〜Fate Silver Knight〜 

〜赤き少女〜



左胸を貫いたのは、刃物による痛み――――短い期間ながら、何度も味わったその苦痛がどんなものか、いやでも理解できた。
だまし討ちをされた……そう判断し、俺は抱きとめた遠坂を見る。俺を見上げる遠坂の顔は――――呆然と、していて…………?

「ぇ――――?」

かすれた声で、遠坂は唇を動かす。陸に打ち上げられた魚のように、ぱくぱくと動く、鮮やかな唇。
声なき声を出す彼女。見下ろすその背中に、おかしな物が突き出ていた。無骨な金属と、それを握るための鞘、それは…………

「う、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

叫びながら、俺は遠坂の肩をつかみ、その身体を引き離す。俺の左胸から、痛みとともにあふれる鮮血。
俺と遠坂の触れ合ってた部分に、刃が突き出て、遠坂の、俺の身体を貫いていたのだ。
どこからか飛来した剣が遠坂の背中に刺さり、貫通して、抱きとめた俺の身体も貫いたのだろう。俺の身体の空いた穴からは、おびただしい量の血があふれかけ、とまった。
魔力が身体をめぐり、必死に傷を癒しているのがわかる。だが、俺の心は、自分の身体よりも、未だ剣の突き刺さった、遠坂にとらわれていた。

背中から右胸を貫通し、刃を飛び出させている遠坂。彼女は、何が起こったのか分からないのか、一つ息を吸おうとし――――、びしゃりと、血を吐いた。

「マスターっ!!」

言葉とともに、ジャネットがこちらに駆けて来るのが見える。何をしていいのかわからず、俺はそのまま、周囲を見回した。
ライダーは、走るジャネットの背中に武器を向け、思いとどまった。ジャネットの剣は、ライダーの足元に落ちている。
武器すら捨てて、自らのマスターへと駆け寄る姿に、何か感じ取ったものがあるかもしれない。

少し離れた所にいるイリヤは、ヒルダさんと一緒にこちらへと駆け寄ってくる。
イリヤはどこか泣きそうな顔で、ヒルダさんは不安げに顔を曇らせているのが、なぜか理解できた。

いや、そんなことをしている場合じゃなかった。だけど、頭はちっとも働かない。
遠坂を助けなきゃと思うのに、その方法が……これっぽっちも思い浮かばない。俺は錯乱したままであたりを見回し――――、
そこに、遠坂を貫いたであろう犯人を見つけた。赤い外套の騎士。剣を生み出し、遠坂の背中に投げつけたのがそいつだと、理解できてしまった。
アーチャーは、笑う。傷ついた遠坂を意に介さず、彼は、そうするのが当然というように瞳を閉じると――――、

遠坂の身体を貫いていた剣を……掻き消した。瞬間、視界は赤く染まった。
遠坂の右胸――――剣によって穿たれ、剣によって塞がれていた穴から、おびただしい血液が、飛び出したのだ。
それは、溢れるなんて生易しいものじゃない。言い表すのなら、それは血の噴水。俺の身体にも降りかかったそれは、どす黒い色をしていた……。

「ぁ――――」
「遠坂!!」

かくり、と糸の切れた人形のように、彼女は地に膝をついた。
彼女の身体が倒れないように支える。その手に、ぬるりとした感触。血にまみれた遠坂を支えながら、俺はアーチャーを睨み付けた。

「何でだよ、何でこんな――――」

言葉が、続かない。アーチャーの前に、複数の刀剣が生み出されたのを見て、俺は言葉を詰まらせる。
遠慮も、かける言葉もない。アーチャーに迷いはなく、その生み出した剣が、俺達に向かって、一直線に飛んできた。
俺はどうすることもできず、遠坂の身体を支えたまま、呆然と迫りくる死の形を見つめていた。

「あぁぁぁぁぁぁっ!!」

その時、叫びとともに――――座り込んだ俺と遠坂の前に、駆け寄ってきたジャネットが飛び出た。
彼女は自らの身体を盾にして、俺と遠坂を守ろうとし――――アーチャーの武器が、彼女の身体を貫こうとした。刹那……!

ガガガガガガガガッ!!!

アーチャーの武器は、空から降り注いだ山のような武具の雨に押しつぶされ、ジャネットの身体に傷を負わせることはなかった。
ちっ、と舌打ちする。アーチャー……その顔は、心底悔しそうだった。

「させはせぬ! 如何に縁があろうと、我の見ている前での狼藉――――貴様のような輩に、好き勝手をさせるとおもったか!」

その言葉とともに、今度はアーチャーの頭上から、無数の武器が降り注ぎ始めた!
アーチャーは身を翻す。降りしきる刀剣類をものともせず、中庭をかける。中庭の隅、やっと来たのか、そこにはアーチャーを睨むギルガメッシュの姿があった。
幸い、アーチャーの注意はギルガメッシュに逸れたようである。俺は落ち着くように息を整えようとしながら、遠坂にささやいた。

「遠坂、しっかりしろ……!」
「え、みや――――……く」

言葉が続かない。肺腑を傷つけられたのか、遠坂は何度も咳き込み、そのたびに血を吐き出した。
遠坂のそばに、ジャネットが寄り添う。彼女はハンカチを取り出して、遠坂の唇をぬぐう。
その時になって、俺はようやく、彼女の胸から出る傷口を、何とかしないといけないことに気がついた。

「ジャネット、何か布はないか、傷口をとめるくらいの……!」
「え……そ、そうです! 何とかしないと!」

気が動転していたのは、ジャネットも一緒だったようだ。彼女はハンカチを投げ捨てると、ふところを探ろうとした。
だが、そのとき、静かな声が、俺たちの動きを凍りつかせた。

「――――いらない、わ……必要、ないも、の」

震える声で、しかしはっきりと、遠坂は言った。遠坂は遠くから聞こえる音、ギルガメッシュとアーチャーの戦いに、耳を済ませているようだった。
澄みやかな武具のぶつかる音。それを、まるで名曲を聞き入るかのように耳を済ませていた遠坂は、うつろな声で、俺に問いをしてきた。

「しろ……わたしを撃ったの……アーチャ……なのね?」
「…………」

声が、出せなかった。それを口にするのは、遠坂を傷つけるのが分かっていながら、嘘を口にすることもできず、俺は沈黙する。
俺の様子を感じ取ったのか、遠坂は静かに笑う。赤い服をさらに赤く染め、少女は血で固まった黒衣をまとって、静かに微笑んでいた。

「油断し、たなぁ……やっぱり私って、甘いのかしら……」
「そんなこと、どうでもいいだろ、しゃべるなよ……!」

俺は震えていた。血にまみれた遠坂……彼女にこれ以上、痛みや苦しみを、感じさせたくなかったからだ。
遠坂は、それでもしゃべるのをやめようとしない。彼女は、ぼうっと焦点の定まらない目で、俺を見つめた。
心が締め付けられる。言いようのない感情に、泣き出しそうな俺に、遠坂は静かに、微笑んで、笑いかけてきた。

「ねえ、今からでも……やり直せるとしたら……私を、仲間にして……守ってくれる……?」
「あたり前だろ……! そんなの!」

荒い呼吸を繰り返す遠坂。彼女はどんなつもりで、その言葉を言ったのだろう。
俺を返答を聞き、彼女は――――、

「そう、よかっ…………た」

微笑みながら、目を閉じる。身体から力が抜け、首が……かくりと傾いだ。

「――――――――!」

ジャネットが、声にならない慟哭をあげる。長い長いようで、それはわずかな時間の出来事だった。
遠坂の身体にすがり、嗚咽を漏らすジャネット。その時、ヒルダさんを伴ったイリヤが、俺たちの場所にたどり着いた。
それと同時に、ライダーもイリヤのそばへと姿を洗わす。イリヤは、呼吸も荒く、俺に詰め寄ってきた。

「シロウ、リンは――――」

イリヤは、俺の胸に抱かれた遠坂を見て、眉をしかめた。顔をゆがめたのは、怒りか悲しみか…………。
だが、それ以上なにも言わず、イリヤはため息を一つつくと、もう一度、遠坂を見た。

「イリヤ、遠坂たちのこと、頼むな」
「――――いくのね、シロウ」

遠坂の身体を、そっと地面に横たえ、俺は腰を上げた。中庭ではなおも、ギルガメッシュとア−チャーの戦いが繰り広げられていた。
本来なら、到底、挑もうとは思えない相手……だが、俺の胸には、さまざまな感情の炎が形のない渦となって、促していた。
怒り、悲しみ、哀しみ……そういったものの後押しを受け、俺は赤い外套の騎士と向かい合おうとしていた。

「分かったわ、こっちは……リンの事は任せて、シロウ」

イリヤの言葉に、振り返らずに頷いて、俺は静かに歩を進める……赤にはいつも、嫌な縁があるが、今日のは格別に、最悪だ――――脳裏で、そんなことを考えながら。


〜幕間・炎の戦士、一撃の終幕〜

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