〜Fate Silver Knight〜 

〜幕間・対決、最速対最速〜



郊外に生い茂る森……日の光を遮る木々の葉は、夜になると、その意味合いを一変させる。
降り注ぐ月光を身に受けた葉は、僅かながらその光をその身に宿し、光の指さない闇の中の僅かな光源となっていた。
整備もされていない、森林の中で、寝静まった夜の闇を切り裂くように、風伐り音が聞こえてくる。

「ふっ」

短い裂ぱくの気合の声と共に、月明かりを弾く刃が振るわれる。
群青の装束を身に纏った青年は、侍のいでたちを髣髴とさせる衣類に身を包み、舞を舞うように剣を振るう。
彼の持つ剣は、切っ先から柄尻まで、5尺もの長さの規格外の刀である。

普通なら、それほどの長さの武器の場合、柄である部分は……手首に負荷がかからないように、重量配分から、かなり長めになるはずである。
しかし、振るわれる刀は、普通の柄に、異常な長さの刃を持った、槍のような大きさのものだった。

「ふっ、はぁっ!」

おそらくは、相当の修練を積んだのだろう。明らかに常人では扱えぬであろうそれを、一遍の淀みもなく、流れるようにアサシンは振る。
ゆらり、と揺れる切っ先が、瞬きするほどの間に……円月の型に沿うように、流麗に振るわれる。
数万回、数億回と繰り返された、それが彼の剣の型であった。それは、指南を受けたものの剣ではない、あくまで独創的な彼自身の剣であった。

舞い散る木の葉。僅かな月光の照り返しを受けるそれを、間合いに入ったものは悉く、彼の刃は切り裂く。
明敏に研ぎ澄まされた彼の剣は、葉を二つに断ち割るだけではなく、二度、三度と細切れに断ち切った。

「――――ふっ」

最後の落ち葉を切り裂き、満足そうにアサシンは笑みを浮かべた。英霊という身体になったのは、この青年にとって僥倖であった。
疲れを知らず、眠る必要も無く、ただ剣の研鑽に磨きをかけることのできる。
これであとは、実際に戦える相手がいれば、申し分はないのであるが――――。

「いや、なかなか見事なもんだな。俺の知ってる中で、今までで、二番目の剣舞だ」
「――――ほう、今宵はなかなか趣きがあるな。客人が尋ねてくるなど、久方ぶりだ」

ぱちぱち、という拍手の音。その音に目を細め、アサシンは音のする方へと、身体ごと向き直った。



闇に包まれた森、そこから浮き出るように、一人の騎士が姿を現す。蒼い鎧に身を固めた槍兵――――ランサーだった。
声をかけられたほうも、さして驚いた様子を見せていない。アサシンにとって、静か過ぎるこの森、近づく者がいれば、すぐに把握できた。

「――――あいつは、一緒じゃないようだな」

注意深く、周囲を見渡しながら確認するランサー。もっとも、少年が随伴していた場合でも、とっとと逃げ出す自信があったため、緊張してはいないようだ。
ランサーの問いに、アサシンはとりわけ興味がなさそうに、そっけなく肩をすくめて返答する。

「あの少年は、何やら所用があるといっていた。いずれはこの森へと来るだろう」
「ふん、まあいいさ。今はあいつに用はない、用があるのは――――お前だ」

応対する間も、両者の距離は、微妙に変化する。互いに僅かなすり足で、自らの武器の間合いに適切な位置を取ろうとしていた。
ランサーは、殺気を隠さない。その手にはいつの間にか、真紅の長槍が握られていた。

「正直、あいつとお前を同時に相手するのは、少々骨が折れるからな。ここで仕留めさせてもらう」
「死合うか、それもいいだろう」

す――――、とアサシンの持つ刃の切っ先が、僅かに下がる。
それを見て、ランサーも両手に真紅の長槍を構えた。殺気は一方的に、ランサーのほうが発している。
だが、それは別に、アサシンに敵意がないわけではなかった。彼は殺気を内に秘める。研ぎ澄まされた刃のように、瞬時に相手を断ち割るかのごとく。

動と静、蒼空と群青の二対――――騎士と侍の青年は、一触即発なこの状況の中で、あせりもせず、悠然と相手を見つめていた。

「ただ一つ、問いたいことがある」
「何だ? 死出の旅路のはなむけに、聞いといてやるよ」
「先ほど、私の剣舞を見て言っただろう。今までで二番目の剣舞だと。あれを上回る剣舞とは一体、どのような者が舞ったものなのだ?」

それは、剣客としての誇りなのだろう。研鑽に研鑽を重ねたそれを、ランサーは一言でそれ以上のものがあると言い切ったのだ。
アサシンの剣の舞を上回る剣の腕の剣客――――その名を、純粋に知りたかった故の発言だった。
しかし、ランサーはその問いに、唇の端をゆがめて意地悪そうに突き放した。

「知りたきゃ、俺に傷を負わせて見るんだな。かすり傷の一つも負えば話す気になるかもな」
「――――なるほど、力ずくか。それはそれで、嫌いではない」
「おいおい、俺は、そっちの気はないぜ。掘りたきゃ、てめぇの穴でも掘ってろってんだよ」

おおよそ、死を賭した決闘にふさわしくない、どこか、間の抜けた応答をする二人。
しかし、両者とも分かっていた。互いの立ち位置、武器の長さ……あと一歩、互いに踏み出せば、互いの領域へと進入する。
それは、どちらかの死まで止まることのない、戦の始まりを示唆していた。

「さて、そんじゃあ、殺り合うか?」
「ああ、互いに、尋常に――――」

じり、と腰を落とす、ランサー。アサシンは、左半身を前に、武器を持った右手を後ろに、半身の構えでランサーに相対する。
永劫の刹那、死闘の直前のその一瞬、ランサーもアサシンも、確かに笑っていた。それは、強敵と戦うことに対する、戦士としての高揚感だったのだろう。
月明かりのまばらに降り注ぐ森の中、最速の槍を持つランサーと、最速の剣を持つアサシンは――――、

「……勝負だ!」
「……勝負!」

突風すら凌駕する速度で、暴風すら微風に思える激しさで、激突する。
類まれなる二人の戦士の――――観客のいない決闘は、そうして幕を開けたのであった。


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