〜Fate Silver Knight〜 

〜幕間・交叉する雨音〜



新都の郊外――――かつて、冬木市に唯一存在していた教会は、先だっての火災により、消失していた。
外観の建物はもとより、地下の聖堂まで見事に焼け落ちたその地を、もはや訪れるものはいない。
夏の灼熱の風景――――黒く焼け焦げた瓦礫の山。その山が不意に盛り上がると、がらがら、という風に、崩れ落ちた。

そこは、地下へと続く階段のあった場所。その穴からひょっこりと顔を覗かせたのは、退屈そうな表情のランサー……クーフーリンであった。

「酷いもんだ――――クソ親父の話しを聞いちゃいたが、本当に何も残っちゃねえな、こりゃ」

もとより、対して期待はしていなかったが、やはり目の前の焼け落ちた建物は、彼を落胆させるに充分であった。



一度、死んだランサーがこの世に呼び出されたのは、先日の夜半である。
彼の父親に当たる、ルーフという少年に呼び出された彼が見たものは、大聖杯の祭壇と、少年の左右に付き従う赤い騎士と侍の姿。

事情が読み込めないランサーに、少年はにこやかに現在の状況をざっと説明した。
前回の聖杯戦争は半年前に終わり、衛宮士郎と言う少年が勝ち残った事、今は半年後、聖杯の使用権を巡り、再び争いが起こっているということ。
そして、少年自身は、大聖杯を手中に収め、その聖杯の器であろう、桜という少女を探しているということ。

「どう? 僕に協力してくれないかな」

にこやかに言う少年のその言葉。それに対し、ランサーのとった行動は一つ。

「――――はっ」

御免だね、というふうに、鼻で笑い、ひょいと軽く肩をすくめただけであった。
もとより彼は、自らの父親と仲のいい間柄ではなかった。養父の事は尊敬していたが、父親にはさしたる感情も持っていない。
それに、少年の傍らに立つ赤い騎士が気に入らない。なんというか、虫が好かない相手と組むのは、こりごりであったのだ。

「その分だと、協力してはくれそうもない……か。ま、しょうがないね」
「ルーフ、この男は放置しておくと、厄介ごとを引き起こす。今、処分しておいた方が今後の為だと思うが」

その時、言葉を挟んだのは、少年の傍らに控えていたアーチャーである。
温かみの欠片もないその言葉に、ランサーの表情も険しくなった。武器を持たずとも、その眼光は殺気を帯び、互いの姿を映す。

「よしなよ、アーチャー。彼と戦ったら、君だって無事じゃすまない。こんな所で協力者を失いたくないよ」
「――――……」
「ここは、僕に免じて、彼を行かせてあげてくれないかな?」

その場を、やんわりと収めたのは、笑みを浮かべた少年の言葉だった。
アーチャーも、この場でランサーと事を構えるつもりは無いのか、何も言わず、一歩退いた。
その視線は、あいかわらずランサーを捕らえているものの、先ほどのような鋭い殺気は、その目に宿ってはいなかった。

「手間を取らせてすまなかったね。ともかく、協力する気が無いなら、別に好きにしていいよ。この洞窟の先は、街まで続いているから」
「――――ま、アンタがなに考えてるか知らねえが、俺には関係ないからな。好きにやらせてもらうぜ」
「うん、それじゃあ元気で。あ、それと、君が根城にしていた教会は、ついさっき、火事で焼けちゃってたから、行っても無駄だと思うよ」

――――その言葉に、ランサーの眉が僅かに動くが、それで如何こうとする気は無いらしい。
少年に背を向け、一足飛びにランサーは駆ける。空を舞うかのように、その足取りは軽く、一息で、大聖杯の広場を抜け、光る苔の纏う通路に出る。

――――――――!!

その時、通路を崩落させるかと思わせるほどの、凄絶な叫び声が、周囲に響き渡った。
ランサーは先ほど駆けてきた通路を振り向く。その叫び声には、聞き覚えがある。諜報活動に徹していたとき合間見えた、狂戦士。

「――――ったく、節操無く呼び出しやがって。本当に何を企んでやがるんだか」

舌打ちをするかのように顔をゆがめ、ランサーは吐き捨てる。先ほどは彼なりに我慢していた感情が、ここへ来て噴き出したようだった。
その目に宿るは、憤怒、顔は怒りに歪み、視線だけで相手を殺せるほど――――その対象は自らの父親であった。

「あんたの好きにはさせねえ……」

呟きは小さく、しかしそれには万感の念が込められていた。
なおも響く叫び声。しかし、ランサーは振り向くことなく、洞窟を駆け、夜の街へと飛び出していったのである――――。



…………そうして、日も高く登る昼過ぎごろ、ランサーは焼け落ちた教会を探り終えたのである。
半日かけて瓦礫をどかしたり、地下へともぐったりしてみたが、さしたる成果も挙げず、空振りに終わっていたのだった。

「生き残ったのは、あのガキ――――とすると、言峰の奴は死んじまったと思ったほうが妥当か」

地下聖堂での対峙を思い出し、ランサーは一人ごちる。かなり前の出来事であるが、半年前に死んだランサーにとっては、それはつい先日の出来事であった。
しかし、言峰が死んでいるとなると、これからどうするか……どうも、マスターがいなくても当分は、この世界に現存していられそうなのだが。

「といっても、いないよりはいたほうがまし、か。治癒力やら何やらが、べらぼうに違うからな」

ま、それも相手によりけりだが……そうつぶやき、ランサーは目を細めた。
彼をこの世に呼び出した男装の麗人――――組むとしたら、あれくらいの相手が望ましかった。

(――――ま、半年もたってりゃ、この界隈にはいないだろうが……いきてるのかねぇ、あの姐さんは)

言峰のだまし討ちにあい、真っ先に令呪と左腕を奪われた、前回の聖杯戦争のマスター。
彼女のことを思い起こし、ランサーはわずかに苦味の含んだ愉しげな表情を見せた。



「…………ん?」

何とはなしに周囲を見渡していた、ランサーが、異常に気づいたのはしばらくたってのこと。
焼け落ちた教会跡に佇む彼に、誰かが視線を向けているのがわかった。片方はうまく気配を消しているが、片方は素人なのか、あっさりと看破できたのである。

「追っ手、ってわけじゃなさそうだな……だとすると、聖杯戦争の参加者ってとこか」

立ち並ぶ瓦礫の先、視線のほうへとランサーが身体ごと向き直る。
そのとき、ランサーの視線の先、ひとつの影が俊敏に飛び出した。

片腕に何かを抱えたその影は、見る見るランサーから遠ざかっていく。その様子を見て、ランサーの顔にニヤリ、と凶暴な笑みが浮かぶ。
もとより、彼は聖杯戦争に興味はない。しかし、こうもあからさまに逃げられると、逆に興味がわいてくるのも確かであった。

「逃げ切れるつもりか――――面白え!」

自らの脚力に絶対の自信を持つ彼は、逃げ出した影を追い、その身を翻したのであった。



町の中心を流れる未遠川を一足飛びに飛び越え、影は西へ西へと駆ける。
それを追うランサーであったが、いつまでたっても間合いが縮まらないことに、すぐに気づいた。

小脇に物を抱えた相手――――それでいて、脚力はランサーに勝るとも劣らない事実に、ランサーは舌打ちして顔をゆがめる。
まだ、この世界に戻ったばかりで、力が万全でないのか、それとも、相手の力量が純粋に勝っているのか……。

「ちっ――――」

今一度、舌打ちする理由は、降ってきた雨のこと。通り雨ではあろうが、追跡には邪魔なことこの上なかった。
ランサーは、なおも逃げる影を追跡する。広大な敷地に駆け込んだ相手は、そのまま裏手の雑木林へと入っていく。

ランサーも、疾風を思わせる速さで、その後を追う。小柄な影は、まるで猿のごとく、木から木へと渡り飛ぶ。
それを追うように、ランサーも木々を飛び、追いすがる。相手は、揺れる木の枝に手間取っているのか、その足取りは鈍い。
追いつけると確信し、ランサーはさらに、その間合いを詰めた、その刹那――――、

「!?」

ボンッ!!

まったくの不意打ち。背中にガンドの直撃を食らい、ランサーはバランスを崩し、木立ちから落下する。
落下先には、二人組みの少女がいた。二人も、突然降ってきたランサーに面食らったような表情を見せる。

「あ、あんたは――――……」
「何しやがる、てめえ!」

驚いた表情の少女に、ランサーは反射的に槍を突き出し――――付き添っていた騎士の少女が、その穂先を弾かなければ、その身を貫かれていただろう。

「やっぱり、ランサー……」
「あん?」

言われ、ランサーはその少女をまじまじと見る。赤い服、特徴的なツインテール。
それは、かつて合間見えたことのある、あの赤い騎士のマスターだった少女……。

通り雨は徐々に、その勢いを弱めつつあった――――。


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