〜Fate Silver Knight〜 

〜突破口〜



虫の音も途絶えた公園の夜……月光に映える鎧姿の騎士は、憮然とした表情のままで、興味なさげに周囲を見渡していた。
その佇まいは、毅然としていたが……その身には他の英霊のような圧倒的な魔の圧力は感じられない。
逆に、こうしてよくよく見ると、ここに居るのが不思議なほど、存在感が薄く感じられた――――言うなれば、亡霊のように。

「成り行きを見る暇もなかったから、とりあえずは助けたが……士郎、君は何処に属しているんだ?」
「え、どこって……?」

戸惑う俺の様子に、シグさん――――シグルドは重ねて問う気はないのか、軽く肩をすくめただけであった。
そのとき、視界の隅で動きがあった。そちらに顔を向けると、イリヤを抱えたライダーがバーサーカーから逃れるように、こっちに駆けてくるのが見えた。

「士郎、大丈夫ですか!?」
「ふん――――あれか……? 稀有な髪の色をしていると、あの召使いは言っていたしな」

そんな風につぶやくと、俺が口を開くよりも早く、シグルドはライダーの方に歩を進めた。
足音がたたない。ひどくゆったりとした歩き方なのに、それはとても綺麗で、整った歩き方だった。
シグルドに気づいてか、ライダーは足をとめる。警戒するライダーだが、その様子に、銀色の騎士は毛ほども動じはしなかった。

「あなたが、アインツベルンの姫か? 話によると、高貴な女性という話だが」
「え?」

その言葉は、緊張感の満ちた場にはそぐわない、そっけない質問。あまりのそっけなさに、ライダーもどう答えていいのかわからないようだ。
俺とライダーは視線を合わせた後、ライダーの腕に抱きかかえた、イリヤに互いの視線を向けた。

「え、え……?」
「稀有な髪の色…………」

それで、理解したのだろう。シグルドはライダーに抱きかかえられたイリヤに視線を向け、数秒沈黙し……なぜか疲れたようにため息をついた。

「……まあいい。自分はアイゼンベルクの使いで来た者だ。今からそちらの傘下に入ることになる」
「何よ、その溜息は――――貴方が、セラの言っていた人ね。騎士の英霊……マスターはどこに居るのよ?」

敬語を使うわけでもなく、これっぽっちも畏まらないシグルドの態度は、少々イリヤの気に障ったようである。
落ち込んでいた表情に生気を戻らせ、イリヤは挑むように彼に質問をする。それに対し、シグルドは呆れたように肩をすくめた。

「あいつは、体調が優れないから城に残してある……戦力的には当てにならないし、問題ないだろう。それよりも……」
「おい、これは一体、如何なる状況なのだ? いつの間にか、頭数が増えているようだが」

ざ、という足音ともに、ギルガメッシュが後ろ歩きでその場に現れる。
ふざけているわけではない……視線をそらすことすら困難な状況――――ギルガメッシュの視線は尚もアーチャーを向いており、武器を展開させている。
少し離れた場所には、アーチャー。魔力の消費を抑えるためか、武器を今は手に持っていない。しかし、ギルガメッシュが動けば、即座に対応してくるだろう。

視線を動かすと、左方には剣の柄を握りなおし、こちらへと歩を進めるジャネットと、それを遠巻きに見る遠坂がいる。
そして、右方には、バーサーカーこそ動かないものの、痺れを切らしたのか、手にはそれぞれ武器を持ち、こちらに近づいてくる影があった。
片方は、柳洞寺の山門を守っていた、侍姿のサーヴァント。そしてもう一人は、長大な槍を持った、見たことのない少年であった。

「今は、この状況を何とかする必要があるだろうな……」

一箇所に集った俺達を囲むように、築かれた英霊の包囲網――――それは、刻一刻と、狭まっていたのだった。



「それで、どうするんだ? ここで玉砕するつもりなら、俺は抜けさせてもらう。犬死には、御免だからな」
「はっきりと言うのね……嫌なやつ」

キッ、とイリヤはシグルドを睨みつけて、数秒、黙考する。そうして、不満を隠しきれないといった様子で、言葉を吐き出した。

「ここは退きましょう。状況はあまりにも悪すぎるわ……士郎も、異論はないんでしょ?」
「あ、ああ」

頷くと、俺は座り込んでいた姿勢を崩し、起き上がる。殴られた胸は痛むが、それほどに重傷ではないようである。
視線をめぐらすと、三方の敵は、徐々にその間合いを狭めてきていた。どうやら、衝突は時間の問題に思える。
相手は、ジャネットやアーチャーなどの英霊四人……こっちは、ギルガメッシュにライダー……シグルドも手を貸したとしても、英霊は三人。
いかにして考えても――――やはり不利な状況は、覆りそうにもなかった。

「だけど、退くっていっても、どうすればいいんだ? 普通に逃げたって、到底逃げ切れるとは思えないけど」

基本的に、英霊の身体能力は人間を凌駕している。俺やイリヤを連れて、この場から逃げ出すのは、困難とも思えた。
確かに、今の状況なら方位の一角、どれかの英霊に、三人がかりで攻撃を加え、突破もできるかもしれない。
しかしそれは、とりもなおさず他の英霊に側背を見せるということ――――そんな致命的な隙を、相手が見逃してくれるとも思えなかった。

「私に、任せていただきませんか?」
「え?」
「ライダー?」

そのとき、声を上げたのは、紫紺の美女。俺とイリヤの視線を受けて、ライダーは謎めいた笑みを浮かべた。
どうも、彼女は危険に成れば成るほど、活き活きとするタイプなのかもしれない……その端正な美貌に、凄みが混じっていた。

「今から、逃走の為の準備に入ります。その間、貴方達で敵を防いでほしいのですが」
「それは構わないが、まさか俺達を盾に、自分達だけ逃げようというのではないだろうな?」

ライダーの言葉に、どこか疑いの視線を向けたのは、シグルド。しかし、ライダーは怒るわけでもなく、淡々とした表情で肩をすくめた。

「場合によっては、そうしても良いのですが、そうも言っていられないでしょう。敵は強大……この場を逃れるにしても、戦力を減少させるような下策は選びません」
「――――やれやれ、そこまで言うのなら、信じるとしようか。少々手間取るが、二人くらいなら何とかなるだろうしな」

そう言うと、銀色の騎士は、右手より近づいてくる二人組みのほうに、身体ごと向き直った。
ギルガメッシュは、一言も発さない。ただ、遠くにあるアーチャーに、警戒の視線を送るだけであった。
と、言うことは……残った相手、ジャネットは俺が何とかしなきゃならないのだろう。

「数分で構いません。できるだけ、敵の注意をひきつけてください」

イリヤを抱きかかえたライダーの言葉に、俺とギルガメッシュ、シグルドはそれぞれ頷きを返す。
いよいよ、双方の距離も狭まってきた。三者三様の戦いが、今まさに火蓋を切られようとしていた。

「士郎、決して無理はするな。英霊は、目に見えない特異な力を持つものもいる。だが、落ち着けばそのような力にも対処できるはずだ」

静かに、夜の闇を圧するように、シグルドの声が聞こえたのは、その時だった。



剣鳴りが、刃の悲鳴がこだまする。轟音は夜のしじまに轟き、星々すら揺らめかせるような印象を受ける。
俺の背後からは、刃のうなり声、風切り音と、裂帛の気合が空気を通して伝わってきた。
それは、シグルドと二人の英霊の戦う音――――古来の決闘よりも苛烈であろうその光景を、見てみたいと思う気持ちは確かにあった。

しかし、視線を動かすことはできなかった。俺の視線の先には、騎士の姿をした少女……ジャネット。
恐らくは、本気を出せばセイバーとも張り合えそうな彼女相手に、視線をそらすわけにはいかなかった。

(ともかく、何とか凌がないと――――)

両手に白と黒の刃を持って、俺は彼女が攻めてくるのを待つ。実力に差がある相手に、無謀にも突っ込めるべき場面じゃない。
しかし、こちらの思惑などまるで関係ないという風に、ジャネットは身をかがめると、再びこっちに向かって突っ込んできた!

「くっ、このっ!」

迎え撃つのであれば、機先を制さないわけにはいかない。俺は手に持った刃を、ジャネットにたたきつける。
狙いは、足元――――先ほどは身を屈ませる事で、かわされたが今度は――――命中しない!?

「なっ!?」

鮮やかな純白の鎧が、宙に舞う。予測されれば無防備になるというのに、ジャネットは何の躊躇いもなく地を蹴り、俺の攻撃をかわしたのだった。
振り向くと、すでに振り向いているジャネットが、剣を振りかぶるのが見えた。俺は、何とか両剣でその攻撃を防いで――――、

「そこっ!」

ガッ!

「っ!?」

またも死角――――見えない位置からの蹴りを、わき腹に受け、俺は吹き飛ばされた。
強い…………守りに徹していても、それがまるで無駄かのように、相手はその隙をついてきている。
まるで、こっちの思考を呼んでいるかのように、その攻撃は正確だった。幸い、致命打を受けてはいないが、そんなに保つとも思えない。

(英霊は、目に見えない特異な力を――――)

先ほどの、言葉が頭をよぎった。もし、ジャネットがその力を持っていれば、俺の防御を無効化できるかもしれない。
だけど、それがどういったものか、判別できるほど、俺は器用ではなかった。ともかく、今は守りを固める。

「もう、いいでしょう――――そろそろ、終わりにします」

ジャネットの静かな声に、肝が冷えた。今までの様子見とは違う。いよいよ、本気で俺を殺しに来るのがわかった。
白色の、弾丸のようにジャネットが迫る。すさまじい速度で振るわれる剣、今までとは違う、段違いの速度のそれを、二撃、三撃と受ける。
短いながら、激烈な攻防、それが幾度続いたときだろうか……不意に、俺の視界から、ジャネットの剣が見えなくなった。

そのとき、俺は明確にではないが、この瞬間がジャネットの狙っていたものだと、理解できた。
俺は躊躇わず、前に飛ぶ! それは、ジャネットの剣が振り下ろされる、刹那の前――――!!

「ぐぅぅぅぅぅっ……!」
「なにっ!?」

肩口に刃が食い込む。激痛が脳の意識を苛もうとする……だが、これで――――俺は、手に持った剣をジャネットに、

「くっ!」
「がっ!?」

だが、相手の動きを封じたと思った瞬間、即座にみぞおちを蹴られ、俺は大きく吹き飛ばされた。
失敗――――、一か八か懐に飛び込み、相手の攻撃を凌ぐまではよかったが、その次のアクションが、明らかに間に合っていなかった。
ジャネットは強い……彼女は俺なんかより、ずっと戦いなれている。

「馬鹿ですか、貴方は」

そんな彼女だが、流石に呆れたのか、ジャネットは攻撃の手を止め、そんなことを言ってくる。
攻撃自体は、それほど致命傷ではなかった。攻撃の振り切る前――――勢いのついていない時だったのが幸いしたらしい。
肩口から血は流れているが、骨には至っていないし、筋肉も正常のようだ。

「馬鹿だろうな、けど、こういう戦い方しかできないからな、俺は」

俺は再度、両手に剣を投影する。傷口はそのまま。かばって戦えるほど、余裕はない。
今は、できるだけ、足掻く……それだけが俺を突き動かしていた。その様子を見て、ジャネットはいらついた表情で、眉を吊り上げた。
周囲を囲む魔力はますます強さを増し、俺を焼き尽くそうとするかのよう。どうやら、火に油を注いでしまったようだ

「何にせよ、次で終わりにします、次こそは――――」

そういって、身をかがめるジャネット。来るか、と、俺も武器を構え直したそのときである。

「いえ、次などありません」
「な……あうっ!?」

唐突に、それは起こった。目の前にたたずんでいた騎士の少女は、俺の背後から飛び出たそれに、弾き飛ばされる!!
いきなりのことに、何を起こったのか理解できない脳裏。目の前には、紫紺の髪の美女が、蹴りの体制のまま、俺の目に映っていた。

「魔力の補正を完了しました。ずいぶん、待たせてしまったようですね」

ライダーのその言葉が、俺には何よりも天啓のように思えたのである。



ジャネットとの対峙は数分。しかしその数分は、とてつもなく長かった。何にせよ、これで御役目ごめんだろう。
疲労で、膝が哂っているのがよく分かる。そんな俺に、ライダーは優しく微笑むと……なぜか俺を、小脇に抱えた。

「あの、ライダー……いったい何を?」
「しばらく喋らないほうが宜しいかと。舌をかみますよ」
「え、しゃべらぁ――――!?」

唐突に、風景が変わった。イリヤを抱きかかえ、俺を小脇に抱えたライダーは、いきなりトップギアでの走行に入ったのだ。
一瞬で、最高速に達し、なおもライダーは掛ける。その先には、ギルガメッシュの姿があった。

「――――」

互いに声はない。走り寄るライダーの姿を認め、ギルガメッシュは笑いつつ、手を差し出す。
交差する瞬間、ライダーはその手をとり、ギルガメッシュはライダーに引かれるまま宙に身を浮かせる。それは、数秒に満たない中での、一瞬の行動。

そのせいで、ジャネットもアーチャーも対処が取れない。
走る勢いそのままに、ライダーは最後、いまだに切り結ぶ三つの影に接近する。

「ぬっ!?」
「なっ!?」

突然接近してきたそれに、思わず回避をする影が二つ、そして――――。

「やっと来たか」

それが何かを、理解したのだろう。その場にたたずんで、悠然とそれを待ち受ける、銀色の騎士がそこにいた。
イリヤ、俺、ギルガメッシュと、その身に纏わりつかせたままで、ライダーは銀色の騎士へと突進する。
そのとき、轟音で聞き取りにくい中、俺はライダーのその言葉――――宝具の真名を、その耳で聞き取っていた。

「騎英の――――手綱!!!」

そして、その言葉とともに――――周囲が純白に染め上げられたのである。


〜幕間・少女が見た流星〜
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