〜Fate Silver Knight〜 

〜Stay Night and Stay Knight〜



食事を終えてからはその日一日、特に目立った動きは無く、どこか平穏に時は過ぎていった。
森には一つ、侵入者の反応はあったものの、森の外縁部より動かず、とりわけ何か、不穏な動きを見せているわけでもない。
偵察からライダーが戻ってきたが、結界の察知を裏付けるように、付近に怪しい人影はいないようであった。

そんなわけで、何か事が起こるまでは自由解散という形になった。ずっと気が張るのも疲れるだろうし、決戦前の休息といったところである。
昼過ぎから先ほどまで、俺とイリヤは二人きりの時間を過ごした。なんのかんので、今まで二人きりでいることはそう多くなかった。
屋敷にいるときは、藤ねえや桜、遠坂など、誰かがいたし、甘えるにも遠慮があったのだろう。その反動か、イリヤは俺にくっついて、事あるごとに甘えていた。

「ふぅ……好かれるのは嬉しいけど、さすがに疲れるな」

思わずそう呟いたのは、イリヤから解放され、一人になった時だった。イリヤのことは好きだし、甘えられるのも悪い気はしない。
ただ、ここまでベタベタと、イリヤが俺に甘えるのは、何か違う気がするのも……確かだった。
イリヤは今、二人のメイドと共に、何か重要なことをしているらしく、部屋を追い出されてしまった。
行く当ても無く、俺は城の廊下を歩いている。外は日が落ち、夜の帳が降りようとしていた。



アインツベルン城は、静かである。イリヤと二人の侍女の他は、住む者のいない、だだっ広い城。
しんと静まり返った室内は、枯れ朽ちた廃墟を連想させる。廊下を歩き続けるが、誰にも会わない。
人の生活感が、ここには無い。まるで、ここは――――死者を埋葬する棺のような。

(――――)

なんとなく、苛立ちが胸の中に生まれた。足早に、廊下を歩く。誰もいない、誰もいない、誰も……。
誰か、生きている人はいないのか、喉が渇く。思い出したくもない過去が浮かぶ。誰かを求め、焼け焦げた町を彷徨う記憶が浮かんできた。
死と無が隣り合わせだった、そんな中で、人のぬくもりが奇跡のように思えるのは当然だろう。地に伏せた自分を抱き上げてくれた、その人の手が。

「あれ……? 士郎くん?」
「あ…………ヒルダ、さん? シグさんも」

声をかけられ、俺はハッと我に返り、足を止めた。近くにある部屋のドアが開けられ、そこから顔をのぞかせたのは、ヒルダさんだった。
室内には、彼女の傍らにつきしたがっている、銀色の騎士の姿もあった。その光景に、俺はほっと息をつく。
人と会えたことに安堵した俺を、ヒルダさんは興味深そうに、小首をかしげて見た後で――――、

「お暇でしたら、ちょっと寄っていきませんか?」

手招きをし、俺を部屋の中に招き入れたのであった。



「ちょっと待っててくださいね、今、お茶を入れますから」

にこやかに笑いながら、ヒルダさんは部屋を出て行く。後には、俺とシグルドが部屋に残った。
ソファに座ったシグルドは、俺をざっと一瞥すると、目を細めて俺に問いかけてきた。

「あの、かしましい子供は一緒ではないのか?」
「イリヤはちょっと、何か用事があるみたいですよ。することもないから、一人で出歩いてたんですが」

俺がそう答えると、シグルドは、考え込むように額に手を当てると、俺の内心を見透かすように、銀色の目を向けてきた。

「寂しかったのか?」
「――――え?」
「ヒルダは気づかなかったようだが、君はこの部屋の前を、三回通り過ぎている。まるで、何かを探しているようにな」

そんなことをしてたのだろうか。なにぶん、見知らぬ城だし、あちこち似通っているせいか、同じ場所をぐるぐると回っていたらしい。
俺が答えずにいると、それを肯定と受け取ったのか、シグルドは納得したようにうなづいた。

「それも仕方ないだろう。このような城にいればな。あの子供が、必要以上に君に甘えるのも、そのせいだろう」
「?」
「ああ、何と言い表せばいいんだろうな……要するに、この城には生活感がないんだ。言い換えれば、人の住む証、か」

それは、俺も感じていた。きれいに、きれい過ぎるくらいに整えられた城内。
魔術を用いているのか、汚れもしみもなく、新品そのままの姿でそこにあった。まるで、人の手が加えられていないかのように。
思い当たるのは、デパートの生活用品。きれいだけど、それはまだ自分のものではない、そんな余所余所しい存在。

「あの娘は、子供だからな。君よりももっと過敏に、感応しているんだろう」
「…………この城にいる限り、こんな孤独感と向き合わなきゃいけないのか」
「そうだ。誰かと一緒ならともかく、ここは、独りでは辛過ぎる場所だ」

イリヤが俺と離れようとしなかったのは、そのことを知っていたからだろう。
半年前より、城に住んでいるイリヤ。誰もおらず、何もない。孤独な城塞に囲まれたそこは、彼女にとっても耐え難い場所だったのかもしれない。
だから、彼女はあそこまで俺に甘えてきたのか……得心が行くと同時に、それを少し疎ましく思った自分を恥じた。

「その様子を見ると、まるで君は、あの娘の父親のようだな」
「――――それは」
「いや、蔑んでいるわけじゃない。恋愛相手に父性や母性を求めることも、ある」

なにか、実体験でもあるのか、妙に納得したようにシグルドは頷いた。
さすがに何となく、気恥ずかしかったので、俺は少々強引に、話をそらすことにした。

「そういえば、聞きたかったことがあるんですけど」
「……何だ?」
「シグさんとヒルダさんは、どうして聖杯戦争に参加したんですか? イリヤに協力してるところを見ると、アインツベルンに縁があるとか」

俺がそう質問をぶつけると、シグルドは何やら考え込んでしまった。何か、まずいことでも聞いたんだろうか?
しかし、その疑念は考えすぎだったようで、シグルドは顔を上げると、俺に向けて苦笑めいた笑みを浮かべてきた。

「確かに、縁があるといえばそうだろう。俺は、ヒルダに縁って呼び出された。俺の目的は、普通に聖杯で願い事を適えてもらうことだ」

その理由は、あえてぼかすかのように、シグルドは言葉を続ける。

「ヒルダのほうは……アインツベルンに指示されたことをやってるだけだ。あいつ自身も確かに願い事というか、目的はあるんだが……」
「――――どうしたんです?」
「いや、聞いても仕方ないとは思うんだが……ヒルダが日本に来たのは、ある人物を探すのも、彼女の目的だったからだ。もしくは、その人物に縁のある者」

シグルドは、俺をまっすぐに見つめながら――――思わぬ言葉を、



「キリツグ、という名に心当たりはないか?」
「!?」

あまりにもそっけなく――――言ったのだった。



きりつぐ、キリツグ、切嗣……俺にとってその名前は、あまりにも縁の深いものだった。
俺の顔色から察したのか、普段は仏頂面のシグルドも驚いた表情を見せた。

「知っているのか、キリツグという名を」
「――――お待たせしました。紅茶を……? どうしたんですか、二人とも、慌てて」

紅茶のセットを持って。ヒルダさんが部屋に入ってきたのはその時。
無言で相対する俺たちの様子に異変を感じたのか、ヒルダさんは戸惑った様子で俺とシグルドを交互に見る。

「あのぉ…………? ひゃっ!?」
「失礼します、よろしいでしょうか」

戸惑っていたヒルダさんだが、次の瞬間、驚いた様子でその場から飛びのいた。
ドアのところ、ヒルダさんの背後には、侍女の女性が立っており、彼女はどこかきつい目線で室内へと視線を注いできたのだ。

「お嬢様がお呼びです。今しがた、結界内への複数の侵入者を確認――――全員を召集するようにといわれました」
「「「!」」」

その言葉に、全員の表情が硬くなる。ついに来たか――――そう思ったのは俺だけではなかっただろう。
気合を入れるように、ソファから腰をあげ、引き締まった声でシグルドは応じた。

「わかった、行こう」
「え、でも、お茶は……?」

まだティーセットを載せたトレイを持ったままで、ヒルダさんが戸惑うように言う。
そんな彼女の頭に手を置き、わしわしと撫でると、シグルドは微笑とも苦笑とも取れる、薄い笑みを浮かべた。

「お茶は、向こうでも飲めるだろう」
「はぁ、そうですね」

シグルドの言葉に、よく分かっていないという風に頷くヒルダさん。どうやらそのまま、ティーセットを持ってついていくつもりらしかった。
立ち上がったシグルドは、侍女の後について、一番最初に部屋を出ようとし――――、

「さっきの話は、後で聞く」
「――――……」

すれ違いざま、俺にだけ聞こえる声で、そういってきた。しかし、ヒルダさんと切嗣……一体、どういう繋がりがあるんだろう。
トレイを持ったまま、部屋を出て行くヒルダさんの背中を眺めながら、最後に部屋を出ることになった俺は……そんなことを考えていた。


〜幕間・対決、最速対最速〜


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