〜Fate Silver Knight〜 

〜契約執行・夏風繚乱〜



「うーん……」

それから数時間後、包丁を持つ手にも力が無く、気もそぞろに、俺は今、夕食の準備をしていた。
ライダーが倒れてから、その身体を担ぎ上げ、洋室のほうへ運んだ後、俺はイリヤに追い出される形で部屋を出て、居間で待機していた。

ともかく、ライダーが元気にならないことには、状況は分からない。
いちおう護衛に、ギルガメッシュも残してきたので、イリヤがライダーに、何かされるようなことは無いだろう。

しかし、改めて考えると、問題はたくさんあった。
居なくなった桜、遠坂は、あれから音沙汰無く、屋敷の庭をあんなふうにした犯人もわからない。
どうも、知らないところで何かが起こっているようで、得体の知れない焦りのようなものが、肌を焼いていた。

どうも気分が欝気味なので、ここはひとつ、辛目のものを夕食として用意しよう。
すでに外は日は落ちて、それでも夏ということもあり、どこか耀げな夜景が広がっていた。

「シロウ、ライダーの治療、終わったわよ」

ギルガメッシュをつれたイリヤが、部屋に入ってくる。それぞれめいめいに、お気に入りの場所に座って、イリヤがテレビのスイッチをつけた。
わーわー、と、賑やかな歓声が居間に広まる。テレビではサッカーの試合を行っているようだった。

「イリヤ、ライダーの状態はどうなんだ? 客室に寝かせたままなんだろうけど」
「ライダー? ああ、もう大丈夫よ。さっきまでは危なかったけど、持ち直したから。今はもう、元気になってるわ」

イリヤの言葉に、俺は内心で、安堵のため息を漏らす。
このままライダーに消えられて、真相が分からずじまいでは、これからの行動をどうすればよいか、手掛かりが無くなってしまう所だったからだ。

「それより、今日のご飯は何なの? なれないことしたから、おなかが減っちゃった」
「ん、ご飯に煮物、味噌汁と佃煮に……マーボー豆腐かな」

レパートリーを頭に思い浮かべながら、俺はイリヤの声に、そう返事を返す。

ガゴンッ!


「!?」
「?」

俺は驚き、イリヤは怪訝そうな表情で、音の発信源を見る。するとそこには――――机に突っ伏したまま、震えるギルガメッシュの姿があった。

「ちょっと、どうしたのよ、いったい」
「…………何ゆえか、解せぬが、急に身体に寒気が……何が我をこのように脱力させるのだろうか?」

突っ伏したギルガメッシュを、イリヤはつんつんとつつくが、当の本人は元気なくされるがままになっている。一体、どうしたんだろうか?

「ええと、ちょっと辛くなるけど、イリヤは辛いのは大丈夫だったっけか?」
「う〜ん、わたしはそこまで、辛いのは苦手じゃないわ。普通なら、ちゃんと食べれるもの」

その言葉に、俺はうなづき、なおも脱力中のギルガメッシュにも声をかけた。

「それで、ギルガメッシュはどうするんだ? なんだか元気なさそうだし、この際だから辛めに作ってみるか?」

その言葉に、ビクン! とギルガメッシュの身体がゆれる。
そうしてしばらくして、その身体から搾り出すように、ボソボソとした言葉が聞こえてきた。

「是が非でも、というわけではないが……辛くないものを食したいのだが」
「ふーん、甘口か……分かった。そうすることにするよ」

そういって、俺は調理に取り掛かる。視線の隅っこに、身を起こし、安心したように息をつくギルガメッシュが見えた。
……夕食、か。桜や遠坂達はどうしているんだろうか。ちゃんと食べていたらいいんだろうけど。

「そういえばイリヤ、ライダーの分はどうするんだ? 食べれるようなら、病人食でも何か作るけど」
「あ、ライダーの分は……多分食べると思うから、同じものを一緒に作っちゃっていいと思うわ。だって……」

俺の言葉に、何か言いたそうに言葉をつむぐイリヤ、その時、

「……お待たせしました。なにぶん、着替えに手間取ったもので」
「え、え……?」
「遅かったわね、ライダー。ま、その長い髪じゃ、まとめるのに大変だったでしょうけど」

あっけにとられる俺。居間に入ってきたのは、今しがた話していたライダー。
前の服が汚れていたせいか、今は黒い半そでシャツと、ジーンズというラフな格好をしている。
それでも、その身から醸し出す色気は抑えようも無く、俺は知らず知らずのうちに嘆息を漏らしていた。

「ちょっと、なに見とれてるのよ、シロウったら!」

ぶー、と不満そうな表情を見せるイリヤ。その様子を、ライダーは穏やかな目で見つめていた。

「ま、まぁ、元気になってよかったよ。ライダーも、夕飯は食べるんだろ?」
「ええ、お願いします」

そう言って、ライダーはイリヤの隣に座る。そんな彼女の様子をギルガメッシュは興味なさげに見つめていた。
眼帯をつけたままとはいえ、ライダーはやっぱりどこか華やかで、艶やかな女性であることは間違いなかった。

「ちょっと待ってくれ、あと、ちょっとでできるから。話は、夕飯を食ってからでも問題ないだろう?」
「――――ええ、そうね。あなたもそれでいいでしょ? ライダー」
「はい、『マスター』」

その言葉に、自然と、料理をしていた腕が止まる。視線を転じると、不満そうな表情のイリヤがそこに居た。

「……別に、呼ばなくたっていいわよ。あなたと契約をしなければ、消失してたんだし、あの時はしょうがなくなんだから」
「ええ、分かっています。ですが、契約をした以上、私はあなたに従います」

その言葉に、不満そうに、ぷいっと視線をそらしたイリヤ。
しかし、その様子に気分を害した様子もなく、ライダーは、年上の余裕か、その様子をほほえましげに見ていたのだった。


〜幕間・世界の隅っこに佇む者〜

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