〜Fate Silver Knight〜
〜交差する雨音〜
ギルガメッシュとイリヤをつれて、弓道場に戻り、遠坂達の帰りを待ちながら、かなりの時間を経過した。
今は、弓道場に人気はない。無駄なことかもしれないが、もう一度、部員全員で校内を見回ってみるらしかった。
「――――また、降ってきたな」
ギルガメッシュの言葉の通り、先刻までは蝉の喧騒と、夏の暑さに支配されていた吹き抜けの部分は、降りしきる雨により、覆われていた。
雨が放つ音、大地を叩く音に、先ほどの雑木林の光景――――駆け去っていく、遠坂の背中を思い出した。
なぜ、止めれなかったのだろう……あの時、遠坂は、何かに憑かれるかのように動いていた。
桜と遠坂――――二人の関係は、何か深い事情がありそうだった。
「あれ、ここにいるの、士郎達だけなんだ」
雨の降る中、弓道場に入ってきたのは、藤ねえ。手には大きな風呂敷包みを持って、板張りの道場内にあがってきた。
よいしょ、と、床に風呂敷包みを置くと、藤ねえは怪訝そうに周囲を見渡す。
「他の子達はどうしたの?」
「他の皆は桜を探しに行ったよ。校内をもう一度見回ってくるってさ」
俺の言葉に、藤ねえはそう、とだけ頷くと、疲れたように溜息をついた。
その様子に不安になり、俺は藤ねえに、知らず知らず、質問をしていた。
「藤ねえ、これからどうするんだ? 桜のことだけど」
「あー、そのことなんだけどね、ともかく今は、大体の教師が出払ってるから、指示を仰ごうにも、どうしようもないのよ」
夏休みも中盤ということもあり、葛木先生や藤ねえのような、近所に自宅がある先生はともかく、大半の先生は里帰りをしているらしい。
校長やら教頭やらも出払っているので、連絡をして集合するまでに、時間が掛かるそうだった。
「それにね、桜ちゃんのお兄さん――――慎二君のこともあって、偉い人達は、あまり事を大事にしたくないらしいのよね」
「あ」
藤ねえのその言葉に、俺は思わず、声をあげてしまっていた。
行方不明になる、聖杯戦争――――逝きつく先は……いやな想像が頭の中を駆け巡り、俺はそれを振り払うように頭を振った。
「ともかく、他の部員たちの面倒も見なきゃなんないし、私は今日から、学校に残るから」
「ああ、分かった。それじゃあ俺達も、一度、家に帰るよ。それと、遠坂が戻ってきたら、家に来るよう、伝えておいてくれないか?」
「ん、分かったわ、それじゃあ、気をつけて帰りなさいね、士郎」
藤ねえの声に見送られ、弓道場を後にする俺達。
行方不明になった桜、行方の知れない遠坂……えも知れぬ不安が、胸の中で徐々に広がりを深めつつあった。
ザァザァと、降る雨の中、傘を差して、家路につく。
「♪〜〜〜〜♪〜〜〜〜」
土砂降りの雨、陰鬱な気分の中で、ただ一人上機嫌なのは、イリヤであった。
藤ねえに借りた傘は二本。一本はギルガメッシュが差し、もう一つは俺とイリヤが使っていた。
相合傘というのが、お気に入りだったのだろう。イリヤは俺にピットリくっついて、上機嫌に鼻歌を口ずさんでいる。
その様子に、暗くなってきた気持ちが少し落ち着いてくれた。
交差点に差し掛かり、俺は遠坂と、桜の家があるほうに視線を移す。
古めかしい、洋風の家々が立ち並ぶそちら。
ふと、思うことがあった。単純に、遠坂や桜の二人とも、いや、どちらかでも、家に戻っているかもしれない。
だとすれば、寄り道をしてでも、調べるべきではないだろうか?
「どうしたの、士郎? 急に立ち止まって」
「ああ、イリヤ、実は――――」
俺はイリヤに、そのことを説明しようと口を開――――
ガォォォォォォォォォォォン!!!
唐突に、突然に、周囲の空気を震撼させ、爆音が周囲を支配する。
それと同時に感じたのは、膨大な魔力の放出――――視線を転じると、白く靡く煙が、俺の家がある方向より、立ち上っていた。
「――――あれは!?」
「ほう、間違いない、宝具の光だな。先行するぞ」
「あ、ちょっと待て、ギルガメッシュ!」
「きゃっ!?」
言うが早いか、俺の指示も待たず、傘を捨てて走り出すギルガメッシュ。
俺は慌ててイリヤを抱きあげると、置いていかれないように後を追った。
自宅に着いたとき、周囲は静けさを取り戻していた。
だが、立ち上る魔力の残滓から、間違いなく、さっきの光はここから発せられたことが分かった。
「ほう、我の足についてくるとは、卿もなかなか、稀有な身体能力を有しているようだな」
「お前な、人の指示も待たずに駆け出すなよな。一応、マスターは俺なんだぞ」
言って聞かないやつだと分かっているので、俺はそれだけを言うと、抱えていたイリヤを地面におろした。
武家屋敷を囲む塀に背をつけ、門より中の様子をうかがう。
中庭は、ひどいありさまだった。抉れた地面、刻まれた壁面――――そんな中、一つの動く影があった。
「!?」
それを見たとき、俺は知らず知らずのうちに、飛び出していた。
イリヤの、驚いた声が聞こえる。だが、それをも耳に入らないほどに、そこにいた人影は、俺を驚かせていた。
黒いボディラインにフィットした服に、紫紺色の長髪――――眼帯こそつけてないものの、それは確かに、見知った相手であったからだ。
「お前、慎二のサーヴァントだった、ライダーか!? 何で、ここに……」
「ふ、遅かった、ですね――――エミヤシロウ」
雨の幕に打たれ、微笑む美女。よくよく見ると、彼女は腹部を押さえており、そこからはジクジクと血が滲み出していた。
手負い、なのだろう。しかし、周囲に視線を配っても、その傷をつけた相手は、見当たらない。
「もう少し早ければ――――、サクラを、連れ去られる、ことも……」
そこまで言って、ライダーはぐらりと体を傾がせ――――雨によってできた泥濘の中に倒れこんだ。
「お、おい、ちょっと!?」
あわてて俺は、ライダーに駆け寄ると、その身を抱き起こす。雨に濡れたその顔は蒼白で、生気が感じられなかった。
「今、桜のことを言っていたよな……一体、どういうことなんだ?」
つぶやく俺の言葉に、答える者はいない。
死んだように眠るライダーの顔を見ながら、不安が漠然と形になるのを、俺は無意識に自覚していたのだった。
〜幕間・交叉する雨音〜
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