〜Fate Silver Knight〜 

〜幕間・蒼き瞳の少年〜



新都の街角の喫茶店「Haus von Magie」は本日もそこそこ、にぎわっていた。
平日は、学校帰りの学生などがメインの客層となるため、昼間は閑散としているが、今は夏休みである。
高校生くらいの年頃の少年少女が、普段着のまま、喫茶店のあちこちに座ってくつろいでいる。

この店は女子生徒には、焼き菓子と紅茶の味が好評で、男子生徒はといえば――――、

「ありがとうございました〜☆」

明るい声とともに、ぺこりと頭を下げるツインテールの少女。はつらつとした感じが好評の、なかなかの美少女である。
皐月は、付近の高校に通う、高校生の少女である。彼女を目当てに、この喫茶店に来る客は、決して少なくなかった。
彼女の他、この店で働くウェイトレスは皆美人で、しかも彼氏はいないと、この界隈ではもっぱらの評判だった。

もっとも、彼氏はいない、というより、彼女らの意識は一人の男性に向けられており、ほかの男性は興味の対象外なのだが。
あ、そういえば一人、奈々子と呼ばれる少女だけは、興味を持つ男性が別であり、彼女らのグループでの競争相手からは除外されていたが。
それはともかく、喫茶店は今日も繁盛していた。待ち合わせ場所として使う者、お茶の場所として使う者、様々である。

入れ代わり立ち代わりの応対に追われる店内。忙しく店内を駆けずり回る皐月はお昼頃、一人のお客を迎えることになった。
ドアを開けて入ってきたのは、そこそこ顔立ちの整った金髪の少年だった。皐月は覚えていないが、その少年は、先日、遠坂とここに着た、あの少年である。
目鼻立ちの整った少年の風体は、周囲の注目を集めずにはいられないように見えるが、不思議なことに、店内に入ってきた少年に注目するものは皆無であった。
まるで、少年が見えていないように、周囲のお客の反応は無反応に近い。そんなこととは露知らず、皐月は少年に注文をたずねた。

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」
「うん、そうだね……僕は、日替わりセットで、あと、エリンはどうするの?」
「――――え、あれ?」

少年の視線の先に目を向けて、皐月は目を丸くした。一人で席に座ったはずの少年。
しかし、いつの間にか、少年の対面には、長身の青年が腰掛けていたのだ。あたかもそれは、空気から染み出してきたかのような、唐突な登場だった。

「ブラックコーヒーを」
「あ、はい――――日替わりセットと、ブラックコーヒーですね。かしこまりました。」

反射的にそう答えた皐月は、どうも納得の行かないような表情で、頭に『???』とハテナマークを付けながら、厨房のほうへ戻っていった。
その様子を見て、少年は苦笑を漏らした。テーブルの上におかれたコップの水を一口飲んで、小首をかしげる。

「ひょっとして、何か感づかれたかな?」
「それは無いだろう。普通の人間に感化できるような失策はしていない」

長身の青年の言葉に、少年は、そうだね。と頷くと、窓の外へと視線と移す。
お昼時の街中は、夏休みの暇をもてあました人々で溢れかえっている。少年は興味深げに、行き交う人々に目を向けていた。

「それにしても、いいのか? 彼らの逃げ込んだ先は予想できている。迎撃の準備が整う前に、攻め込んだほうが得策のように思えるが」
「それもいいけど、こっちとしても万全の大勢で臨みたいからね。夜半に森に集合ってことにしておいたから」

アサシンは、一足先に森に向かっている。鍛錬には、未開の森は絶好の場所だそうだ。
バーサーカーは、少年の手でいずこかへ消えていた。アーチャーとジャネット、遠坂については自由に行動しているころである。

「夜討ち朝駆けは戦いの基本だし、まだ迷っている人もいるからね。考える時間が必要なときもあるよ」
「――――」

長身の魔術師は、槍兵の少年の言葉に、無言。何を考えているのか、その表情からはうかがい知れなった。
そうして、無機質な沈黙の後、魔術師は話題を変え、少年に鋭い視線を送った。

「それはそうと、大丈夫なようだな。封解は――――二段階目までは、比較的安心だとは分かっていたが」
「うん。大丈夫みたいだよ。でも、三段階目はどうなるか分からないけど」
「――――そうだな」

少年と魔術師は、よく分からない会話をかわす。と、その時、トレイに料理を乗せて、皐月が戻ってきた。
皐月は、お待たせしました。と、一礼すると、少年の前に、トーストとサラダ、紅茶を置く。そのまま、ブラックコーヒーを対面に置こうとし――――、

「あ、れ……?」

コーヒーをテーブルに置く姿勢のまま、皐月は硬直した。目の前には、ひょろりとした長身の青年が――――いない。
今さっきまで、二人が座っていたはずの席。そこは、ぽっかりと空席になっていた。

「どうかしたんですか?」
「ぁ――――いえ、どうぞ、ごゆっくり」

なんだか薄気味悪くなった皐月は、テーブルにコーヒーを置くと、そそくさと退散した。
後には、テーブルに一人座る少年と、その前の料理。そして、誰も座っていない対面に置かれた、湯気の立つコーヒーだけであった。

「やれやれ、せっかちだな、エリンは」

少年は微笑を浮かべると、窓の外へと再び視線を移した。
外は相変わらずの人の波。夏はまだ日が高く、そんな時刻は皆が、日差しを避けて休息する。そんな時刻の幕間劇であった。


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