〜Fate Silver Knight〜 

〜黒き祭壇〜



朝食を終えて、小休止を入れた後、俺はイリヤと共に、自宅を出る。
今回の目的は桜の救出――――大聖杯と呼ばれる装置のある場所にとらわれているだろうと、ライダーの見解を元に、そこに向かうことにした。

ちなみに、ライダーとギルガメッシュはいろんな意味で目立つので、今は霊体として、そばに控えてもらっている。
俺はイリヤと並んで歩きながら、交差点への道をゆったりと歩いていた。

「それにしても、柳洞寺とはなぁ……」

遠く山裾を見つめ、俺はポツリと呟きを漏らした。呟きに込められたのは、郷愁の如き、あの日々の思い出。
黄金の英霊と、漆黒の神父……今またその場所に、今度はギルガメッシュを連れて行くことは、妙な因縁といえた。

傍らに視線を向ける。あの時、聖杯として孔を開く役割をしていたイリヤ。
いまは空色の半袖シャツと、紺色のパンツを履いて颯爽と道を歩く彼女は、あの場所へ行くのに躊躇いはないのだろうか?

「ん、どうしたの、シロウ?」
「いや、なんでもないよ、イリヤ」

小首を傾げるイリヤに、俺は微笑み、手に持った日傘を差して、イリヤに日があたらないように、横を歩く。
俺を従者のように、横に侍らすのに満足したのか、イリヤは終始ご機嫌であった。



「柳洞寺の地下に、こんな洞窟があったのか……」
「はい、私がゾウケンから聞いたのは、この道だけですが、あちらこちらの山裾に、出入り口が通じているようです」

漆黒の闇を照らすように、岩盤にへばりついた苔の出す光が、洞窟内を青白く染められていた。
交差点から柳洞寺へつき、山裾をぐるっと回って、光苔の照らす通路について、俺とライダーの交わした最初のやり取りがそれであった。

でこぼこの通路は、当然舗装された通路と違い、歩きにくい。こういった場所での戦闘は、至極てこずりそうであった。
ちなみに、ギルガメッシュもライダーも、山裾を回るあたりから、霊体ではなく視認できるように現界している。

ギルガメッシュは完全装備の黄金鎧。ライダーは、黒服に眼帯と、いつも通りの姿に戻っていた。
ここまでくれば、いつ襲撃があっても、おかしくはない。俺も周囲に気を配り、いつでも投影の出来るように集中していた。

「この先に、桜が居るのか……」
「はい、おそらく。私が先陣を務めます。士郎とマスターは私の後ろに。英雄王は後詰めをお願いしたいのですが」
「殿か……良いだろう。ただし、我の力を欲する場面がくれば、我は我の流儀でやらせてもらう」

そうして、ライダーを先頭に、俺とイリヤ、最後尾にギルガメッシュという布陣で、俺達は洞窟の先へと向かった。
ライダーの話を聞く限り、そこにはアーチャーも居るだろう……はたして、勝てるのか? そんな疑問が脳裏に浮かんだ。

「シロウ……どうしたの? さっきから何か、落ち着かないみたいだけど」
「――――」

通路を歩く時、沈黙に耐えかねたのか、イリヤがそんなことを聴いてきた。
しかし、妙なことを言うなぁ……俺は別に、不安になってなんか――――いや、やっぱり、イリヤが感じ取れるくらいだ。内心では不安を持ってたんだろう。

「……ああ、桜を助けるって言っても、相手の数も、状況も分からないし、大変だなって思ってな」
「それで、不安なの? 戦うことが、相手に負けるかもしれないって思うことが」

そう、俺はあの赤い英霊との戦いに、不安を覚える。それは、相手の力を理解していないからではない。
もっと根本的な所で、俺はアーチャーに、なぜか引け目のようなものを感じていた。

「大丈夫よ。こっちにはライダーに、反則すれすれの英雄王までいるもの。負けることなんて、考えられないわ」

つとめて明るい声で言うと、イリヤはにこやかに、俺の手を握ってきた。
一応、いつでも投影できるように、両手を開けておかないといけないのだが、今はその手を離す気になれなかった。

「負けそうになったら、私の名前を呼んで……くじけそうになったら、私のことを思い浮かべて……大丈夫、シロウは私と共にあるんだから」
「イリヤ……」

優しいその言葉に、なんとなく胸がいっぱいになった。
自分を見てくれる人がいる、認めてくれる人がいる……それは、先ほどまでの落ち込んだ気持ちを、僅かながら癒してくれた。

俺は、イリヤの手を握り返し、そのまま洞窟の奥へと歩みを進める。
苦しい戦いになるだろう。だけど、この手のつながりがある限り、最後まで戦い抜こう――――そう、心に誓った。



だが。



「――――これは……」
「ほう」
「なるほど、あれがそうなのね」

意外なことに、襲撃も待ち伏せもなく、俺達は洞窟の最深部へとたどり着いていた。
空の見えぬ、それでも十二分な広さを持つ空間に、黒々と天へと燃え上がる炎のようなシルエット。
遠目に見ても、それが何なのか、予想が出来た。大聖杯――――聖杯戦争の発端となった、魔法の実験機器。

「禍々しいな――――あれは、壊してしまったほうが、後腐れが無い様に思えるが」
「どうかしら? あれが魔力を集める大元だって言うのなら、あれを壊したとたん、周囲の魔力が無くなるかもしれないわよ」

イリヤの言葉に、思考を巡らす……英霊は、魔力によってこの世に姿かたちを留めている。
大聖杯を壊したあと、周囲の魔力がどうなるか、皆目見当がつかない。それだけに、さすがにギルガメッシュも自重したようであった。
金色の英雄王は、不満げにふん、と鼻を鳴らすと、起用にも周囲を見渡しつつ、肩をすくめる。

「それで、敵は何処にいるのであろうな? 姿形は兎も角、気配すら感じぬというのも妙なものではないか」
「そんな――――」

焦った様子で、ライダーは四方に気配を配り、それでも慎重に大聖杯の周囲を調べる。
そうして、数分の後、半ば悄然とした表情のままで、ライダーは広間の入り口付近に戻ってきた。その表情は、硬い。

「どうやら、ここではなかったようです。意外でした。桜を連れ去るならここだろうと踏んでいたのですが……」
「たまたま入れ違いに出て行ったのか、それとも、最早ここに戻る気はないのか……物が物だけに、判断がつかないところだな」

いまだ、大聖杯のほうに視線を向けて、ギルガメッシュが呟きをもらす。
行き先を見失い、途方にくれる俺達を、何かが嘲笑うような、そんな重い空気がその空間には存在していた。

ひどく、嫌な気分がする。もう消えたはずの、火傷の傷が痛むような、そんな感じ。

「ともかく、ここを出よう。桜がいないなら、こんな場所にいつまでもいる必要は無い」
「……そうね、いきましょ、シロウ」

くい、と引かれた手から、暖かさと同時に心地よい安心感を感じ、俺はイリヤに連れられて、その場を後にした。。
後ろにライダーの続く気配を感じながら、その空間を後にする。後には、黒々とした祭壇が、不気味な沈黙と共にそびえ立っていた……。


〜幕間・街中の喫茶店にて〜

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