〜Fate Silver Knight〜 

〜幕間・街中の喫茶店にて〜



新都の街中の一角に、こじんまりとした喫茶店がある。
「Haus von Magie」という古めかしい看板のかかっている以外は、外観は、普通の住宅と変わらず、とりわけ目立つ所もない。
扉を開けて中に入ると、焼き菓子の香りと、旧き懐かしい時代の音楽が出迎えてくれる。
落ち着いた雰囲気と相まって、夏休みのお昼時、店内は程ほどに賑わっていた。

「ふぅ……けっこう忙しくなってきたなぁ。紫音(シオン)が休んでいる分、煉(レン)ちゃんが来るまで、何とか仕事を回さないと」

6割がた埋まったテーブルを見わたし、ウェイトレスの少女、皐月(さつき)はそんな風に呟きを漏らす。
地毛の茶色の髪を、頭の両脇でツインポニーにまとめ、ブレザーの制服の上から、エプロンをかけている。
……ちなみに、この店には制服というものが無いため、服装は個人個人に任されていた。
皐月はというと、よほどの事が無い限り、学校の制服で通していた。学校に許可をもらっている手前、私服で働くのは、なんとなく気後れしていたからである。

これが、紫音になると……紫を基調とした、どこぞのコスプレ喫茶のような服装で、平然と店内を闊歩している。
煉に至っては、上から下まで黒尽くめ、髪を纏めるリボンまで黒色という、徹底したコーディネートだった。

ともあれ、それでお客から苦情が出たためしがないのは、彼女らの人徳といったものなのだろう。
ちなみに、ここのマスターは、放浪癖があるらしく、今は旅に出ており、彼の恋人がマスター代理を仰せつかっていた。

諸々の事情はさておき、そんなこんなで、今は皐月が一人で店内を切り盛りをしている最中であった。
目の回るほどでないにせよ、十分に忙しいそんな時期、毛色の変わったお客が店内に入って来たのは、そんなときであった。



「いらっしゃいま――――……せ?」

テーブルに着いたカップルに注文を取りにいった皐月は、場の妙な空気に硬直した。
木の机をはさんで向かい合う少年と少女は、互いに笑みを浮かべているというのに、なんだか妙な雰囲気を感じたのだ。
いうなれば、握手をしながら、空いたほうの手に持ったナイフで、相手の喉を切り裂こうかという緊張感。

(気のせい……かな?)

とはいえ、それはほんの一瞬のこと。皐月は内心で首をかしげながら、注文を受け取り、きびすを返した。



「それで、いったいどういうことかしら。いきなり人を呼び出すなんて、いい根性してると思うけど」

ニコニコと、あくまで笑みを絶やさずに……遠坂凛は、目の前に座ったルーという少年に詰問口調で問う。
激烈な海浜公園での戦いの最中、ひょっこりと現れた少年は、いとも簡単に、その場を押さえてしまった。
弁舌ではなく、実力で、である。アーチャーに代わってジャネットと戦った少年は、十合と刃をあわさずジャネットを圧倒した。
結局、桜は連れ去られ、ランサーは姿をくらまし、今日にいたって、凛は少年の呼び出しを受け、この場に至ったのである。

……ちなみに、ジャネットは凛のすぐ隣で霊体となって控えている。
少年はそのことに、気がついていないはずは無いだろうが、根が大物なのか、相変わらずのニコニコ笑顔で凛に笑いかける。

「ああ、そんな風に、かしこまらなくっていいよ。今日は君と話をしてみたかっただけなんだから」
「私と?」
「うん、あのあと、アーチャーにいろいろと話を聞いてね……っと、ありがとう」

注文したコーヒーセットを運んできた小柄な少女に、ルーは話を中断し、お礼を言う。
黒一色、エプロンの白が映えるそんな格好をした少女は、ぺこりとお辞儀をしたあと、立ち去っていった。
コーヒーにミルクを一滴垂らし、砂糖を山盛りに入れる。ミルクコーヒーのような色になったそれに口をつけ、ルーは一息ついた。

「そういうわけで、君に興味ができてね。あ、桜姉さんのことなら心配しないで。危害を加えるようなことはしないから」
「ふぅん」

どこか胡散臭げに鼻をひとつ鳴らし、凛は少年を睨み付ける。
なんにせよ、得体の知れない相手ではあるが、桜に関することだけは、信用してみてもよいようだった。

そうして、ルーの質問が始まる。質問の内容は、他愛も無いもので、興味を持ったことを何でも聞いてきた。
さまざまな質問に対し、一応律儀に答えていた凛だったが、質問が続くたび、なんだか面接を受けているような気分になってきた。
それは、ある意味正しかったといえる。聞きたいことを一通り聞き終わったあと、少年はいともあっさりと、凛に向かって問うて来たのだ。

「それで、どうかな? 君さえ良ければ、僕達と組まない?」
「――――!?」

意外な言葉は、それでも、遠坂の鉄面皮を崩すには至らない。彼女は相手の心理を測るかのように、少年を見つめた。
はたから見れば、それは、恋人同士が見つめあっているように見えなくも無い。

「お待たせしました。紅茶とスコーン、クロテットクリームと生クリームのセットになります――――ごゆっくりどうぞ」

皐月が、凛の注文したコーヒーセットをテーブルの上におくと、なんとなく羨ましそうな視線を一瞬向けて、その場を去っていった。
思わず、凛の口からため息が漏れる。少年の底の見えない言動に辟易し始めてきたのであった。

「君としても、悪い話ではないと思うけど。アーチャーとコンビを組んでいたんだから、彼ともじっくり話し合いたいでしょ?」
「……まぁ、それはそうなんだけどね」

つぶやくと、スコーンにクリームをつけて、一口。
香ばしい薫りと、仄かな甘みが少し脳を落ち着かせてくれる。
さて、いったいどうするべきか……いがみ合いがあったとはいえ、向こうはその事をさほど気にしてはいないようだ。

「とにかく、一度帰って、仲間と相談してからにするわ。士郎達の意見も聞かなきゃならないし」
「士郎兄さん、か……」

凛の言葉に、少年は今までと違う……何か、底意地の悪そうな笑みを浮かべた。
それは、無垢な笑みとは正反対。何かを知った上で、愚かさを笑うような笑みである。

「なに? 何か言いたそうだけど」
「そうだね、僕の口から言って良いものか……ともかく、ここから出ようか? アーチャーを中央公園で待たせてあるから」

ともかく、彼と一度話してみたらどう? そういう風に問われ、凛はしばし考えながら、首を縦に振った。
なんにせよ、分からない事が多すぎる。今は少しでも、情報がほしいところであった。

少年と凛は、特に示し合わせたわけでもなく、席を立つ。
手に料金のレシートを持って、レジに歩いていく少年の後姿を見ながら、凛は脳裏に赤い騎士の姿を思い浮かべていた。


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