、後悔はないよ」
「――――エリン」
「それに…………そのほうが面白いじゃないか」

この時だけ、少年はひどく歪な笑みを浮かべていた。それは、とても人間っぽい笑み。
その表情を見て、青年はどこか呆れたように、眉をひそめ瞳を閉じた。
これから起こる事を予期したのだろう。その表情は暗く、沈んでいた。
少年は、穏やかな笑みと共に、静かに――――、

「――――封解」

その言葉を口にした。



静かな、光だった。長身の青年から発せされた光は、少年に吸い込まれる。
少年の衣服が消える。十年の成長の過程が、静かに、だが、数秒の間に行われた。
それは、映像で見る植物の成長ビデオのように、あっという間の成長だった。

青年、エリンへと変貌したその人影は、純白の衣を身にまとう。
いつ引き抜いたのか、片手には真紅の槍を、もう片方の手には少年が持っていた槍を握っていた。

「かえすぞ」
「!?」

言葉を失ったランサー達。ルーフの言葉と共に、ランサーの胸に衝撃が奔ったのはその時だった。
轟音と共に、まるで死翔の槍のように、ランサーの胸に真紅の槍がつきたたった。
その勢いのままに、ランサーは弾き飛ばされ、木の幹にぶつかりながら、森の奥へと姿を消した。

呆然としたシグルド、その眼前に、唐突にルーフの姿が現れた。
青年の首をつかみ、宙に吊り上げる。シグルドは、首を握る手を解こうと試みるが、まるで溶け合うかのように離れない。
ルーフはもがくシグルドを静かに見つめると――――、

「背中が、弱点だったな」

その身体を、大地へと叩きつける!

「く、おっ……!」

シグルドが苦悶の息を漏らす。大地に叩きつけられるたび、その背から血が流れ、傷が溢れる。
幾たびか、そうした後、ルーフは改めてシグルドを吊り上げる。
その手から、グラムが抜け落ちた。力を失った腕は、地へと向け、垂れ下がる。

その様子を見て、ルーフはしばし考えるように目を閉じると…………。

「……この程度では、強度が足りないな」

滑るように、ルーフはシグルドの首を持ったまま駆け――――、



ごばんっ!!




城壁の壁へと、その身体をたたきつけたのだった。
もうもうと上がる土煙……そんな中、確認するかのように、吊り下げたシグルドを見るルーフ。

銀の騎士は蒼白な表情で、うつむいている。その顔は、傷一つない。
だが、その背からは裂かれた無数の傷と共に、血が流れ続けている。

「――――シグ!?」

叫び声が、聞こえた。砕け散った城壁から見える中庭…………。
その隅っこに寄り添うように、幾人かの人影があった。

「ほう、ここにいたのか。見知ったものもいるようだ」
「なんで、あんたが――――?」

見知った少年――――名は、衛宮士郎に声をかける。
その傍には、聖杯の器となるであろう、白い少女を見つけ、ルーフは笑みを浮かべる。
そう、これから彼の戦いは、始まるのだった。

戻る