〜Fate Silver Knight〜 

〜作戦会議・アインツベルン城、一室〜



「それじゃあセラ、ここ最近の状況を説明して」
「はい、承知しました」

一騒動が治まったあと、まだ俺の膝の上に座ったままのイリヤは、メイドの女性に命じて、何かをテーブルの上に広げさせた。
イリヤの背中越しにテーブルを覗き込む。それは、古めかしい一枚の地図であった。どうやら、この城と周辺の森が描かれているようである。

「この数日にわたり、二十数回において、森への進入反応を確認しました。数度、一般人らしきものを確認した以外は、すべて英霊級の反応です」
「…………私たちが森へ入る前も、侵入者があったのね……探りを入れてた、ということかしら」

うーん、と考えながら、イリヤは首をひねる。銀色の絹糸のような髪が、眼前に振られた。
大きめのテーブルの四方にソファが配置され、俺の右側にはシグルドとヒルダの二人が、対面にはギルガメッシュが腰を下ろしている。
二人の侍女達は、俺たちの左側に立っており、彼女らはソファを使っていなかった。使用人ということで、気を使っているらしい。

「なんにせよ、敵は遅かれ早かれ、この森に侵入してくることに間違いはないでしょうね。どうにか、撃退しなければならないでしょうけど」

イリヤはそう言って、俺の胸板に背を預けてくる。俺は、彼女の身体をもたれ掛からせたままで、状況を今一度考えてみた。
今、現在、この城には、ギルガメッシュ、シグルド……あと、席を離しているが、ライダーがいる。
英霊が3人……戦力的には申し分ないし、普通なら、十分に侵入者を撃退できるだろう。

――――しかし、おそらくは、そう簡単には事は運ばないだろう。
昨夜、公園で戦った相手――――バーサーカー、アサシン、槍を持った少年、ジャネット、そして…………アーチャー。
彼らがこの森へと侵入してきた場合、苦しい戦いになるのは目に見えていた。

反則的な戦闘力を持つギルガメッシュが居るといっても、数の上では5対3。加えて、相手がどのような宝具を持っているかも分からないのだ。
それに、遠坂のこともある。俺は、彼女相手に本気で戦えるんだろうか――――不安要素を挙げれば、それこそ、きりが無かった。

「――――もかく、各個撃破が理想でしょうけど……シロウ、どうしたの?」
「あ……ああ」

なんでもない、と返答はしたものの、俺が悩んでいたことが分かったのか、イリヤはどこか、探るような視線を向けてきた。
くるくると、輝く瞳はまるで、海のそこに漂う真珠のような色――――まっすぐな瞳に見つめられ、なんとなく……むず痒い感じがする。
しばらく俺を見つめていたが、意味は無いと悟ったのだろうか。イリヤは再び俺に背中を向けると、地図を覗き込んだ。

「なんにせよ、侵入者を特定できるのが、こっちの強みなのは間違いないわ。あとは、ともかく一戦して、数を減らすことね」
「そうしないと、数で押し切られる……ということか」

俺がポツリとつぶやくと、それが聞こえたのだろう。イリヤは俺の膝の上に腰掛けたままで、背を仰け反らすように俺をしたから見上げ、微笑んだ。

「そういうこと。英霊自体の実力は、こっちの方が少し上みたいだし、あとは、誰を向かわせるかだけど――――」
「ふっ、その様な桧舞台ならば、我が」
「いや、ここは俺が行こう」

と、イリヤの言葉に反応したのは、ギルガメッシュとシグルドだった。
言葉の途中に横槍を入れられたせいか、あからさまに不機嫌そうな表情で、ギルガメッシュはシグルドをにらんだ。
しかし、金色の英雄王に睨まれた銀の騎士は、大して物怖じもせずに、悠然と座ったままでいた。

「――――あなたが? 正直言って、任せられるかどうか、不安なんだけど」
「そうは言っても、一応は適任だと思ったから名乗り出たんだがな。もし万が一、手薄になったこの城に敵が押し寄せて来た場合、複数戦に長けてるのは間違いなく……」

イリヤの言葉に返答する、シグルドの視線の先にはギルガメッシュ。その言葉の意味を察したのか、ギルガメッシュの表情も少し和らいだ。
侵入者相手に迎撃をするとしても、その間に本丸を落とされては元も子もない。そう考えれば、確かに妥当な案といえた。

「もちろん、俺一人で出るわけではない。侵入者には、先ほど居たあの女性の英霊と一緒に迎たる。彼女なら、機動力もあるだろうし、足を引っ張ることもないだろう」
「ライダーと組んで、か……うーん」

考え込むイリヤ。組み合わせとしては、一種異様な組み合わせといえる。
どちらも口数の多いほうじゃないし、また、立ち並べば互いに引き立て合うほどの美丈夫と言えた。

「とりあえず、ライダーの事については考えておくわ。他は大体は決まったけど。侵入者には、シグルドが迎え撃って、ギルガメッシュが城を守る」
「ああ」
「ふっ、城を守るなど、造作もない。我を誰だと思っている?」

イリヤの言葉に、銀の騎士は寡黙に、黄金の英雄王は悠然と、答えたのであった。
他の皆は、城内で待機する。外は樹海とも言えるべき森だし、城の中が一番、避難しやすいからでもあった。



そうして、一通りの話は終わったあと、俺はまだ、部屋に残っていた。膝には相変わらず柔らかい感触。膝の上にはイリヤが乗っかっている。
今、部屋には、俺たち意外は誰も居ない。話の終わったあと、シグルドとヒルダさんは、用があるのか部屋から出ていった。
時刻は昼の過ぎ、次女の二人は、全員分の昼食のため、席をはずしている。
ギルガメッシュはというと、気づいたらどこにも居なくなっていた。ライダーは、まだ戻っていない。

そんなこんなで、今はイリヤと、二人っきりであった。

「♪〜〜〜♪〜〜」

鼻歌を歌いながら、イリヤは何をするでもなく、俺の膝の上でゆったりと体を揺らしている。
それは、まるで子守唄に体を揺らす幼子のような、そんな印象。リラックスしているのがよく分かった。
別段、無為な時間というのは、嫌いではなかった。もちろん、鍛錬をする時間のほうが好きなのだが。
このまま、ゆったりとした時間に身をおくのも、悪くない。だけど――――

「なぁ、イリヤ」
「♪…………? どうしたの、シロウ?」

ひとつ、頭の隅にひっかかる事があり、それが思いしこりのようになって、胸の奥にとどまっている。
俺は思い切って、イリヤにそのことについて聞こうと、口を開いたのであった。


〜幕間・蒼き瞳の少年〜

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