〜Fate Silver Knight〜
〜幕間・炎の戦士、一撃の終幕〜
「突き穿つ死翔の槍!」(ゲイ・ボルク)
赤色の魔光が、槍を包む。狙いは、木々の合間に見える、高校生くらいの少年。
遠距離からの投擲は、ランサーの得手とするところである。中空に舞ったランサーは、右手で槍を構え――――必殺の一撃を繰り出した!
超高速の槍は、目標に命中した時点で爆散する。大掛かりな対軍宝具は、かわしたところで意味をなさない。
一撃目をかわしたとしても、巻き起こる爆風に身体を焼かれ、消滅するのである。まさに殲滅のための宝具である。
しかし、攻撃対象となった少年は、迫り来る槍を恐れることなく見返すと、自らの槍の穂先を向けた。
少年の周囲を漂う五本の幻槍が、星の輝きをまとい、流れ星のように迫り来る、深紅の槍を迎撃する!
鋼の軋む音――――純白の光と、朱い光が、激突する! 少年の幻槍は、五本のうち三本を持って、魔槍を受け止める。
だが、その白光は瞬時に弱まっていく。やはり、一撃の威力では、ランサーの宝具の方が上なのだろう。
そうして、赤い光が白い三条の光を掻き消そうとした時……その衝突の場に、横合いより飛び込んできたものがあった。
それは、少年の操る白い幻槍の残り二本――――、それが、中空にとどまった、赤い槍の尾尻に命中し、砕け散る!!
その一撃が、魔槍の勢いを変えた。直進するように投じられた魔槍は、横合いからの力に急激に方向を変え、あらぬ方へと落下する!
爆発と、土煙。その光景を、ランサーは呆然と見つめていた。彼を彼たらしめていた一撃……それがこうもあっさりと防がれるとは、想像の外だった。
「軍用武器は、大掛かりな分、対個人武器よりも欠点が多いからね……悪いけど、防がせてもらったよ」
無手になったランサーに対峙して、少年は虚空に槍を振るう。その槍からは、先ほどと同じように、残光が生まれ――――再び、少年の周囲には五本の幻槍が展開した。
瞬間、ランサーは地をけり、駆け出した。向かう先は、槍の落ちた爆心地。何はともあれ、武器がなければ戦えない。
しかし、その行為を黙って少年が見ているはずもない。少年は、走るランサーに槍を向ける。
「轟く五星」の名を関する幻想が、その背中に殺到した。そして次の瞬間……銀の光が虚空を走った!
「!?」
「…………そういえば、君がいたんだったね。ヘラクレスをぶつけたのに、もう追いついてきたのか」
けたたましい騒音に振り向くランサー。そこには、ランサーめがけて放たれた、少年の宝具を叩き切る、見慣れぬ騎士の姿があった。
傷を負っているためか、息が荒い。それでも、その手にもった無骨な長剣は、銀の軌跡を残し、白い幻槍を、ことごとく叩き折った。
「あんたは――――何者だ?」
攻撃を防いでくれたとはいえ、見慣れぬ相手の登場に、いぶかしげに眉根を寄せ、警戒するように腰を落とすランサー。
それに対し、銀の鎧を纏った騎士、シグルドは、肩越しにランサーに振り向くと、そっけなく応じた。
「それはこっちが聞きたいくらいだ。まぁ、少なくとも目の前の、あの少年の敵には違いないが」
「――――……」
「急ぐのだろ? 早く行け。あいにく、ずっと守ってやるほど、お人よしでもない」
その言葉に、ランサーは唇の片端を吊り上げた。どうやらシグルドの物言いに呆れたのか、その顔は苦笑めいた印象を残した。
きびすを返し、駆け去るランサー。ランサーが走り出すのを確認して、シグルドは少年の方に向き直った。
少年の表情は固い。その槍が、指揮者のタクトのように虚空に振るわれ……彼は、再び生み出した五本の幻槍をもってシグルドと相対した。
「さきほどは取り逃がしたが、今度は逃がさないぞ」
「さっきと、一緒に思わないことだね。いくよ……!」
剣戟の響き渡る音を背に、ランサーは槍の落ちた地点へと向かう。焼け焦げた森の一角、小さなクレーターのある場所にそれはあった。
まるで小規模の隕石が落下したかのような、空白地――――規模としてはライダーの『騎英の手綱』のほうが大掛かりなものだろう。
だが、一撃必殺の名の通り、その衝撃は凄まじいものだった。抉れた地面と、捩れた木々がその威力を示していた。
ランサーは地面に突き立った槍に駆け寄り、引き抜く。その時、その身体がぐらりと傾いだ。
「ちぃ…………まずいな。そろそろ魔力のほうが尽きかかってきたみたいだな」
自らの身体に巡る、魔力を確認する。死翔の槍を使ったせいか、大幅に自らの力が落ちているのが分かった。
おそらく、大技は使えて、あと数回が限度だろう。ランサーはため息をついて、考えをめぐらす。
したたかな、彼の父親にあたる英霊。何としても、あいつだけは倒さないといけないが、一体どうやって――――、
「ま、なるようになるわな」
…………少し考えただけで、ランサーはあっさりと呟き、きびすを返す。
もともと、妙な策を巡らすのは得意ではない。戦場ではその場での機転と閃きこそ、彼の得意分野であった。
雷光よりも早く、激烈な衝突音が、夜の森へとこだまする。一振りの剣と、六つの槍の矛先が、焦げた森を駆け巡る。
先ほどの一方的な、シグルド優位の激突は、今はほぼ互角……幻槍の補助を得た少年は、シグルドに対し、一歩も退かず打ち合っていた。
六条の洸条のうち、シグルドの剣をすり抜けた何本かが、彼の身体にぶつかる。だが、絶対の防御を持つ銀の騎士は怯むことなく、少年に刃を打ち返した。
「どうしたんだい、息が上がっているよ?」
「くっ……」
少年が、その異変に気づいたのは、打ち合ってしばらく経ってのことだった。先ほどまで、無類の強さを誇っていた銀の騎士。
だが、剣の振り、威力こそ落ちていないものの、明らかに彼は息を乱しており、動きも僅かながら鈍っていた。
少年は戦いながら、相手をじっくり観察している。そうして、彼が明らかに何かを庇っていることに気づいた。
シグルドと切り結びながら、少年はさがる。数合刃を合わせながら、押されるように数歩後退し、シグルドが剣を振りかぶったその時――――、
ぶしっ!
「!?」
少年の操る光の幻槍が、シグルドの背中に突き刺さったのだ。シグルドは、声を上げることもできず、片膝をつく。
背中を槍に貫かれたシグルドに、少年は納得したように目を細めた。
「なるほどね。あんまり滅茶苦茶な防御力だから変だと思ったけど、背中ががら空きだったんだね。もっとも、並みの相手じゃ、その背中に攻撃を当てるなんて不可能だけど」
「はぁっ!」
「――――くっ!?」
再び振るわれたシグルドの剣に、少年は慌てたように飛び退る。槍を構えなおす少年に対し、シグルドは大きく後ろに跳んだ。
呟きと共に、彼の持つ剣に、太陽に酷似した光があふれ出す。少年は、それを見て余裕の笑みを浮かべた。
その威力は確かに凄まじいが、少年の身のこなしでは見てからでも避けられるだろう。
接近戦では背中を狙われる。勝機を求めたあがきか――――少年は身をかがめ、来るだろう一撃に備えた。
その耳朶に、風の音が聞こえる。シグルドの剣が無頼の高熱を放ちだしたその時、彼の耳に、遠くよりの叫びが聞こえた。
「ゲイボルク!」
「!?」
赤い輝きに、少年はそちらへと眼を向ける。虚空より、少年に向かって突き進む赤熱光があった。
少年は、自らは屈んだままで、幻槍を向かわせる。先ほどと同じ手で、撃激するつもりのようだった。
そうして先ほどと同様に、三本の白い幻槍が、赤い光を受け止めようとし――――赤い光を掻き消す!
「えっ!?」
一瞬、何が起こったのかわからず、呆然となる少年。その瞬間、木々の合間を縫って、殺到する一つの蒼い影。
手には赤い槍を持ち、ランサーは、一目散に少年へと迫る! 今この時、遠く離れたところに長い木の枝が落ちたのをランサーだけが知っていた。
ゲイボルクという掛け声は、真名ではない。彼は自らの魔力を込めた木の枝を、フェイントとして使ったのだ。
「囮かっ……!」
少年は残った二本をランサーに向かわせる。だが、ランサーは一本を避け、もう一本をはじくと、少年に肉薄する。
その手には、魔力の集積した槍。少年は回避行動をとるが、間に合わない――――!
「刺し穿つ……死棘の槍!!」(ゲイ・ボルク)
どむっ!
「が、ふっ……!」
ランサーの槍が、少年の心臓に命中する。少年はそれでも、ランサーに対し槍を振るい、反撃をする。
その槍を避けるように、ランサーが大きく飛び離れたその時――――、
「――――DAS RHEINGOLD!!!」
カッ、ゴォォォォォォォォォォッ!
シグルドの放つ金色の一閃が、洸軌に輝く光と膨大な熱量を纏いながら……少年を飲み込み、吹き飛ばしたのだった。
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